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トラトラ松琴斎 (3)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2015.11~ トラトラ松琴斎(3)

STEP3  松原とおく


  いったんバラバラにし,前修理者があちこちに塗りたくったボンドをキレイにこそげ,各部を「壊れたとき」に近い状態までリセットしました。
  庵主の「修理」はここからはじまります。

  まずはいちばんの重症箇所であろう棹口からまいりましょう。
  ここが壊れてたんでは,棹も挿せないですからね。

  主材のトチは,乾燥状態ではそこそこ丈夫な木ですが,湿気にはあまり強くなく,水分を含むとちょっとグズグズした柔らかい状態になってしまいます。ある程度の厚みがあれば問題はないんですが,前回の報告にも書いたように,松琴斎,なぜかこの重要な天の側板を,4枚の胴材のうち一番薄い板で作っています。最大厚7ミリ,中心部分が薄くなる木取りになっているうえ,棹との接合の安定のため,棹口の周囲をやや平らに削ってあるので,そのあたりでは厚みが4ミリほどしかありません。

  おそらくこれは稀少なトラ杢材を無駄なく使おうと,ギリギリの木取りで切り出したせいだと思いますね。他人から見て目立つ左右側面にトラ杢がもっとも派手に出た材を用い,棹がついているため他者からは半面しか見えない天の側板に,トラ杢の出の悪い材を回したのでしょう。
  楽器職からするとかなり納得のゆかない工作ですが,流行りの時にはそういうファッション性のほうが,作り手にも使い手にも重視されてたんだと思います。

  割れ目自体は欠けもなくキレイに分離してますので,へっつければ外見的には問題ないとは思いますが,演奏するとなると,もとの工作がかなりギリギリなので,必要な強度が得られるとは考えられません。

  また,カケラ部分が細すぎてチギリも打てませんので,まずはカケラをもとの位置にもどし,ついで裏側にカツラの板をぴったり密着する感じに削ってへっつけましょう。

  棹孔は楽器内部に向かって,少し広がるような感じであけられています。カツラの板に新しく開ける穴は,これに従って削ってしまいますと,大きくなりすぎて,本来の棹口に代わって棹を支えるという目的が果たせなくなりますので,棹口表面とほぼ同じ大きさにあけ,棹基部を噛めるようにしなくてはなりません。しかしそうしますと,本体の棹口と補強板の棹口の間に段差というかくぼみができてしまいますので,木粉&エポキのパテで埋め,整形しておきます。

  最後に棹孔の左右に2本くらいづつ竹クギを打っておきます。すでに裏側からさんざん補強したあとですし,部材がこれだけ細くて薄いと,まあ気慰めかおまじない程度の意味しかありませんが,だいたいこれでこの部分の修理と補強は完了。
  多少過保護っぽいですが,弦の力のかかる場所なんで,すこし神経質に補強しときます。

  つぎが間木と糸倉先端。
  ほじくったあとのクギ穴とクギ打ちによって欠けた部分は木粉&エポキのパテで充填接着します。

  蓮頭・間木・糸倉はニカワで接着しますが,上にも書いたようにトチという素材が水濡れにさほど強くないので,ニカワづけだと細かい部分が接着作業時にまたバラバラになってしまう可能性があるので,それぞれ部分部分の割れカケの接着も,硬化すると水にも強いカガクの力,エポキ&木粉で処理しましょう。

  ついでにネズミに派手にカジカジされてる糸倉右手の損傷個所にも同じパテを盛っておきます。ちなみにこの部分の補修で,パテの骨材になる木粉には,もちろんトチの木の粉を使ってます。



  何回か書いてるように,月琴の糸倉は,間木がない状態だとたいへん弱く壊れやすい部分なので,そのまま修理作業を進めるのに不安があります。もー,さっさと整形してくっつけちゃいますね。
  間木がくっついて,糸倉の安定が良くなったところで,パテ埋め個所を整形。あんまりパテ埋めに頼りますと,せっかくのトラ縞がマダラになってしまいますで,一部の細かいネズ痕はそのままにしておきます。

  響き線は宿敵木工ボンドを使って生活の裏ワザ風サビ落としをしてから,柿渋やラックニスで防錆処置をしておきましょう。
  線の太さや形状などは,松音斎・松鶴斎のとほとんど同じですねえ。
  調整なしだと,先端が上桁にかんたんに刺さるくらい長く,アールも深い。前の記事に書きましたが,唐物や松音斎の楽器で肩口にあった基部を,横に90度傾けたのと同じなわけですね。
  松琴斎は止め釘が四角釘ですね。松鶴斎は丸釘を使っていました。釘を打つ位置も線の動きを邪魔しないよう,曲りの上に打たれています。あれはあれで何か意味があったのかもしれませんが,松鶴斎は曲りの下に打っていました。

  つづいて表板を矧ぎなおします。
  右がわの貫通した割れは,棹口が壊れた時の巻き添えで斜めに裂け割れてますが,ほかはだいたい,矧ぎ目に沿ってキレイに割れています。ただ,棹口付近の斜め割れ部分には前修理者がボンドを擦りこみやがったので,これを除去するのが辛悩でありました。がっでむ。
  もう一箇所割れの入っているところにもニカワをたらし,板の上で左右から圧をかけながら矧ぎなおしたあと,さらに裏から和紙を貼って補強しておきます。

  表面の縁に数箇所あるネズミに齧られてヘコんでるとこや,欠けているところは木粉&エポキのパテを盛って補修しておきましょう。板は接着や清掃作業などで濡らすんで,ふつうの木粉粘土だと溶けて流れてしまいますから。
  裏面,側板や内桁との接着部分でも,大きな損傷には同じパテを使います。

  バラバラ修理の場合には,この表板が組立ての基準となりますので,表裏にある小さなカケやヘコミもなるべく丁寧に処置しておきましょう。

  松琴斎はとくに中心を表す指示線などは記しておらず,端に中心を表すと思われる「V」のような目印や墨点を付けているだけですが,じっさいに板を測り,あらためて中心線を引いてみますと,新しく引いた線はほぼこの上下の目印の中心と一致しました。
  さすが松の一族,このへんにあんまり狂いはなさそうですね。

  さて,表板が仕上がったら,いよいよ胴体の組立てです!

(つづく)


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