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月琴43号 大崎さん(2)

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斗酒庵 またまたの平行作業 の巻2015.9~ 月琴43号 大崎さん(2)

STEP2 なつのしくだい その2のつづき

  いま庵主の脳内では「少年時代」(by アンドレカンドレ)がエンドレスでかかっております……そういや「風あざみ」ってなンだ?(w)

  雪かき帰省より帰還して,今年第一弾の本格的調査&修理作業は,去年の夏のわすれ草,月琴43号となりました。同時に修理するのは,46号といっしょに購入した首なし月琴 「青汁2号」 こと,月琴47号となります。
  各部の加工や材質から案るに,43号はおそらく関東の,47号は関西の作家さんの楽器なのではないかと思われますが,さてさて,調査修理の過程にて,そのあたりもはっきりするかもしれません。

  月琴43号「大崎さん」。 名前の由来は裏面に「大崎村」と墨書のあるところから。所有者の署名のようですが,肝心の名前のところは薄れてて読み解けません。


  胴側面と棹は黒く塗られています。真っ黒でテカリもあって,一見ウルシのようですが,これは黒ベンガラによる塗装。棹背などに擦れでハゲたところがありますが,ウルシならこんなふうにはハガれません。
  むかしベンガラは 「貧乏人の漆」 というくらいポピュラーな塗料でした。むかしの玩具やベンガラ格子や黒塀などの和風建築でよく見られる,いわゆる「ベンガラ塗り」は,ぽってりとしていていかにも分厚く,ヘタすると粉が手についてしまいそうな感じのものが多いのですが,工芸の分野では木地が見えるくらい薄塗りにして,スオウやヤシャブシなどで染めた木地下地と,柿渋と桐油や亜麻仁油などの乾性油による色止め法を組み合わせて使います。安価なわりには,けっこう美しく存外に堅牢な塗装法なのですね。

  月琴では比較的安価な普及品楽器や49号のように木地を見せたくないような場合とか,蓮頭やお飾り,半月や糸巻など小物部品の塗装にもよく使われています。


  夏の帰省中に行った修理前の調査で,内部構造の確認のため,すでに裏板の一部を剥離してあります。その折り,響き線が基部の腐食によって落ちていることが分かりましたが,そのほかの,楽器をかたち作っている構造自体にはさして問題がないようです。
  「響き線」は月琴の音のイノチとも言うべき部品ですので,これがはずれてしまっているあたりは問題といえば問題ですが,全体として見れば,欠損部品も少なく接合部の工作なども丁寧なので,修理としてはそれほどたいへんなこともなさそうです。

  各部分の寸法などの詳細は,以下のフィールドノートにてどうぞ(画像クリックで別窓拡大)。


  まずはフレットやお飾り類と半月をはずします。
  続いて,接合部の補強や板の接着のため少々邪魔なので,まずは一部残していた裏板はぜんぶハガしてしまいましょう。


  ここが響き線の基部だったところですね。

  線の端っこのほうを平たく叩き潰し,裏板と胴側板ではさみこむようにして接着,固定していたわけです。一定の形になっていれば,線の調整がほとんど必要ないこの形式は,あるていどの数をこなさなければならない量産楽器の内部構造としてはうってつけなのですが,どうしても板の接着の時に水気がかかりますし,桐板に滲みむ湿気,基部についたニカワの影響などで線が腐りやすいため,このようになってしまうことがけっこう多いようです。

  つぎは表板の側板からハガれてしまっている部分と,接着のトンでしまっている四方の接合部,そして内桁の再接着。接着部にお湯を含ませてから,薄めたニカワをたらし,表板はCクランプで,四方の接合部と内桁はゴムバンドと当て木を使って固定します。


  棹のほうは,半分に欠けてしまっている蓮頭をはずすところから。
  ----この作者さん,ニカワづけがなかなか上手です。
  けっこう時間がかかりました。
  蓮頭の材質は黒柿のようですね。この蓮頭が割れたときの衝撃で,糸倉にもヒビが入ったようですが,けっこうカタいこの材が,こんなふうにザクザクぱっかーんと割れるくらいですので,相当な衝撃だったと思います。
  ちなみにこの棹先端につく「蓮頭」というこの部品は,楽器としては単なるお飾りでしかありませんが,そういう時の緩衝材としての機能もないではありません。棹もしくは糸倉に衝撃が与えられたとき,この部品が破損もしくははがれることで。棹本体への被害が少なくなるという効果もあるのだと考えられます。
  現に蓮頭がこんなに破壊されてる割りに,糸倉には一筋のヒビしか入らなかったわけですしね。


  つぎの作業は,その糸倉の割レの補修。
  割れ目は楽器にむかって左がわ,糸倉にある一番上の糸巻の穴を中心として,二番目の穴の上にまでのびています。
  力のかかる部分なので接着にはエポキを使います。

  こうした補修は,ニカワによる伝統的な技法でもできなくはありませんし,こういう古いものになるべく不自然な方法は使いたくはないのですが,楽器が実用品である以上,この場合,修理した部分の強度や耐久性の面で,伝統的な技法は現代カガクによる接着法に一歩も二歩も譲ります。とはいえ,やみくもにやっていいことではないので----いま木工ボンドを手に持って何かへっつけようとしてるアナタ!!!----それをおろさないと打ちつけますよ,そのおデコに,五寸クギを。

  クリアフォルダの切れ端などをさしこんで,ヒビ割れの中にエポキを塗り込み,固定します。パッキリ割れた割れ目自体はキレイで,圧力やねじれによる破損やカケもないため,これだけでも外見上は元通りになりますが,楽器として使用するうえでは多少不安がありますので,さらにここに 「チギリ」 を打って補強しておきましょう。
  割れの入った糸巻の孔の左右に,チギリを埋め込む穴を彫りこみます。はいほーはいほ。
  棹自体が黒塗りですから,あとで悪目立ちしないように,チギリは黒檀で作りましょう。
  割れは木目方向に走ってますので,これが開かないようにするためには,チギリの木目はそれと交差するカタチにすればいいわけですね。

  この作業と並行して糸巻孔の補修もします。
  割れ目と同じ面にある二番目の糸巻孔が,なぜか直径にして1ミリほど,こちらの面からエグられて大きくされちゃってるのですね。おそらくはいちばん上の孔が割れて使えなくなったので,糸巻孔を広げてこちらから糸巻を挿せるようにしたかったのでしょう。少し冷静になって考えれば,下三つの孔三本の糸巻をそのまま使えばいいだけのことで,糸巻を移す必要はないのですが,たぶん楽器損傷のショックでちょっとパニックしてしまったんでしょう。加工自体が中途半端なのは,とちゅうでそれに気が付いたからだと思います(w)

  シロウトが「直そう」として楽器にトドメを刺す,典型的なパターンの実例ですね。
  この「補修」によって,いよいよこの楽器はお蔵入りの「使えないモノ」となってしまったのだと思います。

  割れ補修のチギリといっしょに,丸く削った木片を2番目の糸巻孔に押し込みます。こちらの木片の木目は糸倉のものにあわせます。ここも接着はエポキ。黒檀の粉を混ぜて黒くし,完成時に目立たないようにしておきましょう。硬化したところで整形。このあと塗り直すのでいまは塗装がハゲてもだいじょうぶ。

  埋め込み物を整形してから,糸巻の孔をドリルで開け直し,リーマーで軽く広げ,焼棒で仕上げました。


  紙ヤスリで擦っている時の色の変化から,ベンガラの下の木地はスオウ染めされていたらしいことが分かりましたので,指板面や棹裏など,塗装のはげているところも含めて,まずは棹全体を染め直します。スオウでミョウバン発色,真っ赤になったところでオハグロを二度ほどかけて黒紫色に。

  下地ができたところで上塗りです。ベンガラはまずお酒で溶いて (ついでに…っと……んく…んく……ぷはぁーっ!!ww),柿渋でのばして塗りつけます。ベンガラは隠覆性が高いので,下地がところどころかすれて見えてるくらいに,ごく薄めに二度も塗ればじゅうぶんです。乾いたら,上から柿渋だけを二三度塗り,三日ばかり完全に乾かしてから乾性油を染ませた布で拭いて完成です。

(つづく)


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