月琴43号 大崎さん(3)
2015.9~ 月琴43号 大崎さん(3)
STEP3 天使の響き線 再塗装の終わった棹を,胴体にフィッティングします。 この棹,工房到着時には表板がわに若干傾がっておりました。しかし棹背のお尻----胴体との接点----の部分が胴から浮いていたところを見ると,これも当初からの設定ではなく,蓮頭を割った破損の衝撃か,経年の変化による部材の変形などが原因であると考えられます。実際,棹なかごに曲尺を当ててみますと,杉でできた延長材の部分が,わずかにU字型に反ってましたしね。 しかしながら,その反りも延長材をはずしてどうにかしなきゃならないほどでもなし。 今回は多少あちこち削って,スペーサーをへっつける程度でなんとかなりそうです。 棹を背がわに倒せばいいのですから,内桁に噛んでいる延長材先端の表板がわを削って,裏板がわにスペーサーを貼りつけます----こう書いちゃうとなんてことない作業見たいですが。削りすぎちゃうとそれはそれでエラいことになるので,棹を抜き差ししながら,少しづつ削ってゆきます。 要は棹を製造当時と同じく数ミリ背がわに傾ける-----それだけのことなのですが,今回もこの作業,およそ4時間くらいはかかりました(w) 棹のお世話をいろいろとやってるうちに,表板と内桁などの再接着が終わりました。 この楽器は普及品の数打ちものですが,原作者の工作は比較的丁寧で,側板接合部の木口擦り合わせなどもしっかりやってあります。基本的にはニカワで貼りなおし,多少の補強をしてやるだけで,部材同士はかなり理想的に密着した状態になるでしょう。 さて工作加工は良いものの,経年の変形と保存状態の悪さで接着のトンでしまっている四方の接合部は,新しいニカワをたらしこみ,胴にゴムをかけてしめつけ,裏に和紙を二重貼りにして柿渋とニスで保護。 ついで表板に二箇所ほどヒビ割れがありますので,古い桐板の端片を使ってこれを埋め,バチ布と半月下にあった虫食いやエグレも木粉とエポキのパテで埋めておきましょう。 あらためて観察しますと。この楽器の内部に残っている指示線や目印はすべて墨線ですね。 意外かもしれませんが,明治後半に作られた月琴では,こうしたものはたいていエンピツになってしまっています。この楽器のブームはちょっと爆発的だったため,伝統的な職人さんより流行期に新しく参入したニワカ楽器職みたいな人が多かったためだと思われます。 工作が手熟れていることもありますが,この楽器の作者は木工には精通しています。板に引かれている線は,手引きではなく明らかに墨壺によるものですしね。しかしながら,はたしてもとからの楽器職人であったかどうかとなると……うん,少し疑問もないではない。たとえば楽器と言う精密な細工物に引くものとしては,この線,やたらと太い。 この楽器自体はあるていど大きな「楽器屋」さんで販売されたものだとは思いますが,大量に作られた流行期,作ったのは必ずしも「楽器職人」とは限らない,という部分があります。大工さんや指物師など,木工に関わる人が手伝ったり部分的な組み立てなどの下請けをしてたりもしたでしょうからね。 さて,この楽器,も一つの問題は 「響き線」 です。 修理の本筋から言えば,元の線をどうにかして,元のカタチに戻すのが正しいやりかたなのですが。この線,あまり質が良くなく,かなりモロいものなので,元に戻しても早晩また折れてしまいそうなのです。 楽器の未来を考えますと,多少修理者としての矜持にはもとるのですが,新しい材料で新しい 「響き線」 を作って仕込んでやったほうがいいようです。 元が直線なので,ただの直線の響き線でもいいのでしょうが,ちょっと実験を。 以前修理した36号すみれちゃんの響き線を真似てみます。 根元をZ型に曲げたこの線は,揺れ幅が大きく,曲線に近い反応と効果が得られることが分かっています。うまくゆけば弾いていると頭の右上45度の方向から音が返ってくるような響き----庵主が 「天使の余韻」 と呼んでいる独特のサスティンがつくのですね。 上桁の下,表面から見て左端の隅っこに小さな孔をあけた木片を接着します。 これが新しい響き線の基部になるわけですが,いままでの経験から,この木片は桁の板と側板に接着して,表裏の板からは1ミリほど離します。おそらくこれは,表裏板の余計な振動を拾わず,また線の振動を直接板のほうに流さないための工夫だと思われます。線鳴りの振動などが共鳴板である表裏の板に伝わると,へんなビビリ音が出たり,その振動で糸のほうの振動がかき消されてしまうのではないか,ということでしょうね。 一晩おいて木片の接着を確認したところで,焼き入れをした線を挿します。この型の利点はもうひとつ,基本カタチは直線なので,曲線に比べると焼き入れがラクなことですね。 響き線の接着固定にはエポキを使います。 鉄を木に固定するのですからちょっと慎重に。線の基部はエタノールなどでキレイに拭ってから,たっぷり塗ってさしこみましょう。 伝統的な工法では根元にニカワを盛るか,四角釘を打って固定しますが,前者はオリジナルがそもそもその方法のせいで壊れちゃってたのですから問題外,後者は四角釘というものが手元になく,またクギの微妙な挿し具合などでかなり効果が変わってしまうので難しいためパスします-----手先と勘にじゅうぶん自信のある方がやってください(w) 演奏姿勢にしたときちょうどいいフローティング状態となるよう,線の下に木片などを置いてそのまま硬化するまで放置。 もともとやや長めに作ったのですが,硬化後に胴体を振るなどして揺れ具合を確かめたところ,そのままだとやはり先端が胴裏を叩いて線鳴りが起こりやすい。 あんまり短くすると,今度は肝心の余韻への効果が悪くなっちゃいますので,ちょっと考え,先っちょを2センチほど切り詰めました。これでもまだ多少線鳴りは起こりますが,ちょっとやそっと揺すっても線が板裏を叩くようなことはなくなりました。ただの直線より振幅が大きいだけに,このあたりの調整は少し勘が要りそうですね。 まあ単純に長さの問題なので,曲線の調整の微妙さなどにくらべると問題にはならないでしょう。 (つづく)
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