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月琴47号 首なし1(5)

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斗酒庵 またまたの並行作業 の巻2015.9~ 月琴47号 首なし1(5)

STEP5 吉祥まとい姫

  さあ,木箱を「楽器」に仕上げてゆきましょう。

  まずは板の周縁の整形などによって,色の薄くなった側板を側板を染め直します。
  分解作業中の観察や実験などから,この楽器の側板の染めはカテキュー(阿仙薬)とオハグロによるものだと推測されます。 いままであまりやったことのない組み合わせの染めですねえ。
  庵主はふだんあんまり使いませんが,このカテキューという染料も,かつてはけっこう一般的に使われていたもののひとつです。「薬」という名前がついてるとおり,染料のほかおクスリにも使われていたもの----まあ染料の多くがそうなんですが----身近な例で言うと「仁丹」の主成分ですね。
  ヤシャブシと同じ茶系の染料ですが,ヤシャブシと違ってあまりほかの化学物質と反応しないし,定着もよく褪色も少ないかなり強靭な染料です。オハグロをかけると鉄媒染になるわけですが,これも古色を付ける,とか,茶色に黒味を増す,くらいの効果しかないようです。
  はじめてやった染めですが,深みのある茶色が素材のクスノキの木目と相まって,美しく光彩を放つ,なんともいえない,いい感じの色に染まってくれました。


  つづいて半月の接着。
  ああ…そういやまだ糸巻ないからなあ。ちょうどよさそうな古糸巻をちょいとさしこんで糸を垂らし,位置をさぐります。
  表板の木目の「山」になってる部分を胴体の中央に持ってくるのは,名古屋の鶴寿堂なんかがよくやる意匠ですね。同時購入の46号に鶴寿堂の楽器のものとおぼしい糸巻がついていたこと,またその全体的な工作具合からして,この楽器も鶴寿堂の作品であっておかしくはないのですが,鶴寿堂だとよく内部にそれとわかる署名とか残してくれますし,上にも触れた棹の延長材の接合方法がかなり珍しいものであったこともあり,いまいち確定はできません。

  んじゃ糸巻を削りましょう。

  ここまでの作業では過去の修理で出たほかの楽器の糸巻で代用してましたが,この楽器のためにピッタリ合うのを1セット削ってやります。
  例によって材料は¥100均のめん棒,細い糸倉に合わせて,やや長めの12センチ。
  六角形一本溝の,国産月琴ではいちばんスタンダートなのにしましょう。
  色はスオウ染め,ミョウバン発色のオハグロがけで。
  オハグロを薄めにしてやや赤みのきつい色にします。スオウは褪色が早いので,一年くらいするとちょうどいい感じの色に落ち着くと思います。

  山口は牛骨で,43号の改修でついでに何個か作っておいたので,それを使います。
  フレットも牛骨で一揃え。今回は棹の傾きも理想的になってるんで,低音域で適度に高く,高音でいっきに低くなる,唐物月琴や国産月琴の良品によくある感じで仕上がりました。

  象牙と違って,牛骨はやや硬くモロいので,削るときに欠けたりヒビたりで歩留まりがけっこう出ます。
  象牙だとカタチが出来たら磨いて終わりですが,牛骨の場合は#400くらいまで磨いたら,まずニスで表面を固めます。象牙よりも多孔質なので,いろんなものをすぐ吸い込んでしまいます。そのままで磨きに入ると,油は吸うは研磨剤は吸うわで,結果なにやら微妙な灰色になっちゃったりしちゃうのです。
  つまりは,ニスを塗ればニスを吸い込んでくれるわけで,表面で塗膜になる前に表層にニスを吸い込んだ層が出来ます。乾くのにちょっと時間が必要ですが,ニスの層が出来るとほかの余計なものを吸い込みにくくなりますし,研磨剤とか使わなくてもちょっと磨けばしっとりツヤツヤになりますね。

  さて,同時作業の43号は欠損部品が少なくて,あんまり遊べなかったんですが,今回はなにしろ首ナシ。ナイものがいっぱいですんで,小物好きの庵主としては,これよりひたすら至福の小物タイムに没入できまする。
  オリジナルの首にどんなお飾りが付いてたのかはもちろん,残っているのは胴左右の菊と7・8フレット間の1コのみ,オリジナルの状態はほとんど分からないわけですから,どんなの作っても文句はきません。(w)

  まずはテーマを決めましょう。
  庵主といたしましては,こういう重症楽器こそシアワセになっていただきたい。楽器というものは道具であります。音楽を演奏する道具である楽器にとっての最高のシアワセというものは,使ってもらえると楽器として弾いてもらえることではないかと考えます。

  というわけで,そういう願いを込めてのまずは蓮頭。
  「鳥」ですね。二羽の鳥の羽根がかたっぽくっついています。

  つぎに扇飾り。
  これは一見,国産月琴によくついてる万帯唐草の類ですが,木の葉を何枚かつけて,文様を木の枝とか蔦に見立ててます。中央のところで枝の繋がった木。

  んで中央飾り。
  エビ----ですね。二匹のエビ。
  海綿の中に棲んでる二匹のエビです。

  蓮頭はスオウで染めてミョウバン発色オハグロを軽くムラがけ,塗り物っぽく仕上げました。ほかの二つはいつもなら黒染めですが,今回はスオウでツゲっぽく黄色に染めてみてます。

  うむ,「比翼の鳥」「連理の枝」「偕老同穴」と,いづれも夫婦円満・相思相愛の象徴で,この楽器が演奏者にとっての最良の伴侶となっていただきたい----という願いをこめました----が----リア充爆砕派の庵主が彫ったのですから,多少意味合いも変わってまましょう。
  というわけで作業名「青汁2号」「首ナシ1号」を返上。よく言うとベターハーフ,悪く言うと 「ずっと………離れない。」 楽器ということで,あらたな銘は 「まといちゃん」。

  2016年3月29日,首なしだった月琴47号,再生修理完了!


  去年の年末から,雪かきで帰省していたこの春先まで,合間合間の練習に実験にと,庵主のかたわらで音を奏でてくれたのは,これと同じく首ナシだった49号ちゃんでした。
  やや小柄な楽器だったので扱いやすかったこともあるんですが,それ以上に49号は,首ナシで虫食いだらけの,ゴミ同然の物体であったとは思えないくらい,よく鳴ってくれました。同様の首ナシ月琴をいままで何本か扱いましたが,修理が終わってみると,そのどれも音の良い,いい楽器になって巣立ってくれたと思います。

  古物の場合,一見外面が良く,どこも壊れてないように見えるおキレイな楽器ほど,内部構造など直しづらい部分にけっこう面倒くさい故障を抱えていたり,直ってみるとあんがい大したことのない鳴りだったりするのですが,こういう 「死線を彷徨った」 というくらいの目にあったボロボロの楽器は,直るとだいたい,音も素晴らしくかつ扱いやすい,かなりの良器となってくれます。
  まあひとつには,こんだけ壊れてると,元の状態がアワレなだけに直すほうにも情みたいなものが湧いて,そのせいで少し評価に色眼鏡がかかっちゃったりしてるのかもしれませんが----この子も,かなりいい音です。(w)

  まずは胴体の主構造を徹底的に強化・補強したのが功を奏していますね。
  弦の振動がムダなく伝わって,楽器全体が震える感じで音が出てます。板がまだ乾き切っていないので,音がそれほど前に出てませんが,響き線の効果も良く,スプリング・リバーブに近い余韻が低音域から最高音までほどよくかかり,少し耳にわーんと残る感じです。
  庵主の好きな曲線や直線の効果と比べると,やや地下室っぽいというかトンネルの中っぽい感じがしないではありませんが,そのあたり,新しい銘にも合ってる気がするので,悪くはありますまい。
  棹もフレットも新作なので,角度も傾きも弦高も,ほぼ理想的な設定にできました。運指への反応も上々,バランスも上々,例によって横にして自立します。
  欠点として,まず糸倉に少し強度的な不安がないでもありませんが,通常の使用ではそう壊れることもないでしょう。また胴左お飾りの虫食い痕をはじめ表板の補修痕が近くで見るとやや目立ちますが,これも少し時間がたって補彩がなじんでくればあまり気にならなくなってくると思われます。
  もとの状態が状態なので,そう熱心には勧められませんが,誰が弾いてもそこそこ鳴ってくれるでしょう。そういう意味では 「優しい楽器」 だと思いますね。

  最初のほうでも書きましたが,首ナシのゴミにはなっていたものの,この楽器はもともと満艦飾にお飾りのついた,それそこの高級楽器だったと思われます。試験中はいざというときのメンテのことも考えて,お飾りは基本的なものだけにしておいたのですが,しばらく弾いていてバラバラになるような様子もないので,柱間の装飾を足してあげることにしました。


  オリジナルの柱間飾りは一個だけ残っていますが,これ正直,何の表しているのだかさっぱり分かりません。(w) 修理前にはほかの柱間にもお飾りの痕跡が残っていましたが,それもみな典型的なお飾りとは思えない形状でしたので,1セットの意匠として再現するのは,現状ほぼ不可能です。
  ですので,今回は残ってるこの一個を何かに「見立て」て,新たに「一揃いの」意匠を組んであげようと思います。先っぽがちょっとナイフみたいにとんがってますからね……んーと…ではこれを「剣」としましょう----正式名は「斬妖剣」ですね。
  ならばほかに必要なのは「道籤」「陰陽板」「順風笛」「花籃」「瓢箪と杖」「蓮と笊」「芭蕉扇」の七つです。このうち「蓮と笊」は,すでに彫った扇飾りが「連理の枝」,「連」は「蓮」に通じますし,全体の形がザルの一種「簸」にも見えなくはないからこれに兼任・代理させ,つごう6コのお飾りを凍石で彫ります。


  これは「裏八仙」という吉祥意匠です。

  おめでたい絵柄として使われる「八仙人」を,人物像ではなく,その持ち物を描くことで代表させる,という手法ですね。

  月琴にこういうお飾りをつける習慣は,西南少数民族の楽器のほか,日本に輸入された唐物月琴と国産月琴にしかありません。
  ベトナムの長棹月琴では,高級品になると柱間に神様の像が描かれています。ベトナム月琴弾きの知人は向こうで,フレットの位置をいじってくれと楽器屋に頼んだら「神様を踏むことになるからできない」と断られたそうですが,庵主は短い棹の月琴にも,もとは同じような伝承があったのではないかと考えています。
  神的な存在と音階が結び付けられるのは,どこの文化圏の伝承でも同じですし,そもそも月琴の柱間は吉祥の「八」,あの牽強付会好きの中国人が,これをそのままにしておけるわけがないじゃないですか(w)。
  実際のモノを通じての伝言ゲームの果て,同じ意匠の反復・カタチ違い程度のものになってしまったり,まったく意味のない,単なる典型的な文様の組み合わせのようになってしまったりはしていますが,それぞれの装飾の源流に,この「裏八仙」みたいな,神的な存在を表す何かがあったのではないか,これは月琴という楽器をめぐる庵主の研究テーマの一つですね。

  ----カミサマまでむすびついていったところで,この修理もおしまい。
  吉祥来福,保祐長久,再生されたこの楽器の,後の幸せを祈ります。

(おわり)


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