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月琴48号 (2)

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斗酒庵 壊れ月琴の飽和攻撃その後 の巻2015.10~ 月琴48号 菊芳(?) 2

STEP2  夏休み風邪あざみ

  げほげほ…わしゃあ,きょねんの夏休みのしくだいをやりとげるまでは,死ねんのじゃあ。

  夏の帰省の直前,ありがたいことに不良在庫がぜんぶ捌けまして。(祝)
  部屋で最後までぶるさがってた43号と46号もなんとかお嫁にゆき,おかげさまで,ようやく最後の一面にとりかかれますでごんす。

  自出し月琴48号----すなわち依頼修理の楽器とかじゃなく,自分で金出して資料用に買い入れた楽器の48面目なわけですね。うううう,腹が…自腹が痛い。(w)
  日本橋馬喰町四丁目菊芳・福島芳之助の楽器に似てますが,ラベル等決め手なく,作者不明。蓮頭や胴左右のお飾り,フレット等に損傷や欠落はあるものの,楽器本体はたいへんにキレイな状態。このあとに仕込んだ49号のほうが,首なし虫食い穴だらけの重症患者だったもので,作業はそちらを先行させました。そのため,この夏まで,ずっと部屋の片隅で,修理の順番と資金が貯まるのを待っていてくれたんですねえ。

  まずはフィールド・ノートをどうぞ。
  (*画像クリックで別窓拡大*)

  糸倉は短めですが,うなじは短くコンパクトな造りになっています。指板は紫檀,1ミリほどのうすーい,板を貼りつけてあります。棹は少し太目でやや四角ばり,基部のあたりでは2角を丸くしただけのほぼ真四角な断面になっていますが,棹背に浅く美しいアールがついており,見た感じそれほど角ばった印象はありません。指板面の左右側も直線ではなく,中心のわずかに凹んだアールが,目立たない程度についています----この作者,センスも腕前もなかなかのものですね。

 なかごは細めで,組み込みはスルピタ。針葉樹材でできた延長材の根元あたりにエンピツで何か書いてますが…「10」かな?

  半月は飾りのない曲面タイプ。装飾はついてませんが,黒檀で出来てますからね。けっこうな贅沢品です。
  バチ皮はほとんどはがれかかっており,接着部の左がわに,皮の収縮よるものと思われる裂けヒビの小さいのが2本ばかり入ってます。表裏板ともに,損傷と言えるのはこの小さなヒビくらいなもので,板のハガレやウキも見当たりません。
  表板はほぼ柾目の上物で,矧ぎが巧いので小板の数は現状ちょっと判別つきません。たぶん7枚継ぎぐらいかな? 裏板は例によって2級品,木目もあまりちゃんと合わせてないし,大きなフシもあちこちにある。おかげで小板も数えやすいのですが,12枚くらい継いでますね。

  棹・胴体の主材はおそらくホオ。もともとはスオウで全体赤っぽく染めてあったようで,現在は糸倉の一部と胴接合部付近にうっすらと色が残っています。
  4本揃って残っていた糸巻も,材質はおそらくホオ。長:115,最大径:23 は明治国産清楽月琴の標準,六角形なところも同じですが,各面2本溝というのはあまり見ないですね。庵主の手元にある資料でも,はっきり分かるのは,今のところ本器くらいなものです。

  胴側面,凸凹接ぎの接合部にわずかなスキマがありますが,3箇所はニカワを充填して補修してあるようです。楽器に向かって右側面上下の接合部に薄くヒビが見えますが,これも補修済のようです。
  楽器のお尻に当たる地の側板の中央,表板がわに小ハガレ。同じ個所,面板と側板の合わせ目に刃物を入れようとしたような痕が少しついてます。この側板の左右接合部には,上に書いたように補修痕がありますから,最悪,側板自体が一度すっぽんとはずれたか何かして付け直したのかもしれません----裏板がわの接着部には不自然なところがありませんから,おそらくはそこまでではなく,接合の浮いた箇所を部分的に接着し直したものだと思います。

  扇飾りは木製ですが,胴中央の牡丹の円飾りと,残片の残っている胴右のお飾りは,緑色の凍石で出来ているようです。
  右お飾りの残片から,意匠は「仏手柑」だったことが分かります。彫りのウデはふつう。ヘタではありません。(w) 取付け角度が,左右反対と言うか……ふつうは対にしたとき,「 )( 」となってるところを「 ( ) 」にしてありますね。珍しいほうですが,類例がないわけじゃありません。全体のデザインはよくあるパターンのものに近かったと思いますが,この取付け方向のために,欠損している上部,葉っぱのあたりが少し違う感じになってたかもしれませんね。
  残っているフレットは,象牙か牛の骨かちょっと迷うところですが,肌合いからして象牙だと思います。第6フレットは再接着。木工用の瞬接かな?カリカリ硬い透明な接着剤が,少しハミ出してますね。

  上桁に音孔がないものですから,内部の状態はいまいち不明ですが,棹孔から見える響き線も銀色してますし,桁の接着ふくめて問題はなさそうです。下桁には,真ん中に大きく長い音孔が切ってあるようです。その2センチほど上のあたりを,響き線が通ってますね。楽器を揺らした時に出る線鳴り音や感触から察して,響き線は少し深めの弧線タイプだと思います。

  棹の作りは少なくとも芳之助の手ではありません。棹の根元が四角張ってるあたりは似てるんですが,菊芳の棹だと棹背はもっと直線的だし,糸倉のうなじがもっと長い。また芳之助の楽器の糸巻はもう少し太目ですし,ほとんどは六角一溝,加えて付けるなら棹なかごや内部の工作がもうちょっと粗い…こんなに丁寧じゃありませんねえ。(w 庵主は菊芳の楽器が好きなので,重箱の隅ほじくれというならもっと延々述べれますよww)
  菊芳でないとすれば……庵主の知ってる中で候補をあげるなら,唐木屋の晩期上物か鍛冶町海保の楽器かな。

  唐木屋こと林才平。日本橋本石町二丁目(のち本銀町に移転),屋号は丸に七。(なんだったら旧住所から電話番号まで分かります-交換手に告げるタイプのw) お店はのちに「唐木屋楽器店」として和洋楽器を手広く扱う大手楽器店の一つとなります。「漢樹堂」と名乗ってることもあります。月琴流行期には,太目の棹,厚めの胴体など関西の松派あたりの影響を受けた楽器を作ってましたが(9号・18号参照),外注みたいなこともして楽器の数をそろえていたらしく,31号のような,この店本来のとは工作の異なる高級楽器も残ってます----「唐木屋の晩期上物」ってのはそういう手合いですね----その類にこれと似た楽器がないではない。ただ,材質から見るに,この楽器がそこまでの「上等品」であったとは思えません。(中の上,上の中,くらい?)

  つぎに,鍛冶町海保こと海保吉之助。商号は「菊屋」,屋号はヤマ吉(「フジ吉」かな?),住所は神田区鍛冶町十二。「今川橋ヨリ北ヘ二半」とありますんで,今の神田駅の前あたりでしょうか。明治12年の『商業取組評』(東京の商店を相撲番付に組んだもの)の「三味線」の部門で東前頭筆頭。第二回内国勧業博覧会に「琴」を出品して有功賞。第三回内国勧業博覧会でも三等有功賞をもらっており,審査員の講評もかなりいいので腕前は保証付き。 明27年『掌裡の友』に「御琴及三絃師 清楽器類其他付属品各種卸小売」とありますから,月琴を作ってたとすればこのころですね。 明治16年ごろには「吉三郎」,明治44年ごろには「伝左衛門(もしくは伝右衛門)」さんという名前も見えます。ここの月琴のラベルにはお店の名前しか書いてないので,誰の作かは分かりませんが。

  前回ちらと書いたとおり,この楽器に残ってた蓮頭のコウモリさんの意匠は,日本橋馬喰町4丁目・福島芳之助の楽器についていたものと良く似ています。全体の形もそうですが,この,翼の部分に細かい筋彫りを施した例は,同時代の他の作家さんの楽器には見られないものなのでタイトルも「菊芳(?)」となっております。 福島芳之助も店名は「菊屋」,菊屋の芳之助なんで通称が「菊芳」なわけですが。屋号も「ヤマ(フジ)」と名前の一文字目の組合わせ。海保菊屋と同じですね。 正確な関係は分かりませんが,これらがもし同じ伝系にあるとすれば,二人の楽器にこういう共通点があったとしても不思議はありませんね。
  鍛冶町海保の作と確実に分かる楽器を,残念なことに,庵主はまだ直接手に取って見たことがないんですが,資料画像からすると,棹の特徴なども48号に良く似てるし,この楽器に使われているのと同じ,ちょっと珍しい,濃い緑色の凍石飾りが使われてる楽器もあるようです。

  今のところ証拠不十分で,はっきりとは言えませんが,鍛冶町菊屋・海保吉之助の作,という可能性はかなり高いかと。
  ----といったところで次号に続く。


(つづく)


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