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合歓堂/琴華斎 (1)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.10~ 合歓堂/琴華斎 (1)

STEP1  クロニック・タウン

 夏休みを過ぎ。
 48号修理完了の後,工房には自出しの修理楽器もなく,庵主はしばし,清楽曲の楽譜解読と,資料の整理に明け暮れておりましたのですが,そこに降って沸きました,依頼修理のお話しが!

 さてさて,久しぶりの楽器修理ですが,腕はまだ鈍っていないかな?


 楽器は2面。
 まずひとつめは,ラベル等なく現時点では不明ですが,各部の特徴や工作から,おそらく「田島真斎」の作と思われる国産の大型月琴です。

 田島真斎,資料によっては田嶋真斎と書かれることもありますね。本名は「勝」。明治10年の第一回内国勧業博覧会から明治20年代の前半くらいまで,月琴をふくめた明清楽器の製作者として,その名が博覧会の出品者目録や商工人名録に散見されます。
 明治15年の第二回内国勧業博覧会では 「製作精巧ニシテ音声爽快,他ニ超絶ス。其妙技嘉賞ス可シ。」 とお褒めの言葉をいただいてるくらいで,腕前はかなりのものです。
 清楽家としても,鏑木渓庵の直弟子の一人ということになってますので,かなり古株の清楽家ということになりましょう。

 じつは庵主,この人の楽器は画像とガラス越しでぐらいしか見たことがないのですが,うちでも何面か扱ったことのある 石田義雄(初代不識) の楽器との共通点があまりに多いので,庵主はひそかにこの二人の作家の間には,何らかの関係があるものと考えています。

 まずは観察と計測から----

 糸倉と棹は長く細く,すらりとスマートです。
 指板長:148と,有効弦長,各フレット間の間隔は,石田不識の楽器とほぼ同じ----おそらく同じスケールを使ってるのだと思いますね。
 棹背にはアールがほとんどなく,ほぼ直線。
 同じような寸法の棹でも,たとえば名古屋の鶴寿堂のなどはもっと曲線的です。また山口がのっている「ふくら」の部分と棹左右のラインとのつなぎめが,他の作者のものよりいくぶん深くなってるのも,不識の楽器との共通点ですね。
 あとは全体に見ておおぶりで,薄い。

 石田不識の楽器の場合,半月の下縁が単なる曲面・曲線ではなく 「面取り」 になっているのが,分かりやすい特徴の一つとなっています。実際にノミで掻き切ったような工作ではありませんが,ここが荒々しく削ぎ落したかのような平面で構成されている楽器が多く見られます。(下左参考画像,27号不識作)

 この工作は田島真斎の楽器にも見られるのですが,真斎の場合面取りの一面は不識のものよりずっとせまくて細かい。ちなみにこの楽器の半月下縁部も----画像だと分かるかなあ----つるん,とした曲線ではなく細かな面取り加工になってるんですね。
 真斎の楽器では,曲面の半月や透かし彫りのものなど,この工作加工のまったくない楽器も確認されています。彼にとっては不識ほどのアイデンティティ的なこだわりはなく,あくまでもよく使う意匠の一つ,って感じですが,この二人のほかの楽器で,この加工のあるものは珍しいので,かんたんな鑑定に使える特徴ではありますね。

 では棹を抜いてみましょう。
 ----うん,なかご部分は本体からの一木造りになってますね。

 これもこの二人の楽器の特徴,というかこだわりのひとつ。
 不識の場合,初期の楽器では糸倉まで一木にしているのが目立ちますね,工房の住所を変えてからの楽器では,間木をはさんだ普通の工作になってるほうが多いようですが。

 「棹を一木造りにする」 というのは,この楽器を 「より良いものにしよう!(星)」 とか思った時,誰もが考えるだろう構造(w)の一つなのですが,ほとんどの作家がまず手を出しません。その理由は,簡単に言うと 「材料費が余計にかさむわりに工作が思ったよりずっと難しい」 ってとこですね。
 また,棹本体に針葉樹などで延長材を噛ませる一般的なやりかたですと,多少工作を失敗したとしても,いくらでもやり直し,調整して再利用する方法があるのですが,あくまで「一木造り」にこだわると,失敗したら 「(ほかの材料で)最初から作り直し」 になる可能性がすごく高い----つまりは部品としての「歩留まり」の発生する確率が非常に高くなる----のです。
 作るがわにとってはまあ,横スクロールのゲームをノーミスでクリヤーするみたいなもんですね。一箇所間違ったらアウト,別機で再ちゃれ~んじ----不識も真斎も「清楽」という音楽自体の関係者であり,しかも腕前に自信があるのでやってのけてるんでしょうが,月琴はほかの楽器に比べると利益率の低い,安価な商品でしたので,流行に乗って作り始めたようなふつうの作家や工房なら,まず試してみはしたとしても,より安全で簡単なほうを採りますわな。

 ちなみに,庵主,何度も書いているように,月琴の棹はきわめて短いので,この部分の材質や工作は,楽器の音色にあまり影響がありません。
 「上から下まで一本の木で作ってるのだから,音の伝わりは良いはずだ」-----というのが,この工作の発想の起源であることは間違いありませんが,悲しいかな,この楽器の場合,構造上,ムクの棹だろうがなかごを継いでいようが,加工・工作さえしっかりしていれば,音色上はまず変わりがありません。その上,一木造りの棹は,複雑な歪みや狂いが生じやすいわりには完成後の調整や修正がやたらと難しい----長く使ううえでは不利なことのほうが多く,楽器はメンテを必要とするもの,という点から考えると,欠点ばかりで利点のあまりない工作なのですね。
 はじめに「誰もが考えるだろう構造(w)」と書いた理由です。

 ほかの月琴作者がチャレンジしてまさにクジけた結果は,42号の修理記をどうぞ~(泣)


 さてこの楽器,いちどほかの 「ちゃんとした楽器屋さん」 に修理してもらったそうで-----ふむ,一見きちんとまとまっておりますが,前修理者の仕事は基本的に,ハガれてた部分をてきとうにへっつけ,考えなしにこさえた余計なものをへっつけてるだけ。「楽器として手をつけるべき部分」にはまったく手が付けられておらず,いちおう接着剤にニカワを使ってる以外,とてもプロの仕事には思えません。わたしが親方ならこの修理者,ゲンノウでアタマかち割って,不用品といっしょに土間に埋め込みますね。(w)

 だもんで今回の修理もまたまた,前修理者の仕事を一度リセットし,原作段階がどのようになっており,前修理者の「修理」する前の段階で,この楽器がどのようになっていたのか,を知るところからはじまりそうです。

***すんません,怒りにまかせてイキナリ作業始めちゃったので作業前の画像があまりありませぬ(w)***




 もうひとつの楽器は「琴華斎」。

 作者名も含めて一見,大陸で作られた「唐物楽器」ですが,唐物楽器をもとに日本人が作った「倣製月琴(ぼうせいげっきん)」てヤツです。まあ言ってしまえば唐物の「ニセモノ」なのですが,この作者の腕前は悪くなく,以前に修理した一面では胴材に硬い桑を用いており,音も悪くはありませんでした。
 カタチだけの楽器ではなく,ちゃんと楽器としてのツボをおさえたモノになってましたね。
 前回も今回も「琴華斎」というラベルが残っていましたので名前は分かってるんですが,どこのどんなヒトなのかは不明。

 かなり顕著な先広がりの糸倉に,絶壁のうなじ,山口をのせるあたりがふくらんでないところなど,基本的に唐物をなぞった工作となってますが,半月の曲面が「面取り」になってるのが,真正の唐物楽器にはない特徴,ってとこでしょうか。

 もう一面のほうにくらべると,若干保存環境が悪かったらしく,各木部は油切れしてパサパサ,胴の接合部にはスキマができてますし,裏板にはひび割れ,表板のフチほか数箇所にネズミのかじった痕なども確認できます。

 あと,なんでしょうね-----棹が,この,何としてもハズれません。えいや!

 ……ビクともしませんねえ。

 基部にクギかなにかブチこんだりしてるのか,あるいは何らかの接着剤でばっちりへっつけられてるんでしょうが,何をどんなふうに使ったのか。かなり強固に固定されちゃってるようです。

 この楽器の修理のヤマはこのあたりになりそうですにゃあ。

 というあたりで今回はここまで!

(つづく)


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