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琴華斎2 (7)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.10~ 琴華斎2 (7)

STEP7  グリーン

 今回はここまでやってから板を清掃----表裏の板はやや濃いめに染められてました。

 この楽器では,板の染めにつかうヤシャ液に砥粉が混ぜられています。
 日本では,桐板の表面処理としてごくふつうの工作なのですが,実はこの,桐板の染めにおける大量の「砥粉」の使用というのも,国産と唐物を見分ける時の要点の一つなんですね。
 唐物の楽器の板はほぼ染液をかけただけ,だからこすってもあんまり濁った汁が出ないんですね。また黄色染の液も,ヤシャブシより変色しにくい阿仙薬,カテキューなどが使われてる場合もあります。この場合は重曹水で清掃しても,ほとんど色が変わりません。

 胴左右のお飾りは花籃。

 意匠は唐物のそれをよく真似てますね。
 右のしっぽ,といいますか花瓶の底の部分と,左の葉っぱの一部が欠けてますので補修して,全体を染め直しておきましょう。

 あと,凍石のお飾りが4つほどなくなってますんで作っておきます。
 例の桃だか仏手柑だか花だか分からない植物の手合いですね。
 左下のオリジナルと,だいたいの記憶にあるパターンを思い出しながら----こンなもん,そこらの凍石のカケラで,えいえいえい。
 ----でけました。(w)

 フレットは煤竹。
 これも何度か書いてますが,唐物月琴だと肉の厚い大陸の竹が使われますので,竹の皮面が糸のがわに向いて,前後は平面になっています。
 日本ではそこまでの肉厚な竹がないので,竹の皮面を片がわにそのまま残したタイプのフレットが,国産月琴では多く付けられています。
 庵主はその皮面も平らに削って,カタチだけは大陸のフレットに似せたりしてますが,この楽器のはそれと国産の中間ですね。
 片がわが皮面になってるのは同じですが,そこを削ってガラス層の下の部分を少し出してます。庵主のようにまっ平らにまではしてない,ってくらい。うむ,こういうのもアリか。
 棹上のフレットは全損ですので,工作を似せて3枚削り,胴上のフレットはオリジナルのものをそのまま使いました。
 ほぼ無加工。棹角度をたんねんに調整しましたので,この高さでバッチリ合います! ただし最終第8フレットのみ,左右に少し傾きがあったので,最終フレットですんでビビリとかは出ないし,高さ的にもまあ問題はなかったんですが,弾きこむと操作性に難が出ないでもないので,最終的には交換しました。

 山口はオリジナルのものをそのまま。
 ただし糸溝はちゃんと切っておきます。使い込まれてない楽器の山口にはついてないことが多いですね。ちょっと弾けるようにならないと,ないと不便なのにも気が付かないんでしょうね。
 この山口,形や背のアールの具合,またその色合いから考えて,三味線の棹の端材じゃないかなあ。裏板の墨書でも「楽器舗」とか書いてましたし,やっぱり「琴華斎」の本職は三味線屋さんかな?

 糸巻もオリジナルのをそのまま使用。

 溝が深く丸っこいこのカタチも,天華斎や老天華など唐物の楽器のもののデザインをきちんと踏襲してますね。国産月琴のは同じ六角断面でももっと角ばってますが,あれはおそらく三味線の糸巻の影響です。日本の奏者は糸巻に角がないと,操作上ちょっとしっくりこなかったりしたんでしょうね。現在の中国月琴の糸巻はほぼ丸軸,日本だと琵琶の糸巻のほうに近いのです。
 1本に少しネズミの齧った痕があったので,唐木の粉をエポキで練ったパテで,ちょちょいと埋め,あとは染め直しておきました。

 棹も胴体同様,色の薄れてたところを,スオウやベンガラで染め直してあります。あらためて測ってみますと,接着剤やら延長材の反りやらで,苦労して修正した棹の傾きは,山口のところでおよそ3ミリ----この楽器として,ほぼ理想的な設定ですね。

 仕上がった部品を組み付け,貼りつけ。
 信州松代住・琴華斎作の月琴,修理完了です!


 ----音がいいです。
 素晴らしい。

 修理しながらその材質や工作を見て想像していたのより,ずっといい音で鳴ります----いやじつは「倣製月琴」てのは,ガワだけを真似た玩具みたいなモノも少なくないんで,あまり期待はしてなかったんですがね。
 まあ,前に修理した琴華斎も音はかなり良かったほうでしたから,不思議はないか。



 コロコロと転がるガラスのような音の楽器です。
 音のほうは唐物に近くない----これはむしろ日本人が「月琴」て楽器に対して抱いたイメージを,そのまま楽器の音にしたような感じですね。

 唐物に比べると,余韻が少し力不足かもしれません。
 これは胴の材質の違いもあるかもしれませんが,この月琴の響き線は,形状タイプこそ唐物月琴と同じなものの,オリジナルにくらべると,線自体がかなり繊細で,やや短い,その違いも出てるかと。
 唐物月琴に仕込まれている響き線は太くて長く,そこからはじき出される音色は,たぶんその名前や,丸っこく優しげな外見から想像されるより,ずっと力強く明るいのですが,日本人には「月琴」なんて雅な名前の楽器が,そんな 「ドヤ顔な響き(Ryoさん-14号玉華斎オーナー-談w)」 をしてる,というのが理解できなかったようで。楽器の外見や工作の変遷から見て,国産月琴の作者には「名前どおり」,琴の音のように,月の光のように,ガラスのように冴え冴えとした音の出る楽器を作り出そうとしてた気配があります。この工作の違いも,よりそうしたイメージに近づけようと,琴華斎があえてした工夫の一つだったかもしれません。

 ともあれ,小ぶりですがそこそこ音量もあり,ステージ用としては少し物足りない場面もあるかもしれませんが,ふだん弾きには余ってお釣りがくるくらい。
 誰かに聞かせたい感じになる,キレイな愛らしい音の楽器ですね。

 どうぞ大切に----でもガンガン使ってやってください。

(おわり)


琴華斎2 (6)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.10~ 琴華斎2 (6)

STEP6  ライフス・リッチ・ページェント

 さて,信州の人の作った中国製月琴のコピー。
 倣製月琴・琴華斎2もラストスパート。
 胴側部接合部の補強もうまくゆき,棹角度の調整もなんとか,内桁も表板にバッチリへっつけなおしました。
 あとは裏板をとじるだけなんですが,ここでちょっと問題発生!

 何度も書いてますが,弦楽器というものはいくらガワがこぎれいに出来ていても,内部構造----たとえばバスパーが一本はずれていれば,魂柱がわずかにずれていただけでも,まともには鳴らなくなっちゃうものです。月琴にはギターのようにあとから胴内部にアクセスできる穴がありませんので,内部構造の接着,というのは本来けっこうな大事。国産月琴の場合は手を抜かれてしまうことも多いのですが,唐物月琴などではこれでもか,というくらい丈夫頑丈に接着されてたりします。
 内桁を表裏の板にきちんと密着させるため,多くの作家は板左右端の角をすこしだけ斜めに削り落とす,という工作をします。
 内桁と側板との間にわずかな空間を作ることで,平面の場合より板が沈み込み,各部がより密着する,という工夫ですね。

 対して,この楽器の内桁は一見完全に四角なただの板のようですが,よく調べてみますと,真ん中が幅広,左右端に行くほどわずかにすぼまっています。
 これも時々見る工夫----表面に細かな凸凹のある平面に布をかけて周縁のすそをひっぱっても,布はあんまり密着してくれませんよね。けれどもし,平面の真ん中が,丘のようにわずかに盛り上がっている状態で同じことをしたら,たんなる平面の場合より布は密着してくれるのでは----という発想からの工作ですね。
 これもまた,おそらくは日本人の楽器作家が,月琴の胴体を密閉された「箱」ではなく,三味線の胴のような「太鼓」として見ているところからきたものだと思われますが,いくら薄いとはいっても木の板は,布や猫の皮とは少々勝手が違うので,デメリットとしては周縁の接着がマズいと板がハガれやすい,とか板中央部への負担があるので割れやすいといったことが考えられます。

 あ,構造は似てますが,工作から見てこれは間違いなく音質追求的な目的ではなく,「工作の簡便化」「歩留まり回避」を狙った小技の一手法で,バイオリンなど西洋楽器のアーチトップとは別もンですからね~。

 ----ま,それはいいンですが本題。
 表板をばっちりへっつけたら,内桁の左右端が少し沈んで,接合部のところにくぼみが出来てしまいました。
 先の 「内桁の真ん中を盛り上げて板を密着させる」 工作は,端の部分が胴と面一であるのが絶対条件で,このままだとこのあたりで板との間にスキマができちゃうだけの間抜けな工作になってしまいます。「わずか」くらいならいいンですが,最大で1ミリくらい沈んでますもんね。
 もともとの加工でやりすぎたのか,あるいは板が収縮したのか……とまれ少々修正しておきましょう。

 内桁の左右端に薄い桐板を貼りつけます。

 ついたところで削って,接合部との段差を解消。中央にむいてるがわは薄くなだらかにして,アーチの設定はなるべくそのままに。
 これで裏板もばっちり密着してくれるはずです!

 月琴という楽器の胴体内部には,楽器の縦方向への支えというものがまったくないので,弦を張った状態で長い間放置されていると,縦方向に縮み,横幅がわずかに広がります。

 ですので古物の月琴では大抵の場合,表裏にもともとついていた板を一度剥がしてしまうと,横方向に誤差が生じて元通りにはなりませんので,庵主は板を割ってスペーサの板をはさみこみ,この誤差に対処しています。
 しかしながら今回の場合は,板を当ててみますと,そのままで横はわずかに余るのですが,縦方向がいくぶん足りません。(泣)


 多少工作のユルユルだった胴材や内部構造を,ガッチリ密着させちゃったせいもありましょうが,この裏板はよく見るとフシがあちこちにあり,いかにも暴れそうな小板で構成されてます。もともと3枚くらいにパッキリ分離しちゃってましたし,縦方向にも派手に縮んじゃったのかもしれません。

 こういう場合は板か胴体かを秤にかけ,なるべく両方の被害が最小限で済むような方策をとります。今回は楽器のお尻,地の側板を少し削って対処しようと思います。

 裏板がついたら周縁を整形。上で書いたように地の側板を少し削っちゃいましたし,そのほかにも作業で削れちゃったとこもありますから,ちょっと 「補彩」 程度じゃ誤魔化せませんねえ。
 んでは,全面染め直しとまいりましょうかあ!

 まずはスオウを3度ほど塗布。
 楽器ですので濡らしすぎは禁物,手早く刷いてきちんと乾かしながらの作業です。

 そのあとミョウバンと交互に2度ほど刷いて赤く発色。
 そこにクメゾー(茶ベンガラ)と黒ベンガラを混ぜたものを,薄目で,わざとムラムラに塗ってゆきます。ベンガラは隠蔽性の高い塗料なんで,べったり塗ると下地が見えなくなっちゃいますし,全体にフラットないかにも「塗った」的な見栄えになっちゃいます。

 今回の塗装の目的は「唐木に似せる」こと。
 木の色ってのは均一じゃなく,薄いとことか濃いとこが混じってるでしょ? あんなふうに見えるよう,わざとムラムラに塗るんです。
 左画像はスオウの初塗りから完成まで----ま,こんな具合でさあ。


 「塗り」と違って「染め」というものは,後からも色が大きく変化してゆきます。
 なのでやりすぎは禁物。良さげなところで止めて,ベンガラの固着のため柿渋を数度,全体に塗りまわし,亜麻仁油を塗ります。油が乾いたところでロウ仕上げ。

 うん----今回は実にイイ感じの「紫檀色」ですねえ。

(つづく)


合歓堂 (6)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.10~ 合歓堂 (6)

STEP6  アウト・オブ・タイム

 合歓堂・田島真斎の月琴。
 裏板の左右周縁を整形したら,あとは組み立てて完成ですねえ。

 今回のフレットはオリジナルと同じ牛骨。
 仔細あって,今回のみは半音きざみ完全2オクターブの配列といたします。(つぎに依頼あってもやらんからなww)

 前修理者は牛骨と象牙の区別もつけられんで(今回のはまた材質的に見え見えでしたのに…),象牙でフレットこさえて高い料金ふんだくったそうです。まあひでえもんだ。  だいたいコレの材料,どう見ても修理か引き取りで出たお三味の牙撥かなにかのぶッかれ,きざんだヤツでしょ? 工作も雑,しかも半音きざみにするのに,ちゃんと音も測らず,フレットとフレットの中間にぺっとへっつけただけ。高さの調整もきちんとやってませんねえ----こンなんでお江戸の「職人」名乗る気か,コラ恥を知れ。(怒)

 清楽月琴のフレットは8本,出せる音は13コしかありません。
 これを半音きざみにすれば出せる音が増える,対応できる曲も増えるだろう----と,いうことは,誰でもすぐに考えつくことですが,庵主はオリジナルの8本でも,じつはあまり困ったことがありません。初見・初聞の曲で即応が難しいこともありますが,基本的には調弦とチョーキングでだいたいなんとかできるからですね。
 まあもともと「伴奏楽器」なので,出ない音はトバしちゃってかまわないんですよ。
 出ないんだから(w)。

 何度も書いてますが,清楽月琴という楽器では,フレットの高さと広い間隔というものも,その独特な音色を醸し出す大切な要素のひとつになっているのです。フレットを増やせば音数は増えますが,間隔がせまくなるぶん,弦の振幅がおさえられてしまい,余韻が伸びなくなりますし,せまくなったところは押さえにくく,弾きにくくなります。
 背が高く間隔の広いフレットによる弦の余分な振幅と,演奏時の身体の揺れによる響き線の自由運動。これが合わさった時,はじめて国産月琴の「鳴り胴」という構造は意味を持ちます,そのどれかを失ったなら,月琴は「月琴らしい音」を失ってしまうんですよ。

 そもそも 「音が少ないからフレット足しちゃえー!」 的発想は,文化大革命のころに山ほど生み出された中国の新楽器みたいじゃないですか。 あまりにも思考が短絡すぎて,庵主,気に入らないですねえ----真に美しい人智というものは,必ず工夫と研鑽の先にあるものです。庵主は単純にフレットを増やすのよりは,「増やさなくても済む工夫」 のほうを学びたいと思いますね。(そのほうが修理の手間も少ないしw)

 現実に,うちのWSでは清楽曲のほか,ポップスでもクラッシックでも,できそうな曲は何でも教えてますが,フレット8本,オリジナル・スタイルの月琴でもパッヘルベルのカノンとか,バッハのG線上のアリアくらいは,チョーキング覚えちゃえば小学生でも弾けちゃうもんですよ。(がんばれ,みんなww)

 ま,とういうわけでこさえたフレットがこちら。
 清楽月琴本来のフレット8本を白く,余計なアレを黒く----牛骨と唐木の二種類で白黒にしました。
 ぜんぶ同じにしなかったのが,せめてもの抵抗(w),それにこうしておけば,あとでとッ払うときに分かりやすい。(ww)
 あとはフレット間がせまくなるぶん,運指に対する反応が悪くなりますので,フレット頭の厚みをなるべくせまくし,ちょっと切り立った三角形に近い形でまとめました。
 フレット頭が尖ってるほうが,力を入れなくても音が出やすい,軽く触ったくらいでもキレイに音が出るんですが,逆にちょっとでも余計な力が入ったり,バチを当てるタイミングをわずかでもはずしたりすると,音程がズレちゃったり,全然音が出ない----この楽器にある程度慣れてない人だと弾くのが少々難しい。(ちなみにマジ尖らせると糸が切れますw)

 厚めのフレットのほうが,運指のバラつきが多少あっても,誰でもある程度安定した音が出せるんですが,それでフレットの間隔がせまくなると,どうしても強めにおさえなきゃならなくなってくるんで,指に力が入るぶん,音が濁るし,演奏しにくい楽器になっちゃうんですね。
 前修理者が考えなしに作ったフレットだと太すぎて,指先にかなり力入れないとちゃんと発音できませんし,音程も狂います,しかもフレット間のせまいところでは,ツメでも立てないとそもそも押さえられないしまつ。
 こいつはまあ間違いなく,自分では弾いてみもしてないですね。


 田島真斎や石田不識の月琴はもともと,ほかの作家の楽器と比べるとフレットが低めなんですが,それをさらに半音きざみにしたもンですから,高音域はとくに地獄の精密作業となりました。
 低い低い低いーッ!フレットが低くて加工しにくいですーッ!! その上に高さの調整がちょー微妙っ!!
 最終フレット…これ何ミリあるのかな? なんかもう「月琴のフレット」というより,バロックギターとかの象牙フレット削ってる気分です。
 なんとかできあがったフレットの,白はふつうのラックニス。黒はダークレッドのニスに漬け込んで仕上げます。

 ピックガードは,これまた今回のみ節を曲げて(よく曲がる節だw)オリジナルのヘビ皮を。
 いつも書いてますように,ここにこういうナマ皮を貼るなんて行為は,楽器を傷めるだけの悪趣味ですので,庵主はたいてい錦布か裂地に換えてしまっています。

 なものでこれを一晩水でふやかし,裏を削って極限まで薄くし,さらに重曹や柿渋を使って簡易的に「なめし」てしまいます。これにヘビの生皮が使われているのは,そもそもほかの楽器に使った余りを貼っただけのことで,装飾的な意味しかありません。それでも皮じゃなきゃイヤと言うならば,せめてその収縮で面板を傷めないよう,最善を尽くすしかないでしょう。
 最後に和紙で丁寧に裏打ち。
 これをへっつけて,完成!

 楽器の特徴や工作から見て,ほぼ間違いないとは思うのですが,「合歓堂」がほんとに「田島真斎」なのか,については今もまだ調査中。いまのところ有力な文献上の手掛かりはありませんが,なんとか見つけたいところですねえ。
 余計なアレをへっつける前の,オリジナルのフレット位置における音階は以下のとおり----

開放
4C4D+104E4F+84G-24A-75C+345D+335F+34
4G4A+34B-55C-55D-75E-135G+245A+136C+18

 低音のEが低くないあたりは西洋音階に近いですが,高音のEがちょうど清楽音階の「工」あたりの設定になってますので,低音のフレット位置はあとで改修されたものかもしれません。
 最後の3フレットがやや高めですが,これは楽器を人の耳で調律していった場合によくある傾向ですので,全体としてはだいたい正確な清楽音階になっていたと思われます。

 よく鳴る素晴らしい楽器です。
 やや大ぶりなのですが,ふりまわしもバランスも悪くありません。
 石田不識の楽器と,やはり音の出かた,といいますか響き方が似てますね。空気砲みたいに前に出て空間に広がっていくタイプです。明るく,くっきりとした音色ですが,響き線の効きもよく,伸びやかな余韻がつーっときれいに消えてゆきます。
 この何というか「いさぎよさ」みたいな音が,やっぱり関東の楽器の特徴なんだと思いますねえ。

 大事にしてやってください。


(おわり)


合歓堂/琴華斎 (5)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.10~ 合歓堂/琴華斎 (5)

STEP5  レコニング

 さて合歓堂は胴内部構造の再接合と補強も終わったので,裏板をとじましょう。
 裏板はいちどバラバラになったのを,左右と真ん中の3分割に矧ぎなおしました。

 いつもなら,ど真ん中からズバっとぶった切ってスペーサ埋め込むところですが,今回は真ん中のいちばん上にオリジナルラベルの痕跡があります。日焼け痕と紙の端っこのほうのカケラ以外ほとんど何も残ってませんが,何としてもこれを残しておきたかったんですね。
 まずは剥がすときについた周縁のキズや,板を作るときにできた竹釘の痕の溝や穴を丁寧に埋めておきます。

 裏がわに埋め込んだパテや補修材を平らに整形したら,まずは真ん中。そのあとにスペーサのぶん少しづつ離して,左右を貼りつけます。
 さいごに古い桐板で作った埋め板をはめこみ,整形したらできあがり。
 胴体が箱に戻りました。

 事前の調査で,棹の取付に異常がないことは分かってましたので,あとは一気に組上げです。
 原作者の工作で,胴体表板を水平面としたとき,棹の指板面が山口のところでだいたい3ミリほど背がわに沈み込んでいました----ほぼこの楽器の「理想的」といえる設定を実現してますね。前回も少し触れましたが,棹が胴体面と面一でなく,すこし背がわに傾いているのは,月琴という楽器のデフォルト。唐物月琴では5ミリ傾いていたような例もあります。こうするとフレットの背は低音域が高く高音域で急激に低く----カンタンに言うと「弾きやすい楽器」となります(じっさいに弾いてみれば分かりますw)。
 棹角度の調整とかがほとんどないと,時間がかからなくっていいですねえ。(だいたいヒドいときは2日,ふつうでも3時間くらいはかかります 泣)
 半月の接着にも問題はないので,棹に山口を取付け,糸を張ってしまいましょう。
 前々回に紹介したように,この山口の底と棹のほうの取付け部には,固定補強のホゾを通す小さな穴が開いてます。オリジナルの材質が何だったのかは分からないのですが,とりあえず竹で作ってみましょう。

 竹棒を削って挿しこんでは,双方の穴の深さを確かめ,ぴったりきっかりに切って埋め込み,ニカワをしっかり塗って,貼りつけます。
 誰でもが思いつくような単純な補強法ですが,ただ接着しただけのに比べると,やっぱりなんか安定感というか安心感がありますよね。
 この山口の形状も,石田義雄の楽器とほぼ同じですね。やっぱ師弟だわ。



 糸巻4本のうち1本は後補でした。
 おそらくほかの作家の楽器についていたものを削ったのだとは思いますが,その工作がなんとも雑で,カッコが悪い。
 ほかの3本のカタチに合わせて削り直しましょう。
 オリジナルの3本より少し長くて大きかったんですね----オリジナルの糸巻はホオかカツラだと思うんですが,この後補の一本はたぶんカヤ材,関西のほうの作家さんの楽器についてたものだと思われます。けっこう高級品です(w)
 津軽三味線の音締めみたいになっていたのを,側面削ってなだらかに。

 このくらい,たいした手間でもなかったとは思うんですが,なぜにこれほど雑な仕事したもんですかね,ほんま。

 せっかくのカヤ材ですので,ほか3本と少し色合いが違っちゃいますが,染めずに磨いて油拭きで上品に仕上げました。




 琴華斎は棹取付けの修正。
 修理前の状態では画像のように,楽器前面にかなり傾いた状態になっていました。

 例のべったり接着のせいかな,とも考えていたんですが,棹基部と棹孔周辺にへばりついた接着剤をおおかた除去した後で挿しこんでみても,やっぱり少しお辞儀してます。

 調べてみますと棹基部の調整工作がちゃんとしてないのと,延長材がすこし反っちゃってますねえ。
 まだ少し生っぽい木を使っちゃったんじゃないかな,コレ。

 まずまず延長材をはずしてみましょう。
 一晩たってもはずれないので,もしやここにも木瞬がしみこんでたか! とか,いやいッそこれも木瞬で再接着されてたかも!とか,頭をよぎったんですが,時間は少しかかりましたが,サイワイなことにふつうにはずれてくださいました。
 噛合せが精密だったので,けっこう頑丈についてたんですね。はずすときに先っちょの真ん中のあたりがちょっと,モロっともげてしまいました。

 この延長材,パッと見はよくあるヒノキとかスギみたいにも見えたんですが,どうも違うようで。

 濡らした感じ,かなり鮮やかな黄色味のある木材です----ううむ,なんだろうなあ。
 いろんな木を思い浮かべたなか,最後まで残ったのはカヤとムク。
 どっちか選べ! と言われたなら,腹を召すまではイケませんが 「ムク」に50カノッサ。
 ムクの心材,ですかね。それにカヤならもう少し重いかなあ。また針葉樹の中ではニオイが薄いほうですが,これだけ濡れてればそれなりにテレピン系のニオイが少しはするはずだ,と。
 ムクノキの実は食用にもなり,果皮はサポニンを含んでいるため,乾燥させて石鹸のように使われます----落語でご隠居が茶道の真似ごとをして,緑きなこを泡立てようとしたときに使ったやつですね。(w)

 農具や工具の柄,天秤棒などにも使われるそうで,三味線の棹を作ることもあったそうです。関東では楽器用の木材としてさほど一般的なものではありませんが,生活植物の民家の付近によく植えられますし,信州あたりならまあふつうに手に入る雑木材のひとつだったと思います。

 そういえば,前に修理した琴華斎(左画像)は胴側部がクワで出来てました。
 高級な琵琶や三味線の胴などに使われる材ですので,まあ月琴に使われてたとしてもおかしくはないのですが,この楽器に使われていた「クワ」には,木材の種類としてではなく,材木の質として少し違和感がありました。 木目から見て,そんなに大きくない木から採った板だったみたいなんですね----ふつう,楽器には使われないような。
 考えてみますと,琴華斎の住む信州は養蚕製糸でも有名。
 そういう間伐材的なクワが比較的手に入りやすい状況だったのかもしれません。


 さて修理に戻りましょう。

 少し反ってしまっているこの延長材は,オモテウラひっくりかえして付け直します。
 延長材がふたたび棹基部のVホゾとぴったり噛み合うように,先端を削って微調整。はめこんでみては具合を見ます----取付たとき,棹本体が背がわに傾くような角度になっていれば成功。基本的に延長材の表板がわは面板と平行,ということは指板面を水平とした場合には,延長材の先端が裏板がわにやや傾いているのが正しい角度なわけですね。

 うむ,考えなきゃならないことが3Dになりますと,数学赤点マンの庵主はたちまちパフォーマンスが落ちます(w)ので,ちょっと作業するたびに脳内がフリーズるので,多少てこずりましたがなんとか成功。
 もともと傾きが少し足りなかったようなので,棹のと胴体の接合面も削って再調整しました。


 真正の唐物月琴ですと,なかご部分の基部は棹本体と幅が同じで,接合面ももっと単純なカタチになっているため,こういう調整も非常にラクなんですが,さすがはこだわる日本の職人さん----外見はここまで唐物に似せてるのに,棹の胴との接合面は,よくある国産月琴と同様の形状になってます。
 左右にこのせまーい段差があるぶん,調整が面倒なんですがねえ。
 なんといいますか,これも内桁を2枚にしちゃったのと同じで「見かけの安定感」といいますか「安心感」といいますか…そういうものをつい求めちゃうんでしょうね。
 大陸の工作はごく単純で,一見粗雑にも見えますが,用足るればそれでよし,無用の手間は蛇足がごとし----構造的にはべつだん,この横の段差はなくても,棹はきちんと安定しますし左右に傾くこともありません。
 まあ日本人てやっぱり,ちょっと心配性なんでしょうねえ。

 最後の調整では,この面がぴったり胴に密着するよう,棹口にペーパーを貼って擦り,ちょっとづつ削って仕上げました。


 けっきょく最終的には,オバちゃんのバンソウコよろしくスペーサを何枚も貼りつけるハメとなりましたが,苦心苦戦の甲斐あって,これで棹は取付けも傾きも,ほぼこの楽器の「理想的」といえるような状態となりました----やれやれ。

 棹の調整が終われば,ようやく裏板をとじられます。
 胴が箱になってしまえば修理も山場越え,あとはもう仕上げ一直線です!!

 うむ,とりあえずはめでたや。

(つづく)


合歓堂/琴華斎 (4)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.10~ 合歓堂/琴華斎 (4)

STEP4  ドキュメント

 さて,合歓堂は前修理者の余計な仕事,怒りのとっぱらいから即修理に入り,琴華斎もようやく棹が抜けて,全体の構造や要修理個所が明らかになってきました。
 ----というところで,調査計測結果のまとめ,恒例のフィールドノートをどうぞ。
 *** フィールドノートはクリックで別窓拡大しまーす。***



 まずは合歓堂。
 いつものフィールドノートですと,修理前の状況が描かれますが,今回のものはちょっと違って,前修理者のへっつけた余計なもの,そして前修理者がやらかしよったテキトウな「仕事」を全部取っ払った状態,この楽器が前修理者のところへ持ち込まれた時の状態を,楽器に残った痕跡から推測したもの。より楽器のオリジナルに近い状態を,再現・記録したものとなっております。
 前修理者の「仕事」は,あまりのあまりにも恥ずかしすぎて書き留めるのも腹立たしいこと(詳しく聞くな,また腹が立つ・噴怒)ばかりだったのと,こちらとしては修理を「やり直す」必要がありましたので,楽器の現状よりも,よりオリジナルに近い状態(原状)を整理して把握する必要があったためですね。
 全長:668,有効弦長:416。指板部の長さ:148,第4フレットは棹上にアリ。
 すらりとした長い棹と糸倉,目の詰んだ柾目板でやや大きく薄い胴体。石田義雄の楽器と同じく,おそらく東京の渓派を中心に使われた,国産の大型月琴の典型的な姿となっています。
 基本的に部品は揃っていて,蓮頭に破損があるのと扇飾りが欠損,あとは地の側板を中心に,板の表裏周縁にやや広い範囲におよぶ板のハガレが数箇所あったものと思われます。
 ほか,バチ皮の下に虫食いが2箇所ほどあった以外は,全体に保存もよくキレイな状態でした。
 ほとんど弾かれたことがなかったんじゃないかな?
 原作者の仕事は精密かつ丁寧ですが,やはり日本の作家さんの傾向なんでしょうねえ----内部構造の接合・接着の工作がやや雑。内桁と表裏板の間にかなりの剥離が見られます。楽器としてちゃんと「鳴る」ものにするために,このへんの補修・補強が修理作業の中心となってゆくことでしょう。

 ----ほんと,これでいッそ前修理者が何もしないでいてくれてれば,もっとラクだったハズなんですが。

 今回の作業。
 オーナーさんの都合で,ナイロン弦を張ったりすることがあるらしいので,ちょっとだけ内部の補強をしておきます。

 まあ鉄弦ならまだしも,ナイロン弦くらいならそうそう壊れることもないとは思いますが,この楽器の内桁は柔らかい桐板なので用心のため。棹なかごの受け口のところにカツラの板を一枚貼りつけます。

 つぎは響き線。
 比較的キレイな状態ではありましたが,サビを落とし,磨いて防錆加工をしておきましょう。

 この作業をしている時に気づいたのですが。
 響き線の上下になんか黒っぽい穴がひとつづつありますよね?
 内部補強の作業のついでに,表板の内がわにあった板をつくるときの穴やら溝やらを,ヤシャ液で練った木粉パテで埋め込んだんですが。いくつかの穴で,埋め込んだパテが,こんなふうに黒く変色しました。
 ヤシャ液は鉄と反応すると黒くなります。おそらくはここにもと鉄釘がささってたんだと思いますねえ。
 たぶん砥粉をニカワで練ったものでも埋め込んであるのか,穴の痕跡は表がわからだと分かりません。
 また修理か何かのためとしてはおかしな位置関係ですし,前修理者とか古物屋の仕業というわけでもなさそうです。
 おそらくこの楽器の板は,桐屋から買った既製品ではなく,原作者が自分で矧いで作ったものだと思われます----初期の作家さんはみなそうだったようです。当時,桐板はいまの段ボールなみの一般的な梱包用品。流行の初期だと生産数も知れていたでしょうし,桐屋から出来合いの板を買うよりは,何かほかのものの梱包材として使われていたのを,こうして穴埋めしたり継ぎ合せたりして,ワンオフで作ったほうが,手早く安くあがったからでしょう。まあ百年以上前のリサイクル活動,というわけですな。
 いやしかし,桐板に鉄釘ってのはあんまり打たねえなあ(柔らかいのであまり効果がない)。何の箱だったんだろ?




 琴華斎は棹が木瞬べったりで固定されて抜けなかったため,当初そのあたりが描けませんでした。
 前回報告したとおり,棹と胴体のスキマに,けっこうな量のアセトンブチ込んだ結果,ようやくハズれ,ぜんぶ描けるようになった次第。

 基本的に寸法や構造は唐物月琴と同じですが,胴体や棹はホオ,内桁にヒノキかスギ,と国産月琴の標準的な材料が用いられています。「信陽松城(=長野県松代市)」の墨書について再度述べるまでもなく,そもそも大陸でこの楽器をこういう材料で作るヤツぁいねえ(w)のです。
 いくら上手に外見真似たところで,こういう材質や工作だけで,真正の唐物か倣製品だか分かっちゃいますのよ。
 工作は丁寧で,部材の加工も比較的精確ですが,合歓堂と同じく,内部構造の接合接着が雑で,内桁は板にほとんどついておらず,ひっぱればカンタンにはずれてしまうくらいになっちゃってます。

 胴四方の接合は,部材の木口を擦り合せただけの単純な形式。
 表面上はぴったりとくっついてるようでしたが,3箇所まで接着がトンで割れていました。
 擦り合せの工作など見る限り,部材の加工技術はかなり精密なようなので,胴材と内桁をばっちり接着・接合すれば,こちらもそこそこ鳴る楽器になりそうです。

 というわけで,まずは胴四方接合部の再接着と補強から。

 薄めにといたニカワを,四方の接合部の表裏から垂らしてゆきわたらせたら周縁にゴムがけ。ギチッとしめて密着させます。
 その状態で接合部の小さなズレや歪みを調整したら,いつもの手----接合部を渡るよう,裏がわに和紙を重ね貼りします。
 ごく薄い紙なので2~3枚貼ったところでたかがの厚みですが,繊維を交差させて貼った上質の和紙は,ちょっとやそっとのことでは破れません。
 画像では内桁がついてますが,これは胴の型崩れをふせぐためはめこんでるだけで,まだ接着はしてません。

 表板周縁の右肩と下の方に比較的大きなネズ齧があります。
 ちょっと目立っちゃうかもなのですが,端っこでよくぶつかりそうな場所ですし,あとで表板洗ったりしなきゃですので,ここはまずまずエポキ&木粉のパテで埋めておきましょう。

 木粉とかを混ぜると硬化時間は遅くなりますから,作業後1日は置いて,じっくり乾いて固まってから整形しましょう。

(つづく)


合歓堂/琴華斎 (3)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.10~ 合歓堂/琴華斎 (3)

STEP3  マーマー(Murmur)

 今回もまずは田島真斎の月琴から。
 この楽器には,ふつうの作家の月琴にはないアナがふたつあります。

 まずひとつめはここ。
 指板部分のさきっぽ,山口の乗っかってるところにひとつ。
 山口の裏がわにも穴があいてますので,もとはここに棒のようなものを通して補強としていたんでしょうね。

 ここは糸巻から出た糸が乗るところで,弦の圧力がかかる大事な場所で,接着固定は強固であるに越したことはありません。
 孔をあけてホゾを通すというやりかたは,固定の補強という意味では誰でも考えそうな工作ですが,実際に見たのはこれがハジメテです。まあ発想も加工もごく単純なものではありますが,木工の場合,たとえどんなにきちんと測ってやったとしても,この両面に正確にはまる孔をあける,ってのはけっこう大変な工作なのですよ。(ウソだと思うならやってみぃww)
 名古屋方面の楽器などでは,指板をこの山口の前で切って,段になったところに山口をはめ込むように接着する,という方法が採られています。もっとも,段になってるとはいえ,指板はたいてい厚1ミリあるかないかなので,実際にはたいした補強になってるとは思えませんが,むしろ接着の悪い唐木の上に乗っけるよりは,ホオやカツラの棹本体の材に直接つけたほうが頑丈だという考え方だったのかもしれません。


 もうひとつのほうはふつうだとまず見つからなかったでしょうが,ここです。(w)
 ここは表板の裏,ちょうど半月(テールピース)の裏がわあたり。
 前回紹介した表板の墨書の,3行目の最後の字がうにょーんとのびてる一角ですね。
 同じくらいの大きさで上下にふたつあいてますが,上の孔は琵琶の陰月もどきの空気孔,マルで囲まれてるのが問題のアナです。
 短い棒状のものがささってますのが分かりますかね?

 これも山口のと同じく,接着固定の補強として挿されたポッチでしょう。
 材は竹か骨のようです。板裏にとびでてる部分を触った感じでは,先も丁寧に丸めてあるようですね。
 この楽器のいちばん大切な中心線上の二箇所,弦の力のもっともかかる場所に,ちょっとした気配り,ちょっとした工夫-----こういうのがまさに 「名人」 のワザというものですねえ。

 もとは同じ材質のポッチが山口のほうにもついてたと思われますが,前修理者が山口さんの底に厚さ3ミリほどの黒檀の板を接着しよるために,ポッチをとっぱらってしまったようです。
 ああ,材質とか加工とか確かめたかったんだけどなあ(泣)

 月琴の棹は背がわに傾いているのがデフォなのですが,前修理者にはそれが理解できなかったようで,怒りにまかせて取っ払う前の山口から第4フレットまでに,棹の傾きのぶんの厚さの板が噛まされておりました。
 おそらくは棹の傾きを「不具合」と勘違いして,弦の高さが山口から半月まで,一定になるようにしたかったんでしょうが----たいへんに精密で,正確なお仕事ではございましたものの,これをこれ 「余計な仕事」 と申します。(ちなみに前修理者は「ちゃんとした楽器屋」の方です。怒)
 はがすのに余計な労力が要りました……せめて修理する前にうちの記事でも読んで,基礎的な構造とかちゃんと勉強しとけ! ばーかばーかばーか!(泣)

 …しつれい。

 修理はまずここから。
 表板の剥離個所を再接着します。
 この楽器の胴体は,円形中空の胴体構造を表裏の板でサンドイッチすることによって成り立っています。胴側と板が剥離しているという状況は,骨がふにゃふにゃになってるのと同じなので,なにはともあれこういうところを接着して構造を固めておかないと,先の作業にいろいろと支し障りが出ますもので。

 下桁のヘンなとこに四角い孔があいてますんで,ここもついでに埋めときましょう。
 カツラの端材を削って,ニカワを塗ってブチこみます。
 こんな孔のあるところに表裏板の接着のため圧をかけたせいでしょう,桁自体に割レも入っちゃってますので,ニカワを流し込み,上下からも当て木してクランプで固定,割れどめもしておきましょう。
 あとで埋め木をぶッた切ってここは完成。


 内部構造の修正,補強は四方の接合部から。
 表面がわはよく言う「カミソリも入らない」くらいにきっちり組まれていて,スキマひとつありませんが,さすがにすこし接着がトビ,裏がわに少しミゾもありますんで,まずはここにニカワを垂らしこみ,周縁にゴムをかけて密着させます。つぎに木粉粘土をスキマに押し込み,埋めてしまいましょう。
 ここは乾いてから軽く整形,上から恒例の和紙を重ね貼り。
 柿渋で補強,最後にラックニスをかるく刷いて仕上げます。


 おつぎに内桁の再接着。
 左右端と面板への接着,どっちもハガれてます。
 型枠で両面をはさみ,側面の構造もしっかり固定したうえで,浮いてしまった面板との間に筆で薄めたニカワを流し込みます。
 さらに型枠にゴムをかけ,両面に当て木を噛ませ,面板と桁をばっちり密着させましょう。

 最後に下桁の左端に少しスキマがありますんで,桐板を削って埋め込み。
 これで胴体はあっちもこっちもガチで固まりました。




 かわって琴華斎。
 前回も書いたようにこの楽器,なぜだか棹が抜けません。
 月琴の棹は基本的に三味線と同じで,ひっぱれば抜けるように出来てるんですが,中級~低級品の楽器では,棹をホゾ止めにしてあったりもしますし,古物屋が分からないようにクギをぶッこんじゃったりしてることもあるので,確認のため板をひっぺがしてみましたが………
 思いがけず,作者の手掛かりとなりそうな墨書が出てきてわーい,となったものの----あらためて見ますとふつうの構造ですねえ。
 詳しく観察してみましたが,棹をとめるようなホゾやらクギやらも見えません。
 そのかわり,棹口裏やら棹の基部やらに不穏なシミがベットリと………くそぉッ!エセ古物屋めぇ,接着しやがったな!!

 唐物月琴などは棹孔がユルユルで,糸を張ってない状態だとスルリと抜けちゃったりするもんですが(糸を張れば正位置でピンとなるようになってるので問題ナイ),唐物月琴の模倣である琴華斎も同じだったんでしょうか。吊るすのにも飾るのにもフベンなんでへっつけちゃったんでしょうねえ。(マトモな古物屋ならやりません,怒)

 問題はその接着剤です。
 まずは水を含ませた脱脂綿で囲み,棹口を表裏から濡らしてみました。
 ニカワならば少しはユルみますし,酢酸ビニルの木工ボンドなら,白くなってハズれるはずですが……一晩たってもビクともしません。色も変わらず,濡らしても水を含まずカリカリしたこの感じ,そしてこの強固な接着力……最低だ……「木瞬」ですね。
 木工用瞬間接着剤は強力で,しかも楽器の修理で用いるような通常の方法では絶対にハガれません。
 庵主としましては全世界的に全種類販売禁止にしてもらいたいくらいのシロモノです。
 そもそも百年以上を経た楽器に使用してよいようなものではありません,ダメ,ぜったい。

 瞬間接着剤はアセトンで剥がすことができます。
 まあみんな知ってるとこで言うなら,マニキュアの除去液ですね。
 ただし,木の場合,木目にはいりこんだり滲みこんだものは完全に除去できません。
 除去できなかった部分は,水含みが悪くなってニカワでの再接着ができなくなったり,不必要に硬くなって粘りをうしない,割レや歪みの原因となったりもします。
 大切なことなので,何度も言いますよ。
 木の楽器に木瞬,使っちゃ,ダメ,ぜったい!!

 「瞬間接着剤のはがし液」はメーカーさん純正のものでも¥100均のものでも,成分はだいたいいっしょ。アセトンの量が多いか少ないかくらいの違いですね。
 このクソ野郎はおそらく棹の基部,胴体接着面と棹孔の周辺にベットリと塗りたくりやがったものと想像いたします。おまけにこの楽器,工作が良いほうなので,そこらにスキマがほとんどない----アセトンは揮発性なのでふつうに塗っただけでは,こんなちょっとしたスキマからだと,中まで入っていってはくれません。
 てことで,水でふやかす時と同様。
 ¥100均で買ったはがし液(液状タイプ)を,さらにエタノで薄めて脱脂綿にこれでもかと滲ませ,はがし液(ユルいタイプ)でヌルヌルにした棹孔周辺を囲んで,ラップでくるみ揮発しにくくします。


 漬け込むこと3時間。途中なんどか液を追加して,ようやくはずれました。
 ----うわああああ,棹口もなかごもゴベゴベだあ。
 うおぉのれ,古物屋ぁツ!……ふんぐるいむぐるうなふくとぅるうるるいえうがふなぐるふたぐん……

 と…とりあえず今回はここまで。
 日本という国はどうなっちゃったんでしょうねえ(泣),一昔前と違って,楽器屋も古物屋もマトモじゃなくなってきてるようですわ,ハイぃ。
 庵主,シツコイようですが何度も言っときます。
 木の楽器に木瞬なんか使っちゃダメ,ぜったい!!

(つづく)


合歓堂/琴華斎 (2)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.10~ 合歓堂/琴華斎 (2)

STEP2  フェイブルス・オブ・リコンストラクション

 計測・調査って作業は,修理前に見たり測ったりするだけでなく,修理の作業中も,常に行っています。
 それは修理前の「現状」を記録するためでもあり,さらにそれ以前の,原作者がその楽器を作った時の「原状」をとらえるためにも必要なことだからです。
 古物で出るたいがいの月琴には,後世の手が加わっています。
 それは原作者による「調整」であったり,その楽器が実際に演奏されていた時代の,楽器屋による古い修理であったり,その時代の所有者によるものであったりもしますが,たいてえはまあ,近年の古物屋やシロウトさんのシワザですね。そういう楽器のさまざまな「経歴」は,ただ外がわから眺めてただけでは分かりません。なにか作業をしている過程で発見されることのほうが多いのですね。


 依頼修理の月琴二面。
 とまれ今回も,田島真斎の大型月琴からまいりましょう。

 裏板にラベル痕がふたつ。
 棹口のちょうど下辺り,胴中央上端に残っていました。
 はっきりしてるほうは,長方形の上辺左右を落とした,よくあるタイプのラベル痕でサイズはおよそ48×35。その上にもうひとつ,うっすらとではありますが丸いラベルが1つ貼られていたと思われる痕跡も確認できます。
 同様のラベルとその配置は,石田義雄の南神保町時代の楽器にも見受けられますが,この場合,上の丸ラベルは横並び二重に重なったものになっており,丸ラベルが1つの錦町時代のものは,下のラベルのカタチが違ってきます。

 これが田島真斎の楽器だとすると,丸ラベルはおそらく内国勧業博覧会のメダルを模したもの,下のラベルには唐物楽器についているものを模した文章が書かれていたはずです。

 この裏板には,かなり大きな範囲でのハガレがあった模様です。
 前修理者は何も考えず,ただハガれたところにニカワを塗って,へっつけ直しよりました。
 プラモデルや金属のオブジェとかならまあ,それでも良いのですが,基本的にモノが壊れるのには理由があり,板がハガれるのには原因があります。
 木の場合,とうぜん板やそのヘっついていた部分のどちらか,あるいはその両方は,「原状」ではないことになっておるわけで,つまり板が縮んだにせよ,胴材が狂ったにせよ,ハガれたからには,そのまま貼りつけても合うわけがありません。
 前修理者のそういう雑な作業の成果として,裏板周縁のあちこちに見事な段差ができてしまっています。見栄え的にも悪いですが,それ以上にこれは「修理」ではありません----楽器において「開いてたフタを閉じただけ」のことが修理なら,誰も苦労はせんでしょう?

 板がハガれたなら,そのハガれた原因を見つけ出し,そこから修正してやるのが本筋です。
 そのためにも,まずはこの裏板をひっぺがすとしますか----

 なんか出たーーーーーッ!!!

 おっふ……墨書ですね。
 1・2行目は 「明治廿三年 皐月」 かな?
 「合歓堂 雪」…次の二文字がちょと読めません。
 最後の行の小文字は 「敬白草々」 なんじゃないかな,と思います。

 けっこう達筆にくずしてあるのと,ちょうど上に桁がわたってしまっていますので,ただでさえ草書のニガテな庵主には少々手に余りますが,とりあえずはっきりとした年記が出て来たのはうれしいですねえ~。明治23年は1890年,いまから126年前に作られた楽器と言うわけです。
 「合歓堂」というのは田島真斎の堂号でしょうか? よく貼ってあるラベル(上画像参照)には「真斎」と本名の「勝」しか書いてないですけどね……もしや,別人の……いやいや,各部の特徴からして,おそらくこれが真斎の楽器であるのは間違いのないとこだと思います。
 しかしながら「合歓堂」といえば俳諧の名跡(ぐぐれ),おいそれと使えるようなものではありやせんぜ----田島真斎の堂号については今のところ未詳ですが,もしかすると「合歓堂」へのオマージュとして作られた楽器なのかもしれませんな。

 内桁は2枚。 棹なかごのウケも左右の音孔も,かなり丁寧にぬかれています。材質は桐ですね。下桁の右の方,音孔の上になんかデカい四角孔があいてて,そこを中心にヒビも少し入ってますね。これはおそらく桐板をつくるときに挿してあった竹クギの痕----いや,わざわざこんな部分のある板,使わなくてもいいのに(汗)
 あらためて内がわから見ると,表裏板のあちこちに同じような竹釘が残ってたり,その痕の三角溝が見えてたりするんで,この楽器の表裏の板や桁は,桐屋さんなどで作られた既製品でないことがよく分かります。
 49号の記事などでも書きましたが,初期の作家さんは既製品の板より,当時そこらにふつうに梱包用品としてあった桐板を矧いで再利用したものを主に使っていたようです。

 響き線は1本。 気持ちいいくらいまっすぐな直線(w)です。不識のものよりはやや細めですが,内桁2本の真ん中の空間に,直線の響き線と言う配置は共通のものです。ただ不識が響き線の基部に木片を噛ませているのに対して,この楽器のは胴材に直挿し,よく見る線を固定するための鉄釘や竹釘もないシンプルな工作となってます。
 国産月琴の原型となった福州の唐物月琴も,響き線のカタチは異なりますが固定の方法は同じ。これもこの楽器が比較的古い知識をもとに作られているということですね。

 四方の接合部は比較的工作も良く,密着してはいますが,上下の内桁に表板からの剥離が見られます。また上桁の右端と下桁の左端が,胴に密着していません。
 裏板の大規模なハガレの原因は,おそらくこの内桁の剥離,もしくは原作者による接着不良と見て間違いはないでしょう。単純な構造ゆえに,こういうわずかな接合の不具合が,時間が経つにつれ大きな歪みや障害となってしまうことが往々にしてあるのです。
 またおそらくは不識の楽器同様,田島真斎の楽器も,ギリギリの材料でギリギリの精密な加工技術によってつくられていると思われます。それはそれ腕前としては素晴らしいものなのですが,余裕のない工作で作られた単純なものは, 精密であればあるほど,ちょっとの不具合でもかえって大きな支障を生じてしまうものです。

 山田清琴斎や菊芳の楽器などには,良い意味での「余裕」があります。あと2ミリ削ればもっと良くなるところを,削らずに残しておく。あと少しガッチリはめこめば水も漏らさないところを,わずかにあけておく。 それは「性能」や「精度」の観点だけからいえば,わざと質を落としているようにも見えますが,鋭い刃物はよく切れるが寿命は短く,切れ味の鈍い刃物ほど長持ちしたりします,しかも砥げばちゃんと切れる-----その工作の「余裕」のおかげで,彼らの楽器はいまでもよく鳴るし,生存率もかなり高いんですね。太清堂なんてご覧なさい!あんなに雑で無茶苦茶な工作してるのに,音が良いったら腹立たしいッ,きいィーーーーッ!!(噴怒)

 はあ,はあ-----ま,要するに。日本人は何かと「突き詰める」方向に行きがちなんですが,それだけでは本当の意味での「良いもの」にはならん,ということで,

 ギリギリの人が作ったギリギリの楽器は,ギリギリの修理をしないと直りません(w)
 またまた,脳みそが焼き切れそうになるくらいの精密作業となりそうですなあ。




 さてこちらは琴華斎。

 棹が抜けないナゾの解明。  また四方の接合部の接着もトンじゃってますので,調べるためにも修理のためにも,まずはまずバリバリと裏板をハガして,オーバーホール----って,

 こっちも出たーーーーーッ!!

 合歓堂のほうは表板の裏でしたが,こちらはひっぺがした裏板のウラに墨書が。

 ふむ…けっこうな長文ですね。
 比較的読みやすい字体のようです。

 本 号 信 陽 松 城 西 関 外
 諸 街 住 楽 器 肆 造 各 款
 而 音 響 無 比 各 琴 是 即
 弊 舗 依 所 秘 工 存 請 賜
 顧 諸 公 須 語 云 記 長 秀
 不 検

 おそらく唐物楽器のラベルなんかに書いてある文章を真似たもののようです。
 2行目の 「楽器肆」 の横の小文字は 「祭〓造文廟諸器」
 「文廟」は孔子様を祀った大陸によくあるお宮で,そこで使われる楽器,というのはまあ日本でいうと 「雅楽の楽器」 みたいなもの,ということ「伝統的で風雅な楽器」っていう時の言い回しです。 琴華斎さん「お値段いろいろ(各款)の楽器を作ってます」か 「雅な楽器を作ってます」 かで迷ったのですねえ。


 さて,直しも入っているし,ちょっと文章が中途半端なので,これは墨書として後世に伝えるため記されたものではなく,おそらくはこういう文章のラベルを作ろうとした時の,その草稿とか下書きみたいなものだと思われます。

 まあ,素材から言っても加工・工作から言っても,これが真正の唐物楽器ではないことは分かっていました。もしほかの修理屋さんが,外見やラベルの名前などから,唐物楽器だと信じてこの文章を見たなら「ああ,やっぱり!」とか「すげえっ!!」とか思っちったかもしれませんが,残念ながら庵主は,中国方面の事情にかけてはいちおうクロウトです。「ああ,やっぱり!」と思いはしましたが, それは 「やっぱり日本人が作ったものか~」 という確信のほう,なんとなれば----

 まず1行目 「信陽松城」 という地名が出てきます。
 中国には「信陽(しんよう 河南省)」という地域がありますので,おっちょこちょいだとここでナットクしちゃうかもしれません。 が,「信陽」には「松城(しょうじょう)」という地域はございません。 しかも現在の「信陽」が「信陽」と呼ばれるようになったのは,それほど昔ではない。
 対して日本ではお江戸のころより 「信陽松城」と,公文書にも書かれる地域がございました。

 そう,長野県の「松代(まつしろ)」。
 ちょうど大河でやってる真田さまの本拠地の一つですねえ。

 「琴華斎」,どうやら信州の人のようです。
 現在,さまざまな方面から,その正体にせまるべく検索を重ねておりますが,今のところたどりついてはおりません。松代近辺の方でお心当たりがございますれば,情報賜りたく。

 斗酒庵,伏してお願い申し上げまする。

 倣製月琴・琴華斎。
 内部構造もしっかり唐物のコピーとなっとります。おそらくガワだけでなく,内部もいちおうきちんと調べたのでしょう,エラい。

 内桁は一枚。響き線は楽器の肩口から胴内を半周。
 どちらも唐物月琴の一般的な構造ですね。
 ただし唐物の場合,内桁の材質は桐のことが多いです。あと,響き線はもう少し太い線で,もう少し長ければほぼカンペキですが,胴体の材質が柔らかめの広葉樹なので,あんがいこのほうが良く効くかもしれません。
 あ,あと,唐物の響き線は胴材に直挿しです。
 こんなふうに基部にクギを打って固定しません。このあたりは内桁を二枚にしたのと同じく,見た目の安定・安心感を貴ぶ,日本人的思考の影響ですね。

 さらに,この内桁は表裏板とほとんどくっついていません----ほれ,軽くひっぱったらカンタンにはずれましたわい(泣)
 真ん中のあたりが申し訳程度に接着されてる,といったていどでした。

 この作者さんはおそらく,もともと三味線屋さんでしょう。
 ちょっと前にも書きましたが,大陸の職人さんは月琴の胴体を「箱」と考えてますが,日本の作家さん,とくに三味線工あたりからきたヒトは「太鼓」と考えがちなのです。
 大陸の職人さんが胴を 「全体で音を発する」 ひとつの 「密閉された構造」 と考え,各部の接合接着をいやんなるくらい頑丈にするのに対して,日本の職人さんの多くは 「表裏の板のみ」が振動する,すなわち三味線の「皮」とおなじようなものと考えちゃうんですね。そのため「皮」がより震えるように,と余計なものをくっつけたがらない。
 ちょっと考えれば,どうせフレットや飾りもへっつけちゃうんだし,板なので皮みたいには震動しないし,半月の構造からして,弦の振動が板を直接ふるわせてるわけでもないのですから,板の接着をまばらにしたところで効果はありそうにもありませんが,ギター職の人が月琴を作ると,サウンドホールぶちあけちゃうのと同じように,慣れてきた構造の呪縛,思い込みと言うものからは,なかなか抜け出せないもののようですな。

 こちらも四方接合部や表裏板の不具合は,この内部構造の接着不良が原因でしょう。部材の加工は精密でかなりいいので,このへんをきっちりとへっつけ密着させれば,かなり鳴る,いい楽器になりそうです。

 ううむ,板を剥がして墨書が2件----「当たり」が2本も出たので,今回はここまで。
 おっちゃーん,あと2本アイスおくれーっ!!

(つづく)


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