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Yさんちの天華斎

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.11~ Yさんちの天華斎

STEP1  調査は手間だが役に立つ

 9月に帰省してから,48号の仕上げのあと,合歓堂・琴華斎2とたてつづけに2面の修理を仕上げて。ふぅ……俺は燃えつきたぜ。
 と,ヤスリ片手に 「先一昨日くらいのジョー」 となっていたところ。
 思いがけず,さらなる依頼修理が舞い込んでまいりました。

 とりあえず画像を送ってもらったところ。
 …おぅ,これはこれは唐物月琴じゃあーりませんか!
 わたしみたいな研究して修理やってる人間でも,唐物月琴のホンモノとなると,そうそうお目にかかれるもんじゃありません。
 お江戸の時代から明治まで,百年前の当時としてはかなりの数,輸入されてたとは思いますが,いかんせん国産月琴に比べれば数も少なく,当時とてそこそこ高嶺の花だったかと思われます。

 なんにせえ,清楽の研究者にとって,その音楽の出元である中国から直接渡ってきた唐物楽器のデータは貴重。

 真っ白な灰から,ひとつの細胞が分かれ,みっつの生き物になるくらいには生き返って,お引き受けいたしました。
 (音楽世界のw)やみ~にかくれて,いっきっる~。
 おれたちゃげーっきーんにんげんなのさ,たったらったたったら~。

 オーナーのYさんは,以前,うちのWSに来てくださった方。
 中国現代月琴を持ってたんですが,うちで聞いた清楽月琴の音色が忘れられず,えいこらしょーっ!とネオクで落としたとのこと。
 ----その熱意うけとめましたで,ばっちり修理させていただきますですよ,ハイ!

 奇跡のようにキレイな状態の楽器ですね。

 表裏板にヒビ割れ少し,いくつか部品がはずれちゃったりしてますし,長い間人の手に触れられてなかったので,唐木の部分などは多少脂枯れして色が薄ぼけちゃってますが,表裏の板の変色もほとんどなく,おそらくはこの楽器が,海越えて渡ってきた当時の色合いに,かなり近いままかと思われます。

 裏面には当初の所有者の筆でしょうか,「蟾影清音(せんえいせいおん)」の墨書。
 「蟾(せん)」 は 「蟾蜍(せんよ)」 ,ヒキガエルのこと。中国の伝承ではお月様の中にはヒキガエルが住んでることになっています。一説によればそれは旦那のいない隙に,不老不死の薬を盗み食いして天に上った「嫦娥(じょうが)」という女性。不老不死にはなったものの,盗み食いの罰としてヒキガエルに姿を変えられ,月に住むことになった----お月様の中の黒っぽい部分を,ウサギやカエルと見立てた伝説の一つですね。
 そこから敷衍して 「蟾影(せんえい=ひきがえるのかげ)」 と書いて,月の光のことを言います。
 月光のように清らかな音,というのと楽器の音色をひっかけているのですね。ごくごく短い文章ですが,そこそこの漢文力です。
 ただしまあ「清音(せいおん)」はちょっとやりすぎかなあ。
 「清楽」の曲は基本ポピュラーミュージック。「清音」は「きよらかな音」程度で使えばふつうの語ですが「清商楽」の意味もあります。これは楽府題,ご高尚な雅楽や宮廷楽の類を指します。日本の「清楽」のようなごく卑俗な由来を持つ音楽に使って良い語ではありません。(明治の清楽家の多くは,いろいろ勘違い-かなりおだやかに言ってw-してたんで,よくコレをソレに結びつけようとします。)

 1行目の右上に1箇所,署名の下に2箇所印が捺されてますが,なにせ板の上なもので,かすれてていまいち読み解けない。署名は2文字目がちょっと自信ありませんが 「華曽」 ではないかと。



 蓮頭の下半分が欠損,棹上のフレットが全損。お飾りやフレットの痕跡には,何箇所か最近の補修痕があります。柱間のお飾りもいくつかはずれてしまっていますが,別にちゃんととってあるので,すべてオリジナルかどうかは分かりませんが,数はそろっています。

 そのほか特記すべきはコレ----ベッコウのピックですね。
 紐飾りはそれほど古くないもののようで,本体にかなりの虫食いもありますが,こういう付属品が残ってるのはとても珍しいんです。
 庵主がふだん作ってるのとはちょっと違うタイプですが,三味線からの転向組などは,多くこんな感じに先端の四角張ったピックを使っていたようです。おそらくは,先が丸まっていたり尖ってたりするのに比べると,弦を弾くときの感触が,三味線のそれに近かったからだと思います。


 バチ皮は後補。おそらくオリジナルについてたのより,かなり大きめの皮を貼りなおしたものですね。
 それゆえにコレ----楽器中央のオリジナル・ラベル----がほとんど隠れてしまってます。
 もとは裏板にもラベルが貼ってあったようですが,そちらは完全に剥がれて日焼け痕だけになっていますので,この楽器にいま残っているのは表板のこれだけ。とはいえまあこの状態だもんで,頭の1文字以外,ほとんどかすれちゃってますが,庵主にとってはこれだけあれば,楽器の素性探は探すまでもナシ(w)。

 ラベルに残っている文字は篆書の「天」,「天華斎」3文字の最初の1文字です。
 そしてここにこのラベルを貼るのは,福州茶亭街の楽器舗・「老天華」 。
 裏板には自分たちが老舗「天華斎」の「正統な後継者」「天華斎本店」であるという,「天華斎正字号」ではじまるお店の紹介を書いたラベルが貼ってあったと思われます。


 『福州市史』によれば,かつての福州茶亭街には,本家「天華斎」のほか,この「老天華」「天華斎仁記」,前に修理したことのある「清音斎」など,数多くの楽器舗が立ち並んでいたそうです。このほか楽器についてたラベルから見るに,「玉華斎」も茶亭街の住人,河をはさんでむこうの南台には「太華斎」もおりました。
 このうち「老天華」「天華斎仁記」は名前から見ても分かる通り,天華斎ののれんわけと思われる店ですね。「玉華斎」「太華斎」もおそらくは,天華斎のエピゴーネン,もしくは弟子筋とかと考えて間違いないでしょう。こないだ修理の終わった「琴華斎」は日本人ですが,その名乗りは間違いなく「天華斎」を意識してのものだったでしょう。

 いまも続く「老天華」のほうの伝承では,楽器舗・天華斎の系譜は----

  王仕全-王師良-王石孫-王子桑

となり,初代・王仕全が清の嘉慶年間に「天華斎」を開き,王師良が店を継いで「老天華」と改名した,とあります。しかしながら同時期に「天華斎の二代目」ととれる「天華斎仁記」という店が存在していたらしく,また別の資料は,1898年のパリ万博で金賞をとったのは「天華斎の三代目・王石糸」であるとしています。

 「石糸」は「石孫」の間違いなのかもしれませんが,王仕全・王師良に,店を開くような複数の子がいてもおかしくはなく,王師良がなぜすでにビックネームであった「天華斎」を捨て,わざわざ「老天華」と名乗ったのか,「天華斎仁記」とはどういう関係にあるのか,そのあたりもふくめて,いまのところ調査中でございます。

 明治のころ日本に入ってきた「天華斎」の多くは,海外に販路を大きく広げたという三代目以降のものと思われます。「老天華」の楽器は,本家・天華斎のものと比較すると,やや小ぶりで楽器の作りや装飾などの手が繊細です。うちで扱った23号茜丸は,この特徴からおそらく老天華の製品だったと考えています。 対して38号は日本の職人による補修がかなり入ってはいましたが,おそらくは初代か二代目の作でしょう。「老天華」のものに比べると,加工はやや荒々しいものの,素材がぜいたくに使われ,やや大ぶりに見えます。

 さてではこの楽器,あらためて観察を続けましょう。

 まず目につくのがこの棹の長さと糸倉の形状です。
 唐物月琴の棹は,一般に国産月琴のものより短く,棹上にはフレットが3本しか乗っていないのがふつうですが,この楽器の棹は指板の部分が148ミリ,いままで扱った唐物より1センチくらいも長い。国産月琴でも関東の石田義雄や前回までやってた田島勝なんかの楽器でしか見ないような長さですね。そのため,彼らの楽器と同じく,第4フレットの痕跡が棹の上にあります。

 糸倉は,横から見た姿や,裏から見たとき「うなじ」にあたる部分が平たく,「絶壁」になっているところなどは通常の唐物月琴と同じですが。フレットのついている表がわから見たとき,トップナットである山口の乗っかってるところ,そこが少しふくらんでその下がわずかに段になり,そこから左右がわずかな広がりながら胴体へとつながっています。指板部分の横幅は,山口下の段のところで24,胴体との接合部で27ミリです。
 これは日本で作られた国産月琴では一般的なスタイルですが,唐物月琴では珍しい。
 唐物月琴の指板部分は,右画像のように上から下まで,すとんと同じ幅なのが定番です。

 つづいて胴体。
 厚いですね。厚さ4センチ。5ミリほどの違いですがやたらとぶ厚く感じます。胴体の直径が最大で350と,平均より5ミリほど小さいためもあるかもしれません。
 側板4箇所の接合部を隠すように,透かし彫りの飾り板が付けられてますね。玉華斎では表面にただ貼りつけてあっただけですが,この楽器のは胴材に凹みを彫りこみ,そこに埋め込んでます。凝った作りですね。


 凝ってる,といえば半月の装飾も見事なものです。
 黒っぽい本体の上面に,ツゲの透かし彫りを貼りつけてます。そっくりなものを,前にも一度紹介したことがありますが,この意匠は 「海上楼閣」,いわゆる 「蜃気楼」 をテーマとしたものです。
 左右と下縁部に細かな波の紋様,中央に建っているのがまぼろしの「楼閣」,よく見ると楼閣の下は雲のようになっており,右下のほうにいる龍のようなものが,口から吐いている息につながっています。
 よく知られているように「蜃気楼」を生み出す 「蜃」 はハマグリ。貝ですが,「蜃」の字が貝類を表す「虫」と「龍」である「辰」から出来てることからも分かる通り,これは貝類の王様,龍の一種とも考えられているのです----同じような気象現象である「虹」が,やっぱり龍の一種が原因(というかそのもの)とされているのと,基本は同じですね。
 諸々の生物は久しく長じると 「精」 となり,精がさらに長じると 「龍」 となる,「龍」といえば,わたしたちのイメージ的にはヘビのでっかいのですし,「龍」の字の右がわのうねうねも,ヘビののたくった姿であるという説もありますが,これとは別に博物の世界では,トカゲもイモリもイモムシも,長生きして高い神性を得ると「龍」となるという考え方が,かなり古くからあったようです。

 さてさて,蜃気楼と鳳凰(正確には鸞)とコウモリに見守られたこの楽器,その装飾,その仕様からしてかなりの高級品と見ましたが,その音色はどんなやら。
 ----いまからもう,楽しみでございます。

(つづく)


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