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Yさんちの天華斎(2)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.11~ Yさんちの天華斎 (2)

STEP2  測れど測れどなんかヘン

 さて,Yさんちより依頼の高級唐物月琴。
 まずは現在の破損状況と,オリジナルの状態を把握するため,より詳しい調査と計測の作業に入ったのですが。

 あれ----なんかおかしいな?

 あちこち定規をあてては測り,計算機に入力して,一定の縮尺で紙に書き写し,楽器のカタチを描いてゆくんですが,今回の作業ではなぜかこれがうまくゆかない。何度はかりなおして描いても,なんか歪んじゃうんですね。見た感じと違っちゃうんですわ。
 月琴という楽器は基本,まン丸な胴体に四角い棹のついた,比較的単純な外見をしているので,庵主はこの自称「フィールド・ノート」では,胴体を直径11.5センチの,コンパスで描いた円として統一しています。
 月琴の胴体は実際には真円ということはまずなく,縦か横方向のいづれかがわずかにふくらんだ形になっているのがふつうです。
 たいていの場合その差は2~3ミリ程度ですので,いつも使っている「お絵かき帳」の紙,B5版の大きさに縮尺した場合には,作画としてほとんど無視していい寸法となり,胴体をコンパスで描いた円としても,縦横の実際の長さを別記しておけば,情報としては事足りるものとなります。
 ----という感じなので,いつもですと胴体の縦横軸を基準とし,上に乗っかっているお飾りや半月などの位置を,そことの相対関係で測って記してゆけば,多少の誤差はあったとしても,だいたいは似たような絵が描けるんですが----それが今回はどうもうまくいかない。ちゃんと測ってるのになぜか見た目とズレるし,違う方向から測り直すたびに,数値がわずかづつ違ってゆきます。これは何だ?

 何度も書いてる通り庵主,さんすうのレベルでつまづいて以来,数学・物理は総赤点という身の程ですので,おそらくは自分,どっかで計算を間違ってるのだろうと,そもそもの縮尺や,計測値の計算を何度もやり直したんですが,やっぱりズレます。

 三日ぐらい格闘して,ふと気がついたのは,バカみたいに基本的なことで。

 この楽器,縦も横も歪んでるんだわ。

 庵主は作画の際,月琴の縦の中心線を,糸倉の先端から山口・指板を通り,胴をぬけて半月に至るラインの中央とし,その中心線上で胴体の中央となるところ,そこで直角に交わる線を,横の基準となる水平線としています。
 いくら外見的にそれっぽいものとなっていたとしても,弦楽器というものは,基本的にはこういう中心線が傾いていたりズレたりしていると,操作に支障が生じますので「楽器」としては成立しません。もしそういう製品があったとしても,まず確実に歩留まり・不良品として処分されてしまうでしょう。なんせ楽器なのに「弾けない」んですから。

 が。

 そういや,この 「楽器さま」。どこにもキズがねえなあ。

 どんなに大切に扱ったとしても楽器は,演奏をすればかならずどこかが減ります。かならずどこかに小さなシミやキズが生まれます。ピックの先が触れる表板のバチ皮の横,指の当るフレット,手のかかる棹背や胴の肩の部分,糸を張る糸巻や半月は,糸を換えるたび,調弦のたびに糸が擦れ,しめつけられます。
 そういう使用痕が見つからない。ヘビ皮の横とか,左右肩口にすこし擦ったような痕は見えるのですが,これもよく見ると筋がきわめて浅く,バチ痕よりは整形の時の作業痕のような気がしますしね。

 そこでいちど頭を真っ白にして,月琴という「楽器」としてではなく,こういうカタチのモノとして。ふだんのように定型に沿ってではなく,完全にイチから測り直してみることとしました。(画像はクリックで拡大)

 うむ----いちおう楽器というものに関わるニンゲンとしましては,なんだかまとめるのが心苦しいような結果が出てしまいましたぜ(泣)

 つまりこの月琴は,胴体の中心線が,本来あるべき位置から右に2ミリずれ,7度傾いています。半月の位置と取付けは,その7度傾いたラインからさらに2ミリ左にずれたうえ,0.5度ほど右に傾き。きわめつけは棹の中心線が,その7度傾いた中心線からさらに1度,右に傾いているというとこですね。
 ついでに言うなら,胴体でいちばん幅のあるのが,現在の中心線の上端を0時としたときの,1時30分にあたる角度のライン。誤差は3ミリに少し足りないくらいですが,大げさに言いますと胴体が斜めに傾いた楕円形になっておるわけです。

 こう書いてもなんだか分からないかもしれませんが,簡単に言いますとまあ。

 ----もうムチャクチャでんがな~~~ッ!!!


 ということですね。棹とか半月が少し傾いている,というくらいなら,部分的に弾きにくいとかピッチに少し影響が出るとかいう程度でしかありませんが,こうまであっちゃこっちゃ傾いてますと,まあ「バランスが悪い」どころのハナシでは済みません。こりゃまあ,かろうじて 「糸が糸巻から半月までとどいてる」 というだけの物体ですわ。

 ううむ,この修理報告において何度も書いてますが。
 見かけのキレイな美しい楽器ほど,なにかオソろしい,悪魔的な事態を内包しているものです。

 ここまで保存がキセキ的,ほぼ新品みたいな状態の唐物月琴なんて,これからの生涯,二度と出会えるか分かりませんが,それだけに,内に秘めた「魔」も相当なものだったってことですねえ。


 あ,ちなみにこの楽器。
 内部構造および内桁の接着には,何の故障も見られませんでした。板に割れもあるし,ふつうだとどこかはずれてたり浮いてたりしてるものなんですが,楽器の内部はきわめて清潔で,接着接合部のニカワもじゅうぶんに活きており,内部構造の工作それ自体もかなり頑丈です----てか,庵主的にはもういッそ,どこかぶッ壊れててくれればよかったかもなんですが(w)----ここにも実はもう一つのでっかい「魔」が内包されておりました。

 唐物月琴の内部構造はだいたい同じ。
 内桁は一枚だけ,響き線は表がわから見て右がわの肩口を基部とし,内桁にあけられた孔を通り,胴内を半周する長い弧線となっています。

 はいはい,じゃあ棹を引っこ抜いて,内部をのぞいてみましょうね。中央に見えてるのは棹の「なかご」がささる穴ですね。

で右がわ----響き線の基部が見えてます。線に沿って桁のほうに目を下ろしてゆくと,木の葉型に刳りぬかれた響き線を通すための穴が見えました。
 じゃ,こんどは反対。楽器をひっくり返してっと……左がわを見てみましょ。

 あれ?

 ひっくり返したつもりだったんだけどなあ。
 間違ってまた右がわにしちゃった。しっぱいしっぱい(テヘペロ)
 んではもう1回。

 ………あれ? やっぱり響き線の,基部が見えます。
 なんとこの楽器,響き線が2本も入っております!
 唐物月琴でこんなのはハジメテざんすっ!!

 内部を電球で照らすなどしていろいろ観察した結果,両がわとも線の取付けは通常の唐物月琴と同様,楽器肩口に直挿し,棹なかごの穴の向こうに右がわの線の先端が見えますが,左がわの線のほうのはそこからでは見えません。おそらくは右を長く,左を短くしてあるのだと思われます。

 ふつう片がわ1本の響き線を左右2本にすれば「響き」は2倍になるんじゃね!----と,いうようなことは,この楽器について大して知ってなくても思いつきそうな発想ですが。実はこの「誰でも思いつきそうな構造」,現実にはなかなかお目にかかれません。
 その理由は単純, 「実際にはうまくいかない」 から。

 響き線,というものは,弦の振動に共鳴して動作する「共鳴弦」のような構造ではなく,演奏者の身体の揺れが楽器に伝わり,内部に仕込まれたハリガネが勝手にプラプラ動いているところに,弾いた弦の音が勝手に混じって,勝手に金属的な余韻になる,といったもの。 共鳴弦(ドローン)ではなく,コイルリバーブとかスネアの底につけるスプリング,ギターのエフェクターみたいなものです。しかもその効果は気まぐれで,外部からのコントロールはほとんど不能,演奏姿勢や弦を弾くタイミングがうまくないとちゃんと働かないうえ,逆にヘンな姿勢や無茶な演奏をすると,胴内でガシャガシャ,単なる「ノイズ発生装置」となりやがってしまいます。

 さて,月琴という楽器は基本左右対称(今回の楽器はこの点多少問題ありますが w)の円形胴という単純な形態のため,右利きの人も左利きの人も,弦を張り替えれば,同じように操作・演奏できるわけですが,左右をひっくり返して弾いた場合にいちばん影響が出るのが,この「響き線の効き」になります。
 多くの響き線は,演奏者が楽器を演奏姿勢に向けたとき,もっとも効果を発揮するよう,胴内で完全に片持ちフロートの状態になるように調整されています。演奏姿勢の影響を受けにくい渦巻型,あるいは単純な直線タイプの場合はこの限りではありませんが,唐物月琴のような長い曲線の場合は間違いなく,左右をひっくりかえせば,線は機能しません。
 すなわちこの楽器の場合,演奏姿勢に立てたとき,右がわにある線は通常どおり機能しますが,左がわは内桁か胴内のどこかに触れて,ほとんど効果が期待できません。左の線をやや短くしているのは,おそらくその対策のつもりだったと思われますが,実際,演奏姿勢に近い感じに胴をたててのぞいてみますと,右はプラプラ揺れてるのに左のほうはピクリとも動いてませんよ。
 さらにはこの動かない左の線に,右の線の響きが伝わると,ビビリ音のようなものを発生させてしまうようで,余韻に濁りが出てしまってますねえ----くそこの与太郎,思いつきだけで余計なことしやがって。

 とはいえ板にハガレなく,内部構造に故障なき現状。
 もうしわけないが,今回ここに手出しはできません。
 いづれ使ってるうちどっか壊れましたら,その時こそは,この原作者の「蛇足」,余計な響き線1本,すっぱり引っこ抜いてみせやしょう----それまではご容赦を。

 うむぅ,実際に楽器を見た当初は「部品もそろってるしキレイだし,こりゃ楽勝楽勝!」とか考えてたんですが今回の修理。
 意外に嵐を呼びそうです。

(つづく)


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