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月琴WS@亀戸 2017年3月場所!

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斗酒庵 WS告知 の巻2017.3.25 月琴WS@亀戸 弥生ちゃんステージ!!


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 3月場所 のお知らせ-*


 2017年,春は弥生の清楽月琴ワークショップは,3月25日,ひさびさの 「土曜日開催」 です!
 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。
 春の新メニューなども請う期待。(w)

 お昼過ぎから,ポロポロゆるゆるとやっております。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者大歓迎。1曲弾けるようになってってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可です。
 庵主はいま,ベトナム琵琶を改造して,清楽琵琶に仕立てようとしています。次の開催には間に合うかな?

 やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41号と49号の2本の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 花が咲いて,温かくなってきたら,お外でお花見WS,公園での突発野良WSもあるかもしれません。
 そちらに興味のある方はFB,Mixiなどチェック!

長崎よりの月琴4(5)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.12~ 長崎よりの月琴4 (5)

STEP5  人類の進歩に捧げるバラバラ

 前回も言ったように。
 日本における「桐板」というものは,小板を何枚も継いで一枚にした「矧ぎ板」がふつうで,木から切り出したまんまの大きな一枚板というのは,あまり流通していない貴重なものでした----まあ,戦前まではいまでいうと,ポリやプラのシェルケースや,発泡スチロールの箱みたいな,ごく一般的な「梱包材」でしたので「貴重」って言ってもたかァしれてますが。お金の問題より「手に入りにくい」ってとこがミソですね。
 月琴の共鳴板は表裏の板ですから,ここに矧ぎ板でなく 「一枚板」 を使えば,音質は上がるに違いない!!----なんてこたあ,誰でも思いつくことなれど 「ゲンジツはそうでもない」 ということも,前回書いたとおり。 しかも今回の楽器の場合,その構造の特殊さのせいもあり,一枚板のメリットよりデメリットのほうが大きい。

 そもそも素材と構造が合っていないのです。

 楽器に限らず,人の手によって生み出されるモノの,どこをどういう構造にするか,とか,どこにどういう素材を使うか,といった問題は,ふつう,経験によって知識として積み上げられ,擦りあわされ,洗練されていくものです。しかし国産月琴には,そのあたりの積み上げがあんまりありません。そのため 「ここをこうしたらもっと良くなる(ハズだ)!」 とか 「ここをこうしてみた,オレ天才!!(w)」 みたいな。 作者の 「単純な思いつきによる工作」 が入りこみやすいんですね。 技術の進歩のためと考えれば,結果はどうあれ,こうした試行錯誤自体はかならず発生するものでしょうし,またかならず必要なものでもありましょう。しかし,大流行の末,急激に廃れてしまった国産月琴には,それがじゅうぶんに積み上げられ,成熟し洗練されるだけの時間がなかった,とも言えます。

 まあもっとも。音がちッちゃくてみみっちィから,いッそ胴体にでっかいサウンドホールぶちあけてみよう,なんて人がいなかったのは,その当時,ギターみたいな楽器がまだ一般的じゃなかったからでしょうねえ----いまこれを自作しようなんてヒトにはギターの前科餅が多いので,よくドヤ顔でやらかしてますよ。(w)

 もう一度言います。
 素材と構造が合っていないのです。
 月琴は,この類の楽器としてはごくごく単純な構造をしていますが,それだけに素材と構造の関係が濃ゆい。(構造的な問題。素材によって音質が変わる,というような意味ではない) そして国産月琴の作者の 「工夫」 のほとんどは,楽器というモノ作りにとって最も重要な「音質の向上」まで,きちんと届いていない場合がほとんど----なにせ,いちばん基本的なスキルと材料で 「ふつうに」「あたりまえに」 作っている人の楽器が,いちばん鳴りますからね。(w)

 「あたりまえ」でないことをするうえで,リスクが発生するのは,モノ作りでも人生でもおんなじです。

 今回の楽器修理上の最大の問題は,最大で3.5ミリ差にもなるアーチ構造をあきらめるか,一枚板をあきらめるかの2択です。アーチ構造の解消には,表面を平らにしなければなりませんが,カンナかけるにせよ擦り板で削り減らすにせよ,作業はかなり大がかりでかつ精密なものとなります。またそれで構造のほうの問題を解消したとしても,一枚板の弊害(デメリット)のほうは,ほぼそのまま残ってしまいます。

 今回は,素材のほうを構造により近づける努力をしましょう。
 おそらくそれがいちばん,この楽器を長保ちさせてくれるはずです。

 ほんとうは4分割くらいしちゃいたいとこなんですが,問題児とはいえ貴重な一枚板----しょうがないことだとは分かっちゃいるんですが,古物愛好家としてなんか精神的な負担がヒドいので,まあ半分割りでカンベンしてください。(泣) ここからはほぼいつもと同じ作業。胴材の周縁からわずかにハミ出るよう,中央をあけて板を接着。そしてあいた真ん中に,スペーサを埋め込みます。
 今回のスペーサは古い桐箱(たぶん軸物の箱)から切り出したもの。楽器の古板だと,こういう長いのは取りにくいんで,ちょっと昔のスジからもらってまいりました。箱には明治6年だかって書いてましたから,じゅうぶん百年くらいはたってますね。 楽器の板より少し染めが濃かったようですね。胴表面のど真ん中に修理痕……なんて,いかにも悪目立ちしちゃいそうですが,この楽器の場合そのへんに弦が走ってたり,フレットとかがあるせいもあって,意外とメンテで弦をぜんぶはずしちゃった時くらいにしか分かりません。

 貼りついたところで,スペーサは表面板と面一に,周縁も木端口を削って胴側面に合わせます。


 出来上がったところで,表面にちょっと板を当ててみましょうか----ほれ,月琴にあるまじき(w)アーチトップ,復活ですね。
 うちのクランプは,もともとウサ琴の胴体作るときに使ってた外枠ですので,板状で真ん中がすっぽり空いてます。おかげでこういう形状になってても,ふだんとほぼ変わらない手順で作業ができました。よく使われるポールクランプとかだったら,中心との寸法差がけっこうあって板の反発が強いから,あっちしめればこっちが浮き,みたいにけっこう手間取ったことでしょう。こういう板状だと,おっかぶせて一気に締めあげられますからね。

 表と違って,裏板はもともと矧ぎ板ですが,それぞれの小板の質があまりよろしくないことと,楽器中央にかなり幅の広いのがきちゃってるのもあって,バランスがよろしくありません。これも表板同様,真ん中割りにして,板の反発をより分散させといたほうがよさそうです。

 今回埋め込んだスペーサは,表のも裏のも,太鼓橋とかトンネルの石組みの頂点のところにある「楔石」と同じような形に左右を削ってあります。これでもまだ板の割れとかハガレは,ふつうの楽器より起こりやすいとは思いますが,前みたいに全周ぱっくりなんてことにはそうそうなりますまい。

 前修理者の後始末と,原作者のやらかしたこの胴体構造の克服が,今回の修理最大の山場でありましたので。あとはもうふつうに補修して組みあげるだけ----もうお気楽ごくらくですよ!

 胴体も箱になったことですし,おつぎは棹。
 まず延長材の接合部分に割レがありますから,再接着しちゃいましょう。工作は良く,見たところきっちりへっついてるようですが,棹の両端を持ってちょっと反らせると棹裏がわのほうが浮いちゃいます。
 ここの割れは,この楽器に多く発生する故障のひとつなのですが,よほど破損がヒドくなければ,割れたままでもまあ弾けなくはない。内部にあることもあって,意外と気づかれにくかったりもしますが,音合わせが異常にしにくく狂いやすくなりますので,ふだんから弾いてると気づかなくもない----楽器にとっては,弾くことそれ自体がメンテナンス,というのはこうしたあたりからも至言,よく判りますねえ。
 これの修理はそれほど大変じゃありません。
 割れてるがわのスキマに,薄目に溶いたニカワを筆で流し込み,クランプで固定して1~2晩----よくある故障ですし,古楽器ですからね。このへんくらいまでは糸がけなんかと同じ。個人でやるメンテナンスの範囲内ってもんですよ。

 これで見事に元通り!

 あとは念のため,棹をちょっと反らしてテスト。

 ………あれ,また割れちった。
 しっぱいしっぱい,っと,少しニカワをケチったのがイケなかったかな?----てへ,っと。んではそのへん気を付けても一度!………あれ?

 何度やっても,へっつきません。(泣)

 おおおおお,なんじゃこりゃあっ!!!!!

 -----というわけで,次回はそのへんから。


(つづく)


Yさんちの天華斎(5)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.11~ Yさんちの天華斎 (5)

STEP5  組み立てられた日常


 さて,楽器の修理において,調査・計測というものがいかに大事か大変かということを身に滲みて感じ得た今回の修理。いよいよ最終工程に入ります。

 前回紹介したように,糸巻の1本に工作不良があり,補作しましたが,弦楽器としての機能に直接関係するようなほかの部品には,さほど具合の悪いところがありません。
 山口の接着もオリジナルのまま。強度的な面では問題がありませんが,棹の傾きを修整したので,糸溝を調整する必要がありそうです。 半月は糸孔の加工が少々雑ですが,まあ大丈夫でしょう。ただ,黒染め部分がちょっと色褪せちゃってますので,ベンガラやスオウで補彩し,上面にへっついているツゲ板の飾りといっしょに,亜麻仁油で軽く拭いて,ロウ磨きでつやッつや----色合いが,かなり鮮やかになりましたよ。

 棹孔を削る大工事で,中心線のズレはほぼほぼ修正できましたが,実は完全ぴったりきっかりになっているわけではありません。
 今回の原作者のやらかしている胴や棹本体の工作上の歪みやズレをそこまで直そうとすると「修理」の範疇をすぽーんと越えてしまい----早い話,イチから作りなおしたほうが早い世界になっちゃいますので。
 修正は 「楽器として問題なく使用できる」 レベル,ふつうの作者が製作した場合でも生じうる「誤差」の範囲まで戻したところで止めてあります。
 ゆえにまだ精密に測ると,あちゃこちゃへ少しづつ傾いたりはしておるわけですが,少なくともオリジナルの状態よりはマシです----ええもう,はるかにマシ。

 その 「はるかにマシ」 な中心線に沿って,残ったズレや傾きを加味しつつ,半月の取付け位置を決めてゆきます。有効弦長はオリジナルと同じ407。山口に糸端を貼り付け,半月を左右に少しづつ動かしては,糸がもっともバランスよく,キレイに流れる位置を探します。
 なんてことなさそうな作業ですが,これがけっこう難しいんですよ。
 今回は特に,棹にも胴体にも微妙な工作の歪みがありますので,一方向からだけではまったく分からない。ちょっとズラすたびに,いろんな方向から確認しながら,ちょー微妙な精密作業となりました。
 決まった位置にシルシをつけて接着。
 この半月の材はあまり接着が良さそうでないので,いつもよりちょっと慎重に,接着面を粗めのペーパーで荒らし,時間をかけてお湯とニカワをふくませ,ぎゅぎゅっとな。

 山口の糸溝はいちどツゲの粉をエポキで練ったパテで埋め,あらためて今回の正位置に切り直しました。


 実際に外弦を張り,棹の傾きなどをさらに微調整したら,いよいよフレッティングです。

 今回のフレットは,牛骨で作ります。
 胴上に残っていたフレットは,何の骨かはわかりませんが動物の骨材でした。唐物月琴はかなりの高級品でもフレットは竹なことが多いのですが,これはおそらくオリジナルです----材取りや加工が日本人の作者のものとはかなり違ってますしね。
 つか----ずいぶん雑だな,コリャ。(汗)
 左右端はただぶッた切っただけだし,厚みもバラバラ高さもちゃんと当ててそろえてるのやら,何やらおかしな感じになってます。
 こんなアレでも天下の天華斎。材質や装飾から言っても,明治のころにはかなりの高級品だったはずです。楽器の「格」ってのにふさわしく,材料をどーんとゼイタクに使って,1セットこさえましょう。

 ----そりゃ!ゴリゴリゴリのガリガリガリ!!!

 第1フレットから順繰り,高さギリギリで調整,フィールドノートで長さを確認しながら仕上げてゆきます。例によって3本ばかり失敗し,作り直しましたが,朝からはじめてなんとか昼過ぎまでには8枚1セット,そろえることができました。
 フレットをオリジナル位置に置いた時の音階は以下のとおり----

開放
4C4D-114Eb+414F+314G+104A+85C+65D-145F-13
4G4A-174Bb+465C+185D-175E+55G-45A-236C-24

 できあがったフレットは表面を磨き,ラックニスをよく染ませ,乾燥させておきます。
 2日ほどおいて乾いたところで,ヤシャ液にどぼん。
 30分ほど置いて軽く染ませ,古色をつけたら,研磨剤で最終磨き。
 ここまでやると,もうシロウトさんには象牙だが馬の骨だか区別はつきません。(w)

 左右のお飾りも,よぶんに頑丈に貼り付けられていたため,剥がす時,少し割れたり欠けたりしてしまいました。胴体と同じタガヤサンで出来てて,カタいけどモロいんですね。割れた個所は継いで,裏に補強の紙を貼りつけてあります。

 画像のは向かって右がわのお飾りの裏がわ。 鸞の意匠の内輪郭に沿って溝が彫ってありますね。どうやらこの1枚,作りかけで何かあって,裏面を使うことになった模様。反対がわのお飾り裏面には,こういう溝はありません。まあ,たぶん向きを間違えたのじゃないかと………同じもの二つ,作っちゃうとこだったんだろうなあwww。
 柱間のお飾りは,数こそそろっていましたが,順番が少々おかしかったので修正して貼り直します。 彫りの手から考えて,たぶん白っぽい色の石材で出来てるのがオリジナル。色のついた材のものは,後でほかの楽器から移植されたものではないかと思われます。

 そしてあとはコレ----
 オリジナルのラベルは劣化が激しく,かつニカワでベットリへっつけられてたため救出できませんでした(泣)。そこでひさびさにラベルを偽造。
 スオウで染めた紙に,オリジナルの画像と資料を参考に,木版画風に描きます----庵主,版画やってたことあるんで,この手のワザ,得意です。
 これを切り貫き,紙やすりでコスったり,木灰をかけたりで古びさせてから貼り付けます。

 んで接着----いつものように,楽器の修理とは思えない光景ですねえ(w)



 2016年12月13日。
 Yさんちの天華斎,修理完了!!

 このシリーズの最初のほうで書いたように。
 この楽器は,響き線の構造に少々問題があるので,演奏姿勢が多少制限される不便と,ノイズが発生しやすい欠点はありますが,やはり唐物----音色はバツグンにいいです。 日本人が考える「月琴」の音は,繊細でガラスのような響きなんですが,大陸の月琴という楽器は,今も昔ももっと明るくほがらかな音色の楽器。 響き線がうまく効いていると「わーん」といった唸るような余韻が,耳に痛いくらいの音圧でとどろき,「月」というよりは太陽や炎の放射といった感じで音が広がってゆきます。

 適度な演奏姿勢が定まるまで,多少の慣れが必要と思われるぶん,フレットをやや太目にして,正確な音程よりも,安定した音が出やすいようにしてあります。

 あと,なんちゅうても。
 キレイな楽器ですよねえ。
 福笑いを解消したら,なんか前よりキリッとした感じになった気もします。

 庵主はもともと,明治のころ日本に入ってきた中国製の「月琴」の多くは,純粋に「楽器」として作られたものではなく。外貨獲得のための,装飾的な 「輸出品」 として,「ふつうの楽器」とは別に製作されていたモノだと考えています。
 たとえば,装飾用に作られた金襴豪華な大ツボは,「ツボ」としてはちゃんと出来ていて,水を張ってもまあふつうは漏れたりしませんよね。でも,そういう飾りものを,ふだん水汲みとかには使わないでしょう。ですので実際に「使われるツボ」と比べると,どこかヘンだったり,使用上不都合な点があったりする場合があります----それと同じように----これはいちおう,楽器として作られてはいますが,「楽器として使われる」 ことを念頭に置いては作られていない。

 そういうモノだったのではなかったのかと。

 そもそも,音に直接影響のでる表面板に,振動を阻害するようなものをわざわざへッつけるという行為が,すでに納得のイカないものではあるのですが。(w)

 江戸時代に長崎を通じてわずかに入ってきていた古い楽器,またそれを模して作られた初期の国産月琴の多くは,胴面の貼り付け装飾をもたず,装飾といえば胴に直接,書や絵画を描くのがふつうだったこと。同じくらいの時代に大陸において採集された古い楽器や,現在の中国月琴にもそうした装飾をほどこす習慣は見られません。
 ただ,以前にも書いたように。月琴という楽器は「円満」を表す慶事の引き出物として使われることがあります。そうした引き出物の月琴は「装飾品」ですので,「楽器として」演奏されることはあまり考えないで仕上げられます。「装飾の付けられた月琴」 というのは本来,そういうモノだったのです。

 この楽器でも清音斎でもそうでしたが,弦楽器として最も大切な部分であるはずの棹や半月の取付けに問題があったり,装飾の接着が必要以上に強固(楽器に必要なメンテナンスのことが考慮されていない)であったり,23号茜丸のように,質的に問題のある材が用いられていたりすることも,大陸流のおおらかさ,とか言うような文化や技術的な差と考えるには,やや過ぎたところがあります。

 19世紀から20世紀の初頭にかけて中国で作られ,演奏された 「ふつうの月琴」 は,現在も作られている中国の伝統的な月琴(清楽月琴と同じ4弦2コースの楽器)とほとんど変わらない姿をしていましたし,その工作や精度も,国産の清楽月琴ほどの繊細さはありませんが,まだ 「用たりればヨシ」 とする「おおらかさ」の範囲にじゅうぶんおさまるモノでした。

 この楽器の特徴の一つ。唐物月琴としては長すぎる棹やその形状などは,輸出相手----日本人----に合わせた,当時の日本人に,より「好まれるための」工作,すなわち当時,日本で使用されていた国産月琴の姿に,逆輸入的に影響された結果だったのではないでしょうか。
 同時代の中国北方の月琴や,庵主が清楽月琴のルーツと考えている西南少数民族の楽器にも,同様にやや棹が長かったり,山口の貼付け部がふくらんでいる形のものはありますが,指板左右のテーバーがなかったり,棹背の形状がこれとは少しく異なっております。

 この楽器は,当時,月琴が流行していた日本向けに,当時の日本人の嗜好に合わせる形で作られた,そういう1本であったような気がします。

 18~19世紀の世界は,いまわたしたちが考えているよりも意外とせまく。
 伝達の速度はおそいものの,情報のやりとりの頻度とその密度は,もしかすると現代よりも高いと言えたかもしれません。
 そしてどんな分野であっても,情報の価値そのものがいまよりもはるかに尊かったわけです。
 ましてや商売上手の中国人が,取引相手の好みや動向をリサーチしなかったわけがない。

 その意味からするとこの楽器は,百年以上前の,音楽や楽器を通じた世界的な交流の,ある貴重な一場面が記録された「生き証人」だったのかもしれません。

(おわり)


長崎よりの月琴4(4)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.12~ 長崎よりの月琴4 (4)

STEP4  月琴界のアーチャー

 今回の修理は 「前のヒトが何もしないでいてくれたら良かったのに」 の典型的な例で。ここまでは庵主の仕事の多くも,前修理者のシワザにふりむけられておりました,が。
 木瞬まみれにされた部品の清掃,それにともなう汚損・破損部分の補修も進み,響き線のサビも落とし,いよいよ組立ての目途もなんとか見えてきた今日この頃。
 つづいては「原作者のシワザ」が,庵主の前に立ちはだかってきたのでありました。

 ヤクザな前修理者が手を下す前の状態で,この楽器の板は表裏とも,左右の一部分をのぞいて縁周接着部がかなりの範囲でハガれた状態になっていたと思われます。
 この月琴という楽器において,板がハガれるという事態そのものは,よくあるありふれた故障のひとつではあるのですが,たいていはごく部分的なもので,保存環境がよほどに酷くなければ,このようにほぼ全周がパックリ逝くようなことはあまりありません。
 この楽器の場合,ほぼ全面虫に食われ,ネズミにもあちこち齧られてますが,オリジナルの接着の残っていた箇所ではニカワもじゅうぶんに活きていましたし,響き線のサビつきも少なく,胴四方の接合部などビクともしないくらいです。木部の状態から言っても,保存されていた場所が良くなかったかもしれませんが,保存環境がさほどに苛酷であったとは思えません。

 そうしたことから,この不自然な板の剥離の原因には,保存環境にも勝る,何らかの構造上あるいは工作上の欠陥があるものと考えられましたので,本格的な組み立て作業に入る前に,もう一度器体を調べ直し,まずはフィールドノートを完成させました。
 **画像はクリックで別窓拡大**


 調査の結果,内桁が上下とも,中央部と左右端でかなり幅が違っていることがわかりました。
 内桁を完全な四角板にしないで,真ん中をわずかにふくらませるという加工自体は,この楽器の構造としては良く見かけるものの一つです。 こうすると胴の中央部がわずかにふくらんで,浅くはあるもののバイオリンやピックギターの表板のような 「アーチトップ」 構造と似た感じになるのですが。国産月琴におけるこの加工は,音質の向上を目的とした西洋楽器のそれとは異なり,おそらくは単に表板をぴったりと胴体にへっつけることを目的とした加工上の工夫の一つであったと考えられます。

 胴に表裏の板を貼りつける場合,板の面と胴の接着面が,どちらも完全に真っ平らであるとすれば,何の問題もないのですが。現実にそうそううまくはいかないのが,木材の加工というもの。 さらにこれは,桐箱のように蟻組で噛合せたり,クギやネジで押さえつけるようにとめているわけでもなく,ただ糊で表面にへっつけているだけなので,わずかな誤差やわずかな凸凹があると,そこから接着がハガれ,壊れやすくなってしまいます。

 桐板は柔らかな素材なので,接着前によく水分を含ませ,適度な圧をかければ,多少の凸凹は問題とならないのですが,国産月琴の作者の多くは,内部構造の加工と接着をかなり雑に行っています。接着剤が足らず,工作精度もいまひとつな場合でも,あるていどの強度をもって箱状の胴体を維持できる工法,工作誤差による接着不良を回避するための工夫でいちばん一般的だったのが,この修理報告でも何度か紹介してきた,図の「B」の方法です。
 これは,表面から圧をかけたとき,板を内桁や胴材により密着させる方向に働く力がかかるよう,胴材と内桁の間にわざと「余裕」となる空間を作るというもので,加工としても,内桁の左右端上角を斜めに落とすだけですから実に単純。

 内桁の真ん中を盛り上げる「C」の方法。
 これはたとえば,まっ平らなテーブルの上に白いテーブルクロスを広げ,裾をひっぱったとしても,布とテーブル面をぴったり密着させることは意外と難しいのですが,もしテーブルの真ん中がすこし盛り上がっていたとしたら。布は自分の重さと少しの力で,平面の時よりも簡単に,テーブルの曲面にフィットします。
 それと同じような発想ですね。
 正確に左右対称とか完璧な曲面だとかを目指すというのならハナシは別ですが。工作としては基本的に,胴材より少し高さのある板を切りだし,左右端だけを削って合わせればいいので,完全な水平を作り出すよりははるかに効率がよろしい。


 おそらくはこれも,もとは三味線屋さんの発想だったと思います。
 このところ何度も書きましたが,大陸の作者が月琴の胴体を 「丸い箱」 と考えているのに対し,日本の職人の多くはこれを 「太鼓」 と考えました。 つまり彼らにとって,月琴の表裏の板は,箱の蓋や底ではなく,太鼓の胴に張られる「皮」と同じなのです。
 Bの細工は,指物や一般の大工工作における工夫の応用ですが,日常的に「板」を相手にしているそうした職人からは,Cの発想は出てきません。
 「うまくいかない」 ことが経験的に分かっているからです。

 いままで修理した楽器でも,このCの構造をとる楽器の多くには,同じような,板の接着不良からくる故障が生じていました。桐板は木材の類としては柔らかで,ほかの木材との接着も良好な素材ですが,貼りつけた後の布や皮が,おもに2次元的な面方向での収縮しかしないのに対して,薄板でも木材の収縮はより3D的です。
 上から押さえつけられると,それに反発する力がかならず生じ,常時かかっています。その力は縁周部になるほど大きいので,この楽器のようにちょっと保存が悪かったりすれば,板が中央部を残して,缶切りであけたかのようにパックリなってしまうというのも詮無きかな。

 さらに,この反発力は,中央部と縁周部の寸法差が大きいほど大きくなりますよね。
 通常,この手の加工による寸法差は,大きくても1ミリ程度。本来,接着面の整形加工の誤差を補填するためのものなので,それほど大げさなアーチトップを目指す必要はないわけですが,この楽器の内桁では各面左右端と中央で,最大で3ミリ近い差(部分的には3ミリを越えてます)が計測されました。表裏だいたい均等,浅くはありますが,アーチトップなだけでなくバロックギターみたいな「ラウンドバック」にもなっているわけですね。
 ギターやバイオリンでは,厚みのある板を表裏から削って,ああいう曲面の薄板を作り出しているわけですが,この楽器のは板をひんまげ,かなりムリヤリへっつけているわけで----そりゃまあ,ハガれますわな。(w)

 さらにさらに悪いことに,この表板は一枚板です。(かなりしつこく調べましたが,やっぱり矧ぎ目が見当たりません)

 月琴という楽器の胴体は,側面を表裏の板でサンドイッチしただけの単純な構造ですから,重要な構成材であるこの板を,通常の矧ぎ板(何枚もの小板を横に継いで作られた合板,たいていの桐板はこれで作られる)ではなく,継ぎ目のない一枚板にすれば,よりよい音が得られるだろう!----てなことは,楽器など作ったこともないようなヒトでも,なんとなく思いつきそうなことですよね。
 でもこれも,実際にやってる人はあまりいない。

 ひとつには,日本における「桐板」というものが,ふつう小板を矧ぎ合わせた「矧ぎ板」であるということ。矧いでいない一枚板を入手するのは,通常のルートでは,いまでもけっこう難しい。「入手困難である」 ということは,「値段が高い」 ということです。何度も書いてるように利益率の低い楽器ですから,個人的な趣味での製作の場合はいざしらず,ふつうの楽器店では手間もかかり,アシも出てしまうので手出しはしません。

 第二に。ちょっと考えると一枚板のほうが,さまざまな部位からとった小板を合わせた矧ぎ板よりも丈夫って気がしますが,実際には,木目や木取の方向を考え,きちんと矧ぎ合わされた板のほうが,一枚板よりもよっぽど丈夫なのです。 同じ厚さの板ならベニヤのほうが割れにくいのと同じですね。 さらに矧ぎ板だと,どんな大きさでも組み合わせによって,板全体の質をある程度平均的にすることができますが,一枚板では,よほどの上物でも,部位による差が出てしまうため,故障の原因となる反りや裂け割れなどの変形が,矧ぎ板の場合よりも,極端な形で生じてしまうことが多いのです。さらにはそもそも,最初に書いた「音質の差」も,単純な構造の楽器ゆえ,けっきょくは各部材の品質より,胴体構造や加工工作の巧稚の影響のほうが大きい----つまりはこれも,あんまりメリットがないのですね。

 意味はない,とはいえ。
 わざわざ一枚板を探してきてへっつけた,原作者の意図と心意気には感じ入られるところなきにしもあらず,ではあるのですが,アーチ構造に一枚板,選んだ材の性質が工作とちゃんとフィットしていません----こういうのは 「やってみただけ」 って言うんですよ。
 矧ぎ板の場合ならこの構造でも,矧ぎ目から割れるだけなので,そのぶん埋め木でもしてあげれば簡単に直りますが,この板をこのまま胴体に戻したところで,ふたたび同じように全周パックリ逝くのは目に見える未来図。
 胴体構造をとるか,板をとるか,修理者としてはちょっとツラい決断を迫られることとなりました………

 えい。

(つづく)


Yさんちの天華斎(4)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.11~ Yさんちの天華斎 (4)

STEP4  小賢しき日々

 さて,今回の修理。原作者の「福笑い」行為のおかげで,当初思ってもみなかったほどの大工事になってしまったわけですが,もともとの保存状態は悪くなく,だいたいの部品もそろっていますので,中心線の問題さえ片付いてしまえば,さしたる問題はありません。

 まず棹の補修をします。
 指板面の根元ちかく,左がわにカケがありました。角になるところがけっこう長くカケちゃってましたので,この上からフレットを付けると端のところが出てしまいます。こういう場合は,同材のカケラを刻んでここに貼り付け,整形するのが常道なのですが,タガヤサンは唐木の中でも特に接着の悪い木なので,その手の補修が難しい。
 操作上けっこう大事なとこですし,まあ縦には長いけれど横にはせまく,あまり目立たないでしょうから,ここは現代カガク(w)でいかせていただきます。
 胴体の修理で出たタガヤの粉をエポキで練って,カケのある場所に盛りつけます。範囲がせまいうえ,ちょうど角の部分なので,そのままだといくらパテを盛っても左右に崩れ,思った場所にうまく盛り上がってくれません。


 カドをキッチリ出したいこういう時は,パテを盛ってから,平らなほうの面を,エポキがくっつかないような板,たとえばクリヤファイルの表紙だとか樹脂板などに当てて,ぎゅっと押しつけます。その面を下にしてくっつけたまま,ハミ出しすぎたところを削り,盛りの足りないところに埋め込むなどして,そのまま硬化。
 きっちり固まったところで整形します----うむ,美しい。


 つぎに胴表裏板の補修。
 さほど大きなヒビ割れではありませんが,玉華斎などと同様,胴体の構造や衝撃などによるものではなく,板の質そのものに原因のある割れなので,ちょっと厄介です。
 この手の故障は基本的に,木が 「割れたいように割れきる」 までは,とりあえず割れたら埋めるといった対処療法しか手がありません。割れたいように割れきって木が安定したところで,弱い部分を切り取るなり大きな埋め板をはめこむなり,といった根本的な解決ができるわけですね。
 逆に考えれば,作られてから200年近くたってるんですが,この木はまだある意味「生きている」んですね。それはそれでなにやら感動。(w)
 ヒビもそれほど広がってませんし,「とりあえず」なので埋め木でもパテでもなく,オガクズを埋め込んでおきます。薄く溶いたニカワを割れ目に垂らし,以前の修理で出た古い桐板の削りかすを,アートナイフの先で,縦に刻みこむ様にしながら押し込んでゆきます。埋め木ですとヒビが広がればスキマができてしまいますし,パテですとパクンとかんたんに割れてしまいますが,こうやってオガクズを押し込んでゆくと,もとの板の繊維に刻まれたオガクズの繊維が,いい感じに絡んでくれますので,直線的でなかったり断続的だったりする「裂け割れ」なんかの場合は,埋め木よりも「もち」がいいですねえ。

 あと,棹孔の位置をズラしたため,板の縁と棹の指板の間にスキマができちゃいました。取付け上,使用上の問題はないんですが,演奏位置にするとちょっと目立ちますので。指板でやったのと同じような工法で,このあたりの角も復活させておきます。
 胴材部分と棹の接合面にマスキングを貼り,丸められちゃってる板の角のところにパテを盛り,棹を挿してぎゅっとな。あとはパテが固まるまで指板面にクリアファイルの切れ端を貼りつけておきます。

 ここはどちらかといえば,強度より見栄えのほうに関係する部分なので,パテは加工の容易な木粉粘土を使い,力のかかる棹との接合部分にのみエポキを滲みこませて強化しました。木粉粘土には表裏板の染色に使うのと同じヤシャ液を混ぜて色合いを調節してあります。
 しっかり硬化したところで整形。
 かちっとした角が復活し,指板とのスキマもなくなりました。

 最初に書いたとおり,欠損部品は少なかったものの,大物がふたつばかり。
 ひとつめはこれ。
 コウモリの蓮頭が欠けちゃっています。
 欠けた部分だけ作り足すこともできなくはないのですが,老天華のお飾りは繊細な作りなので,実際に楽器として使用するとなると,多少強度上の心配があります。楽器を安心して振りまわせるように,ここはひとつまるっと作ってしまうとしましょう。
 ふふふふふ………大陸の職人とお飾り勝負か…腕が鳴るぜい。(w)

 オリジナルはツゲ製ですが,ここは慣れたホオを使いましょう。ホオのほうが柔らかいのですが,ツゲよりは粘りや弾力があります。けっこうぶつけちゃうとこなので,その意味ではこっちのほうがもちはいいかも。そもそも複製品ですから壊れてもあまり惜しくない,壊れたらまた作りますしね。

 下半分の部品はなくなってしまっているので,天華斎系列のほかの楽器の資料などをもとにデザインを起します。たぶんこのコウモリさんは花弁を銜えていたはず。花芯部分が比較的平らなのとへっこんでるのの二種類があるようですが,そこらはまあ彫りながらのフィーリングで。


 オリジナルを横に置いて,彫りの手を真似しながら削ってゆきます。
 ----うん,こまかいですね,細いですね。羽根の先っぽのほうなど,こちらの技術かなりギリギリの感じですよっほーい!!

 デザインはほぼ同じですが,ツゲよりも柔らかい材なので,コウモリの部分と外枠との接点を,オリジナルより4箇所ばかり増やして強度を増しておきました。
 彫り上がったところで染め。
 ホオやカツラは染まりのいい木なので,この作業もけっこう楽しいですね。オリジナルの風合いに,できるかぎり近づけてゆきましょう。
 ヤシャ液とスオウ…これにベンガラとカテキューあたりが,明治のころの楽器屋さんが常備していた染料でしょうか。オハグロなんかまだ奥さんが使ってたかもしれませんし,媒染に使う木灰はかまどや火鉢が現役。酢なんかは今と同じく三河屋さんでふつうに買えたでしょう。
 今回はヤシャ液を中心に黄色染,スオウで少し赤みを足しました。あとはラックニスで表面を固め,ロウ磨きで仕上げ,木肌をつぶして質感をツゲに似せてみました。

 最後に木灰をまぶしてリューターでパフがけ,古色をつけてあります。
   どうでやんしょう?


 もうひとつ,これは「欠損」ではないんですが,楽器の中心線問題と同じく,「余りといえばあまり(w)」 なので……
 糸巻を1本削ります。
 オリジナルの状態で4本そろっており,噛合せなども悪くはないんですが…ご覧ください,1本がやたらと短い,ついでに言うとこれだけほかのより2ミリ以上も細いんです。
 並べてみたら,この1本だけやたらとこうだったものですから,はじめは後補部品か? などと疑ったりもしたんですが,材質も加工の手もほか3本と同じですね。
 国産月琴では,糸巻の滑り止めの溝は,糸倉に入る手前で切れているのがふつうですが,この楽器のはほぼ先っちょのとこまで通っています。ぜんぶではありませんが,唐物楽器の糸巻では時々見る加工なので,このあたりは問題なし。深溝で軸尻のでっぱりの浅いこのスタイルは「天華斎」系列の楽器ではよく見る定番のカタチです。見ての通り4本のうち2本に,糸孔が2つあいてます。実際に当ててみると,先のほうの孔は糸倉の左右に入っちゃったりするので,あけなおしたものでしょうが,これも後で所有者があけたようなものでなく,オリジナルの工作のようですね。これは大陸でよく使われる弓錐(小さな弓状の工具と組み合わせて使う)であけられてますから。


 道具箱を漁っていたら,以前に唐物月琴を直す時,多めにこさえたのが1本出てきましたんで,これをちょっと改造して使おうと思います。
 材はスダジイ。スオウで染めてベンガラとオハグロで媒染・追色。
 今回はうまくいきましたね,黒染め。
 これならまあ一見分かりますまい。
 さて,棹位置の調整も終わり,表裏板の補修も完了。部品もそろってきました----いよいよ次回,組立てに入ります!!

(つづく)


長崎よりの月琴4(3)

hirano4_03.txt
斗酒庵 依頼修理の続く2016.12~ 長崎よりの月琴4 (3)

STEP3  新技法・のろいのやかた

 いあいあいあいあいーあいあ……
   いあいあいあいあいーあいあ……
     ふんぐるふたぐんくとぅるばりむら,
        へあいあるるぃえへーげぬあ


 木瞬使いし不逞のやからにワザワイを…木瞬使うやからに邪神の怒りを!

 ああ!窓が!…窓に!!

 とりあえず。

 楽器の補修と称して木工用瞬間接着剤なんか使う奴は,みんな呪われたらいいよ。けけけけけ!!!(首がくるぅりと180度回る)

 あたしのSAN値はすでに0よ!!!!----フレットをはじめ,あっちにもこっちにも着けられた,べっとり盛りのカリカリになった木瞬に,アセトン臭くなった部屋で泣きながら格闘しつつ,表板の剥離作業は何日も続きました。

 これに比べればもう,白い木工用ボンドが,穢れなきょうじよのように可愛らしく思えてきますね。あっちはいくらべっとり使われてても,水で濡らせばなんとかとれますから。
 何度も書いてますが「丈夫で壊れないモノ」は,壊れたらゴミにしかなりません。壊れるべくして壊れるところから壊れたものは,何度でも直せ,半永久的に使えます。しかし,その「壊れるべくして壊れたところ」を「壊れないように」されてしまうと,それを元に戻すのは大変に難しい。
 強力な接着剤にはそういう反面もあるのです。
 良く効くクスリが副作用を引き起こすのと同じ,安易に使用する前に,少しだけ考え,調べてみましょう。
 いまアナタが「直そう」としている場所が本当に「壊れなくてもよい」場所か,「壊れるべきときには壊れる」場所なのか----ということを。


 木瞬べっとりの処理で,表裏面板の縁周と胴側板の接着面がかなり傷んでしまいました。もともと虫に食いまくられてボロボロになっていたところを,よりによってピンポイントで固めまくりやがりましたからね。
 本来ならここは,まず傷んだ接着面を再接着可能な状態に補修してから,次の作業に入るべきところ。ただし,胴が密閉された箱状態になるためには,面板と側板はしっかりへっついててくれなきゃなりませんが,その接着作業にはニカワと水分がかなり使われます。損傷した箇所を削り,板を薄く剥いで,同材の当て木を貼りつけ,削って整形するのが伝統的で一般的な補修法ですが,今回の場合,虫食いの溝がぐにゃぐにゃで範囲も広く,その方法だと補修した接着面自体の強度がかなり落ちてしまい,作業に耐えられない可能性があります。


 庵主がこのところよく使ってる,エポキに木粉を混ぜて練ったパテは,水分やニカワをある程度吸い込んでくれるので,もとの木ほどではありませんがいちおうちゃんとくっついてくれます。ただ乾くとかなり硬くなりますので,桐板のような柔らかい材相手だと,整形のさいオリジナル部分を余計に削ちゃったりすることがある。
 今回はパテ埋めする箇所がかなりの広範囲にわたっています----こうなると,かなり注意して作業しても,知らないうちに板や側板を余計に削っちゃう可能性が高くなる。
 もちろん硬化後の整形が必要ないよう,はじめから溝にぴったりきっかり,表面平らに埋め込めればいいんですが,そういう精密作業はあくまでも「理想」。 まあ近い将来,3Dプリンタのデカいのとかが使わるるようになれば,そういう作業もふつうにできるようになるとは思われますが,今はまだ----そこで工夫の新技法。


 まずは木粉粘土をヤシャ液で練ってパテを作ります。
 これで出来たパテは,エポキで練ったもののような強度も耐水性もありませんが,柔らかくて木との馴染みもよく,また練った後,ビニールにでもくるんでおけばやわらかいままで,エポキのような時間制限(効果時間までに作業を終えないと固まってしまう)もありませんので,今回のように複雑で細かいグニャグニャ溝を埋め込むのには適しています。 また,木粉粘土は強度はあまりありませんが,柔らかく,粒子でできてるので精密な整形加工も容易です。ペーパーを当て木に貼って,軽く擦ってゆくだけで,きれいな水平が出ますからね。
 ただし,エポキの場合は硬化後の「ひけ」がほとんどありませんが,木粉粘土は乾くとけっこう縮むので,乾いてから凹んだり盛りの足りなかった箇所をチェックして盛り直し,整形作業をやり直す必要があります。

 そしてここで,エポキの登場。

 2液式のエポキはそのままだと粘度が高く,あんまり滲みこんでくれませんが,練る時にアルコールやエタノールなどを混ぜると,あるていど緩めることができます。

 2液をよく混ぜたところにエタノールを垂らし,ちょっとユルめに溶いたエポキを,まず目立つ大きなパテ埋め箇所を中心に,爪楊枝や削った割り箸の先でちょいちょいと盛ってゆきます。木目の粗い木などではヘタに木の部分に吸い込まれて固まってしまうと,漆と同じくらいの耐薬品・耐水になっちゃうんで木瞬以上に厄介ですが,このくらいだと木粉粘土のほうが木よりもスカスカなので,虫食い痕からちょっとハミ出てしまっても,木が吸いこむより早く余計に吸いこんでくれます。

 だいたい盛り終わったところで,エタノが飛んで少し粘ってきたぶんを,周囲の細かく浅い虫食いのほうへと広げてゆきましょう。
 10分硬化のエポキでも,完全に硬化するのには半日くらいはかかります。今回の場合はそのうえ,さらにエタノで溶いたりもしてますので乾きは遅い。表面のベタつきなどで様子を見ながら,2日ほども待ちました。
 硬化が確認したところで表面を軽く削り,パテ表面を完全に平らにしつつ,表面に残った余計なエポキを,ざっと削り去ります。

 比較的大きなキズや深いエグレ,またどうしても強度の必要な個所には従来通り,はじめからエポキで練った木粉のパテを用いましたが,浅く広範囲な虫食い溝は,ほとんどこの新しい手法で埋め込んでみました。だいたいの箇所は,表層部分が次の作業に耐えうるだけの強度と耐水性をもってくれてれば十分なので,この工法だけで問題はなさそうです。

(つづく)


Yさんちの天華斎(3)

YSAN_03.txt
斗酒庵 依頼修理の続く2016.11~ Yさんちの天華斎 (3)

STEP3  福笑いの構造

 楽器の中心線が胴体で右に2ミリ同方向に7度傾き,棹の中心線はさらにそこから1度,半月も0.5度傾いてやがる,福州茶亭街老天華製唐物月琴。(うむ,なんかちょっとスッキリしたぞww)

 表裏板のヒビ割少々に一部部品の欠損・破損をのぞけば,現状,各接合部,接着箇所等にはほとんど故障がありません。
 「資料」として見るなら,その工作はほぼオリジナルのまま。ただの「モノ」として見るなら,欠けてるとこを足し,はずれてる部品をくっつければ修理完了の軽傷物件です。

 さて,オリジナルの工作に問題があった,としても。原作者の工作をあえて変更するという行為は,この楽器の研究者としても,楽器の修理者としても,元古物屋の小僧としてもけっこう精神的にはキツい(w)ものです。
 「修理」 の本筋は 「原状回復」----そこから言えば,ソレ,もう「修理」ぢゃないですからね。

 しかしながら音を奏でる「楽器」という道具して見た場合。
 これをこのまま「直して」も,「楽器」としてはマトモに機能しません。


 庵主はそれがどんなシロモノでも,基本的には「楽器」として使ってもらえることを前提として修理をしています。 不幸な歴史に翻弄され,あれだけ大流行したものの弾く者絶えて。あるいは納屋の屋根裏,あるいは埃くさい蔵の戸棚にさらされ。百年近い月日,見向きもされず,その音を奏でられることもなく朽ち果てようとしていたものを蘇らせるのには,ちゃんとした理由が必要です。
 ただ飾っておきたいだけなら「修理」なんてしなくていい,そんなことなら,庵主はデータだけ採らせてもらって,あとは知らぬ顔でもキメときたい。 「弾きたい」という声があるから,修理をするのです。 庵主は楽器職人ではありません。この楽器が,この楽器の音が好きなだけですからね。

----とまあ,それらしい言いわけぶッこいたところで,作業に入りましょうかぁ(w 少しやさぐれてます)

 まずは表板上にある,すべての物を取り外します。
 国産月琴に比べると,唐物月琴はお飾りにしろ部材にしろ,接着が頑丈です。けっこう良質なニカワを使い,フレットやお飾りにはやや強めの圧をかけて,ガッチリばっちりへっつけられています。

 毎度のことながら,唐物月琴はこういうのをはずすのがホネですね。----国産月琴の場合は,ペロっとカンタンにハガれてくれることが多いんですが。
 ニカワを緩めるためには接着部分を濡らす必要があります,しかしながらモノはいちおう 「楽器」 です。比較的湿気の好きな楽器とはいえ,濡らし続け時間をかけてしまうと,板以外の部材にも影響が出かねません。
 高圧の蒸気クリーナーでもあれば一発なんですが,都内最下層の貧乏工房のこと,もちろん持ってませんので(w)。なるべく短時間に作業を済ませられるよう,いろんな工夫をしています。

 いつも手間取る中央の石飾り。
 周縁を筆で濡らし,わずかでもスキマのあるところに,クリアファイルを刻んだのをさしこんで,ノコギリみたいにギコギコ挽き,水分を押し込んでゆきます。 すぐハズれる木製部品や,フレットくらいの小さな部品ならいいんですが。こういう水を使った作業の際,金属製のスクレーパーなどを使うと,板を染めるのに使われるヤシャブシなどの染料が刃の金属と反応し,板に黒ずみが生じてしまうことがあるので,ちょっと気を付けてください。

 部品をハガしたら,その痕を全面もう一度湿らせ,ニカワをきれに掻き拭います。さすがに保存状態が良かっただけあって,まだじゅうぶんに活きてますね,このニカワ。


 フレット,柱間飾り,扇飾りと中央飾り,胴左右の鳳凰。
 そして最後,取付けのマズい半月もハガしてしまいます。
 周囲を濡らしたら,接着部のスキマからニカワがニジってきました----わお,さすが糸のかかる場所だけに,お飾りより増してけっこうスゴい接着がされてるみたいですね。
 ここばっかりはハズさないとどうしようもないので,濡らしてはクリアファイルさしこんで,少しづつ持ちあげること二日。
 ようやくハガすことができました。

 おや,黒檀かと思ってたんですが----この黒い本体部分は染めですね。ウラはふつうの木の色をしています。スオウかベンガラ,あるいはその両方を使っての色付けしたものでしょう。下縁部の中央あたりの色がちょっと薄くなっちゃってますが,状態としては上々。
 材は意外と軽く,表面は緻密ですべすべした感触です。たぶんツゲだと思いますが,木目がちょっと違うような気もするんで,何か知らない大陸の材なのかもしれません。

 胴上のぜんぶの部品がハズれたところで,あらためて計測をし,それぞれの部品が 「本来あるべきだった」 場所を,それぞれ探ってゆきます。

 今回,庵主のやることは,
  要するに 「 "福笑い" の後始末」 ですね。

 まるで目隠しでもしてかのように。原作者がテキトウな場所に置いて,可笑しなことになっちゃってる楽器の目鼻を,ちゃんとした位置にならべなおし,マトモな絵図にするわけで。

 棹孔から楽器内部を見ますと,表板の真ん中に一本,つーっとまっすぐな線が引かれているのが見えますね。表面からの計測結果,また 内桁がこの線に対しほぼ直角に取り付けられていることから,これがどうやら,この楽器の本来の中心線と考えられます。
 どこをどうしくじったらこういうことになるのか,庵主にはイマイチよく判りませんが,ご覧の通り,この線は棹孔の中心から約1センチ5ミリほど左に寄って存在しています。つことは,この楽器の棹は現在,本来の中心から1センチ5ミリ右にズレたところに取り付けられてるわけですよ。(汗)


 月琴は円形胴の楽器です。そして内桁のウケ孔は桁のど真ん中,すなわち,胴体を「円」と考えたときの中心点にあたる位置にあいていますので,円周上にある孔の位置が多少ズレてたとしても,棹をそのぶんナナメに傾ければ,内桁の孔にはちゃんとささります。 あとはそれに合わせて半月やフレットを傾けて貼りつければ,外見的にはまあ問題ないモノが出来上がるわけですが,この原作者,その誤魔化しの手際すら,よろしくありません。
 庵主としましては,現在の中心線に沿って半月やフレットをキチンと貼りつけ直すだけでも,まあ「修理した(w)」ってことにはなるんですが。間違った構造や工作は,かならずどこかにひづみや歪みを生み出します。 現に,棹が斜めに刺さっているせいで,内桁のウケ孔の右辺がつぶれて凹んでしまっています。唐物月琴の内桁は柔らかな桐板ですから,このまま使い続ければ,いづれ広がってガタガタになってしまうでしょう。

 まずなにはともあれ,胴体上の部品を貼りつける前に,諸悪の根源であるこの棹の取付けにちょいと大ナタをふるい,この楽器の問題を,根元のとこから断ち切ってゆくことといたしましょう。

 まずは棹孔を左方向に拡張します。
 胴材はタガヤサン。
 何度も書いてるように,唐木で最強の木材です。
 上に書いたあたりからも想像できますように,けっこうな寸法,削らなきゃならないんですが,タガヤサンには硬すぎる反面モロいところがあるので,刃物でイッキにとか,鬼目ヤスリでガリガリっと,てなわけにはなかなかイキません。
 そもそも,棹の角度を実際に確かめながらのけっこう微妙な作業でもありますんで,少しづつ確実に削っていけるような手段を考えなきゃなりませんが……オープン修理ではないんで,糸鋸は使えませんねえ。


 「挽き回し」という工具があります。
 日本の職人さんがけっこう好んで使う細身のノコギリの一種で,本来は板を丸くくりぬいたりするような時につかわれます。小回りの利く道具として,大陸では糸鋸でやるような細工を,これ1本でやっちゃう人もけっこういますね。
 棹孔の拡張したい方の辺にこれを当てて,「切る」というよりは「刻み目をつける」感じで浅くランダムに動かし,細かな溝がいっぱいついたところをヤスリで削り取ります。
 そうやって少しづつ削っては棹を挿し,棹の中心と胴体の中心がぴったり重なる目的の位置・角度になるところまで作業を繰り返しました。

 「楽器」の修理っていえば,ミリとかミクロン単位みたいな精密作業,ってイメージがあるんですが。 うむ,やっぱり1センチ以上左に広がっちゃいましたよ。(汗)


 孔が左に広がったぶん,右がわのスキマを埋めなきゃなりません。たまたま持ってたタガヤサンの端材(10年位前に銘木屋さんでもらってきたやつ)が,当ててみたらなんと偶然,タテもヨコも,サイズがぴったり!----おお,わが愛しき端材の女神よ(w 「端材捨てられない教」信徒)……これを埋め込みます。
 ここは簡単に壊れて貰っちゃ困る箇所なので,接着は唐木の粉を混ぜたエポキ。 しっかりと硬化させたところで,ハミ出た部分を切り取り,削って仕上げます。
 同じタガヤとはいっても別材なので,色も模様も微妙に違い,よーく見るとなんとなく分かっちゃいますが,これでまあカンベンしてください。

(つづく)


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