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長崎よりの月琴4(4)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.12~ 長崎よりの月琴4 (4)

STEP4  月琴界のアーチャー

 今回の修理は 「前のヒトが何もしないでいてくれたら良かったのに」 の典型的な例で。ここまでは庵主の仕事の多くも,前修理者のシワザにふりむけられておりました,が。
 木瞬まみれにされた部品の清掃,それにともなう汚損・破損部分の補修も進み,響き線のサビも落とし,いよいよ組立ての目途もなんとか見えてきた今日この頃。
 つづいては「原作者のシワザ」が,庵主の前に立ちはだかってきたのでありました。

 ヤクザな前修理者が手を下す前の状態で,この楽器の板は表裏とも,左右の一部分をのぞいて縁周接着部がかなりの範囲でハガれた状態になっていたと思われます。
 この月琴という楽器において,板がハガれるという事態そのものは,よくあるありふれた故障のひとつではあるのですが,たいていはごく部分的なもので,保存環境がよほどに酷くなければ,このようにほぼ全周がパックリ逝くようなことはあまりありません。
 この楽器の場合,ほぼ全面虫に食われ,ネズミにもあちこち齧られてますが,オリジナルの接着の残っていた箇所ではニカワもじゅうぶんに活きていましたし,響き線のサビつきも少なく,胴四方の接合部などビクともしないくらいです。木部の状態から言っても,保存されていた場所が良くなかったかもしれませんが,保存環境がさほどに苛酷であったとは思えません。

 そうしたことから,この不自然な板の剥離の原因には,保存環境にも勝る,何らかの構造上あるいは工作上の欠陥があるものと考えられましたので,本格的な組み立て作業に入る前に,もう一度器体を調べ直し,まずはフィールドノートを完成させました。
 **画像はクリックで別窓拡大**


 調査の結果,内桁が上下とも,中央部と左右端でかなり幅が違っていることがわかりました。
 内桁を完全な四角板にしないで,真ん中をわずかにふくらませるという加工自体は,この楽器の構造としては良く見かけるものの一つです。 こうすると胴の中央部がわずかにふくらんで,浅くはあるもののバイオリンやピックギターの表板のような 「アーチトップ」 構造と似た感じになるのですが。国産月琴におけるこの加工は,音質の向上を目的とした西洋楽器のそれとは異なり,おそらくは単に表板をぴったりと胴体にへっつけることを目的とした加工上の工夫の一つであったと考えられます。

 胴に表裏の板を貼りつける場合,板の面と胴の接着面が,どちらも完全に真っ平らであるとすれば,何の問題もないのですが。現実にそうそううまくはいかないのが,木材の加工というもの。 さらにこれは,桐箱のように蟻組で噛合せたり,クギやネジで押さえつけるようにとめているわけでもなく,ただ糊で表面にへっつけているだけなので,わずかな誤差やわずかな凸凹があると,そこから接着がハガれ,壊れやすくなってしまいます。

 桐板は柔らかな素材なので,接着前によく水分を含ませ,適度な圧をかければ,多少の凸凹は問題とならないのですが,国産月琴の作者の多くは,内部構造の加工と接着をかなり雑に行っています。接着剤が足らず,工作精度もいまひとつな場合でも,あるていどの強度をもって箱状の胴体を維持できる工法,工作誤差による接着不良を回避するための工夫でいちばん一般的だったのが,この修理報告でも何度か紹介してきた,図の「B」の方法です。
 これは,表面から圧をかけたとき,板を内桁や胴材により密着させる方向に働く力がかかるよう,胴材と内桁の間にわざと「余裕」となる空間を作るというもので,加工としても,内桁の左右端上角を斜めに落とすだけですから実に単純。

 内桁の真ん中を盛り上げる「C」の方法。
 これはたとえば,まっ平らなテーブルの上に白いテーブルクロスを広げ,裾をひっぱったとしても,布とテーブル面をぴったり密着させることは意外と難しいのですが,もしテーブルの真ん中がすこし盛り上がっていたとしたら。布は自分の重さと少しの力で,平面の時よりも簡単に,テーブルの曲面にフィットします。
 それと同じような発想ですね。
 正確に左右対称とか完璧な曲面だとかを目指すというのならハナシは別ですが。工作としては基本的に,胴材より少し高さのある板を切りだし,左右端だけを削って合わせればいいので,完全な水平を作り出すよりははるかに効率がよろしい。


 おそらくはこれも,もとは三味線屋さんの発想だったと思います。
 このところ何度も書きましたが,大陸の作者が月琴の胴体を 「丸い箱」 と考えているのに対し,日本の職人の多くはこれを 「太鼓」 と考えました。 つまり彼らにとって,月琴の表裏の板は,箱の蓋や底ではなく,太鼓の胴に張られる「皮」と同じなのです。
 Bの細工は,指物や一般の大工工作における工夫の応用ですが,日常的に「板」を相手にしているそうした職人からは,Cの発想は出てきません。
 「うまくいかない」 ことが経験的に分かっているからです。

 いままで修理した楽器でも,このCの構造をとる楽器の多くには,同じような,板の接着不良からくる故障が生じていました。桐板は木材の類としては柔らかで,ほかの木材との接着も良好な素材ですが,貼りつけた後の布や皮が,おもに2次元的な面方向での収縮しかしないのに対して,薄板でも木材の収縮はより3D的です。
 上から押さえつけられると,それに反発する力がかならず生じ,常時かかっています。その力は縁周部になるほど大きいので,この楽器のようにちょっと保存が悪かったりすれば,板が中央部を残して,缶切りであけたかのようにパックリなってしまうというのも詮無きかな。

 さらに,この反発力は,中央部と縁周部の寸法差が大きいほど大きくなりますよね。
 通常,この手の加工による寸法差は,大きくても1ミリ程度。本来,接着面の整形加工の誤差を補填するためのものなので,それほど大げさなアーチトップを目指す必要はないわけですが,この楽器の内桁では各面左右端と中央で,最大で3ミリ近い差(部分的には3ミリを越えてます)が計測されました。表裏だいたい均等,浅くはありますが,アーチトップなだけでなくバロックギターみたいな「ラウンドバック」にもなっているわけですね。
 ギターやバイオリンでは,厚みのある板を表裏から削って,ああいう曲面の薄板を作り出しているわけですが,この楽器のは板をひんまげ,かなりムリヤリへっつけているわけで----そりゃまあ,ハガれますわな。(w)

 さらにさらに悪いことに,この表板は一枚板です。(かなりしつこく調べましたが,やっぱり矧ぎ目が見当たりません)

 月琴という楽器の胴体は,側面を表裏の板でサンドイッチしただけの単純な構造ですから,重要な構成材であるこの板を,通常の矧ぎ板(何枚もの小板を横に継いで作られた合板,たいていの桐板はこれで作られる)ではなく,継ぎ目のない一枚板にすれば,よりよい音が得られるだろう!----てなことは,楽器など作ったこともないようなヒトでも,なんとなく思いつきそうなことですよね。
 でもこれも,実際にやってる人はあまりいない。

 ひとつには,日本における「桐板」というものが,ふつう小板を矧ぎ合わせた「矧ぎ板」であるということ。矧いでいない一枚板を入手するのは,通常のルートでは,いまでもけっこう難しい。「入手困難である」 ということは,「値段が高い」 ということです。何度も書いてるように利益率の低い楽器ですから,個人的な趣味での製作の場合はいざしらず,ふつうの楽器店では手間もかかり,アシも出てしまうので手出しはしません。

 第二に。ちょっと考えると一枚板のほうが,さまざまな部位からとった小板を合わせた矧ぎ板よりも丈夫って気がしますが,実際には,木目や木取の方向を考え,きちんと矧ぎ合わされた板のほうが,一枚板よりもよっぽど丈夫なのです。 同じ厚さの板ならベニヤのほうが割れにくいのと同じですね。 さらに矧ぎ板だと,どんな大きさでも組み合わせによって,板全体の質をある程度平均的にすることができますが,一枚板では,よほどの上物でも,部位による差が出てしまうため,故障の原因となる反りや裂け割れなどの変形が,矧ぎ板の場合よりも,極端な形で生じてしまうことが多いのです。さらにはそもそも,最初に書いた「音質の差」も,単純な構造の楽器ゆえ,けっきょくは各部材の品質より,胴体構造や加工工作の巧稚の影響のほうが大きい----つまりはこれも,あんまりメリットがないのですね。

 意味はない,とはいえ。
 わざわざ一枚板を探してきてへっつけた,原作者の意図と心意気には感じ入られるところなきにしもあらず,ではあるのですが,アーチ構造に一枚板,選んだ材の性質が工作とちゃんとフィットしていません----こういうのは 「やってみただけ」 って言うんですよ。
 矧ぎ板の場合ならこの構造でも,矧ぎ目から割れるだけなので,そのぶん埋め木でもしてあげれば簡単に直りますが,この板をこのまま胴体に戻したところで,ふたたび同じように全周パックリ逝くのは目に見える未来図。
 胴体構造をとるか,板をとるか,修理者としてはちょっとツラい決断を迫られることとなりました………

 えい。

(つづく)


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