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月琴51号/52号 (1)

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斗酒庵 50面越えたとたんに の巻2017.3~ 月琴51号/52号 (1)

STEP1 ごめん…来ちゃった(w)


 運命というものはクラスターする傾向にあります,とやら。
 前回,1年以上1面も落っことしてなかった庵主のもとに,松鶴斎のフグがやってまいりました。さあ修理!----と取掛かったとたん,あと2面も転がり込んできちゃいましたのよ。
 今のところ,見た感じではフグすけが一番の重症患者で,あと2面はさほどのこともなさそうではありますが。庵主のケーケンから言って,こういう時の外面がおキレイな楽器ほど,なんにゃら厄介な悪魔をその身に宿しているもの。外面がキレイければキレイくほど,庵主の不安はイヤますのでもありますなあ。

 51号,名前はまだない。
 受け取った瞬間に,うぎゅっと分かるほどの重さ。
 唐木をふんだんに使った高級月琴です。

 全長:635。
 棹本体と胴側は黒檀か紫檀か。重たく硬い唐木が使われています。
 糸巻はツゲ,フレットは象牙。表裏の桐板もかなりの上物。表板なんて細かい柾目がみっしりと詰んだ最上級品ですね。木目が細かすぎて矧ぎ目が分かりません。
 胴左右のお飾りも唐木製。半月は黒檀の板にツゲの飾りをかぶせたもの----こないだやった天華斎でさえ,下地の部分は染め板でしたぜ~。(汗)

 損傷は棹先の飾りである蓮頭と,糸巻が1本,トップナットである山口と棹上のフレットがぜんぶなくなっちゃってるくらい。
 あとはバチ皮のあたりに数箇所虫食いがあるほか,右の胴飾りの周囲に少し水で濡らしたような痕があるていど----見た感じはごくごく軽傷。なくなったものを補作してへっつければカンタンに甦りそうですね。

 問題があるとすれば,棹の取付け。
 唐木の棹本体に継いである延長材は広葉樹材のようですが,先端部分で厚みが5ミリほどしかありません。このせいか,棹なかご全体がややねじくれたようになっていることと,棹の基部と胴体の接合部に少し段差があること。そして現在,棹が山口のところで約1ミリほど,表板がわにお辞儀をしてしまっているのも,このなかごの工作のせいかもしれません。

 もともとの工作では,棹の指板面と胴表面が面一になっていたと考えらえます。これは月琴という楽器にまだ「慣れてない」作家がよくやらかす間違った設定です。
 全体にこれ,といった特徴がないので,作者については現状分かりません。接合部は1ヶ所少しスキマが出来てますが,ほかはがっちりと噛んでユルぎなし。表裏板の接着も完璧。棹や胴体の加工から言っても,木工の腕前はかなりもので,唐木の扱いも相当熟れている人のようです。楽器の経験もなくはなさそうですが,棹の取付けや独特な構造からして,清楽器の作家さんというわけではないと思いますね。
 かなり腕のいい三味線職か唐木細工の職人の作,といったとこでしょうか。

 唐木で作られているほかは,外見的にはさして特徴のない楽器ですが,内部構造に珍しいところが1点。

 表板の裏がわ,棹孔から75ミリのところに,幅10,厚さ5ミリほどの細長い板が貼りつけてあります。
 はじめは,単に板の補強として横に渡したものかとか考えていたんですが----さっき書いたようにこの楽器の板はかなりの高級品。その加工も矧ぎ目が分からないくらい精緻ですし,板自体もしっかり安定してます。
 小板の質がバラバラで,いまにもバラバラになっちゃいそうな質の板なら,そういうものをへっつけたくなるかもしれませんが,この板ならその心配もない。

 はっ!よもやギターなんかでやるブレイシング(力木)みたいな加工で,音をより響かせるための工夫か! なんても考えてみましたが,それならこの1本きりでどうにかなるもんでもなく,形状に工夫もない。そしてそもそも,月琴作家でそこまでこの楽器の音色の追及にイノチかけた工夫をしてる人はいない(w)ので,この推測は早々と消え去りました。

 どうやらこれも,棹なかごの問題に関係ありそうですね。
 この横板の厚みは,棹孔の上辺から表板までの間隔とほぼ一致しています。通常,棹なかごの表板がわの面は,表板と平行になっているものですから,棹なかごの加工が適当なら,延長材の表板がわの面がどこかでここに当たるはず。
 延長材が薄いので,それを支えるための補強なのか,棹の振動を胴体に伝えようとか考えた特別な構造なのか----ブレイシングのとこで言ったのと同じ理由から,前者に50カノッサ。(w)

 さて,見た感じごく軽症患者ではありますが,棹まわりの調整に思い切り苦労させられそうな予感が,ビンビンきてますねえ。

 胴のお飾りは……うん,これ何でしょうねえ
 「花」なのはまあ分かるんですが。
 同じようなフォルムの類例では,南画なんかの「蘭」を模した例があるんですが,花の感じは全く違いますね。
 根元で束ねてあるところからすると菖蒲とかアヤメのつもりかな,とも思えますが,ちょっとこの花じゃねえ。(w)
 あえて似たものをあげよ,と言われるなら田んぼの雑草としてポピュラーなもののひとつ,「ウリカワ」でしょうか。

 裏板には墨書と印が3種類。
 墨書は 「是共四弦弾/名月不陰/清怨還夜/来」----かな(自信はナイ)
 「これ四弦を共に弾かば,名月かげらず,清怨,夜に還り来る」ってとこか。 署名は「田子龍」。
 印のほうはほとんど解読不能。左下の1コだけ「原倉」かと思えるんですが,さて。





 52号は一目見て分かる,標準的な普及品の楽器。

 受け取るとき片手で……ヘタしたら指1本で持てるような軽さ(w)ああでも,庵主,こういう楽器のほうが 「月琴」 らしくてなんか安心します!!(ああ? 高級月琴~?……ぺッ!

 全長:655。
 材質はホオやカツラ。桐板も板目混じりの中級品。
 大流行期にさまざまなところで作られ,売られた,庶民の楽器ですね。
 こういう糸倉のアールが浅くて細長い棹の楽器は,関東の作家さんに多いタイプですが,この楽器には,見てすぐ分かるような作家的な特徴,てなものがありません。
 が----楽器を手に持った瞬間 「あ,この人,知ってる。」 というカンがビビンとキよりまして。資料をいろいろとひっくり返して調べてみました結果。

 うん,「知ってる」けど「分からない」人(w)でした。

 43号と同じ作者ですね。
 最初は楽器各部のカタチや寸法の比較から,明治国産月琴の最大手の一つ,浅草蔵前片町の清琴斎・山田縫三郎の楽器だろうと思ってたんですが。この楽器も含めて,改めて精査・比較してみると清琴斎の楽器と異なる点がいくつも出てまいりました。

 まず蓮頭。
 「宝珠」と庵主が勝手に呼んでるこの型は,普及品の月琴でよく見かける,簡単な彫り線だけで構成された,もっとも単純なカタチの一つなんですが。作者によってそれそこに違いがあります。

 左が清琴斎の楽器の「宝珠」,右が52号のです。
 分かります? いちばん外がわの線の曲りが逆になってるんですね。


 次に胴飾りの「菊」。これもまた標準的な楽器でよく見る装飾ですが。ありふれたものであるだけに,蓮頭の「宝珠」同様,作者の特徴の出るところ。

 左画像が清琴斎の菊(画像が少々粗くて申しわけない)。大流行期,大量の楽器を世に送り出した最大手のメーカーなので,このほかにも時期により楽器の等級により,いくつか違うデザインの菊のお飾りが確認されてますが,これはもっとも標準的な型の一つで,それぞれ違う楽器の画像からとったものです。
 花のすそが丸まってるのと,いちばんてっぺんの三叉になった葉っぱの表現が特徴的です。
 上右の52号/43号の菊と比べるとかなり違ってますね。52号の葉っぱはもっとスマートですし,花ももすこしすそ広がりになってます。


 そして内部構造。
 この楽器と43号の響き線の構造はまったく同じです。

 裏板と胴材の間で響き線の基部をはさみこんで曲げただけの単純な直線型。
 清琴斎の楽器にも,似たような固定形式をとっているものがあるのですが,線自体の曲げかたとかにもう少し工夫があります。 こちらの方法ですと,基部を挿しこむ木片を接着する必要もありませんし,基本直線なので曲げも単純。調整もたやすく,より量産に特化してますね。

 調べているうちに,以前修理した首ナシの35号も,同じ作者の作らしいということが分かってきました。


 前は気づかなかくって,外見的な特徴から「清琴斎」の作じゃないか,としてたんですが,フィールドノートを出して比べてみたら,寸法とか内桁の構成,響き線の構造とかが43号とまったく同じでしたよ(52号とは下桁の加工のみ異なる)。
 35号のオリジナルのお飾りは,修理で猫に換えてしまったので,手元に残ってました。それを思い出して,引っ張り出し,比べてみました。
 上右画像。右の茶色いのが35号のお飾り。左の黒っぽいのが今回の楽器のもの。 35号のほうは,デザインがいくぶん単純化されてますが,その彫りはほぼ同じですね。「彫りの手」はウソつかなーい。(w)


 35号は首ナシだったんで比べられませんが,43号と52号の棹なかごも良く似てます。
 どちらも短くて,片がわの辺に浅いエグレがあります。清琴斎のなかごも短めなものが多いのですが,だいたいはふつうのスラリとしたカタチで,こういうエグレのついたものは見たことがありません。
 なかごの腹に「十五」「四号」,棹口の上のほうにも「十五」と思われる書き込みがあります。43号にはなかったもので,15面めなのか4本めなのかちょっと定かではありませんが。庵主のところに3面も転がり込んできたくらいですから,そこそこの数をこさえた人だったとは思いますよ。

 さて現状,どこの誰の作なのかは分かりませんが。寸法や形状の類似から,この作者が清琴斎の楽器の外見をお手本,というかコピーして,この月琴という楽器を作ってたろうことは間違いなさそうです。(うん,カンタンに言っちゃうとパク…いや「インスパイヤ」ww)
 響き線や棹なかごといった内部構造に独自性が見られる,ということは,それを完全に分解して調べつくす,までのことはしなかったのでしょうね。


 糸巻,山口と棹上のフレットが全損。この楽器の古物としては欠損部品の少ないほう。でも,あちち……糸巻ァ1セット削らなきゃですね。
 胴体や棹の染色がまるで新品のように残っています。スオウというのは,けっこう褪せやすい染料なので,ここまでキレイに残ってるのは珍しい。
 なんせ,これでも百年以上も前の楽器なんですからね。

 表裏の板も洗った痕みたいにまッちろですが…………なんにゃらでっかい虫食い孔が数箇所,棹と表板にあいてますねえ。これがちょっと気になりますが,器体にそのほか目立った損傷はなく。この虫食いの被害状況次第ではあるものの,これもまあ軽症患者さんのようです。

 さあて,1年以上もお留守にしていた自出し楽器。
  一気に3面に増えてしまいましたが。

 とりあえず,データを採りながらのんびりと。
  じんたかやっていくことといたしましょう。


 いつものことですが,レポート見て気になった方はご連絡を。(*ただし,業者・転売厨お断り*)
 ツバつけといてもらえると,修理の時,モチベーションあがりますからねえ。(ついでに酒手はずんでもらえると,もっとうれしいww)
 前の子たちは何面か,1年以上婚活浪人してましたがさて,この子らはどうなるやら。
 50号から52号まで,3面。
 お嫁入り先,ぼしゅうちゅうです。

(つづく)


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