長崎よりの月琴4(6)
![]() STEP6 はるかなり南の空は ![]() さて,これはなんでしょうね----日常メンテレベルの作業のはずの,棹なかごの再接着が,なぜかうまくいきません。 なんどニカワを流し込んで固定しても,見た目的にはピッタリくっついてるようになるんですが,ちょっと力を加えるとまたすぐ割れちゃうんですね。 原因解明のため,まずはいちど棹なかごを分解してみました。 おや……延長材の先端が,部分的にツルツルになってます。指で水を着けてみても見事に弾いちゃいます。接着剤がきかない原因は,まずこれみたいですねえ。 これはおそらく,擦り合せの調整のとき,やりすぎちゃった箇所でしょう。 この楽器の棹はクスノキ,一木造りではありませんが,延長材も同じクスノキで出来ています。樟脳をとるくらいですから,クスノキには油分が含まれています。油分を含んだ木は,油やロウで磨かなくても,ヤスリの目を細かくしてゆけば,表面はそれだけでテッカテカになってくれるんですが----それが逆にアダとなることもあるようで。 棹基部のウケと,ピッタリ噛み合せるための精密な調整作業が,「磨く」のと同じになっちゃったんでしょうね。こういう場合,慣れた職人さんなら 「ぴったりに調整した」 あと,粗めのペーパーなどでいちど表面を荒らしてから接着作業に入るのですが,この原作者さんは,そこまで頭が回らなかったものと見ゆる。(w) ![]() ![]() ![]() さらに,悪いんですが----一生懸命やったその噛合せ調整の結果自体にも問題があるようで。根元部分はがっちり噛んでるんですが,先端がわずかに細すぎて,延長材がウケの中でぐらぐら動きます。これではいくら再接着してもダメなわけです。 けっきょく先端表裏を削りなおしました。この部分は,挿しこんでるだけでも,延長材が落ちないようになってれば理想ですね。 そこまで調整したところで,#240くらいのペーパーで接着面を荒らし,筆で何度もお湯を塗って,水分をよーく含ませておきます----接着面をわざと荒らしておくこと,ふだんより多めに水分を含ませておくこと。 唐木や油分の多い木を相手にする時には,接着の前にぜったいやっておかなければならない作業ですね。 実際に分解して詳しく調べてみるまで,外面的にはどこが悪いのか分からないくらいの出来でしたので,意外と手間取りましたが,今度はだいじょうぶ。 ちょっとやそっと力を加えても,割れなくなりましたよ。 糸倉や山口取付け部などにあったネズ齧りの痕も埋め,棹全体をカテキューで染め直します。 ![]() ![]() ![]() そういえば,前に修理した47号もクスノキ製で,染色はやっぱりカテキューでした。 聞いた覚えがありませんが,クスノキにカテキュー,ってのはなんかキマリでもあるのかな? それとも 「月琴の材料としてクスノキを使うような楽器屋さん」 てのにある染料が,カテキューしかなかったということなのか……。 クスノキを木材として使うとこといえば仏師か指物,楽器屋だと太鼓屋さんあたりですね。指物屋さんや唐木屋なら,もっといろんな染料持ってるはず。琵琶やお箏,三味線職だと逆に,それほど使わない染料かもしれない。そうすると,太鼓屋さんかなあ。 太鼓屋さんが胴の染めに何を使ってるのかは知りませんねえ。こんど機会があったら聞いてみましょう。 新しい山口は国産ツゲで。当初は胴面がこんなにアーチトップになってるとは思ってなかったんで,そのまんま測っちゃった結果,棹が表がわに傾いてると考えてましたが,板表面のアーチになってるぶんを考慮して,あらためて測定してみると,胴側部の水平面に対し3ミリほど背がわに,ちゃんと傾いていることが分かりました。 ![]() ![]() 新しい結果をもとに,棹の取付け調整をします。工房に来た時には,棹基部のへんなところにスペーサが貼られてたせいで,棹の指板部分と胴体面に段差ができてました。もとついてたスペーサを削り落とし,あたらしく反対がわに貼付けてまずそれを解消。角度・傾きの調整をしながら,棹の基部と胴体面の接合部を面一に近づけてゆきます。 ![]() ![]() さらに,この期に及んで,棹の取付け位置が若干右に寄ってしまっていることが分かりましたんで,棹孔を削って調整。ズラしたぶんにはスペーサを埋め込みます。同時修理の天華斎では1センチくらい削っちゃいましたが,さすがにこちらは数ミリていど。とはいえ……同じ時期に来た楽器にはふしぎと,かならず同じような故障があるもんなんですねえ。 弦を張るのに必要な部品がそろったところで,半月を戻しましょう。 ![]() ![]() ![]() いつものように,オリジナルの位置を参考に,棹から糸を張って左右のバランスを見ながら,もっとも適当な位置を探ります。 手前の,バチ皮の貼ってあった部分がご覧のように重症なので,2ミリほど下げた位置で接着することにしました。 あとはこの半月,もとは底がほぼ真っ平らになっていました。 ふつうの月琴なら,それで良いんですが----原作者,おま,表裏がアーチ構造になってるの忘れてるやろ!----ということで。周縁が浮き,けっこうヤバい状態でへっついてましたんで,胴体の微妙な盛り上がりに合わせて調整します。 まずは手作業で中央あたりをすこし削って,仕上げは胴に両面テープでペーパーを貼り,そこでゴシゴシ。 接着面をより胴体にフィットさせてから接着しました。 うおっし,あとは仕上げだ!! ![]() ![]() ![]() 工房に来た時,へんなモノへっつけられてた蓮頭には,コウモリを。いつもなら正面向きですが,今回は蓮頭だけにちょっとはすに構えた風な感じで(座布団-2)。 あとは棹上の柱間のお飾りと…オリジナルがどうしても気に食わないので,中央のお飾りを作ることにしました。柱間で残ってた飾りは「霊芝」と「瓢箪」と「魚」,これに新しく「蜂」と「冠」,「蝶」と「万年青(おもと)」を彫り,組み合わせて,さまざまな吉祥を表す意匠となるように仕立てます。 左右と中央の扇飾りにはオリジナルのものを染め直して使います。扇飾りはやっぱり手が違うと思いますね。ほかの楽器からの移植でしょう。中央飾りは梅に鵲(かささぎ)にしました。これも吉祥模様の一つですね。 フレットは竹で。 いつものように古色付もばっちりです。 オリジナル位置に置いた時の音階は---- ![]()
それほど波瀾もなく,かなり正確な清楽音階に近かったようです。 はあ…これで気兼ねなく年を越せますですう。 しかしながら,最後にもう一度,これだけは言っておきますね。 楽器に木瞬,絶対ダメ!!!! しかも,虫食いで粉いッぱい詰まってるとこにコッテリってアンタ…小石川のムクの木に逆さ磔にされても文句は言えませんからね,けけけけ。 …おっと,庵主,SAN値がまだ回復してませんので,失礼。 ![]() 記事のなかでも書きましたが,今回の修理で苦労させられたものの一つであるアーチトップ構造は,作者が音質の追及やらをするためにやったものではないと思われますが。 こうやって胴体がきっちり箱状に密閉されていれば,それなりに効果を発揮するようです。音の広がりが,楽器前面方向だけでなく,かなり分散されて心地よい感じになってます。 響き線も「鳴らすため」のよけいな構造を付けられちゃってますが,もとが寸法としての振幅幅の小さい渦巻線ですので,演奏姿勢を急激に崩したりさえしなければ,よけいな胴鳴りもなく演奏できます。 渦巻線特有の,スプリング・リバーブ風な余韻が,ぐにょんぐにょんかかってて,なかなか良いですねえ。 胴体と棹の重さのバランスがすこし悪い気はしますが,慣れればまあ問題はないでしょう。すこし早い曲だと,楽器が手から離れがちになりますので,ちょっと注意してください。 また,原作者・前修理者の仕業も相俟って,もとの状態がかなり劣悪だったと言える1本で,修理もかなり大がかりなものになってしまったため,器体にすこし無理がかかってる点もあるかもしれません。保存・使用の状況によっては,表裏の板などに今後なんらかの故障が発生するかもしれませんので,何かありましたらご連絡を。 ![]() ![]() ちなみにお飾りのおもな意匠は。 蓮頭が 「福縁連至」,棹上がハチとカンムリに胴上の霊芝を加えて 「冠上加官」,チョウチョとオモトで 「吉慶万代」,中央飾りは 「喜事眉睫」 です。 が,ほかにも組み合わせでいくつかの意味が生じるようになってますので,楽しんで読み解いてみてくださーい。 (おわり)
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