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月琴50号フグ

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斗酒庵 一年ぶりで50面を越える の巻2017.3~ 月琴50号 フグ (1)

STEP1 土に一晩埋めておくと治るそうです

 自出し月琴も40面を越え,資料としてのデータ整理の段階に入ったのと,このところ依頼修理がけっこうきたのもあって,自腹を切っての月琴購入をしてない庵主でありました。
 49号の購入が15年の11月末っすから----ふむ気がつけば1年以上,1面も落としてなかったんですねえ。

 というわけで,50面めの楽器が到着いたしました!

 いや正直,マイナーな分野でマニアックなことしているわりに,庵主マニア気質・コレクター気質がないもので数を誇るつもりなぞありませんが(いままで手に入れた楽器もほとんど他人に譲っちゃってます),「50」っていうとなんかひとつ「大台」みたいな区切りの数っぽくて,さすがに少し萌えますね。(w) まあ,リアルの楽器なんかなくっても,整理されたデータさえどっかに大量に転がってるんだったら,わざわざおなかイタくしてこんなに何面も買ったりゃしないんですけど,先行研究者の皆さんが,まともに使えるようなデータ,誰も残してくれてないんで。


 自出し月琴50号----コードネームは箱に書いてあったこんなコトから。

 アンディ……いやそれとも「かわぶた」と書く,中国では川にいる,食べたらひっくり返る系のほうなのか。 はっ!もしや,ダンボールだけにハコ----あ,いやあっ!!座布団持っていかないでえっ!!

 かなり汚れてまっくろくろですが,さてさて,所見を。

 全長:630。蓮頭は欠損。
 棹はやや長めでスマートな感じですね。
 糸倉のアールは浅く,基部のくびれもごく浅い。うなじは短めで,棹背はほぼまっすぐ,全体にすっきりとした印象のある楽器です。

 棹なかごはほっそりと長く,表面加工は粗めですが,丁寧な作りになっています。
 糸巻はそこそこ使い込まれた様子。あちこち削れちゃってますが,三本溝の六角軸ですね。

 胴体は縦:350,横:355。厚みは36。
 表裏ともにそこそこ目の詰んだ柾目の桐板が使われています。
 左右のお飾りは 「鸞」。
 中央飾りがなくなってますが,日焼け痕から見る限り,扇飾りと同様,よく見る意匠のものだったと推測されます。

 フレットは骨製。4枚残ってますが,棹上の1枚は幅から考えて,後で第1フレットをてきとうにへっつけたものでしょう。

 バチ皮はヘビ,あちこち破れたり少し欠けたりはしてますが,そこそこ残ってるほう。

 半月は蓮花の模様をあしらった曲面タイプ。
 棹と胴側部,この半月はホオでできてるようです。



 全体の様子や材質から,一般的な普及品の楽器と思われます。作風からすると関東の作家さんだと思うんですがさて----外がわからの観察・計測もあらかた済みましたので,裏板ハガして,内部を確認しましょう。

 うぷぷぷ……あちこち虫食いがあり,楽器を振ると粉が散りますねえ。
 虫食いもそうですが,保存があまりよくなかったらしく,かなりニカワが劣化してるので,割れてるとこから刃を入れて回したら,周縁はかんたんにハガれました。でも内桁はしっかりくっついてるようですね。
 ----うん,いい作家さんだ。
 このところよく書いてたように,日本の作家さん,とくに三味線職出身の方の作った楽器なんかは,この内桁の接着がおろそかなことが多いんです。この楽器は,構造上内桁がしっかりへっついてないと,ちゃんとした音が出ません。逆にそれがちゃんとへっついてるということは,この「月琴」という楽器についてちゃんと分かって作ってるヒト,だってことですね。

 さて,ではベリベリベリっと………

 うん----作者が分かりました。(w)



 斜めになった内桁,響き線の形状。
 そして上桁に片方だけあけられた音孔。
 棹は長く,スマート。

 「松鶴斎」さんですね。

 ちょっと前に修理した44号の作者さんで,庵主言うところの大阪 「松の一族」 の一員(w)。松音斎や松琴斎と関係があると思われる作家さんです。

 この斜めになった内桁の構造は,松音斎のものを受け継いでいますが,楽器の外見的な形状はいくぶんトラッドな関西のスタイルからはずれ,関東の楽器っぽい感じになっています。清琴斎山田縫三郎とか唐木屋才平の楽器に似てますが,この両大手より生産数は少なかったようです。

 ふつう作家さんは,ほかの作家さんの楽器の外がわは真似できても,内部構造まではそうそう同じにはできません。もちろん今も昔も,完全分解・徹底調査>>>完コピ! というワザあ日本の職人さん,得意なので,買ってきた楽器をばらっばらにして,内部まで真似るくらいのことはけっこうしてたでしょう。
 しかし,構造は真似できても,作業の手順とかちょっとした工夫といったものは,実際を見たことがなければ,そうそう同じにはできないものです。
 外見的にはかなり違ってるんですが,松音斎と松鶴斎の楽器の内部構造には,そういう直に作業を見て覚えた人の,手熟れた感といいますか,自然さといいますか。ただ寸法を測って真似しただけじゃない,自然な類似が感じられるんですね----まあ,このへんはデータ化できないから,あくまで「推測」の域は出ませんが。(w)

 たとえば,唐木屋の楽器なんかは,内部構造までもふくめて松音斎の影響をかなり受けてますが,棹なかごや響き線の形状や,側板の加工などにはかなりの独自性が見られます。松音斎と松琴斎の場合はまたこれらとは違って,技術的には同じにできるのに同じにしてない,というか,作業の簡便化や経済性の観点からあえて違う方向に進んでる,みたいなところもあります。

 この人の楽器で「鸞」の飾りのついたものを,庵主は今回はじめて見たんですが,「鸞」の頭の上の羽根の表現にちょっと特徴があるので過去の画像資料を探してみましたら,いままで「唐木屋」か「菊芳」の作ではないか分類していた楽器の中からいくつか該当するものが出てきました。

 唐木屋の楽器の胴飾りにも似たのがありますが,彫りがもっと深くて丁寧ですねえ。顔のあたりなんか比べてごらんなさいよ。ちなみに唐木屋の楽器には,上にあげた松琴斎のとそっくりなトリさんをつけてるのもありました。どんだけこの一派をインスパイヤしてるんだよ----って感じもしますが,実際扱ったものから考えると,内部構造に違いがあるし,唐木屋のほうが,こういう細かい仕事は若干丁寧だったりしてます。(w)分業に余裕のある大手だったからかな?
 こうしたものをチェックして再分類。

 まあ間違いないとは思いますが,ラベルがないんで確実ではありませんから,これも分類上は 「松鶴斎?」 としておきましょう。


 というわけで,今回のフィールドノートをどうぞ----
 画像はクリックで別窓拡大されます。

 虫食いの状況なんかは,こちらの絵のほうが分かりやすいかと。
 例によってデータ吸いつくしたこの絞りカスは,きちんと修理して下界に戻させていただきます。
 今回の楽器----ひさびさに 「かなりスゴそう(楽器のグレード的な意味じゃなくってww)」 なんですが,修理記を見てそれでも欲しくなったらご連絡を。オーナーさん決まっててくれると,作業のモチベーションあがるしねえ。

 うむ,さてどうなるやら。


(つづく)


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