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月琴51号 (2)

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斗酒庵 50面越えたとたんに の巻2017.3~ 月琴51号 (2)

STEP2 もしかするとカラ鍋。


 さて,今回の3面のうち,50号をのぞいた2面につきましては。一見したところ,本体部分に深刻な損傷はなく,なくなってる部品をちょこっとこさえ,ちょこっとキレイにしてやればすぐにも直る----みたいな感じではありますが。
 庵主,こういう外面のヨロしい連中ほど,みずからの内がわにトンでもない悪魔を飼っておるものじゃ,ということをいままでのけーけんから思い知っておりまする。

 まずはとりあえず,胴体上の付着物をへっぺがしますです。フレットが5枚に,左右の装飾,あとはバチ皮。
 左のお飾りのシッポのあたりが割れてましたが,ほかにはさして問題もなく,濡らして10分ほどで素直にハガれてくれました。

 裏面には墨書があるので手出しできませんが,表板のほうはお飾りさえはずしちゃえば何もないので,ついでに全体を,さッと清掃しておきましょう。まあ,さほどのヨゴレもついてませんが,右のお飾りの周囲に少し水ムレの痕があります。このあたりも始末しておきましょう。

 濡らしたら,バチ皮の部分を中心に,左上から右下へ,かなりの数の細かなバチ痕が浮かび上がってきました。

 それなりに使い込まれた楽器だったようですね。
 流行期の末ごろに作られた楽器だと,三味線のバチ先で付けられた傷などがついてる場合があるのですが,それほど鋭くもなく深くもなく。細かで浅いところから見て,これは間違いなく,清楽用の短く薄い擬甲でつけられたものですね。

 乾いたところで,バチ皮の下についてた虫食いを充填補修。3箇所くらいありましたが,桐板が目の詰んだ上質なものであったおかげか,深くもなければ広がりもなく,ごく軽微なもので済んでました。
 場所がここでなければ,定石通り桐板を刻んで埋め込むところなんですが,このあとバチ布を貼る工程もあるんで,木粉パテで充填,エタノで溶いたエポキを滲ませて整形します。
 同じバチ皮部分の左に,皮の収縮によるヒビ割れも出来てましたので,こちらは木屑を埋め込んで補修。

 ここまでの作業時間,ほんの1~2時間程度。
 胴体部分に関しましては,このほかにやらなきゃならないようなことはほとんどありません-----さて,ですが。

 今回の修理,ここからがけっこうながくてながくて…(泣)
 さいしょのところで書いたとおり。
 外面のキレイな楽器ほど,内部に深刻な問題を抱えたりしております。
 この楽器最大のアクマは,棹の取付けにあります。

 この楽器の胴体と棹の基部の間には,0.5ミリほどの段差があり,さらに楽器の頭のほうから見ると左方向にねじれ,横から見たときは,楽器の前面方向へわずかにお辞儀したかたちになってしまっています。

 三味線でもギターでも,この手の弦楽器において,ネックの取付けや調整というのは,最も精度が必要とされかつ気を遣う部分であり,またそれぞれの楽器のことが 「ちゃんと分かって」 いなければ,そもそもマトモに作業の出来ない個所でもあります。胴体や棹の加工工作の精度から,この楽器の作者の木工の腕前はかなりのものだと考えられるのですが。この棹取付け周りの工作から見ると,おそらくはこの楽器----すなわち「月琴」というものについては,熟知していないようです。
 糸巻の損耗や胴表面の演奏痕から見て,これが飾り物ではなく,実際に楽器として使われていたことは間違いありませんが,音を出す道具,楽器としてじゅうぶんに成立してはいるものの,この棹取付けの雑な設定からすると,「月琴」という楽器としては,ある意味,かなりギリギリのモノであったと庵主は考えます。

 この修理報告でも何度か書いているとおり,月琴の棹は理想として背がわに少し傾いて取り付けられていなければなりません。また,4番めのフレットが棹と胴体接合部の上下いずれかに位置するため,接合部のあたりに段差があるというのは,音階を決定するフレットというものの性質上,調整の際にあまり有難くない状況を産むこととなります。
 前にお辞儀しているのと,接合部に段差があることについては,原作者の経験不足による問題ですが,棹の取付けにねじれが生じているほうは,フレットの加工などにそれに合わせるための調整加工等がなされた形跡がないので,製造後に生じた部材の変形によるものだと考えられます。

 いつものようにツキ板をスペーサとして貼りつける程度の調整では,こうした棹の取付けの問題を,根っこのところから解消することができません。ですので今回は棹本体からなかごの延長材をとりはずし,その接合部のところを削りなおして,ちゃんとした角度,ちゃんとした傾きで胴体にささるように調整する必要があります。
 棹に接合された延長材をはずすための方法は,接合部を湿らせて,接着剤のニカワをユルめる----という,ごく単純なもの,ではあるのですが。この部分,滅多なことではずれてしまっちゃあ困る箇所だけに,この楽器の中でもっとも頑丈へっつけられているところなのであります。
 さらに上に書いたよう,この楽器の作者は,月琴という楽器については熟知していないかもしれませんが,その木工工作の腕前はかなりスゴい。この接合部もまさに「カミソリの刃も入らない」くらいの精度で,そりゃもうガッチリバッチリはめ込まれちゃっております。

 お湯をふくませた脱脂綿を巻いてラップで包み,紐や輪ゴムで両端をしばって,時折ほどいては水分を補充----並の作家のものなら数時間,かなりの人のでも一晩かければ,まず無事にはずれるところ----三日濡らし続けても,接着部からニカワがニジみだしてはくるものの,取付け自体はまったくユルまず,グラともビクともしやしやがりません。(汗)
 棹本体は丈夫な唐木で出来ているとはいえ,あんまり長びくと,ほかの余計なところに悪い影響が出てしまいますので,三日目からは,わずかなスキマにクリアフォルダの切れ端を挿しこんで,ノコギリみたいに挽きこすり,そこから水分を染ませてゆく作戦を並行させ,ようやくとりはずすことができました。

 いやあここまで時間のかかったのは,いままでありませんでしたねえ。
 腕の良すぎるのも,ある意味考えもの,といったところ(w)。

 まずは棹本体の基部を削り直し,棹を楽器の背がわにわずかに倒します。山口(トップナット)のあたりで,胴体表面の水平面から3ミリ,といったくらいが理想ですね。

 オリジナルの状態では,指板面とこの胴に触れる面がカッチリ90度。曲尺の角当ててピッタリ,そりゃもう見事に加工されていました。緻密な加工が可能な唐木を使ってるとはいえ素晴らしい腕前ですが,この楽器としては残念ながら間違った設定です。
 つぎに延長材の接合部分を削り直し,棹が新しい角度で胴体にちゃんとささるよう調整します。

 この延長材は長く薄く,先端部分では5ミリほどしか厚みがありません。この楽器では表板の裏,棹孔と内桁との中間に板材が貼りつけられてますが,これはやはり,作者がこの薄い延長材だけで,唐木の重たい棹を支えられるのか心配になって入れた「支え板」だったんでしょうねえ。
 また,この延長材,はじめはこれによく使われるヒノキか何か,針葉樹材だと思ってたんですが,濡らしてみると針葉樹材のようなニオイがまったくしません。削ってみた感触も違います。かなり密で,比較的粘りのある広葉樹材のようですね。サクラにしてはやや白く,柔らかく。ソフトメイプルにちょっと似てますが…さて,正体はちょっと分かりませんね。


 棹のねじれは,このなかごの延長材のねじれによって生じたものと思われます。接合の時にねじれた形で接着してしまった,というようなことはよくあるのですが,今回の場合は接合部分の加工に問題はなく,ねじれは延長材の途中----計測したところから考えると,おそらくは例の補強材に触れているあたり-----からはじまっています。加工時にはまっすぐだったと思うのですがね。延長材自身の質と,糸の張力による変形であろうと考えられます。
 まだちゃんと枯れていない材だったのではないでしょうか。ほかの材に取り替えてしまってもいいのですが,問題があるとはいえオリジナルの部品。加工自体は素晴らしいですし,さすがに作られてから百年以上たってますので,もうこれ以上はそうそうねじれないと思われます。
 要はこれが,上桁の棹孔にまっすぐ入ってくれればいいわけですから。いつもよりはちょっと手間ですが,ツキ板を何枚か貼り重ねて削り,こんな感じ(図参照)の加工をしてみました。
 厚めの板を貼りつけて同じように削る,という方法もあったんですが,こちらのほうがより微妙な調整が出来ますので。

 ふぅうううう………まず,延長材をはずすのに三日以上。さらに棹の調整は,3Dで細かく考えていかなきゃならないのもあって,なんとこれだけで一週間近い時間がかかってしまいました。

 棹の調整は,もともとこの楽器の修理作業の中で,いちばん心身労力のかかる精密作業ではあるのですが,月琴という楽器に関する経験不足の面はあるものの,最高の材料と腕前で作られた楽器であるだけに,このヘッポコ修理者がこれを変に損ねるわけにもいきません。「原状復帰」が信条の修理者としては少し邪道にはずれるかもしれませんが,末席とはいえモノづくりの一人としては,最高の材料で作られた楽器だからこそ,その楽器としての最良の状態にして送り出してあげたいものですものね。

 しつこいほどに食い下がって行った調整作業の甲斐もあり,棹は山口のところで背がわに約3ミリ……ほぼ理想的な傾きとなり,棹基部と胴体表面板との段差も解消されました。

 じつに,いい感じになってきましたよ!

(つづく)


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