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月琴52号 (2)

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斗酒庵 50面越えたとたんに の巻2017.3~ 月琴52号 (2)

STEP2 薄皮1枚下の生命たち

 52号,百年以上前の彩色や板の色がそのまま。
 見かけ的には,ほとんど未使用のデッドストック品と言って良い状態であります。
 欠損部品は糸巻が4本全損,棹上のフレット3枚。
 糸巻全損は労力的にちょっとキツいとこですが,まあいつもやってることですから,カクゴさえ決めちゃえば大したことではありません。(w)

 そのほかは,棹と表面板に,けっこう大きそうな虫食いが数箇所。

 今回の修理はここからですね。
 とりあえずはまず,表板上のお飾り類をとりはずしましょう。左のお飾りのすぐ下にもひとつ,大きな虫食い孔がありますから,もしかするとこの下にも広大な虫食いワールドが広がってるかもしれません----もしそうならイヤだなあ。(w)

 まずはこの虫食い穴を目安に,表板の皮一枚になってる箇所をケガキの先などを使って探しだし。ほじくりかえします。


 この二つの孔,中でつながってると思ってたんですが,虫食いのトンネルは2本ありました。
 それぞれ別の虫だったみたいですね。
 右はお飾りの下あたりから上桁のところまで,左の1本は矧ぎ目に沿ってかなり長く,側板のところですこし横にも広がっていましたが,どちらもほぼ直線でわりと幅の広い,大きな虫食いでした。またどちらもほとんどの部分で板を貫通してはおらず。溝の底は船底みたいなハーフパイプ状になっていました。

 桐板の破片と木粉粘土を埋め込んで充填。
 この後,清掃したりお飾りを貼り直したりもするので,後で軽くエポキを滲ませておきましょう。


 棹の虫食いは全部で3箇所。糸倉の付け根,山口が乗っていたあたりの左右と,棹左側面。

 このうち糸倉基部の虫孔は,左右が中でつながってるようです。侵入孔と脱出口だったかもしれません。
 やわらかいハリガネなどで触診してみますと,右の孔は入り口から二股に分かれ,片方は1センチくらいで止まっていますが,片方はそのまま指板の中心方向へ,左の孔は入り口からほぼまっすぐ,同じく指板中心方向へ向かっています。ここにこういう食害があるのはちょっと珍しいですが,おそらくは指板と棹本体の接着部か山口取付のためのニカワが狙われたものでしょう。
 虫孔としてはけっこう大きなほうですが,食害はほぼ平面的で,広がりもあまりありません。あまりひどかったら指板を剥がして処理しようかと思ってましたが,このまま埋め込んでしまっても,棹や糸倉の強度に影響はなさそうです。
 まずはユルめに練った木粉粘土を,注射器で充填。端材や割り箸を細く削ったもので,なるべく奥へ奥へと押し込みます。時間を置いて,生乾きになったところで,エタノで溶いたエポキを流し込み,仕上げに,薄くしなやかに削った端材を押しこめるだけ押しこみます。充填剤がハミ出てきますので,これをぬぐい,さらに押しこみながらの作業となりました。

 棹側面の虫食いも,けっこう大きなものではありましたが,深さはさほどでもなく,これのせいで棹がボッキリ逝ったりするほどではございません。 どちらもしっかり乾かして,硬化後に表面を軽く整形。


 指板表面のフレット痕にも浅い虫食いがありますので,これもついでに埋めておきましょう。

 この指板----だいたいの作家さんは紫檀黒檀かカリンあたりを使うものですが。これ,どうやらツゲみたいですね。
 ツゲという木は染まりが悪いので,この作業中にちょっと擦ったら,ぜんぜん滲みこんでないスオウの下から黄色い木地が現れてきました。
 硬木ですのでこういうところに使われてもおかしくはありませんが,月琴ではちょっと珍しい。


 補修箇所に,オリジナルと同じスオウで補彩を施すと,元の色の保存が良かっただけに,補修箇所はほとんど分からなくなりました。

 補彩が終わったところで,枯れたみたいにカサカサになってる木地に,保護のための亜麻仁油をつけたら----いやあ吸い込む吸い込む----
 とはいえ,いきなり油まみれのヌルヌルにするわけにもいきませんので,何日か置きながら布につけた油を少しづつ滲ませます。
 棹や胴と違って,表裏板の桐は油を忌む素材なので,これにはけっして付けないよう細心の注意を払いましょう。

 パサパサになった枯れ木が,材木としては使い物にならないのと同じで,木材は適度な水分を含んでいるときがもっとも強い。その水を木にとどめる役割をしているのが油分。本来,楽器はそうした水分や油分を使用する人間の身体から摂取していきます。楽器というものは,人の手が触れ身体が触れることによって,いろんなものを少しだけ吸収し,そのぶんいろんなものを与えてくれるモノなのです。
 だから,いつも言っているように楽器にとっては,弾くことがいちばんのメンテナンス,であるわけなのですね。
 宿主のいない寄生生物が生きていけないように,住む者のいなくなった家が朽ち果ててゆくように,使われなくなった楽器は壊れます。そうなって「壊れるべきところではないところ」から壊れた楽器は,ふつうに使用されて「壊れた」場合より修理が難しいものです。

 この楽器の場合,作られてからほとんど弾かれたことがない様子。
 これが楽器として再び立ち上がるためには,それなりの助走剤が必要です。この乾性油が乾ききるまでに,良質な油脂分の補給者……いえ,弾いてくれる宿主が現れてくれるといいんですがね。

 まあもちろん汗まみれのピザな身体で抱きしめるとか,ポテチつまんだばかりのギトギト手で弾く(うわあああぁ…)なんてのはもってのほかですが。(w)  みなさん,楽器に触れる前には,ちゃんと手を洗いましょうね。

(つづく)


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