« 月琴51号 (終) | トップページ | ベトナム琵琶魔改造!! »

月琴52号 (終)

G052_03.txt
斗酒庵 50面越えたとたんに の巻2017.3~ 月琴52号 (3)

STEP3 DSの彼方に

 こちらの楽器も,もともと欠損部品は少ないので,虫食い探しとその穴埋めさえ終わってしまえば,ほとんど修理完了というところ。
 51号と違い棹の調整作業も,多少左右方向にガタつきがあったのを直したくらいで,さほどのこともありませんでした。

 棹調整が終わったところで,表板を軽く清掃。べつだん汚れているとかいうわけではないのですが,お飾りをはずすときに湿らせたので,その作業痕がちょっとシミになっていますので。
 こうして板を濡らすと,ふつうはバチ痕とかが浮かび上がってくるものなのですが,この楽器。いくら目をこらしてみても,キズ一つ見えてきません----いや,ほんとにほとんど未使用の状態なんですね。

 さあて,ひさしぶりに糸巻を削りましょう。
 まあ,同時修理の51号でも補作のを1本,去年の暮れにも2~3本削ってますが。1セット4本まるまるってのはずいぶん久しぶりです。ひょっとすると去年の春先にやった47号以来じゃないかな。

 例によって¥100均のめん棒を削ります。51号みたいな高級楽器だとツゲや黒檀などが使われますが,このクラスの楽器だと,胴や棹と同じホオやカツラといった柔らかい雑木が使われることが多いため,壊れやすくて残ってない場合も多いのですね。

 補作の糸巻は,材料こそ¥100均のめん棒ですが,これにはブナやカシなどの硬い木が使われていますから,高級楽器の唐木ほどではないにせよ,オリジナルで付いてたものよりは丈夫で長持ちしてくれるはずです。

 まずはめん棒の四面を斜めに落として,先端が1センチ角の四角錘に近い状態に----これが「素体」になります。国産月琴も唐物も長さはだいたい11~12センチほどですので,庵主はいつも修理のため,四面切りをした12センチのものを何本かストックしてあります。
 しかしながら,現在使っている¥100均めん棒の長さは33センチ。12センチにしちゃうと2本しかとれません。そこで今回は11センチにして1つの棒から3本。もう1つから残りの1本と51号に使った補作の糸巻を切り出しました。

 この画像なら木目が分かりやすいですかね。
 月琴の糸巻は,こういう木目で削って,この木目に対し垂直方向になるよう糸孔を穿ちます。画像だとこの上下のとんがってるところのライン上に孔をあけるわけですね。

 同じ作者の43号の例から見て,この楽器についてた糸巻も長さは11.5センチだったと思われます。5ミリ短くなっちゃいますが,まあさほど操作性は変わりませんし,新しく作るぶんは,楽器の軸孔に合わせてきっかり調整されるので,数打ち規格品のオリジナルよりは使いやすくなってるかもしれません。


 普及品の楽器で多い六角一溝の形に削ったら,#400まで磨き上げ,染めに入ります。
 スオウを3~4回かけて,ミョウバンで赤く発色。いちど完全に乾燥させてから,黒ベンガラとオハグロ液で黒染めにします。ベンガラを薄くかけてからのほうが,下地の赤が褪せず色味が深くなってイイみたいですね。
 今回は特に,オハグロの具合もよく,黒染めがバッチリ決まってます!

 山口には牛骨で作ったものをくっつけました。
 これも51号と同じ時期に作り置いてあったものです。

 フレットは胴上の5枚が残,棹上の3枚が欠損です。
 糸を張り,補作のフレットを牛骨で作って並べてみましたら,50号,51号に続いてこの楽器もまた半月での弦高が高すぎ,オリジナルフレットの背丈が低すぎ(w)まして。またまたまた半月にゲタを噛ませることとなりました。

 以前作ったツゲのフレットの端材が,ちょうど良いカタチと厚さでしたので,これをちょちょいと削って半月に接着。これにより半月のところで9ミリだった弦高が,7.5ミリに----だいたい1ミリ半下がったわけですね。

 これにより胴上のオリジナルフレットが,そのままで使える高さになってくれました。
 オリジナル位置にフレットを立てた時の音階は,以下のとおり----

開放
4C4D+104E+14F+354G+234B+275C#-445D+475F+45
4G4A+44B-95C+365D+195E+125G+305A+256C+33

 うむ……ちょっと全体にオーバー気味ですね。清楽音階にしては第3音(第2フレットの音)の数値が高め(ふつうはE/B-20 程度)ですが,全体を均すと,やっぱりここだけ15%ほど低めになりますので,それほどハズれている,とも言えないかと。

 計測の終わったところで,補作のフレットはヤシャブシで軽く染め,西洋音階に並べ直します。

 この楽器でも,当初,胴体のきわに貼られていた第4フレットが,西洋音階に合わせたところ,棹の上に移動してしまいましたが,こちらはもともとかなりオーバー気味でしたので,接合部にひっかかることなく,ぴったり指板のきわのところにおさまってくれました。やれ良かった(w)

 頭の丸いフレットは,ギターのバーフレットとかに比べれば厚みがあるので,正確な音階を出すのには向きませんが,ちょっと触れても,がっちり握り込んでもふつうにちゃんと音が出るので,演奏のポジションや運指のクセなんかをあんまり考えなくて済みます。

 正確な音階をよりクリヤに出したければ,糸との接触面の狭い,先のとんがった三角形のフレットが有利ですが,そのぶん,力の入れ具合が難しくなったり,スウィート・スポットをはずすと音が屁こいたみたいにスカったりと,糸の押さえに独特のコツと感覚が必要になってきます。まあ,慣れちゃえばそれぞれの好き好き(w)ですが。

 あとは,染め直してさっと油拭きしておいたお飾りを戻し,バチ布を貼るだけ。
 おそらくもともとはヘビ皮がへっつけてあったと思いますが,かなり最初のほうの段階でハガれてしまったのか,日焼け痕や糊の痕跡もほとんど見当たりません。まあ,そのおかげで,この部分によくある虫食いもなかったのですね。

 真っ赤なスオウ染めがほぼオリジナルのまま残ってはいますが,全体として眺めるとやはりどちらかといえば地味めな印象があるので,今回,バチ布はちょっとハデ目なものを貼ってみました。

 2017年4月4日。
 ほぼデットストック状態だった月琴52号。
 デッドな状態から復活!!

 うむ……油拭きしたぶん色が濃くなってますが,糸巻が付いたほかは,修理前とあんまり変わりがないですね。(w)

 この楽器がほぼ未使用状態であろうことは,そのキレイさと,器体に使用痕がないことから簡単に分かります。ちょっと前にも書きましたが,楽器というものは使用する人間とともに成長してゆくものなので,ふつうこうした状態から再生された楽器は,どこかまだ「こなれてない」音しか出ないことが多いのですが………

 この楽器,けっこうこなれた音が出てますね。

 この楽器の作者さんは,特筆すべき腕前や技術は持っていませんし,独創的な工夫や加工を加えているわけでもありません。ただ,普及品の楽器でも手を抜かず,あたりまえのことをあたりまえに,きっちりとやり貫いており。おそらく,けっこうな数作ったのでしょう。どこをどうすれば,どのくらいの音になるのかが,かなりしっかり分かってるみたいです。
 状態が良かったのもあって,ほとんど改変箇所がなかったぶん,木の状態が「リセットされた」ような部分が少なかったのかも。そのため原作者の工作がほぼそのまま,時間の流れによる変化だけを受け継いで,今の状態になっているのかもしれませんね。
 人が誰も弾いてくれなかった代わりに,時間が弾いていてくれた,と言えるのかもしれません。

 低音の響きや余韻の深さに関しては,唐木をふんだんに使った51号あたりには到底かないませんが。  音ヌケが良く,明るい響きは前に飛び,周囲へもけっこう広がってゆきます。音量はそこそこ。音ヌケの良いぶん,実際よりかなり響いてる感じもしますね。
 余韻は素直な減衰音。直線の響き線のつむぎだすまっすぐなうなりが,時折音のメインに重なって,軽やかな鳥の合唱みたいに聞こえる時があります。

 関東風の細長い棹を持った楽器で,重さも50号と同じくらいですが,器体のバランスはこちらのほうが若干よいようですね。棹と胴体のバランスを,きちんと踏まえたうえで組上げられてる感じがあります。
 バランスの良い楽器は弾きやすい。
 フレットの調整もばっちりしてますから,運指上の支障もまずもってございません。
 51号と違って,操作上のクセはない楽器です----音色的には「クセ」が出来るほど弾きこなされていない,とも言えましょうか。
 初心者から上級者まで,要求されるところの奏法から演奏まで,あるていどソツなくこなすことができましょう。あとはあなたの「クセ」を,この楽器の音色にのせることが出来るかどうか。

 ----そのあたりはあなたの努力次第,と言ったところでしょうか?

(おわり)


« 月琴51号 (終) | トップページ | ベトナム琵琶魔改造!! »