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ベトナム琵琶魔改造!!

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斗酒庵工房魔改造編 の巻2017.2~ ベトナム琵琶を魔改造して清楽琵琶に

STEP1 きちゃった(テヘペロ),パート2

 さてと,3月の3面月琴修理も完了し,修理報告もブジ書き終えましたところで。
 ハナシはちょっと時をさかのぼります。
 それは2月の末つごろ。
 1年以上のブランク越えたとたん,次から次と月琴が舞い込んでくるちょっと前あたりのこと----なにげなく見てたネオクの出物に,なんとなく入札していたら。思いもかけず開始値段で楽器が落ちちゃいました。
 楽器の値段は¥500,送料が¥2000くらい(w)
 まあ,ネオクではよくあることですよね。
 以前,同じような事して「楽器の玩具」に入れてたつもりが,けっこう巨大な本物の楽器がとどいて,びっくらこいたこともありましたなあ。

 それで,今回とどいたのがこれだ!!

 ベトナムの琵琶 「ダン・ティパ」 ですな。
 映像とかでは見たことがありますが,庵主でも実物を触るのはハジメテであります。
 基本,中国の琵琶(ピパ)と同じ類の楽器ではありますが。がらが小さいのと,弦高がかなり高くなっています。あと,中国琵琶は,1~4フレットまでが 「相(シャン) 」 というカマボコやオニギリ型になっていますが,ベトナムのは上から下まで板状のフレットで構成されています。中国では,この板状のほうを 「品(ピン)」 と言って区別してますね。
 月琴のフレットは基本的にぜんぶ「品」ですが,長い棹の台湾月琴なんかは,琵琶と同じように低音部が「相」になってますね。

 おっと----ちょい話が逸れました。
 我が家にはすでに1面,清楽で使われた古い唐琵琶があるのですが,槽が全面紫檀で作られてる高級楽器ではあるものの,そのせいで重すぎて(w)ふだん持ち歩くのにはあんまり適しておりません。
 それに比べると今回入手したこの楽器----何で作られてるんでしょうねえ。軽いしサイズも小さめで,ふだん使いにはよさそうです。

 日本で作られた唐琵琶には,庵主のもののように紫檀や黒檀と言った高級な材を使ったものも,たまにあるんですが。当初唐木で作られていた月琴が,やがてホオやカツラといった安価な雑木で作られるのが主流になっていったように,清楽の唐琵琶にも,けっこうどこにでもあるような材料で作られたものが少なくありません。
 筑前とか薩摩琵琶だと,唐木でなくても,クワやケヤキといったそれなりに重く硬い木がよく使われますが,唐琵琶の場合はもっと軽い,スギとかヒノキみたいな針葉樹材が使われてたりもしますね。月琴でも41号のように総桐作りなんつーのがあってビックリしたことがありますが,そういう唐琵琶も,たいがいスオウとかで染めて,もとの木の質感を消してあるものの,持ってみるとバカみたいに軽くてかなーりビックリします。

 塗りで誤魔化してはいますがこの楽器,腹板の周縁とか棹の部分にカリンなんかが使われているものの,全体にかなり細かく寄木細工になってるみたいです。 槽の大部分はなんでしょう?---なんか,ラワンみたいな軽く柔らかい材料が使われてますね----いや,バルサかもせん(w)

 並べてみると,うちの唐琵琶より10センチ以上小さい。可愛らしい楽器です。

 さて今回は,このベトナム月琴を魔改造し,清楽の琵琶として使えるようにいたしましょう。


STEP2 ぶッた斬りのバラード

 まずはこのごっつい 「乗絃(じょうげん=トップナット)」 をぶった切ります。

 こういうカタマリを,樹脂系接着剤ベットリでガッチリ本体にへっつけ,さらに上から塗料で塗りこめてますんで,水で濡らしたりドライヤーであっためればどうにかなるようなレベルではありません。(w)
 うちにある最強兵器,ピラニア鋸(大)で横ざまに切り落としてしまうのがいちばんです----ガリガリゴリゴリ!----ああ,好きだなあこういう野蛮な作業!

 中国琵琶の乗絃は,基本,月琴の山口と同じ,カマボコを縦半分に切ったようなシロモノですが,ベトナム琵琶のものはむしろ,日本の薩摩や筑前琵琶のものに近い。 庵主は専門じゃないのでよく知りませんが,日本の琵琶は,中国のものより,あんがいこういう南方の楽器を参考に作られたのかもしれませんね。
 ちなみに棹の長いベトナム月琴(ダン・ングゥイット)のトップナットもこれと同じカタチです。


 続いてフレットを取り去ります。

 こちらも接着剤バリバリでへっつけてはありますが,ものが板状なので,ナイフで根元にキズを入れ,ペンチでモギると比較的かんたんにはずれました。

 なんか,ジゴクで亡者の拷問してるみたいで,正直ちょっと楽しいです。(闇)

 作業した部分をキレイに均して第一段階終了。
 おつぎは「覆手(ふくじゅ=テールピース)」をはずしましょう。

 オリジナルの状態で,覆手下縁部の高さは1センチほど。月琴の半月とあまり変わらないくらいではありますが,この覆手,乗絃の高さに対応するため,上縁のほうがやや上むきに,すなわち横から見て斜めに取り付けられているのです。
 唐琵琶の覆手は高さ1センチほどで,底はほぼ平らです。新しい乗絃にはふつうの唐琵琶と同じタイプのものを取付けるつもりですので,このままにしておくと覆手のところでの弦高が高くなりすぎ,運指に影響が出てしまいますので,これを一度取り外し,取付け部を削って平らにする必要があります。

 この部品も,接着剤でベッタリへっつけられているうえ,そのほかになにか補強もされてるみたいです。ここはもう一度,ピラニア鋸さんにご登場願いましょう。まあ,どうせ削り直すつもりのモノですので----そりゃあっ!ザリザリザリザリッ!!!

 うん,クギですね。
 細めの鉄釘が2本,固定補強のためにぶッこまれてたみたいです。
 それにしてもさすがピラニアさん,木もクギもいっしょに,スパッっと切れましたわ。

 この釘。槽の内部まで達していて,ちょっと月琴の響き線みたいな役割もしているようです。
 腹板を叩いてみると,反響に金属音が混じっているのは,どうやらこの釘のおかげのようですね。はじめはほじくって取り除こうかと思ったんですがやめときましょう----このまま残しておくのが吉,と出た。

 とりはずした覆手の底を均して平らにし,ふたたび胴に戻します。こちとらは古式通り,ニカワによる接着でまいります。

 オリジナルの状態では,このうなじの部分は塗り込められていましたが,唐琵琶ではここに工作隠しのため,象牙や骨材の小板が貼られています。さすがにもったいないので竹で同じようなもの作りましたが,まあだいたいはこんな感じ。

 塗装をはがした下は黄色い木材です。ちょっとツゲに似た色味ですが,削った感触はツゲじゃない。同じくらい硬いですが,もうすこしモロモロと繊維質な感じですね。軽い木で作った胴体に,この比較的硬い黄色い木を継いで,楽器の背がわ部分を構成し,棹の指板となる表がわにカリンのようなさらに硬い材の薄板を貼りつけてあるようです。
 日本の琵琶なんかはやたら一木っぽいところにこだわりますが,このベトナム琵琶。いったい何ピースぐらいの材料で構成されてるんでしょうねえ。

 オリジナルの糸巻も4本そろってはいるんですが,少し短いのと,庵主,もともとついてた横ジマのタイプの糸巻の感触がどうも好きになれんので,慣れてる月琴と同じ,六角形タイプのを1セット,削ってあげることとします。
 材料箱を漁ったらちょうど,以前に予備として削っといた素体が4本ぶんありましたので,これでまいりましょう。
 1本ちょっと色味の違っちゃいましたが,まあよろしい。

 月琴の山口をちょっと大きくしたような乗絃を付けます。
 材料はツゲで,高さは15ミリ。加工して低くした覆手との高低差は,およそ5ミリあります。月琴より弦長が長くフレットも多いので,いくぶん高低差が大きいほうが,後の作業がラクになるでしょう。

 さあ糸を張りましょうか----とその前に。


STEP3 正調唐琵琶調弦講座

 日本で出された清楽の本 にはよく,唐琵琶の調弦を 「合・上・尺・合(六)」 だと書いてあります。

 使用する弦については,『物識天狗』あたりに,「和琴の糸・三味の一の糸・月琴の太いの・月琴の細いの」 と,書いてありますね。(参考:左画像,クリックで別窓拡大) 月琴では通常,三味線の二の糸と三の糸を2本づつ使ってますので,うちの唐琵琶には,通常のお三味の1セットに,さらなる低音弦として,義太とか津軽の一の糸(同じ一の糸でももっと太い)を1本加えて張っています。

 その糸での月琴の調弦 「上/合」 を 4C/4G とした場合,すなわち 「上=4C」 の時,この琵琶の調弦 「合・上・尺・合(六)」 は,3G・4C・4D・4G となるわけなのですが。 これで実際に糸を張ってみると,月琴より弦長がはるかに長いこともあってテンションはパッツンパッツン。前の楽器では,見事覆手がふッとびました。
 清楽における実際の音階は,これより3度ほど高い 「上=4Eb」 ですから,もしそっちに合わせたとしたら,さらにシメあげなきゃならないわけで………間違いなく器体が保ちません。
 可能性として,全体を1オクターブ下げた調弦も試してみましたが,そうするとこんどは弦がユルユルになって弾けませんでした。

 しょうがないので,庵主はふだん,弦の音関係が同じ4度1度4度の 3C・3F・3G・4C の調弦で弾いていますが----どうもおかしい。
 文献の記述が,実情と合わないのです。

 音楽が専門のヒトはこういう場合,もっと太い弦を,もしくは細い弦を張ってみたりして,現実との擦り合わせをするようですが,庵主は真の意味での 「文献第一主義者」 ですので,本に書いてあることと現状が合わない場合は,本に書いてあることをまっさきに疑います。
 これは 「本に書いてあることが間違っている」 と言うことではありません。その書いてあることの解釈,もしくは書いた本人の,書いてあることに対する認識が間違っている可能性がある,ということです。


 さて,中国の本を見ると,琵琶の調弦は,「正工調」 だと日本の本にあるのと同じく 「合・上・尺・合(六)」 ,ほかに 「小工調」 だと 「尺・合・四・尺」 だと書いてあります。
 「上=C=ド」 として,これをそのままドレミに直しますと,正工調の調弦は ソ・ド・レ・ソ,小工調のは レ・ソ・ラ・レ ですね。
 ソ・ド・レ・ソ----すなわち G・C・D・G だと,楽器の実情に合わないというのは,すでに述べたとおりですが,もう一つ書いてある レ・ソ・ラ・レ のほうなら,ふだん庵主がやってる ド・ファ・ソ・ド の1度上に過ぎません----こッちならぜんぜん大丈夫。

 さてここで,日本の記事には出てこない「正工調」「小工調」という言葉が,調弦の前にへっついてますよね。清楽の本で,月琴や明笛の音階を表すものとして用いられている工尺譜の符字の順列----

 合 四 乙 上 尺 工 凡 六 五…

----というのは基本的に,中国の本でいうところの「小工調(正調)」で使われるものと同じです。もうひとつの「正工調」というのは,これの「四」を「工」に読み替えたときの音階ですので,同じ音を表す時に,符字の並びは----

 尺 工 凡 合 四 乙 上 尺 工…

----と,なります。
 仮に小工調の「上」を「ド」としますと,正工調では同じ音が「六(もしくは合)」の字で表される,ということですね。

 日本の清楽本に出てくる琵琶の調弦 「合・上・尺・合(六)」 が,中国の本に書いてあるのと同じ意味,すなわち本来は「正工調」のときの音階だったのだとしたら。これをふだん使っている月琴の音階(小工調)に変換すると 「上・凡・六・上」 になります----わあ,これって「上=4C」でいうとまさしく ド・ファ・ソ・ド。 庵主がいつもやってるチューニングじゃないですか!

 「正工調」の時の唐琵琶と,月琴の音符の読み替えの対応表を作って右に置いておきます。

 いまのところ清楽の本で 「唐琵琶の"尺"は,月琴の"合"の音だよ」 なんてことを親切に書いてくれてる本は見つかってませんが,おそらく日本の清楽家は,中国音楽のこういう基本的な部分を全無視で,向こうの本に書いてあったそのままを,意味も分からずに転載しちゃってたんでしょうねえ。

 「正工調」で C・F・G・C にしたとしても,「小工調」で D・G・A・D にしたとしても,2・3弦間は1度しか違いません。
 ふと思ったんですがコレ----要は三味線の本調子と二上リが同居してるカタチなわけですよね。 いままではお三味の糸を1セットのほか,最低音の弦として一回り太い糸を使ってましたが。お三味の糸の1セットで,二の糸だけを2本にするくらいでもえーのじゃないでしょか。

 琵琶と言うと日本では,重厚な低音楽器のイメージが強いですが,大陸の琵琶はもっと軽やかで華やかな楽器です。今回は,楽器自体も本式よりいくぶん小さいので,文献よりやや細めの,こっちの糸の組み合わせ(三味の1セット二の糸だけ2本)でやってみることとします。


STEP4 必殺!仕上げ人

 数年越しの懸案であった唐琵琶の調弦の問題がなんか片付いたところで,フレッティングとまいりましょうか。

 まずは「相」をこさえてゆきましょう。
 前回の唐琵琶ではオニギリ型にしましたが,今回はカマボコ型にチャレンジです。
 材料は,黄色くないですがこれでもいちおうツゲ。
 青筋とかの混じった下等品ですが,いちおうこれでも国産。薩摩琵琶のバチの端材だそうな。

 つづいて相と乗絃の間に黒檀の板を接着。
 これも本来は,糸倉と棹本体部分との接合工作を隠す目隠し板ですが,乗絃の固定補強の意味もあるかと思われます。
 できあがった相は磨いてニスをかけます。
 質の良くないものなんで,模様が出ちゃってますが,これはこれでマーブル模様みたいで良いですね。

 5フレットから先は,板状の「品」になります。
 こちらは手熟れた竹で。
 清楽の唐琵琶だと10枚ですが,今回は月琴と同じく西洋音階準拠にしますんで,2箇所,半音の欲しいところを足して12枚にします。

 できあがったフレットと糸巻をヤシャブシで黄色く染め,作業で塗装の剥がれたあたりはカシューで補彩。
 そして相と第5フレット,さらに第5フレットと第6フレット間の二箇所に飾り板を接着。

 最後に腹板の左右に半月を刻んだら完成です!

 ベトナム琵琶改の清楽琵琶。
 小さいので振り回しも良いですし,本家の唐琵琶にくらべるとやや軽めながら,音も響きも悪くはありません。

 そもそもなんで,ベトナム琵琶を改造して清楽琵琶にしたかったかと申しますと。

 清楽琵琶には庵主のこれと同様,細長くて薄っぺらなものが多いんですが,現在の中国琵琶はこれより大きくて幅ももう少しありますよね。 中国琵琶はこれらと同じく,フラットな腹板になってますが,清楽がやってきた福建や台湾の南管音楽などで使われている琵琶には,日本の薩摩琵琶みたいなアーチトップタイプもあり,形も中国琵琶よりは日本の琵琶に近くなっています。

 んじゃこの細長い琵琶は,どこから来たのか。

 清朝俗間の古い芝居本などではよく,女性がこのタイプの細長い琵琶を抱えてるとこが描かれたりしてますから,中国で古い時代に,こういう琵琶があったことは間違いありませんが,清楽流行のその時代,大陸で現実に弾かれていた琵琶の多くは,現在の中国琵琶とほとんど変わらないタイプのものでした。
 中国より過去に伝わったものがそのまま残った,とも考えられますし,そういう本に出てくる楽器を真似て作られた,と考えることも出来ます。そして,実は中国からではなく,もっと南の地方で弾かれていた,このタイプの楽器が伝わったものだったのだ,と考えることも………もしそうならば,ベトナム琵琶と清楽琵琶の間には,どこかに互換性があるのではないか,とか。

 まあ言うたかて庵主,琵琶は専門でないので。
 楽器の起源やらなんにゃら難しいあたり,あとは琵琶弾き。月琴弾きよりずッと数いるんだから,あンたらがどうにかしなさい。(w)

 そのほか,研究のほうでは----庵主,いままで清楽の琵琶譜,読み解けなかったんですが。
 今回の調査で,あれどうやら「正工調」で書かれてるかも,ということが分かってきました。

 ----さあて,これで琵琶譜のナゾに挑戦ですね。


(おわり)


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