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月琴53号 (4)

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斗酒庵 唐物と出会う の巻2017.4~ 月琴53号 (4)

STEP4 バインディング・ヨー・フット

 月琴53号天華斎,まずは胴四方接合部の補修から。

 前回も書いたように,もともとモロく弱い木取りになってる部分に,わざわざ壊れやすい複雑な組みかたをしているのではありますが,まずはその破損部を継いでもとの構造に戻します。
 この段階では,部材の接合そのものには一切手を加えません。単に割れてるところを継ぎ直すだけ。

 正直なところ,この状態だといっそ接合部まるごとエポキで固めてしまうのがいちばんてっとり早く,かつ最も丈夫なのでありますが,そうした場合,この接合部は二度と「壊れなく」なってしまいます。
 いつも書いてるように,「壊れるべきところから壊れたもの」は何度でも修繕して再生・使用できますが,「壊れないもの」は壊れたらゴミにしかなりません。この接合部が壊れてるのは,棹の不良や胴材の収縮によるもの。もしここが壊れるべくして壊れてなければ,側板の真ん中からバッキリと割れたり,胴体が半分になってしまっていたかもしれないのです。
 ですので,もしここを「壊れないように」してしまった場合,次に何らかの衝撃や予期せぬ負担がかかっても,その逃げ道がありません。そうなった場合の破損状況は,原作者の意図も修理者の能力も超えた,修復不可能なものとなる可能性があります。
 100年以上前に福州で作られ,日本の清楽家に名器と讃えられてきた楽器です。なるべく長く,とこしえに,あり続けてもらいたい。
 もちろん,オリジナルの工作に問題があるのですから,その対策はします。しかしそれはここが二度と「壊れないように」するものではなく,あくまで 「壊れるべきときには壊れる」 ような方法でなければなりません。

 さてさて,ちょっとした哲学問答みたいなハナシですね。

 破損部分が接ぎ固まったところで,はがれていた天の側板を表面板に再接着します。第2回で述べたように,不安定な状態で棹からの圧力を受け続けた天の板は若干たわんでのびてしまっていますので,そのままだと板の中央のあたりが,面板の縁から1~2ミリ後退した状態になってしまいます。
 面板と側板の接着面をじゅうぶんに湿らせ,薄めたニカワをふくませたところで,内桁と天の板との間に切ったワリバシを何本も挿しこみ,天の板を少しづつ持ち上げ,接着しました。道具が道具なので,見たとこそんなたいそうな作業をしてる感じもしませんが。粘りのないタガヤサンのこと,一気にやるとバキッっとか逝きそうですので,板の内外を筆で湿らせながら,長さを少しづつ変えたワリバシを様子を見ながら押し込んでゆく,きわめて緊張感あふれる作業でありましたよ。
 さらに,これによってほかの部分が歪まないように,ゴムをかけまわして調整しています。
 このまま2日ばかり放置しました。

 天の側板がもとの位置にだいたい戻ったところで,次は地の側板を接着。こちらもほぼ全周ハガれてしまっていますが,天の板と違って部材自体に変形はありません。

 ここまでの作業で,じつは庵主,この天地の板を全面完全に再接着してはおりません。表面板は3枚継ぎ,中央にいちばん幅の広い板があり,左右に小板が接いであるのですが,庵主が接着しているのは,その中央の板のさらに中央部分のみ。左右小板の矧ぎ目より手前,四方の接合部にかかるより手前のところから先のハガれているところはハガれたままにしてあります。
 これは,部材の矯正作業もやってるこの時点ですべての板をガッチリつけちゃうと,各部材がまったく動けなくなっちゃうからですね。まずは楽器の縦のライン,背骨にあたる部分を矯正・復活させ,そこからほかのカタチを固めてゆく作戦です。

 天地の側板がぶじ板にへっついたところで,いよいよ接合部の補強にとりかかります。

 やることはまあ,ごくスタンダードな方法。
 もとの板が「薄くてモロい」のですから,これ以上割れないように,裏から板を足してやりましょう。カツラの補強板を,各接合部裏面の形状に合わせて削り,貼りつけます----原作者が見栄えの為だけによけいな工作をしてくれやがったせいで,たかだか板へっつけるだけなのに,補強板をピッタリ合わせる加工がけっこう複雑でタイヘンです。(^_^;)
 できあがった補強板は,ニカワを湯煎するのといっしょの鍋に入れ,煮て少し柔らかくしておきます。お湯で湿らせた接合部の裏がわに,ニカワをたっぷりしませ,さらに唐木の粉をニカワで練ったゆるめのパテを部材表面の細かな凸凹の充填剤として塗りつけたところで補強板をセット。接合部を手で密着させながら,表裏に当て木をしてクランプをかけ,補強板を圧着してゆきます。

 つぎは棹口を補強します。
 縦方向の支えになる構造のないこの楽器で,棹からの負担を一身に受け止めていたのは,天の板の棹口部分と表面板との接着面----幅5ミリあるかないかの「のりしろ」部分でした。棹の工作不良による余計な負担の集中が重なったとはいえ,そのせいで一度変形してしまってるうえに,ただでさえ接着に難のあるタガヤサンですから,向後の安心のためにも,きちんと補強しておかなければなりません。
 ではどうするか?----天の板をもっと丈夫で接着の良い材に取り替える,天の板と内桁の間にいまワリバシでやってるような「支え」を渡す,表裏の板ウラにギターのブレーシングのような補強板を接着する……考えつく方法はいくつもありますが,その中でいちばんオリジナルを損なわず,もっともシンプルな工法を選びましょう。
 天の板の接着がはがれ変形したのは,その材質と5ミリしかないせまい「のりしろ」のせいです。もし同じ材質だったとしてもせめて厚みがその倍あれば,こうはならなかったはずです。

 棹孔の裏にネック・ブロックを接着します。
 材はこれもカツラ----カツラは接着が良いので,タガヤサンの側板にも桐の面板にもしっかりくっついてくれるはずです。最も力のかかる部分にだけ「のりしろ」を足すことで,棹からの圧力をより効率的に,表板のほうへと分散させようというわけです。「のりしろ」が広くなったぶん接着も強くなってますので,側板の変形にもあるていど対抗できるかとも思われます。
 棹孔裏面の色が濃くなっている部分は,原作者の工作によるカケがあったところ。こういうのがあって接着面が凸凹してるとうまくくっついてくれないので,まずはこういうところを補修・整形しながらの作業ですね。

 ネック・ブロックが着いたことで,楽器の新しい「背骨」が完成しました。
 これで裏板がつけば,縦方向への剛性は前よりも増加しているはずです。
 四方の接合部もあらかた固まったので,クランプをはずし,補強板の余分を切除して整形,充填剤のハミ出しや圧着痕なども軽く清掃しておきます。

 続いては内桁左右端の接着。
 胴材の変形の影響で,ここもニカワがトンでしまっています。

 これを再接着するのと,ついでに裏板がわから見て内桁の左,響き線の通っているがわのはしっこの工作が悪いので補修しときましょう。
 まずはカケ部分に合わせて削った木片にニカワを塗って押しこみ,クランプで固定。一日置いて整形します。この左端部分は厚みがありすぎて,少し側板から凸ってましたので,上面もざっと削り,側板と同じ高さに均しておきます。

 内桁の接着養生中に響き線の手入れもしておきましょう。
 少しサビは浮いているものの,線自体は全体に健全。基部の傷みもさほどありません。
 唐物月琴の響き線は胴体に直挿し。少し大きめの孔に線を挿しこみ,竹などを打ち込んで固定しています。国産月琴だと留めのクギが線の基部に突き立ってますが,唐物の場合だと頭が切ってあって,ほとんど目立ちませんね。


 それほどのサビでもないので,#400の Shinex で軽く落とし,柿渋拭きを何度かして済ませます。Shinex に柿渋を染ませて何度か拭うと,表面が真っ黒になります。布で軽く拭っていちど完全に乾かし,その上からラックニスを刷いて防錆加工とします。
 鉄と反応して真っ黒に変色した柿渋の液は,板についたりしたらまずとれませんので,作業の時には下にラップなど敷いておきましょう。

 ニスが乾くまで,さらに二三日おいて。
 ここまではめてきた天の板矯正のワリバシやクランプ,固定の輪ゴムをぜんぶはずしました。
 まだ接合部は板と接着されていませんが,天地板の再接着と各部補強板のおかげでグラつきもなく,胴体構造は非常に安定しています。

 さて,ここまではだいたい庵主の考えた通りの手順,想定内の作業で修理は順調に進んでおります。

  ----このままナニゴトもなく,スムーズにいけばいいのですが。


(つづく)


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