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月琴53号 (6)

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斗酒庵 唐物と出会う の巻2017.4~ 月琴53号 (6)

STEP6 翼よ,あそこが杏家村。

 表裏の板がへっつき,胴が箱になったところで
 半月接着の前に,板をキレイにしておきます。

 国産月琴の場合,桐板の染めにはヤシャブシに砥粉を混ぜたものが用いられますが,唐物月琴ではヤシャブシの液のみか,それにスオウ,あるいはカテキューなどを混ぜたものが用いられているようです。
 染め液にスオウが混ぜられている場合,いつも使ってる重曹水で清掃しちゃうと,スオウがアルカリに反応して,板がピンク色になっちゃう危険性がありますので,まず目立たない端っこのほうで試してから----うん,だいじょうぶみたいですね。

 かなり濃いめの染めですが,どうやらヤシャ液だけのようです。あと何か,色合い的に黄色か茶色系の染料が混じってる気もするんですが,さすがにそこまで染色に詳しくないもので。(汗)


 表面板を濡らしたら,バチ痕がくっきりと浮かび上がってきました。

 けっこう大事に,そしてきちんと使われ続けた楽器だったみたいですね。
 明治期の月琴ではよく,三味線のバチなんかでけっこう深いキズが縦横につけられちゃってる場合がありますが,この楽器のは浅く細かく,ついてる場所から言っても,間違いなく清楽用の擬甲の痕跡です。

 該当する日焼け痕や接着痕が半月の上に残っていなかったことから,この楽器のバチ皮はかなり早い時期に取り除かれていたものと考えられましたが,それはこのバチ痕の範囲や軌跡からも確かめられます。中心部分はだいたい空白になってますが,バチの痕跡がバチ皮・バチ布の貼られる領域の内がわにまでいっぱい食い込んでいるのです。

 バチ痕に2種類のクセがあることから,少なくとも2人の人物がこの楽器に関わり,これを使って演奏したものと思われます。それと同一人物かどうかは分かりませんが,右のニラミの補作などは,この楽器のことをある程度わかっている人の工作だと考えられますが,山口やフレットの加工調整などは行き当たりばったりの作業であった感が強く,別の,あまり楽器の構造等にくわしくない者の仕業であろうかと思われます。

 山口は黒檀で新しいのを補作。

 端材箱を漁ったら,そこそこ良いカタマリがあったのでそれを材料に----ほとんどマグロ黒檀に近い材です。
 棹基部工作不良の影響で,オリジナルは上面が平らに削られ,かなり低くなっちゃってましたが,唐物月琴ということで,ほんらいの背丈はやや高め。補作のこれも13ミリにしました。

 糸巻はいつもの¥100均めん棒製。
 オリジナルも1本だけ残ってたんですが,やや細くて操作性が悪いのと,若干加工が粗いので,新しく1セット削ることにします。

 長12センチ,角をまるめた六角深溝の天華斎タイプ。
 玉華斎とかだと,糸巻のお尻がもう少し丸くとんがってて,現在の琵琶や中国月琴のペグなんかに近いのですが,天華斎系の楽器の糸巻のお尻は,国産月琴の糸巻のそれに近い----お尻の山が浅くて平らになってるんですね。
 これもおそらくは,天華斎の楽器のスタイルが,国産月琴に影響を与えた証左のひとつなのかもしれません。国産月琴の糸巻はこれを基本に,三味線の音締めなどの影響も受けながら,よく見かける,より角ばった,溝の浅いタイプへと発展していったんだと思います。

 スオウで下染め,ミョウバン発色。
 軽くベンガラを刷いてからオハグロがけ。
 この路線にしてから,黒染めの失敗がありません。今回も深みのある赤黒に染まってくれました。

 半月は欠けた部分をエポキで継いで清掃。
 亜麻仁油で拭き磨いた後,底部を平らに整形しておきました。
 ここもやや加工が粗く,板の上に置くと左右端に少々スキマができちゃう感じだったので----

 部品が揃ったところで半月を再接着します。
 まずは計測して,楽器の正確な中心線を求め,つぎに糸を張って実際のコースを確認しながら,慎重に半月の接着位置を決めます。
 位置が決まったところで,印のマスキングテープを貼り,ズレないように当て木を噛ませたら接着。
 大事な場所なので,クランプをかけたまま2晩ほど放置します。

 こういう時は庵主,基本,原作者の工作を信じないで,定規と糸と,自分の目だけを頼りにやることにしています。
 なぜかというと,この楽器の場合,こういうこと(上右画像)がママあるからですね----
 現在この半月がへっついてるのは,かなりシツコイ計測と計算の結果,庵主がハジキだした楽器中心線上の位置ですが,赤線は原作者のケガキ線。 この楽器の半月は,もともとこの位置にヘっつけられてたわけですね。
 その差,およそ7ミリ(^_^;)

 …ちょっと前の老天華ほどではありませんが………まあ当初はこれも,棹とか大きく傾いていたんでしょうからね。

 半月の接着具合を確認したところで,外弦を張ってフレッティングに入ります。
 今回のフレットは竹。

 唐物月琴ではかなりの高級品でも竹のフレットが付いてることが多いのです。
 晒し竹で作ったフレットはご覧のとおり,そのままだと真っ白ですが,これをヤシャ液で煮て一晩漬け込み,つぎにオハグロ液をまぶして一日。
 乾かして磨き,最後にラックニスに漬け込み,また磨いてようやく完成。
 牛骨や唐木のに比べると,加工は格段に楽なのですが,古びて見せようと思うと,それそこに手間のかかるものです。

 フレットをオリジナルの位置で配置した時の音階は----

開放
4C4D-114Eb+114F-294F#+494G#+475C-405D-445E+20
4G4A-204Bb+65C-445C#+405Eb+315G-495G#+455B+14

 まあ,楽器の棹やフレットの状態から,ある程度は想像してましたが…
 ちょっとむちゃくちゃですねえ。(w)
 棹基部を調整修理しない状態で,フレットの高さや位置を変えてなんとか対処しようとしていたようですので,このオリジナルのフレット位置が製造当初からの物だったかについては疑問がありますが。
 庵主はおもにこういうデータが目当てで楽器の修理してるんですが(^_^;)ここまで誤差があると清楽の音階の資料としてはちょっと使えません----まあ「参考」程度にはなりましょうか。

 なくなっていた蓮頭。
 オリジナルの意匠は牡丹かコウモリってとこですが,このところ牡丹ばっかり彫ってましたので,ひさびさにコウモリですね。これと同作者・同時期と思われる天華斎の楽器の資料画像を参考に,手を似せて彫りました。
 縁に鋸痕残してギザギザにしとくと,より唐物っぽくてカンペキになったんですが,まあ庵主,その手の工作にアレルギーのある日本の職工ですし。(w)

 胴左右のニラミと扇飾りは染め直し,ニスを軽くはたいて色止めしときます。

 柱間の小飾りは,オリジナルが3コ残ってますので,あと4つ,それらしいのを彫りましょう。
 あいかわらず,花なのか実なのかよくわからん物体ですが,もうかなりの数作ったんでこのくらいならちょちょいのちょい。
 書道のハンコ,篆刻用に売ってる凍石を2ミリほどの厚さに切って,三角もしくは台形に刻み,彫金用の精密ノコや篆刻用の印刀で彫りあげます。石は石なんですが,柔らかいのでけっこうサクサク彫れちゃうんですよ。

 中央飾りは痕跡もなく,もともと付いてたか付いてなかった分からないんですが,とりあえず胴の中心がスペース的にヘンに空いてしまうので,なにかこさえて付けとくことにします。
 線彫りの鳳凰のついた円盤状のお飾りが定番ですが,今回は庵主,ここに存在証明を残しておこうと思います。
 蝶と牡丹。ちょっと凍石細工の限界に挑戦してみました。

 バチ布には斗酒庵定番の梅唐草の裂。
 半月が小さめなので,それに合わせて上角を丸くしたコンパクトなやつにしました。

 最後にラベルの贋作を(w)
 何代目のかは分かりませんし,確実な証拠もありませんが,各部の特徴や工作から見て,たぶん天華斎で間違いはないと思います。画像資料を参考に作り,贋作だという証拠に一部の画を違えたうえで,庵主の落款をベタっと捺しておきましょう。

 以上をへっつけ,2017年5月20日。
 春の連続修理,最後となりました唐物月琴53号,
 めでたく修理完了!!!!


 鳴ります----もう激鳴り。
 下品なぐらい(w)ごわんごわん,大音量で鳴る楽器ですね。

 表裏板も側板も薄いので音のヌケがよく,国産月琴にくらべると,ずっと開放的で明るい音色です。ギターなんかの音に近く,日本的な「風雅」なんちゅうものからは少しはずれた感じですが,庵主はこれこそが「月琴」という楽器,本来の音だと思ってますよ。
 ちょっと前にも書きましたが,国産月琴の音色は日本人が「月琴」という名前から想像(妄想)したもの,ある種,中二病的な観念から紡ぎ出されたものですが,もともとこれは西南少数民族のダンス・ミュージックの伴奏楽器です。
 このくらいガンッっと響かなきゃ,誰も踊ってくれませんて(w)

 とはいえその音にはやはり,歴史を経めぐっててきた大陸の古楽器の趣きがあります。明るく鳴り響く音の胴体の向こうから時折,震えるような白い余韻が還ってくる----食通云うところの「回味」みたいなこの音の感触は,国産月琴ではなかなか味わえませんね。

 胴側部と棹は,亜麻仁油をしませ乾燥させてから,カルナバ蝋で磨き上げました。

 鉄刀木に近い木で「ムラサキタガヤサン」と呼ばれるものがあり,長いこと両方「タガヤサン」と言って売ってきたもので,銘木屋さんでも時折区別のついてないことがあるんですが。本物の鉄刀木(ホンタガヤ)は,油をしませると濃いワインレッドになり,ムラサキタガヤよりいくぶん繊細な縞模様と,細かな「あわめ」と呼ばれる独特の模様が浮かび上がります。細かいあぶくというか粒状の模様----ずっと「粟目」だと思ってきましたが「泡目」だったかもしれませんね----あと,所により金色に燃え立つような帯状の光彩(上右画像参照)が出たりもします。
 カタいは暴れるはよく割れるわで扱いのきわめて難しいニクたらしい木(w)ではあるんですが,手入れをちゃんとすると,たしかにほかに換えようがないくらい美しいんですよ。高級材として珍重されてきたのも納得。

 いちばん上の糸巻が,蓮頭のかなりギリギリの位置になってますね。
 向こうがわを膝とかに押し付けて調弦するぶんにはさして問題になりませんが,演奏姿勢のまま直そうと思うと,蓮頭が手に近すぎてちょっと気になるキライはあります。

 現状では各部修理個所に問題は発生していませんが,なにせけっこうな大手術でしたし,もともと材料・構造的の強度不安がないではない。
 出来うる限りの補強はしましたが,もともと接着に難のあるような材料を,極限まで薄くしたような部材で構成されてますんで,どっかにちょっとぶつけたら,かんたんにパッキリバッキリ逝っちゃいそう----そういうあたりいくぶん繊細なので,取扱い上注意してやってください。

 ----とはいえまあ,壊れたら壊れたでまた直しますから。
         いまはまず最上の道具,ガンガン弾いてやってくださいね。(w)


(おわり)


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