月琴55号 お魚ちゃん(3)
![]() STEP4 きぬぎぬのよあけ ![]() さて,測るものも測り,調べるところもあらかた調べ,ひっぺがすものも身ぐるみひっぺいだ(w)ところで,いよいよ修理開始です。 いつも言ってるように,楽器はいくらおキレイに外がわが直っていても,その内がわで薄板一枚・棒一本はずれていたら,それだけで何の役に立たない,タダの置物にしかなりません。 まあ,今回の楽器。意味もなく魚づくしの満艦飾なところからも想像がつくように,多分に 「お飾り月琴」 のキライはあり。表板にキズ一つ見当たらないことから言っても,おそらく,楽器としてはほとんど使用されたことがないと思われるのですが。棹の角度調整もしっかりされており,内桁の接着は頑丈で,胴の作りや響き線の加工も丁寧----本体部分のみに関して言えば,ちゃんと楽器として製作されてはおります。 山口やフレットなど,欠損している部品を補作してあげれば,あとは経年の損傷と原作者のちょっとした工作ミスが少々。さほどのこともなく,マトモな楽器として再生させてあげられることでしょう。 そのためにも,まずは内がわから---- 下桁の割レを継ぎます。 これはもともと割れの入ってたとこが,裏板ひっぺがしのときに完全に逝ってしまったもの。 そもそもの原因は響き線を鳴らす 「舌」 として打たれた鉄クギ。原作者の少々無茶な工作のために割れたもので,もともと割れるように出来てるような箇所ではないですし,大切な響き線の基部にも近いので,ここはエポキで継いでしまいましょう。 ![]() ![]() ![]() つぎは右下の接合部。 まあ原作者が胴体組み立ててみたら側板の長さが,1ミリくらい足りなかった,と。 で,ここまできて直すのも面倒だしぃ,まあこのくらいなら唐木の外皮で締めつけておけばへっつくだろう----てな感じで。 石工用のハンマーの尖ったほうで殴るぞ,オイ。 唐木の飾り板の浮き,裏板のヒビ割れ,地の側板の剥離。 この楽器の主要な故障のほとんどが,おそらくここの工作不良に起因しています。 もちろんこのままには出来ませんので,ここが今回一番の要修理個所ですね。 問題の箇所を補修する下準備として,手はじめにまず,地の側板のハガレを処理しておきます。ここがきちんと固定されてないと,部材が動いてこの後の作業の精度が下がりますからね。 ![]() ![]() 真ん中あたりの接着面に浅い虫食いがあって,そこからハガれたらしいので,そのあたりに板のスキマから木粉粘土をつっこみ,充填してからニカワを垂らしこんで固定。 余分な木粉粘土とニカワがにじゅるとハミ出してきますので,きっちりと拭い取っておいてやります。 そしていよいよ問題の右下接合部。 まず,スキマにぴったりはまるような小板を作ります。 端材の中からちょうどいいくらいのカツラの板を発見。接着も良い木ですので,これでいきましょう。 スキマを埋める板が出来たところで,接合部にニカワを流し込んでつっこみます。事前の調査で異常はありませんでしたが,ついでにほか3箇所の接合部や内桁のホゾなんかにも新しいニカワをたらしこんでおきました。 そこですかさず間髪入れず。胴側に太輪ゴムをかけてしめあげ,接合部各所を密着。 右下接合部は,内がわの補強板も片がわ接着がはずれちゃってますので,ここにもニカワを浸ませ,輪ゴムの外からさらに,クランプで3D的に固定しときます。 ![]() ![]() スキマ充填,接着補填。これにて内部構造はガッチリと固まりました。 もともと部材が厚めで工作もよく,材質的にも接着に問題がないんで,きちんとニカワ仕事が出来ていればバッチリへっつく類の作りになっています。 そのあたり,ひとつ前にやった53号なんかと比べると少しラクですね。 ![]() つぎの日に再接着箇所を確認。 地の側板や接合部のニカワのはみだしや,側面の工作アラの細かな凸凹を軽く均したところで,飾り板を巻き直します。 まずはニカワを滲みこみやすくするため,本体側部の表面と唐木の飾り板を湿らせます。 本体のほうはいいんですが,飾り板のほうは唐木なんで滲みこみが悪い。こういうときは,筆でぬるま湯を刷いたあと,表面にラップをかけておくといいです。 そのまま10分ほど置き,いい感じに湿ったところで,緩めに溶いたニカワを塗布。楽器にだいたいぐるっと巻きつけたところで,端をちょっとクランプではさんで一時固定。その隙に太輪ゴムをかけ回します。 接着面をじゅうぶんに濡らしといたので,輪ゴムをかけてからも調整する時間がかなり取れました。しめあげる輪ゴムを増やしながら,浮いてる箇所,ずれてる箇所を修正していったところ。両端のそろう棹口のところで,板が左右合わせて2ミリばかり余り,重なってしまいました。 飾り板の端を急遽削らなければならなくなったんですが,縛りつけているゴムを当て木で浮かせたりしてよけながらの,せまい中での作業----使える工具も限られ,けっこう大変でした。 まあそんな甲斐もあり,こんどはもう,どこにも浮いてブヨブヨしてるところはありません。(喜) ![]() 百年前には輪ゴムなんてものもなかったでしょう。 たぶん当時は,濡らした麻ヒモとか革ヒモなんかで縛りあげ,固定したもンかと思われますが,その手だと,瞬間的なしめつけの力は輪ゴムより強力なものの,かかる力の分布と持続性に少し問題があって,工作のムラができやすいんですね。 オリジナルの接着剤自体はムラなくついてたのに,あちこちに浮きやハガレができちゃってたのもしょうがないとは思います。この原作者の木工の腕前自体は,おそらく庵主なんかよりかなり上だと思うんですが,100年の時間の流れ。まあ使ったのは現代ではありふれたモノではありますが,その工具の差が出ましたね。 胴体を緊縛ボンテージ鬼しばりしている間に,欠損部品の補作にも取り掛かりましょう。 まずは糸巻。 例によって材料は¥100均のめん棒36センチ,スダジイとかの類で出来てます。 今回はちょっとレベルの高い楽器なので,高級月琴に多い六角三本溝にします。 ![]() ![]() ![]() 普及品の楽器なんかだと六角形各面一本溝のタイプが多いですね。この溝はまあ飾りみたいなものなので,1本が3本に増えたからと言って,なにか操作性が向上するようなわけではありません。 作り手の手間が三倍になるだけですね(w) おつぎは蓮頭。 「魚づくし」なんていう装飾例がほかにないし,作者も不明なので,もとはどんなのが付いてたのか,まったく見当もつきません。 まあこの楽器,ほかの飾りはだいたい揃ってますので,庵主が遊べるのはここくらいなもの。 いっちょう派手に遊んでみましょう。今回はいつもみたいに意匠の意味や,吉祥などはあんまり考えない方向で。 ![]() ![]() ![]() こんなん出来ました~。 楽器の先端に仔猫が2匹。 視線の先には水面----ここには翡翠色の凍石をはめ込みます。この小さな水たまりは,糸倉から下,魚づくしの水中世界へと通じてる,って感じで。 いつもながら,庵主がネコを彫るときは,いつもちょっとあざとい(w)です。 両方ともスオウ染ミョウバン媒染,薄くベンガラ下地で仕上げにオハグロ染。 ![]() ![]() ![]() このところ定番の,深い紫黒色に染め上げます。 仕上げは柿渋と亜麻仁油ですね。 山口とフレットはツゲで作ります。 オリジナルのフレットは竹でしたが,これも水中世界の一部にしちゃいたいので,ここでもまた,ちょっと遊ばせていただきましょう。 ![]() ![]() ![]() いつも使ってる黄色い上物のツゲじゃなく,ちょっと前のベトナム琵琶魔改造でも使った,琵琶撥の端材。 染めないまま磨くと,ちょっと白っぽく骨材みたいな質感になるのと,そこに入ったマーブル模様が,水中にある岩の表面にも,流水のゆらめきのようにも見えます。 下磨きまでした山口と板状に切ったフレットの材料は,いちどアセトンで脱脂と軽く漂白。ツゲは密なので塗料染料の染みが悪いのですが,これしとくとニスの滲みこみが若干良くなります。 強度的には問題がない材なので,今回のニス塗りは,あくまで表面の目止めとツヤ出しが目的です。 さて,二日ばかり鬼六先生ばりの緊縛を施した胴体。飾り板の再接着もうまくいきました。 さすがは現代科学(ゴム輪)。さっきも書いたとおり,浮きもなくバッチリへっついてくれたようです。これであと裏板をもどせば,胴体の修理はだいたい完了。 ![]() 楽器の修理のやりかた,というか,仕事の仕方というものは人によって様々ですが。庵主は細かい仕事を同時進行で片づけてゆき,最後にそれを一気にまとめる,というやり方が好きです。 前にも書いたかもしれませんが,それまでは一見関係・関連のなさそうなバラバラの物件が,パズルのピースのように,パチパチと火花を放ちながら組み合わさって,それぞれの意味を叫びながら一つのモノとなってゆく光景,というのが何ともたまらないんですね。 ただ,この方式だと,一度作業を始めたらノンストップ。スピード落ちるとぶッ飛ぶ爆弾の仕掛けられたターボチャージャー付きロードローラーなみに,最後まで止められません。最終工程のあたりは分刻み作業で,三日くらいほとんど徹夜みたいな状態となりますので,気力と体力,あとなにかしら,生きる上で大切なもの(w)がギセイとなります。 ウチの修理は「修理」というより楽器の「再生」作業に近い。いちど失われたイノチを蘇らせるためには,それなりのカクゴと等価交換が必要,ということでしょうなあ。 よって修理が終わると庵主,すべてを使い果たした状態,まッ白のバタンきゅうで寝込むことが多いです。さらに最近はまあ,寄る年波のだっぱあぁんとともに,年々キツくなっておりますですヨ,ハイ。 次回はそういう(w)仕上げ工程のおハナシとなります。 (つづく)
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