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月琴55号 お魚ちゃん(4)

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斗酒庵 わらしべ長者 の巻2017.6~ 月琴55号 お魚ちゃん(4)

STEP5 魚の出てきた日

 さて,では裏板をふさいで。
 この物体を 「楽器」 へと戻してまいりましょう。

 裏板にはもともと板の真ん中あたりに,上下に貫通したヒビ割れがありました。剥がす時に左端の小板が分離して3枚になってしまいましたので,まずはこれを矧ぎなおして2枚に戻します。
 このくらいの作業だと,こんくらいの装置(?)でじゅうぶん。
 接着の良い桐板なので,ごくせまい接着面でも,ちゃんと擦り合わされていれば,左右方向に少しの圧力でかなりガッチリと継ぎ直すことができます。

 左右を少し離して接着,例によって真ん中にスペーサを埋め込みます。
 板クランプにはさみ,内桁部分に重しをかけて一晩。
 スペーサを埋め込み,固定してもう一晩。
 周縁とスペーサの周辺を整形して完成です。

 棹とのフィッティングを済ませたら,表裏を清掃。

 棹の調整は原作者がかなり神経質にやっといてくれたので,今回は角度や傾きを大げさに直すこともありませんが,部材の経年収縮で少しだけガタつきが出ているのと,棹・胴体の接合部にわずかな段差が発生しているので,延長材の先端と基部2箇所にツキ板を貼って修正しました----うむここが,たった3枚のバンソウコで済むのはホントに珍しい(w)。

 板がかなり目の詰んだ高級品だったおかげもあり,バチ皮痕の虫食いはごく浅いものばかり。今回はほじくらなくて済みそうです。

 木粉粘土で充填,エタノで緩めたエポキを滲ませて強化。
 ここと裏板の作業部分はあらかた均しておき,清掃の時に板からしみだした 「月琴汁」 をまぶして目立たなくしておきます。

 表裏板ともにさほどヨゴレはキツくなかったのですが,この清掃の時,半月の状態がちょっとおかしいことに気がつきました。
 その上面(糸孔のあいてる面)だけが,異様に真っ黒に汚れてるんですね。布でぬぐったら少しネチョっとする感じもあります。たしかにこの楽器において少々凸ってる部分ではありますが,ほかの部分のヨゴレがそれほどでもなかったのを考えると,なぜここだけ?----かなり不自然です。

 ----もひとつ言えば。
 この楽器はこれだけ魚づくしの満艦飾,半月も材料は紫檀かカリンを染めた上物なのに,全体を見渡してみると,この半月のあたりだけがデザイン的に妙にサミシイ感じになっています。このレベルの楽器だと,ここが透かし彫りの曲面になってるとか,上面にもっと飾りとかがついててもおかしくはないのですね。
 もっとも単純な板状であること,背丈が低めであること,そしてその上面の汚れかたの不自然さから言って,おそらくこの半月にはもともと,透かし彫りの飾り板が付けられていたのではないかと,庵主は考えます。とれたのが最近ではなく,かなり前だったとしたならば,ニカワの接着痕がまともに残ってなかった可能性もじゅうぶんにありますし,もしかすると,古物屋さんが汚い雑巾で拭いとっちゃったのかもしれない(泣)

 うむ,ここには後で何かこさえてあげることとしましょう。

 清掃で濡らした板を,二日ばかり乾かしたところで,仕上げに入ります。

 まずは山口とフレット。
 先に,整形しておいた山口を接着します。
 今回は指板が手前で切れて段になってるタイプですので,指板の厚みぶん丈やや高め,約12ミリにしました。

 つぎに,山口といっしょに脱脂し,乾かしておいた同材のツゲ板で,フレットを作ってゆきます。
 染めてないとほんとに,白っぽくて骨みたいな質感ですね。茶色い筋模様も,木の年輪とかよりはちょっと年代がついて変色した骨っぽい感じに見えます。
 工作は,竹よりは面倒ですが,骨や唐木よりはラク。
 櫛作るくらい密でカタい木ではありますが,切るのも削るのも比較的サクサクいきますからねえ。
 それでもほぼ一日を費やし,8枚完成。
 最終フレットで高さ 4.5ミリほど。オリジナルより平均で1ミリほど高くなってますが,清楽月琴としてはかなり低くそろってるほうだと思いますよ。このくらいなら,半月にゲタ履かせる必要もぜんぜんありませんね。


 整形したフレットは,薄めに溶いたラックニスのなかに数時間漬けこんで数日乾燥。#400から2000くらいまで番手をあげて磨いていって,つるッつるに----あ,マジこいつら骨みたいだわ。(w)

 フレットをオリジナルの位置に置いた時の音階は以下----

開放
4C4D-14Eb~4E4F4G+174A+135C+235D+155F+8
4G4A-124Bb+365C-165D+85E5G+75A6C-5


 ちょっと面白い結果ですね。
 低音開放からはじめたときの3音目,第2フレットの音がふつうよりかなり低めなほかは,ほぼ西洋音階準拠みたいになってます。この調弦だと第3音はふつう,ミ(E)の20%くらい低いあたりなんですが,これだとEbとEのぴったり中間。音階の特徴的なところだけがやたらと強調されていて,西洋音階から見た,清楽音階のカリカチュア,って感じ。
 そこから考えても,やっぱり作られたのは明治の後期でしょうね。西洋音階に慣れた人がそうじゃない楽器作ると,こんな感じになっちゃうんじゃないだろうか。
 胴体の「鸞」のデザインがちょっとモダーンなこととか,響き線の「舌」として入れられてたクギが西洋クギっぽかったのもあるし。


 フレットを西洋音階準拠に並べ直して接着,蓮頭とお飾り類をつけます。

 もともと,山口と第1フレットの間についてた小飾りが1コなくなっていたんですが,フレットを西洋音階に合わせたところ,第2・3フレット間がせまくなって,オリジナルでここに付いてたお飾りが入らなくなってしまいました。
 第2・3フレット間にあったのは,おめでたい感じの赤い鯛----色も目立つし形も悪くないので,これを一番上に移し,代わりのものをこっちのせまい空間用に作ってやろうと思います。

 さてでは,こういう時のデザインのネタ本を召喚!----『本草綱目』ですねえ。
 鯛をのぞくヘンテコなお魚のデザインは,たぶんこのあたりの挿絵からきてると思いますヨ。

 このあたりのお魚の絵を参考に,第2・3フレット間のせまいスペースに合うお魚を彫りあげます。


 ほかの小飾りと彫りの手を合わせ,不自然にならないような感じで…………どやぁ?
 絵はあくまでも参考。けっきょく彫り上がったのは,ドジョウだかサバだかウグイだかクチボソだか分からないシロモノではありますが,まあ,だいたいそれっぽい感じのお魚にはなったかと。

 あとは半月上面の飾り。
 おそらくはこういうのとかこういうのが付いてたと思います。

 「魚づくしの水中世界」がコンセプトだとすると,唐物月琴でよくある左の「海上楼閣(蜃気楼)」の絵柄なんかがバッチリなんですが,さすがにここまで細いの,彫りたくないなあ----「水草」くらいでカンベンしてもらいましょう。(www)

 ちなみに庵主,左の意匠が庵主と同じような動機で変化していった結果が,国産月琴でよく見る右の模様,だと考えています。
 てってーてきに簡略化されちゃってますが,全体のフォルムの相似とか,ならべてみると分かるでしょ?


 この手のお飾りは,だいたい1枚板を加工したものが多いんですが,今回は省力デザインのため,1/4円のものを2枚,左右対称に作ります。
 まずはカツラの端材板にだいたいの輪郭を描いて切り出し,さらに板を厚み半分のところで挽き割ります。
 表面を平らに整形したところで,2枚を両面テープで貼り合わせ,外縁と切り貫き。
 だいたいのカタチになったら,ふたたび2枚に割ってそれぞれ彫り込み,ヤシャブシとスオウでツゲっぽく染めたら出来上がりです!

 彫りはシンプルだったんでそれほどでもなかったんですが,半月の縁にキレイに合わせるのがちょっとタイヘンだったかも。

 「魚づくし」ですから,バチ布はやっぱコレですよねえ!
 「荒磯」----前も書いたんですが,「磯」ってわりに,この魚,鯉ですよねえ。
 「荒川」とか「深淵」の間違いなんじゃないのかなあ(w)

 この模様,室町時代に大陸から伝わってきたもので,名物裂の名前としては「あらいそ」とも「ありそ」とも読むそうです。
 ちなみに,漢字で言う「磯」ってのは「水面と陸地が接している場所」で,ほんらいはとくに「海」には限定されません。これを海岸の岩場に限定するのは海国である日本での用法。同じような場所でも,「岸」はそこが崖みたいに切り立ってる場所。「磯」は「石」へんなのからも分かるように主に「岩場」,陸がわから見た水際ですが,これに対して「渚」はサンズイ,そこの砂とか小石が寄って浅くなってる場所で「水のほうから見た水際」を指します。
 琵琶などの側面を「磯」って呼ぶのは,これを川などにつきだした岩場(みさき,などと同じような)に見立てたものでしょうかね。丸い岩場のふちを流水がめぐるように,音の波がめぐる場所ってとこかな----ほう「国際標準化機構」がイソなのは知っちょったが,「国際砂糖機関」もイソなんじゃなあ。(無駄知識)
 漢字の本も訳してる庵主(そうなのよ!)の漢字知識講座でした。ww

 そんなこんなでイロイロありましたものの,梅雨の終わりの6月末日。
 お飾お魚づくし,月琴55号,修理完了いたしました!!!

 こういう満艦飾の楽器というものは,お飾りとして作られたようなものが多く,姿かたちは立派でも音はてんで,操作性もヒドいものが多いんですが。お飾りの質と出来はともかく,この楽器の本体部分は,きちんと楽器として作られています。いまのところ誰だか分かりませんが,作者はこの楽器のことをかなりきちんと分かっているヒトですね。

 内部構造の組み方や接着具合,棹の設定や弦高などは,たんにガワだけ見て真似したような連中の工作ではありません。唐木の扱いの巧さ,工作の緻密さ。また胴が「太鼓」ではなく「箱」----きちんと密閉された中空の構造体として作られているところからすると,三味線屋ではなく琵琶師か指物などの経験者ってあたり,でしょうか。
 ちょっと前に修理した「佐賀県から来た月琴」とよく似ています。棹などの工作や,フレットのオリジナル位置での音階によく似通っているところもあることからすると,もしかすると同じ作家さんの作なのかもしれません。

 あちらにくらべると,材質などの面で若干落ちますが,じゅうぶんに贅沢な材料と木取りで作られているので,音質の面での退けはそれほどないかと。
 53号ほどではありませんが,かなり音量が出ます。音の胴体は深くやわらかくあたたかな感じなのですが,響き線はうまく効くと 「シーーーン」 という,かなり高音の冷たい金属的な余韻が長く耳に残り,冷暖ちょっとギャップのある面白い音色になっています。
 響き線の巻きが丁寧なせいか,鳴らすための「舌」がついてるにもかかわらず,演奏中のよけいな胴鳴りは少ないですね。おかげで演奏姿勢もかなり自由にとれ,比較的ラクちんに弾けます。

 あと,フレット----琵琶での「相」をのぞけば,この材料で作ってみたのはハジメテだったんですが,これ,悪くないですね。
 見た目もちょっと木だか骨だか分からない風だし,指を落とした時の感触がちょっと独特で,骨はもちろん唐木や竹よりも 「すべらか」 というより 「なめらか」 な感じがします。(感覚的物言いww)
 形状や加工の違いもあるんでしょうが,おなじツゲでも,ふだん使ってる一級品の黄色くてカッチリした材の,緻密な感じとはまた違った感触ですね。

 満艦飾なところとその意匠が,かえって好みの分かれるところとなっちゃうかもしれませんが,楽器としての実力はかなり高く仕上がっていると思います。

 さて,魚づくしの55号。

 次はどんなところへ回遊することとなるのやら。

(おわり)


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