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月琴56号 烏夜啼 (3)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴56号 烏夜啼(3)

STEP3 断腸の思いで猿は啼く,ダンチョネ。

 表板ヒビ割周辺の矯正がだいたい終わったところで,胴体構造の補修・補強に入ります。

 最初はなにより胴四方の接合部。

 原状では4箇所すべてニカワがトンで割れてしまっております。その状態のままずいぶん長いこと放置されていたせいでしょう。所によっては木の狂いからわずかな食い違いや段差も出来ちゃってますねえ。
 これを矯正しつつ,接合部の木口を密着・接着させなければなりません。
 まずは接合部周辺を裏からよ~く濡らして,木口に水分を滲ませておきます。とはいえ,考えナシにビシャビシャにすると余計なところに余計な被害が出ますからね。
 胴を回しながら平筆で,何度も刷いて少しづつ。目安はだいたい,新しく水を置いても滲みこまなくなるくらい----飽和状態ってあたりですかね。
 その状態でしばらく置き,表面が少し生乾きになったくらいの時に,裏がわからニカワを垂らします。
 割れちゃってる部材をクニクニ動かし,またクリアフォルダの切れっ端にニカワを塗って挿しこむなどして,接合部のスキマにしっかり行き渡らせます。
 表がわのスキマから,ちょっと粘りのあるアブクがぶくぶく出てくるようになったところで,周縁に太ゴムをかけ,段差ちゃってるとこにはクリップ・クランプを噛まして正位置で固定。

 あとは乾くまで放置ですが,あまり早く乾いてしまうと,木の矯正が終わる前にヘンな形で固定されちゃうこともありますので,乾くのを遅らせるため,濡らした脱脂綿を裏がわに貼っておきます。狂いがあると言っても今回はさほどのものでもないんでそのまま貼ってますが,ちょっと大きな段差になっちゃってるような場合は,接着工程の前に 「濡らして>矯正」 をやっちゃいましょう。そういう時は,より長時間ピンポイントで濡らし続けなきゃならないんで,脱脂綿の上からラップでくるんだりしましょう。

 で,まあ----このあたりになって今更ながらに気が付いたのですが。
 この楽器の響き線,まったく働いてませんね。
 演奏状態にして胴をタップしても,余韻どころか線鳴りもしません。思い切り振っても 「カサカサカサ」 と,----なんかGが台所で暗躍してるみたいな音で----鳴るていどです。
 この作者,「響き線を入れる」ってとこまでは知ってて,そこに自分なりの工夫を加えたりもしているんですが。「それ」が何のためにあるどういうものなのかまではちゃんと分かって工作していなかったようです。

 響き線は月琴の音のイノチ。

 本来なら,はずれたとか折れたとかしている場合以外,なるべくなら手を出したくない部分ではあるのですが,このまま組み立てて,自分の修理した楽器が 「Gの足音再現器」 のほかナニにもならないっていうのもナニか厭ですので,ここは修理者としての本分を曲げ,この楽器をきちんと「月琴」として成立するところまでもっていってあげたいと思います。

 ----なもンで,よッと。

 釘は四角い和釘。やっぱりよく見かけるのよりずっと短くて細いですねえ。基部に埋め込まれる先端部分を少し曲げて,細い鋼線をがっちり押さえこめるように加工してあります。こういうところは細かいねえ。
 原作者の意図を尊重するなら,線の形状はもとのカタチに準拠したものにするのが本筋でしょうが。アレ自体がすでに「思いついただけ」的加工でしかないようですし。
 真ん中の空間の幅は54号とほぼ同じなので,スペースを目いっぱい使えるなら,同じような長い曲線を仕込むことも出来るのですが,響き線の基部がその空間のちょうど真ん中のあたりに位置しています(54号は上桁のすぐ下)。
 これだと長い曲線を仕込むのに,下桁までの丈が少し足りません。

 ----で,これだ。

 36号に使われていたこの線形。基本は直線で,やってることはと言えば根元をZ状に曲げてあるだけのことなのですが。 これ実は,直線型の欠点と曲線型の短所をともに解決してる,響き線としては,かなり進歩的な形なのです。

 まず,根元をZ形に曲げると,この部分が板バネみたいな構造となるので,線の振れ幅はただの直線の時よりはるかに大きくなります。さらにはコレ,線の振れる方向に 「指向性」 をもたせることにも成功しているんですね。

 響き線がエフェクターとして働くうえで必要なのは,おもに上下方向への振れ。いくら反応が良くっても左右方向に振れてしまっては,せまい胴内でぶつかって,たちまち効果がなくなってしまいます。36号の作者はこの単純な加工によって,線の揺れを上下方向に大きく,左右方向へ小さくし,響き線の効果を最大限に高めつつ,線鳴りをおさえこんでるわけです。

 また,基本は直線なので,曲線型のネックである焼き入れなどの加工や取付けの工程も至極簡単。どんな微調整もこのZ状になった根元のところだけでできるので,全体を何度も見ながらあッち曲げこッち戻ししなきゃならない曲線型にくらべるとはるかにラク。

 響きも素晴らしいですよ。
 曲線型のゆったりとした波のような余韻や渦巻線のリバーブ感とはまた異なりますが,うまく効いてる時には,庵主が 「天使のささやき」 と乙女チックに呼んでる----頭の右斜め45度あたりから還ってくるような----不思議な余韻がかかります。ハチの羽音に似たブーンっていう響き,聞きつづけてると,ちょっと昇天しちゃたくなるような音ですね。(w)

 楽器の中心も中心,タマシイみたいなところにまで手をつけてしまいましたので,修理としてはすでに極道,「魔改造」の域にまで堕ちてしまっております(良い子はけっしてマネしないでね)が。この楽器,木の工作はそこそこ。手抜きの部分も改造可能な 「余裕」 と見れば,手を入れる余地はまだまだ。そしてたぶん手を入れれば入れただけ良い楽器に生まれ変わる予感がします……この身,冥府魔道に落ちようとも,復活させずにおくべきや~。

 てなあたりで続きは次回。

(つづく)


月琴54号/56号 (2)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴54号/56号 (2)

54号 STEP2 ノーブル・オブ・フールズ

 53号天華斎と交換した月琴2面のうち「お魚ちゃん」こと55号は先日,ブジお嫁にまいりました。
 楽器としての音色・性能に文句はないものの,満艦飾なうえお魚づくしというあたりが好みに合う合わないがありますで,お父さん,多少シンパイしておったのですが,気に入ってくださった方がいて,弾いてくださることに~ありがたや~ありがたや~。

 さてもう1面,日本橋区薬研堀住,山形屋雄蔵作の54号。
 いまお店から買ってきましたよ~と言っても良いくらい,奇跡的な保存状態の一本。作者の山形屋は三味線の名家・石村の系を引く職人さんで,腕前のほうは折り紙つき。胴材の合わせ,面板の接着,寸分の隙もなく線のキッと立った見事な仕事です----

 この作者の欠点として,詰めが甘いというか始末が雑というか。木の仕事それ自体の精度はモノ凄いのですが,組立てとか調整とか,大事な最後の最後の仕上げのところでイキナリほり投げちゃう悪いクセがあるんですね。

 この楽器の瑕疵は響き線。
 どんな演奏姿勢にしても,ガシャガシャ鳴るだけで,効きが悪い。
 明治の作家さんのなかには,響き線を 「線を鳴らすための構造」 だと勘違いしておった者も相当数いたようなのですが,元になった唐物楽器の構造を見る限り,これはもともと胴体を鈴のようにして鳴らすためのものではなく,弦音に金属的な余韻を加えるためのエフェクターであったことは間違いありません。
 山形屋もそのあたりはイチオウ分かってるようなんですが,過去に修理した楽器でも,線が長すぎて上桁にひっかかってたり突きささってたりしたことがあります。まあ,勘違いしてたにしても「鳴らすべき時に鳴る」ならまだしも,現状では 「持ってる間じゅうずっと鳴って」 ますし,その鳴りかたも「キーン」とか「リーン」みたいなキレイなものじゃなく,便所コオロギみたいにそっけない「ガシャガシャガシャ」。今の状態じゃあ,「弦楽器」としての意味はなく,ただの 「そういうノイズ発生装置」 でしかありませんわな。

 基本的に,月琴の響き線は長いほうが効きが良いのですが,線の太さにより形状により,また胴内の構造の違いによって,入れられる線の長さには限界があります。さらに長くなればなるほど,ふつうは振幅の幅も大きくなってしまうので,面板や桁にぶつかって「線鳴り」を起してしまいやすくなります。
 そのため月琴作者としては「線鳴り」の起きない範囲で,最適な位置や曲り角度長さを模索しつつ,各楽器ごとに微妙に調整する必要があるのです----が。

 山形屋雄蔵のバヤイ。

 そのへんはサクッと無視して,とにかく寸法として入るだけの長さでブッと切って,グサッっと挿しこんでやがりますね。
 それでも構造上,この楽器としては成立してますし,最適の演奏姿勢はきわめて限定されるものの,弾けないわけではない。もともと工作は良いので,響き線さえちゃんと働いてくれてれば,それなりに素晴らしく鳴るはずなのです。

 前回の「修理」では,そのあまりの保存状態の良さもあり,依頼修理の他人様の楽器ということもあって,つっこんだ手出しが出来なかったワケではありますが,今回はウチの子----あたしゃあ身内には容赦しませんですわよ。

 というわけでこうだッ!!

 ----うう,グスグス…保存状態が……キズひとつなかった…百年以上……ほとんど新品…ううううう(元古物屋の小僧としてのダメージ大)

 ちなみに,マジやるかどうか,1ヶ月悩みました。(w)

 裏板を全面ひっぺがし,響き線の曲りや角度を調整します。通常の演奏姿勢をとったとき,響き線の全体が完全な片持ちフロート状態となり,あるていど動かしても胴内でぶつからない,というのが理想ですが,それを実現するにはオリジナルの長さだとやっぱり長すぎます。線がやや太目で重く,たぶん作者が想定してるより,先端部分5センチの範囲での振幅が大きくなってしまっています。
 軽くするため先を2センチほど切り詰め,先端から1/3程度の部分のカーブを少しキツめに調整したところで,だいたい良い感じになりました。それでも若干線鳴りはしやすいほうですが,前と違ってすぐおさまりますし,演奏不能なくらいずっと鳴りッ放し,みたいなことはもうありません。


 微妙な作業ではありますが,所要時間およそ1時間……山形屋ほどの腕があれば,ほんの10分かそこらで終わる作業だったかと思われます。そのほんの10分ほどの手間を吹ッ飛ばしちゃうのがこのヒトの悪いところ----向こうに逝ったらゲンノウで横殴りにしちゃるけんのォ,カクゴしときゃあ!!(激おこ)

 少しだけサビも浮いてますので,あとはちらっと磨いて柿渋で酸化膜こさえ,ラックニスで防錆しときましょう。

 ついでに表板にあったヒビ割れ----オモテがわからは補修済みなんですが,裏にも少しスキマができてましたんでこれも追加で補修しときます。
 この板はたぶん山形屋が自分で矧いだもののようで,その加工もまた見事なもンなんですが…やっぱりここでもやらかしてくれてます。継いだ小板の一枚がハズレだったんですね。乾燥のよくない,悪節(わるふし)のある板。この類は収縮がヒドく,暴れやすいんです。ちゃんと精査して裏板のほうに回していれば良かったんでしょうが 「まあいいか,寸法足りてればOK,OK」 ってあたりかな?

 ちょっと裏まで来ーいッ!根性焼いたる!!

 開いたスキマにニカワを垂らしながら,裏からも木屑を詰めてゆきます。仕上げに薄い和紙を張って補強。

 胴四方の接合部のうち,上面の2箇所が割れてますのでここも再接着。ゴムをかけまわして密着させ,さらに裏から和紙を重ね貼りして補強します。


56号 STEP2 黄色いお山にカラスのカアで,ノーエ


 こちらは調査の際,すでに裏板をエイッ!ってやっちゃってます(スヤリス姫的表現 w)ので,まずは内がわからまいりましょう。
 まずは内桁の音孔,このあたりからいきますかね。
 この楽器の上下桁には左右にひとつづつ,合わせて4つの音孔があけられています----いちおう。
 しかしながらそれがまあ,孔あけする場所の片方にキリで孔をあけ,そこに挽き回し(狭いところや穴開け用の細身のノコギリ)を突っ込んで,横にガリガリッっとやった。っていうくらいの雑な加工でして。
 「孔」というより細い「溝」といった感じ。輪郭もミミズがのたくったみたいにふにゃふにゃしております。

 実のところこの加工----共鳴空間のきわめてせまい月琴の胴では,ほとんど意味のない工作でして。穴があってもなくても,音色や響きにさほどの影響がありません。
 あくまでも問題なのは,胴がきちんと密閉された「箱」になってるかどうかなんですね。
 いや,気持ちは分からないでもないんですけどね。そもそも考えてみてください。ギターくらい大きいならともかく,こんな狭い空間で空気が多少対流したところで,ナニがどうなるってもんでもないでしょうよ。胴の各接合部がきちんと貼合わされ,密着していて,胴全体に振動が行き渡るようになってるかどうかのほうが大切なんです。

 これもまた原作者の手抜き加工の尻拭い以外の意味はありませんが,ちゃんと「音孔」に見えるくらいにしといてあげましょう。

 続いて棹なかごの延長材をはずします。
 すでに接合部裏板がわの接着がハガれていたため,濡らした脱脂綿で巻いて2時間ほど湿らせたらカンタンにはずれました。
 乾いたところで,本体がわの基部の割レを補修。
 ニカワを垂らし,はずした延長材でグリグリやって,割れ目を閉じたり開いたりしながら全体に行き渡らせ,圧着。

 うまくくっつきはしましたが,ここはこの楽器でも特に力のかかる部分ですので,後でもう一補強しときたいと思います。

 ここまでやったところで表板にへっついてるモロモロを剥がします。
 お飾りやヘビ皮の下から出てきたのは……アラビック・ボンド…………くわッ!!(鬼の形相)

 く~そ~。ボンドの状態からして,ここ数年のものではなく10年か20年以上前のシワザのようですが,く~そ~。
 一族絶えるまで呪ってやるうううううッ。
 ぷすぷすぷすぷす…(粘土人形に錆びて曲がった縫針を埋め込んでる音)

 バチ皮の左右,皮の収縮によって裂けちゃったヒビ割れのところが,少し反って下桁から浮いてしまってますので,板を濡らしたついでにニカワを垂らし,表裏から圧をかけて矯正しておきましょう。

(つづく)


月琴WS@亀戸 2017年10月!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2017.10.21 月琴WS@亀戸 この糸倉のスキマがアレなんだ の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 10月場所 のお知らせ-*


 帰ってきたぞ,月琴マン。
 2017年,10月の清楽月琴ワークショップは,21日,土曜日の開催予定。

 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願い。

 お昼下りの,ムラムラ開催。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者大歓迎。1曲弾けるようになってってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可です。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41号と49号の2本の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 9月のはじめに帰ってきてから,きぬかつぎばかり食べておりました。里イモうまい!!

清楽譜の基礎知識

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工尺譜を読んでみよう再 の巻工尺譜を読んでみよう!再 (その3 清楽譜の基礎知識)

 日本の清楽の工尺譜について,基本的なところをまとめておこう。

 「工尺譜」というのは中国伝来の,楽曲のメロディを 「合 四 乙 上 尺 工 凡 六 五 乙」 という漢字の音符で書きとめた楽譜である。

 基音となる楽器によって実際の音は異なるが,ドレミで言うと 「合 四 乙 上 尺 工 凡 六 五 乙」 が 「ソ ラ シ ド レ ミ ファ ソ ラ シ」 にあたり,高いほうの「乙」より上の符には字の左に 「イ(ニンベン)」 を,2オクターブ上には 「彳」 を付ける。
 ちなみに大陸の工尺譜ではこの「シ」にあたる「乙」が低音の 「一」 と高音の 「乙」 に分かれるが,日本の清楽譜では「一」にあたる符字が使われず,「乙」の高低は使用楽器がその音を出せるかどうかと,周辺隣接する音の高低から演奏者が読み取ることになっている。また大陸では「合」より低い符を,最後の一画を斜め下方向にはねることで表すが,これも日本の清楽譜ではほとんど使われない。

 まずは,この音階をあらわす記号的な漢字を 「符字」 と名付けよう。この符字だけをたんに羅列したものを仮に 「白譜」 と名付ける。日本で記された最初期の譜は,そのようにだいたいの音の並びが分かれば演奏できるような人のための,あくまでも備忘録的なものであった。

 続いてこれにフレーズの切れ目を表す 「句点(○/。/、)」 を挿入した 「句点譜」 が生まれる。
 句点の入れられる位置は 「フレーズの切れ目」 であるため,直前の符が長音であることが多いが,この「句点」は耳で聞いた時に 「ここまでが1フレーズ」 と判断される程度のもので,必ずしも音をのばす位置を表しているものではない。

 そのためある譜では 「尺。工。上尺工。」 とされている同じところが,別の譜では 「尺工。上尺。工」 となっているようなことがしばしばある。どこまでを一気に弾くか,どこで切るかというあたりは,使用する楽器によっても異なるし,演奏者の技術やクセや嗜好によるところも大きいので句点の位置はかならずしもいつも一定しないのである。
 筆者は曲を再現するときこの 「句点」 を前音に組み込まれる「休符」として処理している。すなわち上例前半の「尺工」がともに全符の長さであったとして,前者の場合は 尺も工もともに2分半+4分の休符とし,後者の場合は工のみを2分半+4分休符とするわけである。

 明治期に印刷された清楽譜は,この句点譜の形式のものが圧倒的に多い。

 白譜・句点譜では音階と音の並びは分かるが,それぞれの音をどれくらい長くしたり短くしたりすれば良いかは分からない。そこでここに,購入した個人が各符の音長を表すための記号を書き入れるようになった。最初に現れたのが符字の間に線を引いて結ぶ 「付線」 である。これが印刷されたものを 「付線譜」 と名付けよう。
 「付線」は当初,符音の間隔が短く 「連続して聞こえる」 位置に付けられることが多かったが,明治後半になると拍点と組み合わせ,より定型的に使用されるようになった。 たとえば 「工 尺 上」 で工尺が4分4分の場合。古い形式では付線があったりなかったりであるが,後期の書き込みでは 「工尺 上」 と必ず付線で結んでいる。

 「フレーズの切れ目」「句点」「音が連続して聞こえる箇所」「付線」。ここまでは東の渓派,西の連山派ともにほぼ共通して使用している形式だが,これ以降,あるいは「付線」と同時に発生したと思われる 「点」による音長の表現方法にはかなりの違いがある。
 形式上の差異はあるものの,筆者はこうして 「付線」 と 「点」 を併記することによって各符の音長を表すに至ったものを一律に 「付点譜」 と呼んでいる。


 連山派は1音の長さが1拍なら点を1つ,2拍なら2つ,と 「傍点」 を付して各符の音長をそれぞれ表す,もっとも分かりやすく単純な方法を採った。欠点としては長い音ほど点が多くなること。手書きの場合は墨が滲んだりなどで却って分かりにくくなることもあるし,また明治時代の印刷技術だと,細かいところがよくかすれたり切れてしまったりで,正確な点の数が分からないような場合も多い。
 さらにこの表記法では,各音の長さの判断が恣意的になりがちである。ある者が「4拍ぶんの長さ」とした音を,別のものは「5拍」と数えるの類で,あくまでも記譜の基準が各符の音長にあるため,全体の拍子との兼ね合いがとれておらず,ある者の記譜では4/4・1小節の2拍目からとなっている音が,別の譜では3拍目からとなるなど,五線譜に直した時に拍子からはずれた不自然な形となることが多い。

 これに対し。どちらが先だったかについてはまだ不明だが,渓派ははじめ長崎派と同じ 「頭点法」 を採用していた。これは言うなれば西洋楽譜でいえば小節の頭にあたる符にのみ点を打ってゆくやりかたである。付線・句点と組み合わせると,これだけでもあるていどの音長関係を指示することが可能だったが,やがてこれを発展させ,邦楽の教授でいうところの 「雨垂れ拍子」 を応用した方法が採られるようになった。

 「雨垂れ拍子」というのは,たとえば手の平で左右の膝を交互にたたきながら拍子をとり,それによって曲中の緩急,音の長短などを指示してゆくやりかたで,三味線の歌本などでも似たようなことをしていることがあるが,教授者の動作を写して,右膝を叩いた時に符の右に点を,左を叩くとき左に点を打ったものである。

    **以下説明画像はクリックで拡大**

 渓派・長崎派におけるこれらの点は「音の長さを表す」と言う意味では,連山派の傍点と同じなものの,連山派がその基準をそれぞれの音の長さそのものに置いているのに対し,渓派はその基準を拍子との相対関係に置いていることから,筆者はこれを「拍子の点」という意味で 「拍点」 と呼び,右に打たれた点を 「オモテ」,左を 「ウラ」 と称している。

 点1つを1拍とするなら,オモテウラ2拍で1小節,2/4拍子となるが,筆者は拍子のオモテウラの別を明らかにするため1つの点を2拍,音符の2分の長さとし,右左オモテウラの2点で1小節の,4/4拍子の譜として再現することが多い。
 この点は通常,単体では符字の斜め上に打たれるが,音がオモテウラの拍子を渡る場合には下のほうに付せられる。これを 「下付点」 と言っている。

 表現上は点が一つ増えただけのはなしながら,これによって渓派の付点譜はより読み解きやすく分かりやすくなった。

 ただ,この渓派の付点法によって表現できるのは,基本的には2/4もしくは4/4の曲のみで,日本の俗曲に多い三拍子の曲など場合は,あらかじめ断りを入れるか,4/4としてそのまま記譜するしかない。
 また全符以上の長い音は拍点を増やすことでいくらでも表現できるが,8分以下の短い音があったり,音長の差が極端な組み合わせがあったりした場合,また2/4もしくは4/4で割り切れないような表現のある場合は指示が難しくなるという傾向があり,より正確に曲調を伝えるため,時として実演奏でのリズムを無視して付点の間隔を変え,全体を引き伸ばして表現する,といった方法が採られることがある。
 たとえば,下の画像は『清風柱礎』「柳雨調」の,それぞれ加点者の異なる2つの付点譜を再現したものだが,

 同じ曲なのに,右と左で付された点の間隔が違っているのが分かるだろう。
 これを4/4拍子,1文字1拍の横書き近世譜に直すと,それぞれ以下のような譜となる。

  尺--工|合--四|仩--四|仩--○|
 [仩-四合|尺--○|尺-尺工|六---|
  五-五六|工--○|五-五六|工--○|
  四合四尺|上--○|尺--上|四--○|
  尺--上|四--○|四-四合|仩-四合|
  工--○|尺--工|合--四|上--四|
  仩--○|](近世譜1 左)
  尺-工-四|仩-四 仩○|[仩四合 尺○|尺尺工 六-|
  五五六 工○|五五六 工○|四合四尺 上○|尺-上 四○|
  尺-上 四○|四四合四合|工○ 尺-工|合-四-四
  仩○]  | (近世譜2 右)


 これは右の付点では8分の短い音が多く,読み解きしにくいところがあるため,左のほうでは拍子の間隔を縮めて,というか,それぞれの音の長さを2倍にして,音と音の関係をより分かりやすくしたのである。
 同様に,たとえば曲中に8分半+16分という,渓派の付点法では表現不可能な組み合わせの箇所があった場合などは,そこを公約数のようにして,それが4分半+8分なり2分半+4分なり,付点によって表現可能で分かりやすい音長関係になるまで,全体を拡大するわけである。

 これは渓派の付点法の基本的な欠陥を補ううえでは実に単純で分かりやすい方法ではあったが,あくまでも読み解き上の便宜的なものであるのに,このせいで実際には軽快で速いテンポなはずの曲が,非常に緩慢な曲であるかのように読み解かれるという弊害も生まれたようである。

 大陸の工尺譜においては(向こうからすれば日本の付点法のほうが似ているわけだが)「板」・「眼」という記号を駆使した付点法で,かなり複雑な曲調をも表現できる高度な方式が発展したが,日本における符音の長さを基準とした連山派・梅園派の形式も,拍子を基準とした渓派の付点法も,どちらも欠陥だらけの不完全なものでとどまり,最後まで洗練され,統一された形式となるには至らなかった。
 そして明治の後半,四竃訥冶らによって,西洋から導入した数字譜の方式を使った改良工尺譜(すでに上出しているが,筆者はこれを 「近世譜」 と呼んでいる)が広まるにおよび,こうした付点による記譜表現法はやがて姿を消し,歴史の蔭に埋もれてしまったのである。


(おわり)


『清風雅譜』 を弾こう!!

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斗酒庵 渓派清楽をひもとく! の巻HP「清楽庫」改訂 『清風雅譜』近世譜/数字譜 対照版!

  江戸幕末から明治にかけて,日本じゅうで大流行りした「清楽」の東京を中心として勢力をはった「渓派」。 その基本的な楽曲をおさめた第一楽譜集が 『清風雅譜』(鏑木渓菴・編 安政6年序)です。
  庵主のWSでも,清楽の曲はこの本に載ってる楽譜をもとに演奏することが多いですね。

  清楽で使われた 「工尺譜」 って楽譜は音符が漢字なため,そこでもうアレルギっちゃう人も多いのですが,音楽を書き留めるのに,日本人ならカタカナで 「ドレミ…」,英米なら 「ABC…」で書くところを,中国は漢字の国ですから漢字で書いただけのハナシ。
  工尺譜の多くはお店で買ってきた段階では,それぞれの音符の音の長さが分からない状態になっているので,これに点とか線を書き足して(「付点」といいます),音同士がどういう関係になっているのかを表し,完成させるわけですが,渓派の付点法は難しくないので,慣れちゃえば漢字縦書きの状態でもそんなに苦労なく読み解けます。

  とはいえ----
  まあ,清楽やら月琴やらのナニがナニやら分からない段階で,いきなりそういう古代の呪文みたいなモノ読めつーてもムリがありますので。
  WSではこの縦書き譜を,もうちょい分かりやすい 「近世譜」 とか,中国音楽の方でよく使われる 「数字譜」 の形式に変換したものを使っています。

  庵主,この夏のしくだい3はこの楽譜の集大成。
  原本の画像を対照させつつ,『清風雅譜』収録の31曲をまるッと,PDFの楽譜に仕立てました。

  まだちょいあちこち改訂の要はありましょうが,とりあえず公開いたしますので,こういう音楽に興味のある方は,HPのほうからいちどご覧になってみてください。DLも自由ですよ。

  まずは 「明清楽復元曲一覧」 にお入りください----

  ここは庵主が楽譜から再現した曲のMIDIやらMP3やらが各本ごとに並べられてる部屋です。
  簡単な解説の下,いちばん最初にあるのが「渓派」の項目。そこのいちばんめが『清風雅譜』の一覧です。

 この一覧表の右上目次の最後のところ,マルで囲んだところにPDF楽譜(ファイルサイズ:約6MB)へのリンクが張られています。

  お使いのPCにPDFリーダーが入っていれば,だいたいこんな感じの画面が別窓で開きます。
  即DLしちゃいたい人は,ひとつまえのリンク張った文字のところで 右クリ>名前を付けてリンク先を保存(K) でもいいですし,ひととおり読んでから右上,赤丸で囲んだあたりに出てくる「ダウンロード」のボタンからDLすることもできます。

  各曲のページはこんなふうに構成されてます。

  1) は底本とした『清風雅譜』の画像。 庵主所蔵のなかでいちばん状態のいい明治17年版のを使ってます。メロディの読み解きに使う点や棒線のほかに,歌を合わせる時や楽器操作に関するカナ書きの記号や,これ持ってた人が弾くときに入れた装飾音の符が朱書きでカキコされてますが,「はあ~元本ってこんななんだ~」ってくらいのものなので,気にしないでください(w)。

  2) はタイトル。 渓派での一般的な呼び方をカナでふってあります。ほかの流派,たとえば関西の連山派・梅園派や長崎派では中国語ッぽい発音になってるのが多いのですが,渓派ではふつうの音読で呼ぶことのほうが多かったみたいですね。

  3) これは「近世譜」 というもので,右の付点つき縦書き工尺譜を,1文字1拍,4/4拍子の横書き楽譜に直したものです。
  「ドレミ…」いこーる「上尺工…」なんで,工尺譜の漢字の並びさえおぼえちゃってれば,こっちのほうがずっとラクですし,月琴以外のほかの楽器と合奏するときなんかはどうしても必要になります。

  4) これが「数字譜」。 上の「近世譜」はこれの数字を工尺譜の符字に置き換えただけですね。明治のころに西洋から入ってきて,五線譜よりもカンタンなので流行りました。近世譜と同じに「1234567」が「ドレミファソラシ」に対応してます。

  5) 最後にかんたんな解説をつけてあります。 再現曲の作成までの詳しい工程や,それぞれの曲に関する詳細は記述 「明清楽復元曲一覧」 からどうぞ。曲一覧のタイトル部分をクリックすると,それぞれの曲の解説に飛べますから。

  近世譜や数字譜の読み方については,PDFの最初のほうにかんたんにまとめてありますので,そちらをお読みください。
  こんかいは楽器で演奏する部分,器楽部分だけですが,歌つきのほうについてもいづれ。

  さて,この31曲をぜんぶおぼえてしまえば,まあ渓派ではいちおう 「免許皆伝」 みたいなもんだったと思います。どうぞがんばっておぼえてやってみてくだされ。

(おはり)


月琴56号 烏夜啼

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斗酒庵 烏夜啼を直す の巻2017.7~ 月琴56号 (1)

STEP1 唐土のお山も溶けて流れりゃちョい

  庵主は北の生まれゆえ,夏季の内地におりますと溶けてなくなってしまいますので,8月の1ト月はWSもお休みにして,実家に帰省するのが慣例となっております。帰省の期間中はふだんできないような時間のかかるまとめやらデータベースの整理やらに勤しんでおりまして----今期の成果は前回の記事をご覧ください。

  さてさて,今回の楽器はその帰省の直前にとどきました。自出しで購入した壊れ楽器は,これで56面めとなりまする。まずは測定----

  全長:650
  胴径:350,胴厚:35(板厚 3.5)
  有効弦長:424



  裏板に

  将軍会

 烏夜啼

    東山田
     増澤仙桂


 と墨書がありますが……まあ,あんまり上手な字じゃないですねえ。(w)

  「将軍会」は所有者の入ってた清楽団体でしょうか。清楽曲に「将軍令(しょうぐんれい)」というのがありますからそれにちなんだものでしょう。「烏夜啼(うやてい)」は漢詩の題としても有名ですが,明楽曲に同題のものがあり,明清楽の曲としても演奏されてましたね。渓派ではあんまり演奏しなかったようなので,梅園派の系だったかもしれません。
  所有者については不明,出品者は神奈川県のひとなので「東山田」は神奈川県横浜市の「ひがしやまた」でしょうか。
  指板部分の長さが150,第4フレットは棹の上,その棹背のフォルムといいほっそりとした糸倉の姿といい,間違いなく関東で作られた楽器だと思われます。
  あちこちいろんな人の楽器と似てるところは散見できるのですが,ラベル等もなく,いまのところ作者は分かりません。またまた未知の作家さんの月琴ですね。

  目立った特徴はありません。かなりきっちり「ふつうに」作ってるって感じですかね----いや,こういう流行り物を作るってときには,へんな独創性や身勝手な解釈を容れず,こうやってスタンダードに作るってほうが却って難しかったりするもんですよ。少なくとも木工の技は手熟れてますし,楽器についても素人さんの作ではありえません。

  あえて何かあげるなら,表板が景色のある板目っぽい板になってるってあたりでしょうか。これは比較的古い楽器の特徴,フシのあるなかなか難しそうな板を4枚ほど継いでいるようですが,合わせが上手で継ぎ目はなかなか分かりません。


  あと,棹のなかごが少し変わってますね。
  延長材はふつう,棹から3センチほどのところで接いでるもんですが,これは短いなかごの半分くらいのとこから接いでいます。延長材の接合部,裏面がわの接着がトンで基部に割れがあるため,棹は現状表板がわに少しお辞儀しちゃっています。接合の工作に,若干雑というか不自然なところがあるので,これ,もしかするともともとはなかごの先まで一木だったのかもしれません。

  損傷は糸巻が2本なくなってるのと,表板の左右にヒビ割れ----これはピックガードのヘビ皮が原因の故障ですね。明治の国産月琴ではよくある壊れで,生皮の収縮で柔らかい桐板が裂けちゃったもの。もともと皮のピックガードが必要な楽器ではありませんし,ほぼただのカッコつけの飾りですんで,楽器の将来のため,ウチでは修理の際ひっぺがして錦の布に貼り換えています。
  そのほかはフレットが2枚欠損。さらに第5と第7は入れ替わっちゃってるようです。同じくらいの長さだけどよ,第7フレットのほうが背が高いってナニよ?(w)古物屋さんのシワザですかねえ。
  あと胴四方接合部の剥離に,虫食いと思われる小孔が数箇所。やや大きめの圧痕や擦痕もいくつか見えます。それに上のほうで触れたように棹のお辞儀----しかしながら,全体的に保存状態はまずまずかと。

  んでは,裏板をへっぺがして内部の確認をいたしましょう。
  -----おぅ。
  こんなところに新機軸が………


  上桁は薄く6ミリほどの厚さ,下桁は左端が5ミリで右にゆくほど厚くなり,右端では倍以上の13ミリになってます。なんか意味があるのかなあ~,たぶんないだろうな~(w)

  音孔は上下桁ともに長さ9センチで左右のほぼ同じ位置にあけられています。片端にツボギリで孔を穿ち,回し挽きで貫いた模様。幅は1センチないくらい細くて加工も粗め「まあ開いてりゃイイわい」って感じかな。

  半月の下あたりにちゃんと陰月もあいてます。径3ミリほど。ふつうの四つ目ギリあたりであけたものかな。中心線に沿っていて位置決めなどはちゃんとしてるみたいですが,孔の端はボサボサで,これも「あけといた」ってくらいの加工ですね。


  2枚桁のパラレルで,胴内をだいたい3等分というその配置はごくごくありふれたものですが,響き線の反りがふつうと反対になってますね。通常は楽器のお尻方向に向かって弧を描いてるもんですが,棹がわにそっくりかえってるってのはハジメテみましたわい。

  響き線の基部は黒檀を刻んだ小さなブロックに刺さってます。同じこと,菊芳なんかもやってましたねえ。実験の結果,この響き線の基部の材質を変えるってのは,ほとんど意味がない(w)ことが分かってますが,なんとなく気持ちは分かる,って工作です。
  長2センチほどの細い四角釘でとめてありますが,このクギ,あまり見ないタイプですね。クギというのは結構種類がありまして,それぞれの職種で使うクギがあるていど決まってたりしますから,ここから作者の出身が分かるかも。

  では今回のフィールドノートをどうぞ。(下画像クリックで別窓拡大)


(つづく)


清楽曲 「四不像」 再現!

sifuzou.txt
斗酒庵 「秘曲」をひもとく! の巻HP「清楽庫」改訂 清楽曲 「四不像」 再現!

  江戸幕末から明治にかけて,日本じゅうで大流行りした「清楽」「明清楽」という音楽。
  庵主はそのうち東京を中心として勢力をはった「渓派」「渓菴派」「鏑木派」と呼ばれる連中とその音楽をおもに追いかけてるわけですが。
  その「渓派」の基本的な楽曲をおさめた第一楽譜が 『清風雅譜』
  流祖・鏑木渓菴が安政6年に編んだと言われています。
  楽器の音出し・音合わせなんかに使われる初心者用の練習曲「韻頭」からはじまり31曲。その巻末を飾るのが,長曲 「四不像(スゥポスャン)」 です。
  古い清楽の楽譜はお経の本みたいに一枚の紙を折りたたんで作られてますんで,「ページ」で数えるのもなんかヘンなんですが(w),ほかの曲がだいたい1折の半分から数開きくらいなところ,この曲の楽譜はなんと17ページぶんもの紙面に渡っています。



  バイエルみたいな楽譜の最後の曲ですから,まあこの曲ができるようになればとりあえず 「免許皆伝」 ってとこだったんでしょうが,この曲譜,調べてみるといろいろとヘンなところがあります。

  まず第一に----おなじ『清風雅譜』でも,本によって楽譜の内容が違っているんですね。

  『清風雅譜』はお江戸昔ながらの木版印刷だったものが多く。著作権もあやふやだった時代のこと,いろんな出版元から,文字の形や字組の違ういろんな版が出てます。上にあげたのは明治11年,雉子町の骨董屋兼清楽家・曽我鼎二と元大坂町の本屋・法木徳兵衛の版ですが,庵主がよく使う明治17年の本ではおなじ曲の楽譜が----



 ----となっております。まあざっと見ただけじゃ漢字が縦書きでずッと並んでるってくらいしか分からんでしょうから。もうちょっと分かりやすいように,楽譜の文字を色分けして並べてみますね。

11年版17年版ほか
01 尺工上四上尺五五六工五五六四上尺五五六工五五六尺工六尺工六六工尺工五六工尺五五仩五六仩五五工尺工五六上工尺尺六六尺工尺上四尺上  02 尺上尺上四尺上  03 五五六工六仩五五工尺工五六上工尺工六尺尺工六尺工六工尺上  04 工六○ 工尺上工六工尺上上四尺上尺上四乙合乙四四五五六工六工六五五六五五○  05 仩五六工六仩五五工尺工五六尺尺工六尺尺六工六尺工六○o  06 工六工尺上工六工尺上上四尺上尺上四乙合乙四四○ 五五○ 六工六工六五五六五五○  07 仩五六工六尺工六工六六仩五六工六尺工仩 五五工尺工五六六工六六尺六工工  08 六工尺工尺上尺上上  09 工尺工六尺工六六尺工六工工尺上  10 工六工o 尺上工六工尺上上四尺上尺上四乙合乙四四五五六工六工六五五六五五○  11 仩五六工六六五六六仩五六工六仩五五工尺工五六六工六工五六工六五工六仩五六六工尺六工工尺六仩五六五工六六工六工工尺工工工六尺o○  12 工六工尺上工六工尺上上四尺上尺上四乙合乙四四五五六工六工六五五六五五○  13 仩五六工工尺工六工六五工六尺工六六工六六仩五六工工尺工工工尺上工工尺上  14 工六工尺上工六工尺上上四尺上尺上四乙合乙四四五五六工六工六五五六五五○  15 仩五六工工尺六六工工五六五六六工六工六  16 六工六工尺上尺上上  17 工尺工六六尺工六工六六工六工五六六工工工五六 仩五六工工尺工尺工五六工工尺工尺工五六工工尺工尺工五六o]  六工尺  工工尺上]○  18 工六工尺上工六工尺上上四尺上尺上四乙合乙四四五五六工六工六五五六五五○  19 仩五六仩五五工尺工五六工六五六工六工六工五六六工尺工尺工尺工工工六工六六工五六六仩五六仩五五工尺工尺工工尺工工尺上工工尺上四四上尺六五六尺工尺上四尺上仩仩乙乙五尺工尺上四尺上六五六六五六尺工尺上四尺上 01 尺工上四上尺 五六工六五六 四四上尺 五六工六五六 尺工六尺 工六六工尺 工五六工尺 五五仩五六仩 五五工尺工五六 上工六尺 尺六六尺工 尺上四尺上   02 尺上尺上四尺上o  03 五六工六五仩 五五工尺工五六 上工六尺 尺工六尺工六工尺上  04 工六工尺上o 工六工尺上四尺上o 尺上四乙合乙四四o 五六工六工六五六五五o  05 仩五六工六五仩 五五工尺 工五六 尺尺工六尺尺 六工六尺工六  06 工六工尺上o 工六工尺上四尺上o 尺上四乙合乙四四o 五六工六工六五六五五o  07 仩五六工工尺工六工六六 仩五六工工尺工仩 五五工尺工五六 六工六六尺六工工  08 六工六工尺上尺上上o  09 工尺工 六尺工六 工工六尺上 六尺工六  10 仩五六工工尺工六六 仩五六工工尺工仩 五五工尺工五六 五六工五六工六五工六六 仩五六 工工尺工六 仩五六六工工 六工尺工工尺上 工工尺工六  11 工工六六工五六六 工六五工六 尺工六五工六六 仩五六 工工尺上 工工六尺上 工工尺上  12 仩五六工工尺工六 六工五六五六 六五六六尺六工工  13 六工六工尺上尺上上o  14 工尺工六六尺工六工六六 工六工五六六工工工五六 仩五六工工尺工尺五六 工工尺工尺工五六 工工尺工尺工五六 六工尺工工尺上 工工六尺上 仩五六工工尺工尺工五六 工工尺工尺工五六 工工尺工尺工五六  15 仩五六仩 五五工尺工五六 工六工六六工六工六工五六六 工六工六六工五六六o 又o  仩五六仩 五五工尺工五六 六工尺工工尺工尺工尺上 四四上尺六五六 尺工尺上四尺上 仩仩五仩五 尺工尺上四尺上 六五六六五六 尺工尺上四尺上

  赤い丸は「句点」って言って,メロディの切れ目みたいなものです。これが多い少ないってくらいならまだ楽器の違いだとか,実際に演奏してた人のアレンジの違いくらいで済むんですが----ミドリ色になってる部分に注目してください。これ,曲の中で歌のかからない「間奏」にあたる部分なんですが----右の楽譜,左のにくらべるとこれがやたらと少ないですよね。
  曲の構成がここまで違っちゃってるともう,これを「同じ曲」と言っていいものかどうかは怪しいものですねえ。さらに庵主所蔵の『清風雅譜』明治31年版だと----



 ----とまあ,一見して分かっちゃうくらい,楽譜自体のレイアウトが変わっちゃってます。
  さらにこれ,楽譜の中身も上の11年版のとも17年版のともびみょーに違っちゃってるんですね。

  渓派では明治10年代の後半,富田渓蓮斎を中心に,伝承されてきた楽曲や楽譜の整理・統合みたいなことをやったようで,清楽が最も流行したころ,主として使われていたのはそうした作業を経た後の楽譜でした。この31年『清風雅譜』もそういう「訂正版」のひとつです。たとえば富田渓蓮斎の『清風雅唱 坤』に載ってる「四不像」は三国志の関羽ネタ,歌曲「灞陵別」のメロディになってますが,この曲譜部分は上の31年版とほぼ一致します。




  庵主のこの夏のしくだい1,はこの「四不像」の再現。
  本によってバラバラなこの曲を,庵主はどうやってサバいたか?
  そしてそこからどんな曲が浮かびあがってきたのか?

  詳細はHP「清楽庫」『清風雅譜』の「四不像」の記事でどうぞ~ッ!!

  「四不像 解説」  http://charlie-zhang.music.coocan.jp/MIDI/SGALL/SG_ALL31.html

(おはり)


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