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清楽譜の基礎知識

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工尺譜を読んでみよう再 の巻工尺譜を読んでみよう!再 (その3 清楽譜の基礎知識)

 日本の清楽の工尺譜について,基本的なところをまとめておこう。

 「工尺譜」というのは中国伝来の,楽曲のメロディを 「合 四 乙 上 尺 工 凡 六 五 乙」 という漢字の音符で書きとめた楽譜である。

 基音となる楽器によって実際の音は異なるが,ドレミで言うと 「合 四 乙 上 尺 工 凡 六 五 乙」 が 「ソ ラ シ ド レ ミ ファ ソ ラ シ」 にあたり,高いほうの「乙」より上の符には字の左に 「イ(ニンベン)」 を,2オクターブ上には 「彳」 を付ける。
 ちなみに大陸の工尺譜ではこの「シ」にあたる「乙」が低音の 「一」 と高音の 「乙」 に分かれるが,日本の清楽譜では「一」にあたる符字が使われず,「乙」の高低は使用楽器がその音を出せるかどうかと,周辺隣接する音の高低から演奏者が読み取ることになっている。また大陸では「合」より低い符を,最後の一画を斜め下方向にはねることで表すが,これも日本の清楽譜ではほとんど使われない。

 まずは,この音階をあらわす記号的な漢字を 「符字」 と名付けよう。この符字だけをたんに羅列したものを仮に 「白譜」 と名付ける。日本で記された最初期の譜は,そのようにだいたいの音の並びが分かれば演奏できるような人のための,あくまでも備忘録的なものであった。

 続いてこれにフレーズの切れ目を表す 「句点(○/。/、)」 を挿入した 「句点譜」 が生まれる。
 句点の入れられる位置は 「フレーズの切れ目」 であるため,直前の符が長音であることが多いが,この「句点」は耳で聞いた時に 「ここまでが1フレーズ」 と判断される程度のもので,必ずしも音をのばす位置を表しているものではない。

 そのためある譜では 「尺。工。上尺工。」 とされている同じところが,別の譜では 「尺工。上尺。工」 となっているようなことがしばしばある。どこまでを一気に弾くか,どこで切るかというあたりは,使用する楽器によっても異なるし,演奏者の技術やクセや嗜好によるところも大きいので句点の位置はかならずしもいつも一定しないのである。
 筆者は曲を再現するときこの 「句点」 を前音に組み込まれる「休符」として処理している。すなわち上例前半の「尺工」がともに全符の長さであったとして,前者の場合は 尺も工もともに2分半+4分の休符とし,後者の場合は工のみを2分半+4分休符とするわけである。

 明治期に印刷された清楽譜は,この句点譜の形式のものが圧倒的に多い。

 白譜・句点譜では音階と音の並びは分かるが,それぞれの音をどれくらい長くしたり短くしたりすれば良いかは分からない。そこでここに,購入した個人が各符の音長を表すための記号を書き入れるようになった。最初に現れたのが符字の間に線を引いて結ぶ 「付線」 である。これが印刷されたものを 「付線譜」 と名付けよう。
 「付線」は当初,符音の間隔が短く 「連続して聞こえる」 位置に付けられることが多かったが,明治後半になると拍点と組み合わせ,より定型的に使用されるようになった。 たとえば 「工 尺 上」 で工尺が4分4分の場合。古い形式では付線があったりなかったりであるが,後期の書き込みでは 「工尺 上」 と必ず付線で結んでいる。

 「フレーズの切れ目」「句点」「音が連続して聞こえる箇所」「付線」。ここまでは東の渓派,西の連山派ともにほぼ共通して使用している形式だが,これ以降,あるいは「付線」と同時に発生したと思われる 「点」による音長の表現方法にはかなりの違いがある。
 形式上の差異はあるものの,筆者はこうして 「付線」 と 「点」 を併記することによって各符の音長を表すに至ったものを一律に 「付点譜」 と呼んでいる。


 連山派は1音の長さが1拍なら点を1つ,2拍なら2つ,と 「傍点」 を付して各符の音長をそれぞれ表す,もっとも分かりやすく単純な方法を採った。欠点としては長い音ほど点が多くなること。手書きの場合は墨が滲んだりなどで却って分かりにくくなることもあるし,また明治時代の印刷技術だと,細かいところがよくかすれたり切れてしまったりで,正確な点の数が分からないような場合も多い。
 さらにこの表記法では,各音の長さの判断が恣意的になりがちである。ある者が「4拍ぶんの長さ」とした音を,別のものは「5拍」と数えるの類で,あくまでも記譜の基準が各符の音長にあるため,全体の拍子との兼ね合いがとれておらず,ある者の記譜では4/4・1小節の2拍目からとなっている音が,別の譜では3拍目からとなるなど,五線譜に直した時に拍子からはずれた不自然な形となることが多い。

 これに対し。どちらが先だったかについてはまだ不明だが,渓派ははじめ長崎派と同じ 「頭点法」 を採用していた。これは言うなれば西洋楽譜でいえば小節の頭にあたる符にのみ点を打ってゆくやりかたである。付線・句点と組み合わせると,これだけでもあるていどの音長関係を指示することが可能だったが,やがてこれを発展させ,邦楽の教授でいうところの 「雨垂れ拍子」 を応用した方法が採られるようになった。

 「雨垂れ拍子」というのは,たとえば手の平で左右の膝を交互にたたきながら拍子をとり,それによって曲中の緩急,音の長短などを指示してゆくやりかたで,三味線の歌本などでも似たようなことをしていることがあるが,教授者の動作を写して,右膝を叩いた時に符の右に点を,左を叩くとき左に点を打ったものである。

    **以下説明画像はクリックで拡大**

 渓派・長崎派におけるこれらの点は「音の長さを表す」と言う意味では,連山派の傍点と同じなものの,連山派がその基準をそれぞれの音の長さそのものに置いているのに対し,渓派はその基準を拍子との相対関係に置いていることから,筆者はこれを「拍子の点」という意味で 「拍点」 と呼び,右に打たれた点を 「オモテ」,左を 「ウラ」 と称している。

 点1つを1拍とするなら,オモテウラ2拍で1小節,2/4拍子となるが,筆者は拍子のオモテウラの別を明らかにするため1つの点を2拍,音符の2分の長さとし,右左オモテウラの2点で1小節の,4/4拍子の譜として再現することが多い。
 この点は通常,単体では符字の斜め上に打たれるが,音がオモテウラの拍子を渡る場合には下のほうに付せられる。これを 「下付点」 と言っている。

 表現上は点が一つ増えただけのはなしながら,これによって渓派の付点譜はより読み解きやすく分かりやすくなった。

 ただ,この渓派の付点法によって表現できるのは,基本的には2/4もしくは4/4の曲のみで,日本の俗曲に多い三拍子の曲など場合は,あらかじめ断りを入れるか,4/4としてそのまま記譜するしかない。
 また全符以上の長い音は拍点を増やすことでいくらでも表現できるが,8分以下の短い音があったり,音長の差が極端な組み合わせがあったりした場合,また2/4もしくは4/4で割り切れないような表現のある場合は指示が難しくなるという傾向があり,より正確に曲調を伝えるため,時として実演奏でのリズムを無視して付点の間隔を変え,全体を引き伸ばして表現する,といった方法が採られることがある。
 たとえば,下の画像は『清風柱礎』「柳雨調」の,それぞれ加点者の異なる2つの付点譜を再現したものだが,

 同じ曲なのに,右と左で付された点の間隔が違っているのが分かるだろう。
 これを4/4拍子,1文字1拍の横書き近世譜に直すと,それぞれ以下のような譜となる。

  尺--工|合--四|仩--四|仩--○|
 [仩-四合|尺--○|尺-尺工|六---|
  五-五六|工--○|五-五六|工--○|
  四合四尺|上--○|尺--上|四--○|
  尺--上|四--○|四-四合|仩-四合|
  工--○|尺--工|合--四|上--四|
  仩--○|](近世譜1 左)
  尺-工-四|仩-四 仩○|[仩四合 尺○|尺尺工 六-|
  五五六 工○|五五六 工○|四合四尺 上○|尺-上 四○|
  尺-上 四○|四四合四合|工○ 尺-工|合-四-四
  仩○]  | (近世譜2 右)


 これは右の付点では8分の短い音が多く,読み解きしにくいところがあるため,左のほうでは拍子の間隔を縮めて,というか,それぞれの音の長さを2倍にして,音と音の関係をより分かりやすくしたのである。
 同様に,たとえば曲中に8分半+16分という,渓派の付点法では表現不可能な組み合わせの箇所があった場合などは,そこを公約数のようにして,それが4分半+8分なり2分半+4分なり,付点によって表現可能で分かりやすい音長関係になるまで,全体を拡大するわけである。

 これは渓派の付点法の基本的な欠陥を補ううえでは実に単純で分かりやすい方法ではあったが,あくまでも読み解き上の便宜的なものであるのに,このせいで実際には軽快で速いテンポなはずの曲が,非常に緩慢な曲であるかのように読み解かれるという弊害も生まれたようである。

 大陸の工尺譜においては(向こうからすれば日本の付点法のほうが似ているわけだが)「板」・「眼」という記号を駆使した付点法で,かなり複雑な曲調をも表現できる高度な方式が発展したが,日本における符音の長さを基準とした連山派・梅園派の形式も,拍子を基準とした渓派の付点法も,どちらも欠陥だらけの不完全なものでとどまり,最後まで洗練され,統一された形式となるには至らなかった。
 そして明治の後半,四竃訥冶らによって,西洋から導入した数字譜の方式を使った改良工尺譜(すでに上出しているが,筆者はこれを 「近世譜」 と呼んでいる)が広まるにおよび,こうした付点による記譜表現法はやがて姿を消し,歴史の蔭に埋もれてしまったのである。


(おわり)


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