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月琴56号 烏夜啼 (5)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴56号 烏夜啼(5)

STEP5 三千世界の暁烏

 ボンド漬けがまた見つかってやンなっちゃいましたが,気を取直して月琴56号,修理を続けます。

 前回はずした半月ですが,よく見ると糸孔の裏がわを浅く刳ってあります。(左画像)糸が出やすいよう,また掛かりやすいようにひと手間したんでしょうね。
 響き線の構造やあちこちの工作の微妙な甘さから見て,この作者さんが,この楽器のことをどれだけ分かって作ってたかには多少の疑念がありますが,こういう細かいところに気配るあたりには好感がもてますね。


 表板のハガレやヒビ割れも埋めましたし,ぜんぜん効いてなかった響き線も交換,棹の修理とフィッティングも済ませちゃってますので,もう内がわに用はねェ。
 胴体を箱に戻しましょう。

 裏板は割れなくベロンと剥がれてくれましたが,戻すのにはこれをどこかで割らなきゃなりません。まあ今回墨書を残すつもりはないので,ど真ん中からまッ二つでもいいンですが,いちおう定跡どおり,中央付近の板の矧ぎ目から切り分けます。
 左右の縁がはみ出すよう,少しだけ間をあけて再接着。
 一晩おいてくっついたところで,細く切り出した桐板をハメ込みます。今回は古い桐箱の蓋に使われてた板を使用。

 これと周縁を削って,そのまま清掃へ。
 表板は何度か水濡れしたらしく,にじんだような痕もあり白ッ茶けてましたが,全体にヨゴレ自体は大したものではなく,表も裏もだいたい一回でキレイになりました。

 裏板の墨書も削っちゃいましたが,記録は取りましたし,まあ大した字でもありませんでしたので。(w)

 続いて胴側を染め直します。
 棹先などに残っている色から見て,この楽器はもとスオウで濃い黒紫で染められていたようです。

 スオウはもともと褪せやすいのもあって,ここらもほとんど木地の色みたいな薄茶色になっちゃってますが,ホオ材ほんらいの木地色は灰緑,これが茶色になってるのは時間による変色だけではなく,もとのスオウ染の影響があるわけですね。
 表裏面板の木口をマスキングして,温めたスオウ液を2度ほどかけます。ミョウバン媒染で赤を発色させてから,亜麻仁油と柿渋で仕上げます。
 棹よりは少し薄めの色にしました。

 糸巻はオリジナルが2本残ってます。
 2本補作しなきゃですが,とりあえず2本あれば,高低の外弦は張れますからね。胴体に棹を挿し,仮糸を結んで半月の位置を確認します。多少傾きやズレはありましたが,だいたい原位置で大丈夫なようです。
 胴側がまだ乾いてないので,縁にマスキングテープ着いたまんまですが,半月を戻しましょう。もちろんボンドじゃなく,ちゃんとニカワづけですよ。(w)

 補作の糸巻はいつものとおり,¥100均のめん棒を削って作ります。最近36cm長のを見つけました----ちょっと前まで使ってたのが33cmしかなくって。修理のための12cmのを2本取ったら,微妙な長さ残ってなんかイヤでしたが,こんどのは1本からまるまる3本取れます。大したことじゃないんですが,なんかキモチいいですネ!
 六角一溝,月琴の糸巻の最も一般的なカタチ。
 何度も書いてますが庵主,この六角に削ったり楽器に合わせたり,染めたりするのは好きなんですよ。
 スオウで赤染,黒ベンガラとオハグロで二次染めして濃い黒紫色に。柿渋と亜麻仁油で色止めしたあと,握りのとこだけ軽くニスをかけて磨きます。


 山口とフレットはオリジナルのが残ってます。
 汚れもひどく,底面にボンドやニカワもこびりついてましたので,重曹水に漬け込んできれいにしときましょう。
 弦を張って当ててみたら,高さ的にも問題がないようですので,これをそのまま使います。
 フレットは6枚残。
 棹上の第3・4フレットが欠損です。
 外弦を張って高さを調べると,第1フレットがすでに高すぎて,糸にかかっちゃうくらいで----低すぎて困ることはしょっちゅうですが,これは逆に珍しい。(w)
 おそらくオリジナルでは,棹の指板面が胴の水平面と面一に近くなってたのを,今回の修理で棹背に傾けたので弦高が下がったからでしょう。
 いくつかのフレットの頭に,糸擦れによる溝がついちゃってますのでかえってちょうどいい。丈の調整のついでに,これも削ってキレイにしちゃいましょうねー。
 3・4フレットは牛骨で補作。
 そのままだと目立っちゃうので,ヤシャブシで軽く染めて目立たないように古色をつけておきます。

 上にも書いたように,棹の設定を若干いじっちゃってますので,音階の資料としてはどれだけの価値があるか分からないのですが,オリジナル位置での音階は以下----

開放
4C4D+74E-204F+124G-64A+245C+335Eb-445F#-47
4G4A+84B-215C+95D-95E+195G+225A+476C#-44

 おっと…「やや正確さに欠ける」どころか,計測上はかなりちゃんとした清楽の音階になりましたね。第3音が20%ほど低いあたりなんてかなり正確。最後の3フレットあたりが少し怪しいですが,第4フレットの5度もほぼ合ってますから,弦楽器の設定としてもきちんとしてます。このところの中で音階では,いちばんキチンとしてたんじゃないかな。
 さてこれを西洋音階に調整,あとはくっつけるだけです。
 工房に着いた時,胴左右のニラミは----

 ----こうなってました。
 日焼け痕も着いてたので,おそらくはこの状態でかなり長いことあったのでしょう。しかしながらここもボンド付けでしたので,もとからこうだったかは分かりません。それに----

 と,よくある方向にしたほうが,なんかやっぱりあずましいですねえ。この位置に直してへっつけましょう。
 バチ布は55号の時に予備で作ったのがちょうどの大きさでしたのでそれを----「荒磯」ですね。おお,偶然ですがけっこう似合うなあ。
 補作の糸巻2本の塗りがまだちょっと生乾きだったんですが,ここまで組み上がったら,もー弾きたくて辛抱たまらんくなりまして。

 2017年10月16日。
 56号「烏夜啼」一気に完成!


 裏板の墨書は消しちゃいましたので,代わりにラベルを。
 ちょっと大きめですので,気に入らなかったらハガしちゃってください。

 さて,試奏----おう,思ってたより遠慮のない響き(w)だなあ。
 かなり音量が出ます。
 胴体構造を徹底的に補強して,接合を密にしたのも良かったみたいです。
 音の胴体が図太くて長いぶん,余韻はさほど強く感じられません。ただ図太い音のなかにずっと 「シーーーン」 と冷たくひそやかな響き線の効果が,音の底,芯の部分のように響き続け,指を離した瞬間,減衰してゆくときにふッっと耳に残ります。
 現状,まだ部材が乾き切ってないので本意気の響きとはいえませんが,それでこれだけ鳴るんだから大したものです。この感じだと,半年ぐらいしたら余韻も伸びてきそうですしね。
 フレットはほとんどオリジナルですが高さに問題なく。低音から高音までほぼフェザータッチ状態。高音部でやや抑えにクセがあり,うまくやらないと少し音がカスれることがありますが,このあたりはちょっとした慣れ。相当姿勢を崩しても,線鳴りが起きにくいですし,基本的にはかなり弾きやすく,使い勝手がいいです。
 内部構造や棹の設定など,作りに少し甘さのある普及品の楽器でしたので,少し手を加えましたが,もともとのデザインもあまり変なクセがなかったし,余裕のある作りだったのが幸いしたみたいですね。

 音質的には野外でもそこそこ響くし,この音ならそんなに音楽を選びません。
 かなり 「使える楽器」 になりました。
 気に入ったら,弾いてやってください。

(おわり)


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