月琴57号 時不知 (2)
![]() STEP2 知らずの森の勇者 ![]() 実のところ。 木の仕事だけでいうならば,初代不識より巧い月琴作家はなンぼでもいるのです。 それでも庵主がこの人の楽器をもちあげるのは,この作家さんが渓派の清楽家でもあるからです。前回も書きましたが,楽譜の出版に関わってたり演奏会を主催したりする,流派内でも幹部クラスの人物だったと思われます。 ごく単純な話ですが----その楽器がどのように弾かれ,どのような音楽を奏でるためのものなのか----それをちゃんと識っているのといないのとでは,同じような材料で同じようなものを作っても,品質には差が出るものです。逆にそういうことをちゃんと識っていなければ,どれほど木工の技術が高くても,その技術が楽器に反映されない,活きてこないですわな。 山形屋とかにもそのケがありますが,「え,そこ?」 みたいなところにやたらと凝ってたり,必要のないところに必要以上のスゴいワザを使ってるわりに,必要なところ大事なところで手を抜いてたり。そんなことですから高井柏葉堂の楽器みたいに,「こんなにカッコ良くて木工も巧いのに…え?…こんな程度の音?」 てなことにもなっちゃうわけですね。当時の月琴の作り手の大半は,おおよそそッちの手合い。流行りの楽器で売れるからという理由で,「よく分からないで」 作ってた,みたいなほうが多かった。 そういう中で。 初代不識は,間違いなく 「ちゃんと分かって作ってる」 一人なわけです。 ただし,彼はかなり背伸びして,ギリギリの技術でギリギリの作業をやってるので,その楽器には 「余裕」 がない----構造的にも音色的にもギリギリのバランスの上に作られた 「ギリギリ楽器」 です。もともとに余裕がないので,引いても削ってもそのぶん前より劣る状態にしかなりませんし,足してもジャマな余分にしかならない。修理は基本的にきっちり前と同じに戻す,のが目標となります。 修理の手始めは内部の清掃から。 内部にたまったホコリやゴミを,硬めの刷毛で落として集めます。こんだけ裏板が食われてましたから,ちょっとカクゴしてたんですが。内部のヨゴレは意外とそれほどじゃありませんでしたね。 予想通りの虫の食べカスや繭の一部のほか,竹の皮部分が一筋出てきました。 月琴で竹が使われるのはフレットくらいなものですが,不識の楽器のフレットは牛骨とか唐木製のが多い----何か工具とか道具についてたものでしょうか。 ついで側板や内桁に残った古いニカワを拭い去ります。 ![]() ![]() ところどころ黒っぽくなってるところが虫食いの痕。虫害はほぼ板のみで,胴材に孔はあけられてませんが,ニカワのついてた接着部を浅く食われた部分です。 ![]() ![]() 続いて月琴の音のイノチ,響き線のお手入れ。 サビは浮いていますが表面的なものなので,Shinexの#400で軽くこすったあと,木工ボンドを塗り,ラップでくるんでサビ落とし。柿渋で黒い酸化膜を作り,ラックニスを軽く刷いて防錆しておきます。 天地の側板に板との部分的な剥離個所がありますので,これを再接着。 月琴は単純な構造の楽器で,この二箇所はその 「背骨」 にあたる部分ですので,まずここを固めておきませんと変なところに変な歪みが出ちゃったりしますから。 虫に食われてのハガレですので,面板周縁の接着部がすこしガタガタになってます。ハガレのスキマに練った木粉粘土をたっぷり押しこんでからニカワを垂らしてぐっちゃぐちゃ揉みこみ,表裏にハミ出てくる余分を掻き取りながら充填接着します。 数日置いて 「背骨」 が固まったところで,表板の構造物の除去。 左右のニラミと扇飾りにバチ皮と半月ですね。 どれもけっこうガッチリ接着されてるんで,いつもより少し手間取りました。 ![]() ![]() そしてそのまま清掃に。いつもだと最後のほうにやる作業ですが,現状,あまりにも真っ黒すぎて,板の継ぎ目も見えません。このままだとこの後の作業に支障が出ちゃいますんで,だいたいのとこ,板目が分かるくらいに………と。 うわあぁあ----板からも,側板からも。エスプレッソコーヒーみたいな色の月琴汁が浮き出てきました。あまりに濃い色で,「これ,ワンチャン,飲めるんでネ?」 と,思わずボウルに口をつけそうになりましたよ(w) ![]() ![]() 糸倉のてっぺん,蓮頭のついてた部分や指板上の接着痕もキレイにこそげ,棹背についていたセロテープらしきもののゲトゲト付着痕も落とします。 ![]() ![]() おお,やっぱりキレイですね----ヨゴレを落とせば傷はなし。糸倉の先っぽから棹なかごまで一木造りの見事な棹があらわれました。 ![]() ![]() 棹は乾燥後,スオウを全体にかけて染め直し。指板も一緒に染めて,ここだけミョウバンとオハグロで黒染めにします。 こういう部分的な染めにもラップが重宝しますね~。 ほどよく発色して乾いたところで,柿渋と亜麻仁油でロウ磨き仕上げ。不識の楽器の木地はナチュラルな感じになってるほうが多いです。 (つづく)
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