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ナゾの清楽器(w)

Shunga01.txt
斗酒庵変テコ清楽器の旅ナゾの清楽器-Ku,Shunga,Shigen-(w)

 「月琴」という楽器が日本で大流行していたのは「文明開化」と呼ばれた明治の御代。幕末期に閉塞していた文化が,開放された諸外国との交流と,激動する世界情勢からの強烈な刺激とで,一気に,爆発的に展開していった時代でもあります。
 それと同時に,いや実際にはそのちょっと前からなんですが,日本から出ていったウキヨエージャポーン(漆工芸品)なんかをきっかけに,向こうでもこの日本という国に対する関心が高まっておりまして,西洋の新聞や雑誌なんかにも時々,日本を紹介する記事が載ったりもしておりました。
 そういう記事の中には当然,その時代にちょうど流行っていた「月琴」や「清楽」についての記事が含まれてたりするわけですな。まあたいがいは,フジヤマー見ながら遊んでた時に,ゲイシャーが弾いてくれたとかいう程度のものなんですが。中にはたまーに,かなりつっこんだ研究や,日本の資料のほうにまるで残ってないような記録が隠れてたりしてるんで,庵主,そっち方面もけっこう調べて回ってます。いや正直,江戸時代の草書体の本よりは,英語やフランス語の資料のほうが解読速いんだよねワタシ。(ちな,庵主の卒論は Mother Goose についてのものでしたし,初めて翻訳した本もアメリカ人の牧師さんが書いた英語の本でした----中国学科出身ですがwww)
 今回はそんな西欧の文献で見つけた楽器のお話----
 ある時,そんなフジヤマーな記事を検索していたら,こんな文章にぶちあたりました。
 ("The Music of Japan" by Arthur Elson :The Musician.1904. より)

ゲッキンはバンジョーに似ているが4弦でネックがとても短い。これもまた象牙もしくは鼈甲製のピックで弾かれる。ゆるく固定されたピアノ線が内部に仕込まれており,それがシャラシャラと鳴って趣のある効果を出すのだ。ゲッキンは主に軽めのしっとりした歌の伴奏に使われているが,ゲンクヮンクーという同類の楽器も同じような流儀で使用される。シゲンもこれらと同じような形状の楽器だが,これにはフレットがない。
*この前にシャミセンの紹介があるので,そのバチからの流れと思われる。

 まあ gekkin(ゲッキン) が「月琴」,genkwan(ゲンクヮン) が「阮咸」だろう,というあたりは問題もなく間違いもないんですが----これらと「お仲間」みたいに書かれてる,この Ku(クー)と Shigen(シゲン),ってなぁに?----清楽器だとしたら,日本の文献ではついぞお見かけしたことがありませんが……

 同じ名前の楽器がこれと同じ順番で,この2年後,1906年に発表された "Japanese Music and Musical Instruments"(by Randolph I.Geare 1906.12 The New England magazine.)にも見えますな。

ゲッキンは「小琵琶」とも「月形琴」とも呼ばれる。日本で最も弾かれている中国楽器である。これから派生した別の中国楽器にゲンクヮンというものもある。小さなプレクトラムで弾くのだが,それには長い絹紐と房飾りが付けられている。ゲッキンとの違いは主にその胴が八角形であることと,棹がとても長いことである。このゲンクヮンに近い楽器としてクーというものもある。胴が円形なのと,華やかに金彩で装飾が施されてているところが異なる。また,より古くから弾かれている楽器にシュンガというものがある。これはプレクトラムではなく指で弦を弾いて弾く……


 中国や日本の文献では「ゲッキンからゲンクヮンが生じた」のではなく「ゲンクヮンがゲッキンになった」のが通説となってますが,まあそもそもが古い文献から牽強付会された根拠のない起源説ですんで気にしない。(w)月琴の異名として "miniature-biwa","moon-shaped koto" というのが紹介されてますねえ----九州だかの博物館で展示品の月琴に「月琵琶」とプレートに書かれてた例があったんですが,ほかで聞かないところをみると案外このあたりをごっちゃにした誤解だったかもですね。"gekkin", "genkwan", "Ku" に続いて Shunga(シュンガ)という,これまた聞きなれない名前の楽器がさらに加わっています。

 さらに探っていくと, James Huneker さんという人の "Melomaniacs"(1902) という,小説やらエッセイやらよーわからん小品集,世界中の楽器が入り乱れて大合奏!みたいなシーンがあるんですが,そこでもこんな一節を見つけました----

Then followed the Biwa, the Gekkin snd its cousin the Genkwan; the Ku, named after the hideous god; the Shunga and its cluttering strings;

これに続くはビワ,ゲッキン,そしてその親戚のゲンクヮン,畏き神の名を襲いしクー,さらにシュンガまたけたたましき弦音響かす…

 おおぅ…いかにもなんか中二病っぽい文章。(w)
 "Ku, named after the hideous god" って----「クー」なんてカミサマ,日本にいたか? ケルトか何かの天空神に,たしかそういう名前の女神さまがいたような気はする。
 ちなみにこの本,いま読んでもイマイチどこが良いのかはよく分からん(すんません)のですが,当時はそこそこに売れて評判になったらしく,人気の役者さんが朗読会で読みあげたりしてるみたいです。
 それはともかく,月琴と阮咸以外の知らない2つの楽器がここにも出てきてますね----しかも順番まで同じ。こいつらはいったいどこから紛れ込んで,月琴やら阮咸やらと同類の楽器みたいな感じになっちゃってるんのだろう----と,似た内容の記事を検索して追跡していったところ,Louise E.Dew という人が1900年に書いた "Musical instruments of Japan" 1900.3 "Music")という記事にたどりつきました。

The ku is an instrument similar to the genkwan, but with a circular body. It differs essentially from all other instruments of its class, being richly ornamented with gold lacquer designs. There are four strings and nine frets, but they are not tuned in pairs like those of the gekkin. The shunga is a very ancient instrument which resembles the kokyu in the construction of its body, but with five frets on a neck slightly shorter than that of the gekkin. It is strung with four strings, one much thicker than the rest. It is played by plucking the strings with the fingers instead of a plectrum. As in the case of the ku the strings are not strung in pairs.
The shigen lies midway between the two groups of instruments----that is, those with frets and those without. In construction it is allied to the gekkin, being somewhat larger, and having an octagon body like the genkwan. It also has the vibrating wire, but no frets.

クー はゲンクヮンと同類の楽器だが,胴体は丸い。ほかの楽器と違って洗練されており,金色のニスによる数多くの装飾で彩られている。4本の弦と9つのフレットを持つが,ゲッキンと違って複弦にはなっていない。 シュンガ は胴体の作りがコキュウに似ているが,非常に古くからある楽器で,ケッキンよりわずかに短い5つのフレットのついたネックを持ち,4本弦だが1本だけがほかより顕著に太くなっている。これはプレクトラムの代わりに指で弾いて演奏される。またこれも Ku 同様,複弦にはなっていない。
シゲン はこの分野におけるフレット楽器とフレットレス楽器の,ちょうど中間にある楽器と言えよう。構造的にはゲッキン ほぼ同じだがやや大きく,胴体はゲンクヮン同様に八角形となっている。ピアノ線の振動体は仕込まれているがフレットを持たない。

 原文と訳文は途中からになってますが。全体の流れからも,この前のゲッキンに関する部分に "miniature-biwa","moon-shaped koto" という異名が記されているあたりからも,Randolph I.Geare さんとかの記事の内容が,ここから引き写されていったものだろうというくらいは容易に想像がつきます。

 しかし,まぁ…ふむ,なるほど…たしかにこの書き方だと確かにクーシュンガシゲンも,「ゲッキンとゲンクヮンの愉快な仲間たち」と読めなくもありませんな。(w)

 しかしながら実のところ,このデュウさんの記事のこの部分は,イギリス人のF.T.ピゴットさんという人の書いた "The Music and Musical Instruments of Japan" (1893)という本からのほぼまるっと引き写し----今風に言うところの「コピペ」なんですね。

  F.T.ピゴットさん(Francis Taylor Piggott 1852-1925)は,法律の専門家として日本に招聘され,伊藤博文の法律顧問,明治憲法の草案作りにも参画した方。音楽やら風俗の研究家としても業績を残しております。
 専門は法律とはいえ,本の内容はけっこう専門的で確か,庵主も以前にさんざ参考にさせてもらったくらいで,そう妙なことは書かんはずだ,と思ってましたので原典を再読してみますると,くだんの箇所には「ビワおよびゲッキンの仲間である以下の楽器についての記述,フランスの M.Kraus の本による----」という但し書きがありました。  「M.Kraus」ってのが「ムッシュー・クラウス」(クラウスさん-フランス人だもんね)だということに気が付かず,頭文字がMの名前ののヒトだと思い込んで多少手間取りました(w)が,明治のころの音楽研究者の「クラウスさん」で,日本について書いてる人,という筋でたどっていきましたら,いたよ,いましたよ,この人,この本ですね。

 Alessandro Kraus(1853-1931)
   "La Musique au Japon" (1st. 1978)

そしてその本をめくっていったところ,巻末の図版に----おおぅ,これは……はじめ記事の中に名前だけ見つけたときは 「"Ku"…"空" かいな?--悟ってどうする! "Shunga" だぁ?--エロい!いやそりゃ"春画"だろ!」 と一人ツッコミ入れるぐらいで,正直「実在する楽器」とすら考えてなかったんですが,図版の中にはたしかにそれらしい楽器の写真が………「クー」「シュンガ」も,いちおう存在してたみたいですね!少なくとも本の中的には。(w)
 名前からも分かる感じではありますが,ちなみにクラウスさんはフィレンツェの生まれ,本はフランスで出されてますが「フランス人」ではなく正確には「イタリア人」ですね。
 この本自体と著者の来歴もちょいと調べましたが,このクラウスさん。親子二代にわたる楽器コレクターで音楽研究家ではありますが,これ以前に実際に日本に来たことがあるわけではないようです。楽器の解説を見ても,沖縄の三線が朝鮮のシャミセンになってたり,「ミンテキ(明笛)」が尺八の類になってたり,どう見ても明らかに日本の楽器じゃなさそうなモノや,ほかで見たことも聞いたこともないような珍楽器が出てきたりと,まぁかなり愉快なところもたくさんありますね。
 シノアズム・ジャポニズム盛んなりし当時西欧の流行に乗ってか,この本は10年ほどの間に10版ほども再刷されてまして,版により図版が少しづつ違ってたりしています。また古い写真なもので図版中の楽器の番号が読み取れない部分も多く,本文の記述と照らし合わせながら楽器の画像を同定していった結果が以下----

 まず Koo(=Ku),全長:110cm。これは沖縄の御座楽で使われ,現在名古屋の徳川美術館に所蔵されている「長線」とほぼ同様の楽器のようです。徳川美術館の楽器は寛政年間に江戸上りの琉球の使節から尾張徳川家に献上されたものですが,さて,こちらはどのような経路で海外に流れたものやら。寸法や全体の形,装飾なども酷似しています。
 庵主はこれを,御座楽にしろ琉球の宮廷楽にしろ,演奏するための楽器として常用されていたものではなく,献上品として----なかば置物・装飾品な贈答品として作られたものではなかったかと考えています。「月琴」でも結婚式の引き出物としてデコったものを贈る例がありますので,あれと同様の意味合いを持つものかと。これはおそらく,古いタイプの「阮咸」(清楽の月琴・阮咸とは関係のない古代楽器)を模したものだと思われます。正倉院に残っているような唐宋時代の「阮咸」は,大陸でも明代にはほとんど滅びていたようなのですが,竹林七賢図などの絵画などに描かれたそういう楽器を,風雅な文人趣味的玩弄物として復元製作した例がいくつか見られ,これらもそうしたものの一つと考えます。
 また「長線」という名前はこの徳川美術館所蔵の楽器以外,文献の上では,大三線--大陸で言うところの「大弦子」(棹の長い大型低音の弦子)を意味する言葉で,琉球使節関連の古図にもそういう楽器として描かれている例が残っています。徳川美術館の楽器はおそらく,オリジナルの箱が破損したかして,間に合わせにサイズの合う「長線」の箱に入れられた,というような事態でもあったのでは?などとも庵主は考えてますよ。

 ちなみに上がクラウスさんの本にある Chosene(=長線)棹の長さだけで1メートル20センチの大物です。ここまで長くはありませんが,同類の楽器は清楽でも使われてました。これは特大ですが,このくらい長いともちろん,腕は棹のてっぺんまで届きません。だいたいの場合は棹の途中にギターのカポタストのような弦枕をしばりつけ,調子を調整して使用します。一人が棹を持ち,もう一人が少し離れて胴のところで弦を弾く,という弾き方もあったようですね。

 つぎに Schounga(=shunga),全長60センチ----あ,こりゃ正直まったく分かりません。(w)ただ少なくとも日本の現行の楽器にこれっぽいものはないようですね。寸法から言っても全体に胡弓みたいな感じですが,月琴か阮咸の壊れた棹を適当な箱胴につっこんだように見え,皮張り胴にこのブリッジとフレットだと,工作的にちゃんと音が出るか,この寸法とフレットそしてバランスで,果たしてまともな演奏が出来るのか,楽器職としては疑問がないでもありません。
 だいたいが Koo にしろこれにしろ,日本語的に名前がおかしい。日本語の語彙の中で一音節の楽器,てのはあんまり例がないですし,Schounga のほうも,音から連想されるのは上にも書いたように「春画」ぐらいなもの。ショグーンがデデイワって名前だったりする世界と近しいものを覚えます。

 そして Schiguene(=shigen),全長90センチ。 名前だけに関して言えばこれはまだ理解が出来ます----おそらくは「四弦」なんでしょうね。これもまた現行の日本の楽器に似たのはありませんが,八角胴の阮咸や月琴に類する楽器を「四弦」とか「四線」と呼ぶ例は琉球の御座楽ほか中国南方の少数民族にもあります。フレットレスになってますが,もとからこの状態だったかについては多少疑問がありますし,もし本来はフレット楽器だったとすると,「碗碗腔月琴」をはじめもしかしたら,と思われる近い楽器はいくつか思いつきます----まぁもっとも,どれも「日本の楽器」でも「清楽器」でもありませんが(w)
 楽器の部分に関する限り,クラウスさんはどうも古物商とか楽器屋の言った事,ほぼ鵜呑みにしてそのまんま書いちゃってるみたいですね。
 庵主が毎度言ってるじゃあないですか!
 古物屋稼業なんてそんなもんなんですから,マトモに信じちゃいけませんよぅ!!と。(^_^:)

 どう考えても調べても,これらのうちのどれ一つ,月琴や阮咸とタメを張れるほどポピュラーな日本の楽器だったとは思えません。もし実際に使われたことがあったとしても,それは個人レベルでどっかの人がたまたま創作しちゃったモノだとか,日本人がどっかの国の珍楽器を入手して一時的に弾いていたとかいう程度じゃないかな。
 そもそも,先に紹介したピゴットさんが「クラウス氏の本に出てくる楽器」とことわりを入れて引用し,文章は原文ほぼそのままの訳で,楽器の具体的な挿絵や写真を入れてないのも,昔読んだ本には出てたけどこげな楽器,実際に日本に来てみたらカゲもカタチもなかったし,周りの誰も知らなんだからだったんじゃないでしょうか。
 今回の一件「ナゾの清楽器」の発生はつまり,こういう経緯だったんでしょうね。

1)ことのはじまりはフランスで A. クラウスさんが「日本の弦楽器」として,

  Koo,Schounga, Guekkine, Schiguene,

  ----という楽器をこの順番で紹介。(1878年)
  この時点では「これはこれにカタチが似てる」とか,同じ図版にいっしょに写ってる,くらいしか関連性はありませんでした。この本の記事を----

2)イギリス人のF.T.ピゴットさんが引用。(1893年)
 ここで楽器の名前が英語読みに変換されます----

   Ku,Shunga,Gekkin,Shigen,

 そしてここで gekkin の後に Genkwan が加わります。
 この時点でもまあ「琵琶および月琴の仲間の楽器」とはしてるものの,月琴と阮咸以外には音楽的な関連性があるようなことは書かれてません。しかし,このピゴットさんの本から----

3)アメリカ人の L.デュウさんが,それをほぼコピペして自分の記事に引用。(1900年)
 ただこの際に,楽器の解説をあちこち削って短縮しちゃったのと「原典がクラウスさんの本」だというあたりを書かなかったのがネックですね。これが原因で----

4)さらにこれがほかの記事でくりかえし引用されるうちに。

   Ku,Shunga,Gekkin,Genkwan,Shigen,

 という5つの楽器が,いつの間にか「月琴・阮咸と愉快な仲間たち」として,ひとかたまりで一人歩き(変な言い回しw)をしはじめちゃいました。 そして最終的には J.Hunekerさんの小説なんかで,5つの楽器がいっしょくたに,bedlam に(アタマがアレしてるみたいに)大合奏("Melomaniacs" 本文中の表現より w)----なんて事態にもなっちゃったわけですね。

 いやあコピペというものが百年以上むかしからあって,こうして情報に齟齬障害を生み出してるわけですよ。皆さん,ネット上でも軽率なニュース・情報のコピペには,くれぐれもご注意くださいな。
 「月琴や阮咸の仲間」として,見たことも聞いたこともない楽器の名前があげられてる,こりゃ何じゃ?というところからはじまり,これだけのことを確かめるため,庵主は1週間以上の時間(ほぼ毎徹)と資料(フランス語とドイツ語とイタリア語を含む)を2000ページ以上読み飛ばす,という事態に陥りました----原因を作ったクラウスさんとデュウさん----痛くしない!痛くしないから…ちょっとこっちィ来なさい。(と,笑いながら石工用のハンマーを握りしめますwww)
(おわり)

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