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月琴WS@亀戸 2018年2月場所!

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斗酒庵 WS告知 の巻2018.2.24 月琴WS@亀戸 ころきさらぎの月の琴弾け の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 2月場所 のお知らせ-*


 1月は庵主,雪かき帰省のためお休みさせていただきまあす!!

 歳の変わって2018年,第一弾は本年最初の清楽月琴ワークショップは,2月24日,土曜日の開催予定。
 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願い。

 お昼下りの,しるぶぷれ~な開催。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。うちは基本,楽器はお触り自由です。

 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41号と49号の2本の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 月琴の楽譜はHPのほうで常時公開しております。「月の琴>明清楽復元曲一覧」からご自由にDLしてください。
 インストのみの基本楽曲版と歌入り曲の版,2種類。どちらもPDFにしてありますので,モバイル,パッドの類で閲覧するなり,コンビニで印刷するなりしてご使用あれ。


 月琴57号「時不知」は引き続きお嫁入りさき募集中!!
 ご購入をご検討の方はこの機会に試奏してみてください。

 さてさて,昨年は雪かきに帰ったものの庵主のおる間,雪はちィとも降らず,こっちィ戻ったとたんにどばッと降り。役立たずだの何のために帰ってきただの(w)言われましたが今季はどうなるか。
 帰って来たら少し暖かくなってるといいなあ~。ではみなさん来月までお元気で!!

ナゾの清楽器(w)3

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斗酒庵変テコ清楽器の旅ナゾの清楽器3-3つの Gekkin-(w)

 Alessandro Kraus "La Musique au Japon"(1878)初版には,
 「Guekkine(月琴)」と称する楽器が,3種類も紹介されています。
 まずはクラウスさんの解説をうかがいましょ----

Guekkine fig.13
月琴属の楽器は人気があり,我々のギターと同じくらい広く爪弾かれている。もとは中国から渡ってきたもので,fig.13 に示した細長い4本弦の「ゲッキン」は,中国のピパに似た形状だが,内部には弦音に共鳴するような鉄片が仕込まれており,寸法も異なる。フレットも8枚しかなく,4枚がネック上,残り4枚が共鳴胴の上に配置されている。この4弦の「月琴」は全長655,横幅は最大で223,最大厚は36,複弦で,ナットからブリッジまでの弦長は430。中国の楽器がだいたいみなそうであるように,糸倉頂上にはとても大きな飾りがついている。

Guekkine fig.11 
 fig.11 に示した円形胴の「ゲッキン」は,胴内にリゾネーターが仕込まれており,形も中国のものとほとんど同じだが,フレットは8枚しかなく,棹もやや長くなっている。共鳴胴は円形で,三日月形の装飾が2つ付けられており,直径は350,厚みは36,楽器全体の長さは670,ナットからブリッジまでの弦長は430である。
 中国からはこのユエチン(Yne-Kin),日本でいうところのゲッキンという名前の起源が2説伝わっている。
 その一つは,中国の武則天の時代(684-705 AD)に,蜀の男が墓の中で,銅で作られた誰も知らない弦楽器を見つけ,月のように丸かったので,「月の琴」-すなわち「ユエチン」と名付け,その楽器を元に木で作ったものがはじまりだというもの。
 別の伝説によると,それは「竹林の七賢」の一人として有名な阮咸(Ynen-hien)の墓の中で発見された,テラコッタのギターに由来するとされる。日本のゲッキンはその偉大なる男の名前を継いだ楽器で,誉あるその名のもとに,単なる弦楽器としての域を越え,偉大なる音楽器として愛されるに到ったのだという。

Guekkine fig.12
 fig.12,6弦の「ゲッキン」は,ひとつ前に述べたゲッキンとほぼ同じで,弦が6本あるところのみ異なっている。6本の弦は3つのペアになっており,フレットは棹に8つと共鳴胴に8つ,つごう16配置されている。全長は745ミリ,ナットからブリッジまで間隔(有効弦長)は466ミリである。

  **原書p.70-72より 庵主訳出**

 いちばん左の「ゲッキン」は----うん,まぁこりゃ,わたしたちの知ってる「月琴」ですね。ニラミが三日月になってますが,これはおそらく琵琶の半月(三日月型ですがこう言う--メンドくさいww)をへっつけたものでしょう。
 大昔の西洋の本や和漢三才図会に載ってる「月琴という名前の楽器」あるいは「月琴みたいな楽器」に,こういう琵琶風のサウンドホールのついてるものがありますので,古物屋としてはそういうモノに近づけたかったのかもしれません----「ぜんぜん知らない楽器」より,「ほらこれ…この古い本に載ってる楽器がコレですぜ!」の,ほうが高く売れますので,ぐえっへっへ。(元古物屋小僧,悪い顔をする)

 真ん中の琵琶型楽器は,サイズ的にも見かけ的にも中国で弾かれている「柳琴」に似てますが,このころの柳琴は2弦か3弦の楽器だったようなので,4弦2コースというあたりに少し疑問はありますが。フレットが8枚で配置も月琴と同じになってるとこから見ると,それこそ当時の柳琴か子供用の琵琶を改造したものかもしれませんね。

 6弦の月琴については詳細不明。6弦3コースですから三味線の複弦みたいな感じでしょうか,あるいは唐琵琶の低音側3本,C/F/Gみたいになってたかもしれません。
 『音楽取調成績申報書』(明17 p.307)に,今の文部省にあたるお役所が,月琴を改造して教育楽器とするとし「其絃数ニ一絃ヲ加ヘ」た楽器を作ってみた,とか書いてあります。図面も実物もお目にかかったことがないので,この楽器以上にナゾではあるのですが,これが1単弦を付与して5弦にしたではなく,1コースを加えて6弦にしたのだったらこの類に当るかもしれません。
 そのほかこちらがわの資料に,これに該当するような楽器は見当たりませんが,8弦の楽器だと「雲琴」というものが,いくつかの楽譜集の口絵に見えます。明治のころに考案された楽器で,要は月琴を複弦化して大きくした,みたいなもののようですが,実物にはいまだお目にかかったことがなく,文献上もこれが演奏に使われたというような記事は見つからないので,試作されたていどか,あるいは絵図上のお餅楽器だったのかも。

 ピゴットさんは自説として 箏>月琴>琵琶 という発展図を描いていたようで,箏>月琴 の中間楽器として前回紹介した "Nichin" をあげてます。さてこの fig.13 の楽器あたりなんかは 月琴>琵琶 のミッシング・リングとして最適と思われますが,どうやら?(そこまで精読してないので不明ww)
 また上に紹介したように,クラウスさんの本には 阮咸>月琴 という通説は出てくるものの,楽器の「阮咸」それ自体については触れられていません。図もないので持ってなかったのでしょう。一方,前々回のお話でも少し触れたように,ピゴットさんの本ではこの「阮咸(Genkwan)」が,Gekkin,Ku,Shunga,Shigen という「月琴とその愉快な仲間たち」に加えられているわけですが,彼はこれを通説とは逆に 「月琴から派生した楽器」 として紹介していますね。
 まあ当時の流行具合を考え,また清楽において月琴がメイン楽器とされていたことからも,こっちを主体と考えたのでしょう。中国の文献において,この八角胴長棹の楽器が「阮咸」と書かれている例は寡聞にして知りませんが,日本でこの楽器が「阮咸」の名で呼ばれたのは「清」楽の前の「明」楽で,この楽器が「月琴」と呼ばれていたことに起因するものでしょう。日本における明楽の成立自体は,明という国がぶッ潰れてからずいぶんと過ぎたあたりなので,これは別段「明代にこの楽器が月琴と呼ばれていた」ことを指すわけではなく,明楽の連中が当時たまたま手に入った清の楽器を使ったという程度のことだと,庵主は考えています。前々回も書きましたが,清の乾隆年間(18世紀)くらいまで,少なくとも清朝宮廷内で「月琴」というのは,モンゴル音楽に使われていたこの八角胴長棹の楽器でしたので。
 清楽の連中はまあそういう歴史的なことに関係なく,類書・文献からの牽強付会で「(唐宋の時代の)阮咸は月琴とも呼ばれた」というあたりから,「阮咸は月琴の古称である」>「月琴の前に月琴だった楽器だから阮咸」 みたいにつなげていったのだと思います。ほかに適当および的確な起源説が見つからなかったとはいえ,けっこうな有名人までこれを提唱したもんですから,馬琴さん周辺のなんでも学者さん以外はその通説に疑問も持たなかったんでしょうなあ。
 阮咸>月琴 説への反駁については以下等も合わせてご笑覧ください,にゃむにゃむ----
 月琴の起源について(1)~(3)「阮咸編」
(おわり)

ナゾの清楽器(w)2

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斗酒庵変テコ清楽器の旅ナゾの清楽器2-Nichin-(w)

 さて,西洋資料珍楽器の旅は続きます。
 まあ,今回の楽器は正確にはぜんぜん「清楽器」じゃあありませんが,「月琴」に関わってきちゃった楽器なもので,とりまご紹介をと。
 前回も紹介した明治のお雇い外国人,法律家の F.T.ピゴットさんの本に,こんな一節があります。

 The Gekkin may have preceded the Biwa, but the dates vouchsafed to us by the books do not afford any reliable guide: the only visible link between the two groups is the circular Koto, the Nichin, which very probably suggested the circular body of the Gekkin.

 月琴は琵琶より古いものなのかもしれないが,その年代を書中に見つけようにもよい参考書がない。見た目だけから言えば,月琴を暗示させる丸い胴を持っている "Nichin" が,唯一その琴と琵琶の二つのグループをつなぐものである可能性がきわめて高い。

 "The Music of the Japanese" (1893 F.T.Piggott)p.165 'Japanese musical instruments'より

 薩摩琵琶や筑前琵琶に関しては,その楽器としての完成は,月琴の渡来時期よりも後になりますので,「月琴のほうが古い」という説は当ってます----楽琵琶とか平家琵琶だと負けるけどね~。前にも書きましたが,いまわたしたちが「月琴」と呼んでいる,棹が短くて円形胴の楽器が確認できるのは,どう早く見積もっても17世紀か18世紀以降にしかなりません。唐宋のころの「阮咸」から「月琴」が派生した,なんちゅうのは,どこぞの三流文人あたりがひねくりだした牽強付会の駄法螺でしかありませんし,だいたい清朝の宮廷では,乾隆年間にはまだ「月琴」というと,清楽で「阮咸」大陸で「双清」と呼ばれている長棹八角胴の楽器でしたしね。
 日本の楽器はさまざまな地方からの寄せ集めみたいなものですから,AがBになってCが出来るみたいな系統進化はありませんし,そもそもボックス・ハープである箏とリュート属の琵琶,そしてスパイク・リュートの仲間である月琴は,その起源も系統も全く異なるものであって一元的には解釈できないものではあるのですが----

 ま,そのあたりは今回置いときまして。
 上に引いたピゴットさんの文にある "Nichin" という楽器がこれです----

 fig.24 の "Nichine" は円形のプサルテリーに属する楽器で,様々な太さで色の違う6本の弦が張られている。第1弦は,他のものよりずっと太く,黄色で,力強い低音を発し,2弦は薄い青,5弦は黒く6弦は白である。これらの6本の弦は,木製のペグに取り付けられ,32センチ離れた2本のブリッジを通過している。このペグは小さな木製のキーで回すことによって調弦される。"Nichine" は直径39センチ,その側面の高さは4センチである。
 内部には小さな鉄片が仕込まれている。この鉄片の仕掛けは日本の楽器では一般的に見られ,楽器を揺さぶって音を出すのに使われる。

"La Musique au Japon" by Alessandro Kraus
  1st.1878 p.67-68 より訳出。

 ピゴットさん,この楽器を「琵琶・月琴属と箏をつなぐミッシング・リング」みたいな扱いで,ほか2箇所ほどにも類証で使ってるんですが----

 いやこれ,どうみても壊れた月琴の胴体を使った,リサイクル楽器ですよね?(汗)

 フランス語の "Nichine" が英語で "Nichin" になったわけですが,もとは「二琴」ですかね「日琴」ですかね,あるいは中国語で「あなたの琴(ni-chin)」と言っているのかも知れませんが,庵主的には2番目の「日琴」を推します----「月」琴から作ったので「日」琴,出まかせ的には申し分ない(w)まあ,いまの普通語(中国語)で「r」ではじまる発音を,西洋では昔「j」もしくは「n」で表記していたこともあるので,中国語で「日琴(ri-qin)」そのまんまかもしれません。前回も書いたように,クラウスさんのこの本には,これもふくめて本当に「日本の楽器」なのかどうかがアヤしいものもかなり含まれてますからね。
 青い糸はたしか八雲琴で使われますね。黒ってのは何かな?八雲琴には紺・緑という組み合わせもあったようなので,片方が色薄くなればそれかも。黄色は琵琶でも三味でもお琴でも,白は月琴でしょうかね。庵主はお三味の黄色い弦を使ってますが,むかし売られていた専用弦は白だったようです。おそらくはこのお糸からして寄せ集めだったのでしょう。
 またこの粗い画像からでも,フレットか半月の剥離痕じゃないかというような箇所が,上下ブリッジのあたりに見られますしね。
 直径が39センチ,というあたりが月琴の標準を超えてる(ふつうは35~6センチ)んですが,画像をもとに,ブリッジ間を32センチとして計算してみますと,どうやってもそんなに大きくはならない。むしろ36センチくらいですので,この部分は植字工が数字の上下ひっくり返しちゃったのかもしれません(w)胴の厚み4センチは月琴の胴の標準的なサイズです。
 だいたいが胴体内部に響き線----クラウスさんは「日本の楽器では一般的」とかほざいておりますが,そうでないのはみなさんお分かりの事(ですよね)。そもそもこの「響き線」という内部構造は,当時流行っていた清楽の楽器,とくにその国産楽器では一般的な仕掛けだったのですが,ほかの和楽器にはたいして波及していません。前に書きましたが,日本ではメイン楽器の月琴に仕込まれてたもので,日本の職人さんが勝手にほかの楽器にもぶッこんじゃったようなのですが,この構造をもつのは中国でも月琴くらいで,阮咸にあたる双清や弦子には仕込まれていません。

 前から思ってたんですが……いやあ,音楽とか楽器の研究者さんって,ゲージツに関わってるだけにみんな純情なんだなあ----と,汚れちまった悲しみにどッぷりと漬かっている元古物屋小僧の文献系研究者は,しみじみ思ったのでした。(w)
(おわり)

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