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ナゾの清楽器(w)3

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斗酒庵変テコ清楽器の旅ナゾの清楽器3-3つの Gekkin-(w)

 Alessandro Kraus "La Musique au Japon"(1878)初版には,
 「Guekkine(月琴)」と称する楽器が,3種類も紹介されています。
 まずはクラウスさんの解説をうかがいましょ----

Guekkine fig.13
月琴属の楽器は人気があり,我々のギターと同じくらい広く爪弾かれている。もとは中国から渡ってきたもので,fig.13 に示した細長い4本弦の「ゲッキン」は,中国のピパに似た形状だが,内部には弦音に共鳴するような鉄片が仕込まれており,寸法も異なる。フレットも8枚しかなく,4枚がネック上,残り4枚が共鳴胴の上に配置されている。この4弦の「月琴」は全長655,横幅は最大で223,最大厚は36,複弦で,ナットからブリッジまでの弦長は430。中国の楽器がだいたいみなそうであるように,糸倉頂上にはとても大きな飾りがついている。

Guekkine fig.11 
 fig.11 に示した円形胴の「ゲッキン」は,胴内にリゾネーターが仕込まれており,形も中国のものとほとんど同じだが,フレットは8枚しかなく,棹もやや長くなっている。共鳴胴は円形で,三日月形の装飾が2つ付けられており,直径は350,厚みは36,楽器全体の長さは670,ナットからブリッジまでの弦長は430である。
 中国からはこのユエチン(Yne-Kin),日本でいうところのゲッキンという名前の起源が2説伝わっている。
 その一つは,中国の武則天の時代(684-705 AD)に,蜀の男が墓の中で,銅で作られた誰も知らない弦楽器を見つけ,月のように丸かったので,「月の琴」-すなわち「ユエチン」と名付け,その楽器を元に木で作ったものがはじまりだというもの。
 別の伝説によると,それは「竹林の七賢」の一人として有名な阮咸(Ynen-hien)の墓の中で発見された,テラコッタのギターに由来するとされる。日本のゲッキンはその偉大なる男の名前を継いだ楽器で,誉あるその名のもとに,単なる弦楽器としての域を越え,偉大なる音楽器として愛されるに到ったのだという。

Guekkine fig.12
 fig.12,6弦の「ゲッキン」は,ひとつ前に述べたゲッキンとほぼ同じで,弦が6本あるところのみ異なっている。6本の弦は3つのペアになっており,フレットは棹に8つと共鳴胴に8つ,つごう16配置されている。全長は745ミリ,ナットからブリッジまで間隔(有効弦長)は466ミリである。

  **原書p.70-72より 庵主訳出**

 いちばん左の「ゲッキン」は----うん,まぁこりゃ,わたしたちの知ってる「月琴」ですね。ニラミが三日月になってますが,これはおそらく琵琶の半月(三日月型ですがこう言う--メンドくさいww)をへっつけたものでしょう。
 大昔の西洋の本や和漢三才図会に載ってる「月琴という名前の楽器」あるいは「月琴みたいな楽器」に,こういう琵琶風のサウンドホールのついてるものがありますので,古物屋としてはそういうモノに近づけたかったのかもしれません----「ぜんぜん知らない楽器」より,「ほらこれ…この古い本に載ってる楽器がコレですぜ!」の,ほうが高く売れますので,ぐえっへっへ。(元古物屋小僧,悪い顔をする)

 真ん中の琵琶型楽器は,サイズ的にも見かけ的にも中国で弾かれている「柳琴」に似てますが,このころの柳琴は2弦か3弦の楽器だったようなので,4弦2コースというあたりに少し疑問はありますが。フレットが8枚で配置も月琴と同じになってるとこから見ると,それこそ当時の柳琴か子供用の琵琶を改造したものかもしれませんね。

 6弦の月琴については詳細不明。6弦3コースですから三味線の複弦みたいな感じでしょうか,あるいは唐琵琶の低音側3本,C/F/Gみたいになってたかもしれません。
 『音楽取調成績申報書』(明17 p.307)に,今の文部省にあたるお役所が,月琴を改造して教育楽器とするとし「其絃数ニ一絃ヲ加ヘ」た楽器を作ってみた,とか書いてあります。図面も実物もお目にかかったことがないので,この楽器以上にナゾではあるのですが,これが1単弦を付与して5弦にしたではなく,1コースを加えて6弦にしたのだったらこの類に当るかもしれません。
 そのほかこちらがわの資料に,これに該当するような楽器は見当たりませんが,8弦の楽器だと「雲琴」というものが,いくつかの楽譜集の口絵に見えます。明治のころに考案された楽器で,要は月琴を複弦化して大きくした,みたいなもののようですが,実物にはいまだお目にかかったことがなく,文献上もこれが演奏に使われたというような記事は見つからないので,試作されたていどか,あるいは絵図上のお餅楽器だったのかも。

 ピゴットさんは自説として 箏>月琴>琵琶 という発展図を描いていたようで,箏>月琴 の中間楽器として前回紹介した "Nichin" をあげてます。さてこの fig.13 の楽器あたりなんかは 月琴>琵琶 のミッシング・リングとして最適と思われますが,どうやら?(そこまで精読してないので不明ww)
 また上に紹介したように,クラウスさんの本には 阮咸>月琴 という通説は出てくるものの,楽器の「阮咸」それ自体については触れられていません。図もないので持ってなかったのでしょう。一方,前々回のお話でも少し触れたように,ピゴットさんの本ではこの「阮咸(Genkwan)」が,Gekkin,Ku,Shunga,Shigen という「月琴とその愉快な仲間たち」に加えられているわけですが,彼はこれを通説とは逆に 「月琴から派生した楽器」 として紹介していますね。
 まあ当時の流行具合を考え,また清楽において月琴がメイン楽器とされていたことからも,こっちを主体と考えたのでしょう。中国の文献において,この八角胴長棹の楽器が「阮咸」と書かれている例は寡聞にして知りませんが,日本でこの楽器が「阮咸」の名で呼ばれたのは「清」楽の前の「明」楽で,この楽器が「月琴」と呼ばれていたことに起因するものでしょう。日本における明楽の成立自体は,明という国がぶッ潰れてからずいぶんと過ぎたあたりなので,これは別段「明代にこの楽器が月琴と呼ばれていた」ことを指すわけではなく,明楽の連中が当時たまたま手に入った清の楽器を使ったという程度のことだと,庵主は考えています。前々回も書きましたが,清の乾隆年間(18世紀)くらいまで,少なくとも清朝宮廷内で「月琴」というのは,モンゴル音楽に使われていたこの八角胴長棹の楽器でしたので。
 清楽の連中はまあそういう歴史的なことに関係なく,類書・文献からの牽強付会で「(唐宋の時代の)阮咸は月琴とも呼ばれた」というあたりから,「阮咸は月琴の古称である」>「月琴の前に月琴だった楽器だから阮咸」 みたいにつなげていったのだと思います。ほかに適当および的確な起源説が見つからなかったとはいえ,けっこうな有名人までこれを提唱したもんですから,馬琴さん周辺のなんでも学者さん以外はその通説に疑問も持たなかったんでしょうなあ。
 阮咸>月琴 説への反駁については以下等も合わせてご笑覧ください,にゃむにゃむ----
 月琴の起源について(1)~(3)「阮咸編」
(おわり)

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