ナゾの清楽器(w)2
![]() さて,西洋資料珍楽器の旅は続きます。 まあ,今回の楽器は正確にはぜんぜん「清楽器」じゃあありませんが,「月琴」に関わってきちゃった楽器なもので,とりまご紹介をと。 前回も紹介した明治のお雇い外国人,法律家の F.T.ピゴットさんの本に,こんな一節があります。
The Gekkin may have preceded the Biwa, but the dates vouchsafed to us by the books do not afford any reliable guide: the only visible link between the two groups is the circular Koto, the Nichin, which very probably suggested the circular body of the Gekkin. 月琴は琵琶より古いものなのかもしれないが,その年代を書中に見つけようにもよい参考書がない。見た目だけから言えば,月琴を暗示させる丸い胴を持っている "Nichin" が,唯一その琴と琵琶の二つのグループをつなぐものである可能性がきわめて高い。 "The Music of the Japanese" (1893 F.T.Piggott)p.165 'Japanese musical instruments'より 薩摩琵琶や筑前琵琶に関しては,その楽器としての完成は,月琴の渡来時期よりも後になりますので,「月琴のほうが古い」という説は当ってます----楽琵琶とか平家琵琶だと負けるけどね~。前にも書きましたが,いまわたしたちが「月琴」と呼んでいる,棹が短くて円形胴の楽器が確認できるのは,どう早く見積もっても17世紀か18世紀以降にしかなりません。唐宋のころの「阮咸」から「月琴」が派生した,なんちゅうのは,どこぞの三流文人あたりがひねくりだした牽強付会の駄法螺でしかありませんし,だいたい清朝の宮廷では,乾隆年間にはまだ「月琴」というと,清楽で「阮咸」大陸で「双清」と呼ばれている長棹八角胴の楽器でしたしね。 日本の楽器はさまざまな地方からの寄せ集めみたいなものですから,AがBになってCが出来るみたいな系統進化はありませんし,そもそもボックス・ハープである箏とリュート属の琵琶,そしてスパイク・リュートの仲間である月琴は,その起源も系統も全く異なるものであって一元的には解釈できないものではあるのですが---- ま,そのあたりは今回置いときまして。 上に引いたピゴットさんの文にある "Nichin" という楽器がこれです---- ![]()
fig.24 の "Nichine" は円形のプサルテリーに属する楽器で,様々な太さで色の違う6本の弦が張られている。第1弦は,他のものよりずっと太く,黄色で,力強い低音を発し,2弦は薄い青,5弦は黒く6弦は白である。これらの6本の弦は,木製のペグに取り付けられ,32センチ離れた2本のブリッジを通過している。このペグは小さな木製のキーで回すことによって調弦される。"Nichine" は直径39センチ,その側面の高さは4センチである。 内部には小さな鉄片が仕込まれている。この鉄片の仕掛けは日本の楽器では一般的に見られ,楽器を揺さぶって音を出すのに使われる。 "La Musique au Japon" by Alessandro Kraus 1st.1878 p.67-68 より訳出。 ピゴットさん,この楽器を「琵琶・月琴属と箏をつなぐミッシング・リング」みたいな扱いで,ほか2箇所ほどにも類証で使ってるんですが---- いやこれ,どうみても壊れた月琴の胴体を使った,リサイクル楽器ですよね?(汗) フランス語の "Nichine" が英語で "Nichin" になったわけですが,もとは「二琴」ですかね「日琴」ですかね,あるいは中国語で「あなたの琴(ni-chin)」と言っているのかも知れませんが,庵主的には2番目の「日琴」を推します----「月」琴から作ったので「日」琴,出まかせ的には申し分ない(w)まあ,いまの普通語(中国語)で「r」ではじまる発音を,西洋では昔「j」もしくは「n」で表記していたこともあるので,中国語で「日琴(ri-qin)」そのまんまかもしれません。前回も書いたように,クラウスさんのこの本には,これもふくめて本当に「日本の楽器」なのかどうかがアヤしいものもかなり含まれてますからね。 青い糸はたしか八雲琴で使われますね。黒ってのは何かな?八雲琴には紺・緑という組み合わせもあったようなので,片方が色薄くなればそれかも。黄色は琵琶でも三味でもお琴でも,白は月琴でしょうかね。庵主はお三味の黄色い弦を使ってますが,むかし売られていた専用弦は白だったようです。おそらくはこのお糸からして寄せ集めだったのでしょう。 またこの粗い画像からでも,フレットか半月の剥離痕じゃないかというような箇所が,上下ブリッジのあたりに見られますしね。 直径が39センチ,というあたりが月琴の標準を超えてる(ふつうは35~6センチ)んですが,画像をもとに,ブリッジ間を32センチとして計算してみますと,どうやってもそんなに大きくはならない。むしろ36センチくらいですので,この部分は植字工が数字の上下ひっくり返しちゃったのかもしれません(w)胴の厚み4センチは月琴の胴の標準的なサイズです。 だいたいが胴体内部に響き線----クラウスさんは「日本の楽器では一般的」とかほざいておりますが,そうでないのはみなさんお分かりの事(ですよね)。そもそもこの「響き線」という内部構造は,当時流行っていた清楽の楽器,とくにその国産楽器では一般的な仕掛けだったのですが,ほかの和楽器にはたいして波及していません。前に書きましたが,日本ではメイン楽器の月琴に仕込まれてたもので,日本の職人さんが勝手にほかの楽器にもぶッこんじゃったようなのですが,この構造をもつのは中国でも月琴くらいで,阮咸にあたる双清や弦子には仕込まれていません。 前から思ってたんですが……いやあ,音楽とか楽器の研究者さんって,ゲージツに関わってるだけにみんな純情なんだなあ----と,汚れちまった悲しみにどッぷりと漬かっている元古物屋小僧の文献系研究者は,しみじみ思ったのでした。(w)
(おわり)
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