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月琴ぼたんちゃん(再)1

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斗酒庵 年末修理編 の巻2018.3~ 唐木屋月琴ぼたんちゃん(再)1

RE:STEP1 唐獅子牡丹の帰還

 …ぼたんちゃんが帰ってきました。

 春先で発情中の黒い猫に,運搬途中で破壊されたもよう。へ(TДT)/ウワーン
 春先はあちらもいろいろあって,猫の手も借りたい状況なのでしょう。いままで黒い猫がうちの楽器ぶッ壊した事案も,おおむねこの3~5月に集中しております。みなさまもお気をつけて。(w)

 送り主さんが,分解しないでそのまま送っちゃったのも原因の一つですね。

 月琴という楽器は単純な構造なのでそう滅多に壊れることはなく,庵主なんかふだん,薄い綿入れのスッポン袋一枚で背負って歩いてますが,そんなのでもそう壊れたことはありません。
 ただ,実家に帰省する際や遠くで演奏のため楽器を送る時には,必ず分解してから箱詰めするようにしています。月琴は三味線と同じ「スパイクリュート」,もともと棹と胴体が分解できるようになっています。胴体はもともと衝撃等に強い円形----この楽器でいちばんネックなのはその丸い胴体から突き出た棹(ネック)の部分なわけですが,その棹も糸巻をはずしてしまえば短い角材みたいなもの。重ねてのっければ,ほとんど胴体だけの大きさにまとまります。あとはプチプチにでも一くるみしとけば,ちょっとやそっとで壊れることはない----荷物のサイズもぐんと小さくなって送料も安くなるし,安全性もずずっと高まるんですね。
 部品の点数もけして多くはありませんから,組み立てもさして難しくはありません。
 月琴を遠くに輸送するときは,ちょっと面倒でも分解いたしましょう。

 さて----主なる破損個所はここ。
 棹が根元からボッキリ逝っております。

 どっかにぶつけた衝撃で延長材が折れたりはずれたり,ってのはけっこうあるんですが----まあ,ちょっとふつうは考えられない壊れかたですね。おそらくは,斜めにたてかけて置いていたところで,棹と胴体の接合部,やや胴体寄りのところに,かなりの重量物(10kg以上30kg未満)を真上30センチ以上から落とし,さらに右回りで固い床に転がった,ってとこかな。

 棹の損傷はかなりなものですが,サイワイに,と言うか何と言うか----前回の修理で棹口を補強していたおかげで,この程度で済んだ----とも言えそうです。棹基部はほぼ完全に破壊されてますが,棹本体の損傷はあと,一番上の糸巻,太いほうの軸孔に小圧痕,山口とフレット2枚が吹っ飛んでるくらいで,糸倉も割れてなければ棹本体にヒビも入っていません。
 胴体下部,地の側板と裏板に少しハガレがありますが,これは今回の損傷によるものか,経年の劣化もしくは前回の庵主の作業のマズさによるものか不明。
 あとは棹口の表板がわに少しヒビが入ってますが,もともとここは割れていたところ。その割れの補修自体に損壊はなく,破壊の衝撃で棹口の角が少しめくれちゃってる程度。
 そのほかは胴体にも棹にも目立った損傷はありません。黒猫だけに猫パンチなみにピンポイントな暴行だったようですね。

 まあ,ただ外見だけ元のカタチに戻すのなら,棹基部にニカワを塗っておッたてとくだけで済みますし。これをこの楽器の寿命として後はお飾りにするつもりなら,もとの基部部分に穴掘って角材を継ぐくらいの簡単な修理でも構わない,とは思いますが,この後も楽器として使い続けるためには,多少の見栄えは犠牲にしても,より頑丈な直しかたをしてあげたほうが良いでしょう。

 棹基部を三方から切り貫きます。
 ちょうど「T」の字を上下ひっくり返したカタチ。ほんとは十字にしたいところなンですが,指板がわは薄い唐木の板で覆われてますし,そちらを傷つけると誤魔化すのがタイヘン(w)なので。

 ここにオリジナルと同じホオの木で作った補材をハメこんでゆくわけですが,ただ逆「T」字に貫くのではなく段差をつけ,棹本体と補材が複雑に,よりしっかりと噛合うようにしてあります----とはいえ庵主,人間国宝の宮大工さんみたいな一発整形は持ってませんので,これはこれでタイヘン(泣)時間をかけて慎重に,あちこち少しづつ削りながら,なるべくキッチリ,無駄なくすきまなく組み合わさるように調整してゆきました。

 ふぅ----なんとか失敗することなく補材が完成しました。これを接着します。
 「壊れるべきところから壊れた」場合と違って,このように本来壊れるべきところではないところから壊れたものの修理は難しいものです。伝統的な修理法というものは基本的に「壊れるべきところから壊れた」場合を前提にしていますので,対応できない,もしくは難しいことも多いですね。
 ここはこの楽器でもいちばん力のかかる箇所のひとつ。また,もともと「壊れなくてもいいところ」でもありますので,接着にはニカワじゃなく,より強力で頑丈なエポキを使わせてもらいましょう。

 まずは練ったエポキを少量のエタノールで緩めて,棹本体と補材の接合面に洩れなくたっぷりと塗布。つぎにそこに微細な唐木の粉を混ぜて練ったパテをまぶし,ぎゅぎゅっとつっこみます。エタノで緩めると,木地や細かな凸凹への浸透が良くなりますが,完全に硬化するまでの時間が長くなるので,このまんま用心のため1~2晩置きます。
 カッチリ固まったところで整形。
 ま新しい補材の色が違うところは当然として,この作業で周囲のオリジナル部分も多少巻き込んでしまいましたが,まあしょうがない。

 さらに整形していって…さあ,ちゃんと入るかな?----入りました!

 ですがまだ,段差はあるわ傾きや角度は合ってないわでガタガタです。
 いつも棹と胴体のフィッティングっていうのは,この楽器の修理の中でもいちばん重要で,かついちばんタイヘンな作業なわけです。前の修理の時も三日ぐらいかかりましたが,今回はそこが完全にヤラれて作り直しちゃったわけですから,も~思いっきりマイナスからの出発ですよ。
 さてさて,今度は何日かかるやら。

 棹基部がある程度きっちりおさまるようになったところで,延長材をつけます。
 オリジナルはスギかヒノキといった針葉樹材でしたが,材料箱漁ってたらサイズ的にちょうどいい材が出てきたので,これを使うことにします。たぶんラミンですね----材質的には問題ありません。
 棹基部にV字の切れ込みを入れ,延長材もオリジナルを当てながら整形してゆきます。
 棹本体は楽器の背がわにやや傾きますが,延長材は表板とほぼ平行になっています。ですので,取付けはわずかに角度をつけて接着します。計算が3Dになりますからねえ,庵主にはそれもタイヘン。(w)

(つづく)


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