月琴58号 太清堂(4)
2018.2~ 月琴58号 太清堂 (4)
STEP4 月琴 ataraxia いまのところ。 文献史料上,この楽器の作者「太清堂」につながる手掛かりは発見できておらず。この人がどこの誰様なのかは分かっておりません。 前にも書いたとおり,この10年ちょいで庵主の扱っただけでも4面。ネオクでもいまだにちょいちょい見かけるということは,少なくとも月琴メーカーとしてはけっこうな数を作っていたほうだろうとは思われます。 そもそもの素材や工作,とくにお飾り等のデザイン・センス(w)に色々と問題になるところはあるものの,音を鳴らす道具----楽器としての性能・品質はけして悪くはありません。もっといい材料をふんだんに使い,工作も丁寧,デザインもバッチリなのにクマムシの糞ほども鳴らない楽器ってのも,ふつうにありましたからね。 手掛かりがない,とはいうものの。 修理していていくつか気になる点があり,そこからこの人は,もともとは「楽器の職人」ではなく,何かほかの木製品。たとえば家具とか指物とか,そういうものの作り手であったのではなかろうか,と庵主は推測しておる。 ----たとえばその気になる工作の一つがココ。棹の上端,糸倉にあけられた糸巻の孔,ですね。 三味線などでは,この糸巻の孔をあけるときに「焼き棒」というものを使います。錐などで下孔をあけたところに真っ赤に焼いた太い火箸のような道具を突っ込み,孔を焦がして焼き広げます。大陸の月琴でもこのペグ孔の工作は焼き広げ。前に動画で見た製作工程では,石油缶で火を焚いて焼き棒を熱し,外で作業をしてました。木を一気に焦がすので,けっこう煙とかニオイがパないですからね。 対して,太清堂の楽器の軸孔は,2種類の太さのツボギリで左右から孔をあけただけ。ふつうはツボギリで下孔をあけた後,軸先の形に合わせるために,さらに削るとか焼き棒で整形するとか,どの作家さんも最低そのくらいのことはしているのですが,太清堂の場合は,左右からまっすぐ孔をあけていて,そのツボギリでほじくった痕が,軸孔の内壁にそのまま残っています。 この手の弦楽器を実際に触ったことのある方ならみんな分かってると思いますが。ふつうこういう糸巻,木ペグの先端っていうのは,先細りになってるものなんですね。それをつっこむ孔の方も,それに合わせて形になってるのがふつうです。スッポン孔でも糸巻の孔としての用には足りますが,耐久性や使い勝手のほうから考えると,やっぱり心もとない。 ちなみに13号や,こないだやった54号の作者・山形屋の楽器などでは,細いほうの孔の外がわが逆テーバーに,つまり内がわがせまく,外がわに向かって広くなっている例があります。これは三味線屋さんの工法。三線や三味線は糸巻の先のほうが噛んでいて,握り側のほうは微妙に紙数枚ぶん孔より細くなってるのがふつうなのですね。13号作者は西久保石村近江大掾藤原義治,山形屋の名乗も石村雄蔵,ともに三味線の名工の系統です。作者が三味線を作る人だったら三味線の工法が,琵琶を作る人だったら琵琶の工法が流用されるのが当たり前ですが,太清堂のスッポン貫きは,そもそも「弦楽器」を作る職人さんとしてちょっと考えられない工作(orz)なんですね。 まあ,テーバーのついた糸巻を,スッポン孔に突っ込んでグリグリしてたおかげで。軸孔が圧迫されて,現状孔の方にも少し野生のテーバーがついちゃってる状態ですが,これでは依然,孔の縁付近だけで「受けてる」ってところで,糸巻が安定している状態にはなっていません。いちど埋めたりするほどでもないので,あらためて焼き棒で焼いてわずかに焼き広げし,糸巻・軸先両方を調整しました。糸巻がオリジナルより若干深く入ってしまうようになりましたが,今度はちゃんと「噛合って」ます。 糸巻は欠損1本を補作,2本にネズミがカジカジしちゃった痕がついてますので,ここはエポキで木粉を練ったパテで充填しときます。そうした補修箇所と調整作業で,先端のほうを多少削っちゃいましたのでスオウで染め直し,ぜんぶを同じような色合いにしちゃいましょう。 さて,裏板をつけて胴体を箱にする前に,ここらでひと遊びしておきましょうか。 蓮頭を作ります。 太清堂の月琴はほとんどのものが,飾りのない雲形板の蓮頭を付けています。 それだと再現するにしてもラクでとてもヨロシい(w)のではありますが,今回は欠損部品も少なくほかに遊ぶ所がない。同時期に台湾製のドラゴンヘッドの月琴を修理していますのでその影響---- 龍でも彫りますね。 さすがに全身彫るのはタイヘンですし,獅子やら龍やらちゃっちゃと彫れるほどウデもないので,アタマだけ----前にも書いたと思いますが,ほんらい彫り物には「格」ってもンがありましてな。花なら牡丹,動物なら獅子やら虎やら龍,ってのは一定の技量を越えてないと彫っちゃあアカンようなシロモノなんでさぁ。まあ言うても庵主シロウトですんで,今回は不遜を承知で一丁彫らしていたたぎます。 材料はカツラの板。スオウ染,ミョウバン発色,ベンガラ塗り----この時,ベンガラはワザとムラムラに塗ります。そしてオハグロがけで染め完了。 ベンガラは隠蔽性の高い塗料なので,ベットリ全体に塗っちゃうと下地が消えて,いかにも「塗りました」みたいにぬぼーっとした感じになっちゃうんですね。ベンガラもオハグロも鉄ですが,成分の違いからスオウと反応した時に出る色が微妙に異なります。わざとムラムラに塗って上からオハグロをかけると,そういう色味の違いが現れて,「黒」により深みが増します。 染まった蓮頭はよく乾かして,表面を布で磨き,ラックニスをタンポ塗りして仕上げます。 (つづく)
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