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太清堂5 (2)
太清堂5
2018.3~ 太清堂5 (2)
STEP2 ダンウィッチの月琴館
江戸幕末から明治までの流行期,月琴は本業の楽器職人だけでなく,唐木をあつかう職人や指物師,あるいは手先が器用なだけの素人や趣味人までもが「にわか楽器職人」となって作っていました。
実物の楽器をお手本に作ったものが多いのですが,当初はその楽器自体が輸入品で貴重だったこともあり,伝聞や絵図面だけを頼りに作ったようなこともあったようです。その場合でも,三味線や琵琶などを実際に扱ったことのある人などはまだよいものの,なかには「楽器」というものそれ自体についてちゃんと分かっていないようなヒトもかなりいたようで,国産の初期の倣製月琴では,全体の構造やその内部がすこぶるトンデモなことになっている楽器もけっこう見られます。
注*画像はもちろんウソですが何か?
さて,斗酒庵工房5面目の太清堂。
作業名は「ぽんぽこ」。
胴側がわずかに曲面になっていて全体に丸っこい印象がありましたし……オーナーさんからも文句がきませんでしたので(w)
外がわからできる調査・計測は終わりました。
部品もそろっているし,
一見,異常はなさそう
でしたが,よく調べてみると,面板は表も裏もほぼ全周,
前修理者によるボンド漬け
----ほかにも
「何かしでかしている」
かもしれませんし。そもそもの原作者が
「何をしでかすか分からないヒト(^_^;)」
なので,胴をほぼ完全に分解してのオープン修理,今回も徹底的にヤることとします。
本当は裏からハガしていきたいところなのですが,なぜか主共鳴板である表板に比べて,
裏板のほうがガッチリバッチリ再接着
されてしまっています。対して表板のほうはスキマもありハガレもあり…同じようなボンド接着だと思うんですが,ずいぶんと仕事が粗いですねえ。
今回は表板からハガしてゆくことにいたしましょう。
………うわぁお。(汗)
棹孔から覗いて,いろいろ違和感はあったんですが。
やはりこれ
「わたしの知らない太清堂」
ですね。
胴材はホオ。
最大厚16ミリ。
カヤ材の40号や同じホオの58号や32号はみな13ミリでしたから,3ミリ厚い。唐木屋や山形屋あたりだとホオ材でも1センチくらい,とうぜん薄いほうが量産には向いてるので,この楽器はそのあたりまだあまり考えていないって感じです。
加工工作は丁寧ですね。よく鋸痕が残ってたりする内がわも,軽く均してあります。
きわめて短い棹茎を受けるため,上桁はかなり上寄り。
厚さ1センチくらいある
やや厚めのヒノキかスギの板
です。
ここはよく安い松の粗板なんかをぶッ挿してあることが多いんですが,表裏きれいに加工されてますし質も良い。棹茎の受けのほかに音孔はなく,ほぼただの板状態。
上桁の,表がわから見て右手に響き線の基部があります。
響き線は太い真鍮線
で,上桁の下面から,ぐるっと胴内半周くらいの深い弧を描いてめぐっています。
下桁は……
ねェ! これもう「桁」っていうより添え木とかブレイシングってやつだよね?
位置は胴のほぼ中央,幅9ミリ厚さ4ミリの細板で左右側板に浅く受けを彫り込んで挿しこまれています。細くて薄い部品ですが,この組みつけも意外と凝っていて,
受けの表板がわをわずかにせまく,
台形にして,ちょっとしたことでははずれないようになってますね。
太清堂の内部構造と言うと,一枚桁で2組の響き線,うち一つが
短い直線とスプリング構造
を組み合わせた非常に特徴的なものですが,今回のこの楽器のそれは,これまで見てきたどの楽器とも大きく異なっています。58号や40号よりよほど
初期の作
なのか,あるいは自分の殻を破ろうとした
試作品的楽器
だったのか----うむ,そういえばほかの楽器にはついてた,胴四方,接合部裏の補強材がありませんね。ここが「はずれやすい」ということは,この楽器との付き合いがある程度にならないと分からないことでしょうから,前者,
太清堂初期の作品
なのではいかと思います。
上桁が上のほうにかなり寄り,下桁は表板にへっついてるだけの薄板なので,胴の下部3/4がほぼ
すっぽり大きな共鳴空間
になっています。より大きく響かせたかった,という意図は分かりますが,これって強度的にはどうなんでしょうね?
ふだんの太清堂や大陸の月琴のように,円の中央に桁が位置している場合は,棹茎は長くなりますが,そこにかかる力は棹口と胴中央できれいに分散してゆくと思うのですが,これだと棹茎そのものか,
胴上部のどこかしらに
ピンポイントで余計な負担がかかっちゃうかもしれません----側板の材が厚めなのでたぶん大丈夫かな,とも思いはするんですが,ふだんの月琴のパラレル二枚桁で安定した構造見慣れてますと,なんかバランスが悪く,ずいぶん危なっかしく見えちゃいますね。
工作や形状は異なりますが,この上桁の位置自体は
ベトナムの長棹月琴
(ダン・ングイット)のそれに近いですね。また,この手の半周弧線を桁に取付けるという形式だけで言えば,これは今も作られている中国の伝統的な月琴(通販などで見かける「現代月琴」じゃないやつ)や台湾の短棹月琴などのとほぼ同じです。
ただしあちらの内部構造は1枚桁。桁自体がこちらの下桁のような薄板の中央に,棹受けと響き線の基部となる小板をはさみこんだカタチになっています。そこ考えると太清堂ぽんぽのこの内部構造,ある意味大陸の先を行ってる工作だったかもとか言えちゃうかも。(w)
剥がした痕をキレイにしようとお湯で濡らすと,
たちまちあらわる真白なボンド
----それでもこの表板がわは部分的な点づけに近く,オリジナルのニカワによる接着箇所がけっこう残っておりました。これに対して裏板がわは,ちょっと眺めただけで,側板からも桁からもボンドがはみ出しているのが分かるくらいの
ベットリづけ
………orz
これだけで木工ボンドの小瓶1本使っちゃってるんじゃないかなあ。
四方の接合部にも大量に塗ったくったらしく,
こそいでもこそいでもキリがありません。
胴材が厚いこともワザワイして,どれだけ濡らしても蒸らしてもビクともしません。
三日ほど奮闘しましたが
埒があかないので,裏板に少々傷がつくのを承知で,かなり強引に引ッ剥がし,分解にこぎつけました。
「そんなに頑丈についてたんだから,そのままにしといたら良かったんじゃない?」
----と,ボンドを目の敵にする庵主に知人は言います。
そうじゃないんです。
庵主がオリジナルの部材に傷をつけても,これを取り除こうとするのは
まさにそこが「壊れない」
からなんですよ。
前に何回も書いてますよね。指物屋の親方から教わった名言----
「壊れるべきところから壊れたものは何度でも直して使えるが,
壊れないように作られたものは,壊れたらゴミにしかならない。」
----です。
現代の技術の粋であるボンドや化学的な薬剤での接着は,伝統的な接着剤であるニカワやソクイより手軽で,誰もがカンタンにできるし,頑丈で,ちょっとやそっとのことでは剥がれたり壊れたりしません。
けれどいま修理している楽器は,そんなものがなかった100年以上昔に作られたシロモノです。
今よりもずっと,モノが大事だった時代。
多くのモノは何度でも直して使えるように「壊れることを前提で」作られています。「ここから壊れてくれればちゃんと直せる」というように作られているんですね。そこが「壊れた」からと言って,いまの技術で「壊れないように」してしまった場合,
そのモノが次に壊れた時には
必ず「壊れるべきないところ」が壊れます。そうすると修理は難しくなる,最悪「使えなくなる」わけです。
モノの「寿命」を考えるなら,どちらのモノがより長生きするか,考えるまでもありますまい。作られてから1世紀以上の時を越え,傷つきながらもせっかく庵主のところまでたどりついてくれた楽器です----「今」の不便を考えるより,
楽器の未来をこそ
永らえてあげたい。そう思うのも当然でしょう?
あっちをこそぎこっちを剥がしながら記録をとったため,今回はここでようやくフィールド・ノートが完成です。全体の状態や寸法の詳細などは,こちらをどうぞ。
**クリックで別窓拡大**
真っ赤だな~,真っ赤だな~。
フィールドノートが真っ赤だな~。
ボンドの仕業で真っ赤だな~。
あははははははは…(冬の京都風笑い)
ほぼ一週間を,ボンドとの格闘に費やしました。(怒)
修理はまだ始まってません。
これでようやく「楽器として修理できるように」するための下準備が終わった,というところですね。
(つづく)
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