« 『崎寓漫録』における月琴とその構造 | トップページ | 月琴59号 ぴょんきち(2) »

太清堂5ぽんぽこ (3)

太清堂5
斗酒庵 月琴の喚ぶ声を聞く の巻2018.3~ 太清堂5ぽんぽこ (3)

STEP3 星辰に正しく月琴のかかる刻

 ふんぐるいむぐるうなふくとぅるうるるいえうがふなぐるふたぐんふんぐるいむぐるうなふくとぅるうるるいえうがふなぐるふたぐん,いあ!いあ!……あ,いえ。
 ちょっと邪神さまにお祈りしていただけです。(w)
 いやだなあ,誰も呪ってなんていませんよぉ。(棒読み)

 胴体の接合部という接合部,接着面という接着面にベットリとなすりつけられていた大量の木工ボンドをハガし,削り,こそげとること一週間----ほぼ完全に分解された部材のすべての清掃が,ようやく終了いたしました。
 太清堂ぽんぽこ,これでようやく「修理の入口」のところまでたどりつけたわけですね。

 分解の過程で分かったことから木工ボンド前のこの楽器の状態を推測するに。裏板は周縁ほぼ完全に剥離,表板もごく部分的に接着が残っている程度で,周縁はほとんど同じような状況だったでしょう。天地の側板も剥落寸前,地のほうは一度落ちちゃってたかもしれません。
 まあ,かんたんに言うと「バラバラの一歩手前」くらいだったと思いますね。

 また,棹の胴との接合面となかごの先端にニカワの固まりが付着してたことから,当初は棹が胴に固定されていたのかもしれません。これはおそらく原作者の仕業で,棹茎を短くしすぎて強度が心配になったか,取付け設定のユルさを接着して誤魔化そうと思ったのかもしれません。これもそれそこけっこうな量付いてたようですが,材料のせいか雑だったためか,ほとんど意味をなさずに終わったようです。

 ボンド魔の作業が粗かったおかげで,表板には分解時の損傷がほとんどありませんでした。いくつかのヒビ割レとボンドの下から現れた虫食いを埋めたら,もう次の作業に入れる状態です。

 側板のほうにも虫食いや欠けがありますので,こちらも埋めておきます。板のほうは木粉粘土で充填して緩めたエポキを浸透させるいつもの形式ですが,側板のほうには唐木の粉を直接エポキで練ったより硬質なパテを用います。

 それぞれの補修部分の整形が終わったところで,あらためてきっちり測って新しい中心線を出した表板に側板を接着してゆきます。まずは棹口のある天の側板,続いて地の側板をつけ,楽器の背骨にあたるラインを復活させます。一晩養生させたところで左右の側板。
 四方の接合部が,もっとも段差なく噛合うあたりを微妙に探して左右を接着。この際,薄っぺらの下桁も組み込んでおかなきゃならないあたりが,ふつうの構造じゃないだけちょっと厄介でしたね。しかもこの下桁,かなりしっかりと表板にへっつけなきゃならないので,いろいろと工夫しました(とか言って重し置いただけかよ!ww)

 太清堂,木の仕事の腕前はかなりのもので。この楽器なんて製作後百年以上たち,そのうえおそらくけっこう長い期間バラバラになってたはずなんですが,部材の狂いは縦横1ミリあるかないか。矯正不要,ふつうに組み合わせただけで,ほとんどピッタリとおさまります。素材の選び方や木取りの見立ても巧かったんでしょうね。
 とはいえ,これまで扱ってきた太清堂の楽器と違い,胴四方の接合は最も一般的な木口同士の擦り合わせ接着のみ。胴材が厚めで接着面がやや広いとはいえスキマは出来てしまっています----まずはここから補強してゆくとしましょう。

 ここまでのところ,この側板は板とくっついてるだけで,側板同士は接着されていません。
 胴四方の接合部にニカワを流し込むのと同時に,接合部のスキマに桐板を薄く削いだスペーサを埋め込み,周縁にゴムをかけまわして密着させ,さらに板クランプではさみこんでがっちり固定します。側板が無駄に厚いため,接合部をそれぞれ順番にやっちゃうと,作業中に変な歪みが出ちゃう可能性がありますので。作業は事前に準備調整をじゅうぶんしておき,一気にやってしまいます。

 一昼夜ほど養生させたところでもう一手間。
 お飾りなどのデザイン・センスはちょっとアレ(w)なんですが,太清堂のいつもの楽器には,基本的な木の仕事の部分のほか,ほかの作者がやっていないちょっとした工作など,見るべき良い点がありました。しかしこの楽器はおそらく太清堂の実験的な初期作。そのため,いままで扱ってきた彼の楽器にあったような「いつもの工作」がいくつかありません。
 その一つがコレ。内側に木片を渡して接着する,接合部の補強板ですね。
 今回はとくに側板がかなり分厚いので,庵主がいつもやってる和紙の重ね貼りでは少々不安が残りますし,この接合部の具合如何で楽器の響きがずいぶんと違ってきます。ここは彼の「いつもの工作」でやってしまいましょう----ナニ,原作者がほかでいつもやってたことを施すのですから,そんなに問題はありますまい(w)



 逆に考えますと。
 これまでの楽器で見てきたこの工作,庵主はいつもちょっと大げさだなあと思っていたんですが。これは彼の初期の楽器が,これと同じように分厚い胴材で構成されていたからだったんじゃないでしょうか。
 ここの割れ・剥離はこの楽器でよくある故障の一つです。材が厚いと木口の接着面は大きくなりますが,材自体の収縮も相当なものになるため,完成後にそういう剥離はかえっておこりがちになります。それに懲りた作者が,接合部をよりガッチリ固定する方法としてやるようになったのがこの方法で,作り慣れてきてからのち,コストダウン等の関係で材が薄くなり,ここまでの補強が必要なくなってからも同じ工作を続けていた----そんなとこだったのかもしれません。

 とまれ,太清堂の「いつもの工作」はけっこう雑で,そこらに転がってる端材の小板を,粗材のままテキトウに刻んでへっつけただけ,みたいなもの(^_^;)>なんですが。庵主は彼よりもう少し神経質なので,接着面もきっちり合わせ,接着後にはできるだけ小さく均等に整形しておきますね。

 今回はこんなところで。

(つづく)


« 『崎寓漫録』における月琴とその構造 | トップページ | 月琴59号 ぴょんきち(2) »