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月琴WS@亀戸 2018年6月場所!

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斗酒庵 WS告知 の巻2018.6.23 月琴WS@亀戸 今年の梅雨はどんなかな? の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 6月場所 のお知らせ-*


 2018年,たぶん梅雨入りしてるでしょう6月の清楽月琴ワークショップは,23日,土曜日の開催予定。
 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願い。

 お昼下りの,てろてろ開催。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。うちは基本,楽器はお触り自由です。

 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 さてさて5月からこの暑さ,6月になったらどうなっちゃうんだろう? と日々思う庵主です。
 5月のWSで58号太清堂はお嫁にゆきました~が,57号時不知(石田不識),59号春蛙(山形屋雄蔵)という関東作家の2面がまだ嫁き遅れております(w)興味あります御方は,試奏がてらにでもどうぞ~。

太清堂6らんまる (5)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (5)

STEP5 太清堂かく語りき

 さいきん,ちかくの公園で月琴を弾いてたところ。
 自転車に乗った小学生たちが,
 「お,なんだ,アレなに?!」
 「……バーチャルユーチューバーとかじゃね?」
 という会話をして通り過ぎてゆきました。
 そうか,月琴を弾いてる庵主は
 「ばぁーちゃるゆぅちゅーばー」だったのか。


 ----というわけで(w),太清堂らんまる。

 毎度おなじみ仕上げ工程しゅらしゅしゅしゅに向けて,あっちもこっちも進めてまいります----庵主はAのあとB,BのあとC,という工程より,ABC…が同時進行で進んでいき,最後のほうでイッキに合わさって完成!てのが好きでして。
 たがいにはほとんど関係なく進行していたいろんなことが,合体ロボの変形シーンのように ガキーン!ガシーン! と組み合わさってひとつのものになってゆく過程は爽快感すらあるのですが,毎回,最終工程になると作業が分刻み秒刻みになってちょっと死にかけますです,ハイ(^_^;)

 胴上のニラミ(左右に付く大型の装飾)が片方なくなってます。太清堂にしてはびっくりするほどいいデザイン(w)のお飾りですからね,これはがんばって再現してあげましょう。

 前の記事で書いたように,オリジナルはクスノキの板に彫られています。剥離のため水で濡らす前はもう少し濃い赤茶色をしていましたが,クスノキ本来の色はもっと薄黄色いので,扇飾り同様,スオウで染められているのは間違いありません。
 裏かえすと見える内がわ輪郭部の彫りは 「裏彫り」 といって,木彫で花弁や葉先などを薄く見せる時に使われるテクニック。楽器屋さんなんかは逆にこういうこと知らなかったりするので,ただ板に彫り目を入れただけの平面的なお飾りになってることも多いですね。

 補作はホオの板を使用。残ってるほうのお飾りで型をとり,糸鋸などで輪郭を刻み,オリジナルを見ながら左右逆転で彫りを入れてゆきます。

 こういうの上手い人の彫物は,彫り面に刃物の痕しか残ってないことが多いんですが,太清堂はトクサかヤスリみたいなものも使ってますね。シッポのほうとか,刃痕がほとんど見えずツルンとしてます。
 これを染め,褪色したオリジナルのほうは染め直して,左右と扇飾りが,蓮頭・山口・半月と同じような赤っぽい唐木の色合いになるように調整してゆきます。

 主人公:「うおぉおおおッ!我が "染色力(そめヂカラ)" のすべてを使って,キサマを同じ色に染めてみせるうッ!!」
 敵首領:「バ…馬鹿なッ!… "染色力" 2000,だとッ!」
 主人公:「…うおぉおおおッ!!」

 (「染色戦士ステインマン」第21話 「対決!悪の纐纈城!」)

 古めかした風合いももたせたいのでうちにある染め汁総動員。スオウで染めてミョウバン発色,薄めたオハグロ液を塗って月琴汁(月琴を清掃した時に出た重曹液を煮しめたもの)で二次発色,やや青黒い赤紫になったところで柿渋とヤシャブシでスオウの赤味をおさえつつ茶味を増してみました。現在はまだ補作のほうがわずかに赤味が強いのですが,半年ほどして褪色すると同じくらいの色味に落ち着くでしょう。

 胴体の作業とほぼ同時進行で,棹のフィッティングも行ってゆきます。オープン修理だと棹本体のほか,胴の棹孔や内桁のほうも大胆に調整できますんで,裏板を接着して胴が箱になる前に,おおまかなフィッティングを済ませてしまいます。

 ひとつ前のぽんぽこと同じく,この楽器の棹も設定としてはこの楽器として理想的なものになっているのに,それに合わせた加工や調整がなされていないため,結果としてスキマだらけのヘンテコな取付けという謎の工作になっております。
 すなわち,内桁のない状態で棹をきっちりはまるように挿しこむと,棹本体は背がわにわずかに傾き,山口のところで胴表板の水平面から-5ミリというベストポジションになっているのに,そうすると延長材の先が表板にぶつかっちゃったりするわけですね。
 「ここをこうすればヨイ」ということは「知ってる」のに「ナゼそうすればヨイ」のか「理解してない・分かってない」と,どんなに腕のいい人でもこういうチグハグな工作をやらかしちゃうもの----そうして百年後くらいにこういうヤツに m9(^Д^)pgr と指差して笑われたりしますのでみなさんも注意してください。(w)

 まずは,棹がきちんとその理想の角度で胴に収まるように,延長材をはずして付け直します。お湯で棹基部を湿らせ,さらに濡らした脱脂綿を巻いて接着をゆるめるのですが太清堂,,接着・接合の工作はむだに精密(w)なので,はずれるまで一晩ちょいかかりました,さすがです。

 はずれた延長材を乾かし,V字に尖った接合部を削って角度を変えます。従前は胴との接合面に合わせると,先端が面板についちゃうくらいでしたが,これを面板とほぼ平行になる角度に直して,棹本体と胴の接合はそのままに,先端がちゃんと内桁の孔に収まるよう調整します。
 58号の時は,オリジナルの延長材の長さがギリギリ過ぎて,調整のため削ったら内桁まで届かなくなっちゃうため,延長材をまるっと交換することになりましたが,これは先端に2センチ近く余裕がありましたので問題ナシ。今回の楽器はおそらく40号クギ子さんなどと同時期----ぽんぽこよりは後で,太清堂としての構造や工作は確立されているものの,いまだ一期での製作本数は少なかったころの作と思われます。58号の延長材がクリからホオとなり,短かめになっていたのも,のちの量産化にともなうコストダウンの影響だったんでしょうねえ。

 この作業中に気がついた(w)んですが,この延長材。オモシロい…というか,楽器屋としては納得のゆかない工作となっております。
 この延長材,一木ではなく,半分の厚みの板を二枚貼り合わせて作ってあるんですね。
 こないだの「ぽんぽこ」では極端に短い棹茎の先端になぜだが足し木がしてあったり,32号でも延長材の先端が意味もなく継がれてたりと,太清堂はこの部品でなにかしらヤラかしてることが多いのですが,今回もでしたかあ(汗)
 もちろん,庵主もこんなのはハジメテ見ます。
 まあ,ちょっと見では分からないほど貼合わせの工作も良く,現状,これでなにか構造的・強度的な問題が出ているわけでもありませんが。ここをこういう工作にすることに何らかの意味があったようにも,材料が貴重だとかいう経済的な理由があったようにも思えませず,いつもながらほとほと困惑いたしをりますです,ハイ(^_^;)
 調整後は画像のように棹茎がごくあさーい「ヘの字」になりますので,胴に入れる時にちょっとひっかかる感じがありますが,これでも使用上・強度上の問題はありません。
 つづいてさらに棹と胴がスキマなく密着するよう,さらに棹の接合面を微調整してゆきます。とくにこの指板と胴面板の接合部が面一のように,触っても段差が感じられないくらいになるまで続けます。
 見て分かるくらいだった段差が,指先でわずかに感じられるほど,たとえば紙一枚の厚みほど,たとえば平面に髪の毛やうぶ毛が置かれてるくらいの感触となり,やがて分からなくなる----それっくらい,こまかーい作業なんですよぉ。(泣)
 それでもこれもまた,太清堂の元の工作が精密なおかげで,今回もほかの楽器に比べればまだラクだったほうです。調整のため貼ったスペーサも3枚ほど……つってもやっぱり精密作業,なんやかんやで一週間くらいかかるんですよね,コレ。

 それにしても分からん……なぜ最初っからちゃんとこうしておかんのか。組むときにちょっと調整すれば,後の人間の苦労もナイものを(怒)

 山口はオリジナルのが残っていたので,今回はそれをちょっと補修してそのまま使うつもりだったんですが。棹の調整によって,指板面が背がわに傾いた影響で,オリジナルの山口では若干丈が足りなくなってしまいました。
 テールピース…半月の糸の出るがわの高さは9ミリ。通常の結わえ方をすると,糸はそこから1~2ミリほど下がったところから出ます。
 棹の指板面はの傾きは山口の手前で胴水平面より約5ミリ。この楽器の指板は山口の手前で切れて段差になってるタイプですので,山口の高さは最低でも「指板の厚さ+5ミリ+7ミリ」以上必要。操作性から言うと,そこからさらに1~2ミリ高ければ理想的です。
 というわけで,前回のぽんぽこ同様,丈15ミリの少し大き目な山口となりました。材はカリン。唐木なんでちょっと油でも含ませてから磨けば,そのままでもキレイですが,スオウなどで軽く古色付をしておきます。

(つづく)


太清堂6らんまる (4)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (4)

STEP4 穴の国月

 さてさて分解した部品の補修も進み,再組立てに向かって邁進中の太清堂らんまる。

 ----じつは表板がかなりボロボロです。

 まあ,見た感じは少しヨゴレがあるものの,そんなに深刻には見えないかもしれませんが,ケガキの尖ったほうとかで触るとずぶッと刺さっちゃう皮一枚になってる箇所が大小,そこらじゅうにありますのよ。
 関東より北で保存されてきた楽器だと,ここまでのことにはそうならないんですが,南のほうにあった楽器はこういう食害のヒドいものが多いですね。

 はじめからぜんぶホジくりかえしてしまうと,板自体がバラバラになってしまいそうですので,まずは表面に見えている虫食い痕と,組立ての際に強度の必要な部分だけ,先に補修しておきましょう。
 分解の時に割れた矧ぎ目は接着面の虫食いを充填して矧ぎ直し,左肩部分のエグレなど大きな欠損箇所には桐板を刻んで埋め込み,あとの細かいエグレや溝は木粉粘土をヤシャ液で練ったものを充填。周縁部と内桁周辺の補修箇所のみ,エタノールで緩めたエポキを吸わせ,あらかじめ強化しておきます。

 板全体である程度の強度が保たれてるところで,表板に側板を付けます。
 例によってこの楽器は縦方向の支えがないため,壊れた状態で放置されていると天地の側板に歪みが発生します。らんまるも天の側板が少し潰れてますが,板自体が厚めだったのと,接合部の工作が精密だったため,さほど深刻な狂いにはなっていません。板の端に残っていたオリジナルの中心線を目安に組み立てましたが,部材個々の歪みはわずかにあるものの,接合部にズレはほとんどなかったですね。
 一晩おき,側板が接着されたところで次は接合部の補強板を戻します。オリジナルの工作は適当に刻んだ小板を接合部に渡しかけてただけなんで,分解したらカンタンにもげてきちゃいましたが,これを各接合部の形状や段差に合わせて削り,ピッタリと密着させます。

 この作業で,接着前に木を柔らかくするためニカワを湯煎する鍋で補強の小板をいっしょに煮たんですが。煮込んだ後のお湯が飴色というかハチミツ色になりました。やっぱりこれクリですね。

 クリの木は40号の棹茎にも使われていました。木材にタンニンが多く含まれており,虫に強く腐りにくいので家の根だとか船材なんかには多用されますが,楽器のような細かい細工のものでは本来あまり使われません。ただ月琴の場合は唐木屋の楽器や関西の作家さんの楽器などに,これが胴の主材となっている例をいくつか見たことがあります。

 丈夫ですが加工性と接着にやや難があります。32号や58号ではより軽軟で安価なホオに代わってますので,やっぱりこれは40号と同じ時期の作と考えたほうがよいでしょう。
 整形し,煮て少し柔らかくした小板をそれぞれの接合部にニカワでつけて圧着。オリジナルの工作でもそこそこの補強にはなっていたようですが,こんどはさらにバッチリですわ。

 この側板の組み付け・補強の段階では,内桁は形状保持のためハメこんでいるだけでまだ接着していません。接合部の補強が済んで胴体構造の外がわを固めているうちに,つぎにこの内桁を補修します。

 クリ材は一般的に狂いが少ないはずですが,あらためて組み付けてみるとわずかに丈が足りません。さらに裏板がわの中心部は少しくぼんだようになってますね。うむ,このままだと板の中心がわずかに凹んでしまいます。

 前回も書いたように,日本の作家さんはこの楽器の胴を三味線の胴と同じようなものと考えて工作しているフシがあります。胴表裏の板を三味線の皮と同じようなものと考えてるので,その観念からはずれる内桁など,板に触れる部品の加工や接着が適当だったりする傾向があるんですね。
 現実にはこれがちゃんとついていないと月琴は鳴りません。月琴の胴は表裏の板が鳴る「太鼓」ではなく,胴の構造全体で弦音を共鳴させる「箱」だからですね。
 とまれ,このままだと内桁と表裏板の接着がしっかりできませんので,すこし補修しときましょう。

 表板がわの接着面は水平を出した後,左右端を少し斜めに落とします。これは内桁と面板を密着させるための小さなテクニックです。
 丈の足りない裏板がわには桐のスペーサを接着。足りない分は1ミリありませんが,まずはかなり大きめに。「小さいものの加工は大きくしてから」が基本です。最初から1ミリの板を貼りつけるより,少し大きめの材を足してやったほうが,材料の保定がラクになるぶんより精密な加工が可能ですし,途中での修正も容易になりますからね。

 貼りつけたスペーサは真ん中のところを周縁よりわずかーに高くしてあります。前回修理したぽんぽこでもやりましたが,わずかなラウンドバック。まあ音のため,というよりは凹んでいるより凸ってるほうが強固に接着できますからね。

 この状態で2日ほど。
 太清堂の木工は精密なので,接合部の矯正などがなかったぶん,ここまでの作業は順調そのものです。

 さて,胴の接合部が固まり内桁も接着されて,構造が安定したところで-----

 ほじくります。

 ひたすらほじくります。
 ケガキの尖ったほうでツンツンと触診しながら見つけた虫食いを,ほじっては埋めほじっては埋め……正確に言うと「ほじくりかえして」はいませんね。虫に食われてトンネル状になっている部分の天井を突き潰してそこに埋め込んでゆく感じです。薄皮1枚とはいえ,これもオリジナルの部材の一部ですからね。無駄にせず穴の底に押し込んで,そのまま埋め込みます。食害が板裏まで貫通しているような箇所はそれほどありませんが,とにかく多い----すごい数ですね。

 ひたすらほじっては埋めてのくりかえし。50箇所くらいまでは数えてたんですが,整形時に一度埋めた部分の周縁や延長線上につながって見つかるものも多く,途中からもう数えるのもやめちゃいました。
 この楽器は表板が裏板よりも矧ぎ数が多い(表4~6,裏3枚)のですが,板の矧ぎ目はまずぜんぶ食われていると言って良いようです。
 組む前に矧ぎなおした部分は,矧ぎ目に沿って上から下までまんべんなく食べられちゃってたので割れちゃったわけですが,ほかの箇所も板が分離するほどではないにせよ虫害を受けてますね。そのほか周縁の接着部,木口などから侵入した虫が,板の繊維の弱いところに沿って長く食い荒らしてもいます。半月やフレットなどニカワで接着された部品が多かったせいで,中央部分の食害が特に深刻です。

 はいほー,はいほー。ああ,この虫食いが金脈か何かならうれしいのに……小さい虫食いはまだまだ残ってるんですが,馬鹿正直にぜんぶほじくると,ほんと板がバラバラになっちゃいますので,あとでその上になにか貼りつけたりするような所や半月の周辺など,強度的に不安のある箇所を中心に補修を行いました。まあ一度充填すると木粉粘土が固まるまで一晩はかかりますし,ただこればっかりやってたわけでもありませんが,上の連続画像の最後の絵の段階になるまで一週間はかかってますね。

(つづく)


太清堂6らんまる (3)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (3)

STEP3 毎月もう夏休み

 さらに分解作業を続けます。
 糸倉の先っぽの蓮頭はオリジナルの部品ですが,上下逆に付けられちゃってています。そのうえその下の間木も接着が剥がれていて,糸倉左右とちゃんとくっついていない状態ですねえ。

 これを直すのにはまず蓮頭をひっぺがさなきゃならないんですが,ここに大問題。

 ----これ,よりによってウルシでつけられちゃってるんですね。

 前所有者がやったのか昔の古物屋がやったのか……楽器として「使うため」の修理にしては雑なので古物屋のシワザだとは思いたいんですが。蓮頭とかフレットとかお飾りがポロリするのがこの楽器の宿命とはいえ,時折イラッとする余りボンドや強力な接着剤を使っちゃう人もおりますから,前所有者がやったとしても,まあ気持ちは分からぁでもありません。
 ウルシは塗料としてのほうが有名ですが,たぶん日本の伝統的な素材のなかでは「最強」の部類に入る接着剤でもあります。硬化までの時間がやたらと長いのが欠点ですが,いちど固まったウルシは耐水耐熱耐薬品,硬く衝撃にも強く,ちょっとやそっとのことではハガれません。
 現在だとエポキなんかがこれに近いですかね。

 同じようにウルシを使った形跡が,棹や胴のフレット接着痕なんかに見えますが----

----これらのフレット痕はいづれも少しエグレてガタガタになっちゃってます。一度ウルシで固めたフレットを除去した際,下地の材もいっしょにモギとられちゃったんですね。このように,「壊れるべき時に壊れるべきところ」を「壊れないように」してしまった場合,それを元に戻すには「壊れなくてもいいような部分を壊さなければ」ならなくなるのです----分離とか分解ではなく,文字通り「破壊」しなきゃならないんですね。

 ウルシで接着されているこの蓮頭は「剥がす」ことができません。ここは装飾ではありますが,棹をぶつけたりしたときなど,はずれて衝撃を吸収してくれる,という機能もいちおう持ち合わせております。何度も書いている「壊れるべき時に壊れるべきところ」の一つなのです。

 ----というわけでこうだ。

 スプラッタ映画よろしく首をちョん切り,接着面についたウルシを粗いペーパーでこそぎとります。ウルシが滲みこんでるとニカワでの接着ができませんので,塗膜の下も少し削ってしまわなければなりません,がっでむ。
 ウルシまで使ったにしては接着があまりにも雑。
 こちらにとっては幸運なことに,間木がぜんぜんくっついてなかったので,左右のウルシ層を切ったら間木ごとはずれてきました。

 さらに分解し,まだ付着している固まったウルシを刃物やペーパーで丹念に除去します。上に書いたとおり,ここは丁寧にやっとかないと再接着の作業に支障が大です。
 きれいに清掃した糸倉の先は,さっさと再接着してしまいます。ここはそのままにしていると壊れやすいところですので。
 間木がもともと小さめだったようですが,削ったせいもあって少し痩せてしまいましたので,間に薄いスペーサを入れて調整します。色味が違ってますが,ここは後で染め直します。

 ウルシ接着による棹の被害個所をもうひとつ始末しておきましょう。
 指板上のフレットのついてたところがエグレてしまっています。庵主のやったみたいに切り取ればまだ良かったんでしょうが,かなり力まかせにモギとったらしく,かなり深くなってる箇所もありますね。
 唐木の木粉をエポキで練ってパテ埋め。フレット接着痕周囲にはウルシもまだ少し残ってますが,それは整形の時いっしょに削り落とすことにします。
 少し色味が違っちゃいますが,まあこんなものでしょう。

 唐木粉のパテを作ったので,それをついでに山口の上面にも盛っておきます。
 無駄な糸溝がいくつも切られてますので紛らわしい。ぜんぶ埋めてから,後でちゃんと切り直しましょう。
 パテはやや緩め,曲面ですので盛ったままにしてると少し流れて,てっぺんの部分が薄くなったりします。こういう時は盛ってすぐ,クリアフォルダの切れ端などをかぶせて少しおしつけてやると,思ったところに安定したまま硬化してくれますよ。

 次に地の側板の端の欠けを補修します。
 ここについていた補強の小板の接着が自然でしたので,製作後に衝撃か木質による自壊で欠けたのだと思いますが,大事な胴の接合部のところですので,直しておかないとちゃんと組み立てられません。
 まずは斜めになった欠け部分をヤスリで少し整形----なんかモロモロとした感触ですので,すこし腐れも入ってたのかな?
 ここに少し大きめに削った端材を接着します。
 ちょっと精密な細工になりますので,加工しやすいカツラを使っています。

 固まったところで整形。
 太清堂の工作は精密でこの部分などもピッタリ合わさってましたので,オリジナルの木口をなるべく傷つけないよう,補材だけうまく削っていきます。
 ----うん,ピッタリ。

(つづく)


太清堂6らんまる (2)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (2)

STEP2 フロイド式らんまる

 内外の調べがいちおうキリついたところで,修理に入りましょう。
 まずは表板の上のものを取り外します。
 最終的にはほぼ完全に分解しちゃうんですが,時計の修理なんかと同じで,こういうものは一定の手順を踏んでやっていかないと,あとあと不都合が出たりしますからね。

 古道具屋が体裁整えようと,いちおう何かしようとしたみたいですが,全体があまりにもキチャナイので途中で諦めたもよう。(w) 胴上のフレット痕の上に2枚なにやらへっつけてありましたが(1枚は白竹製の月琴のフレット,ただし本来は棹上にあるようなもの。もう一枚は木片をくっつけただけ,どちらももちろんオリジナルではない。)そのていどで,ありがたいことに,今回はボンドが使われてません。

 蘭のニラミ,竹の扇飾り,鳳凰の中央飾り,緑の鶴と雲の裂地のバチ布,みな比較的かんたんにはずれてくれました。
 半月の接着がけっこう頑丈で少してこずりましたが,半日ほど湿らせて浮いたところにクリアフォルダを細長く切ったのを挿しこみ,しごいて挽き切るようにはずします。
 ニラミはクスノキ,半月は三味線の胴などに使われる唐木の紅木(こうき)ですね。

 そういえば40号のニラミもクスノキでしたね。
 内桁と棹茎の延長材,そして胴接合部の補強の小板にはクリが使われてました。棹や胴がカヤだったところも同じです。

 ----楽器職としてはその工作にチグハグなところがあることから,太清堂という作家はもともと楽器屋ではなかった,と庵主は考えています。しかし木の扱い自体は巧く,その木工のワザそれ自体は間違いなくプロのものです。
 「クリ」も「クスノキ」も楽器の材料としてはあまり一般的なものではありません。それの薄く挽いた板が手に入る環境。カヤや薩摩ツゲの使用,あと第4フレットが胴上に位置することから,関東の作家さんではない。桐板も年輪が広いので比較的南のほうのものだと思われます。派手な使い方はしていませんが,カリン・黒檀・紫檀・紅木などの唐木もふつうに使っています。しかし,唐木の扱いはほかに比べるとあまり上手ではありません----こういうところも,太清堂の正体へとつながってゆく一つの鍵かもしませんね。

 つぎに裏板をはがしたあとの接着部分を清掃します。
 筆で湿らせ,接着剤を浮かして,断切りでコシコシ……と,白い粉状の物体がもりもりっとこすり取れてきました。裏板の接着に使われてるこれ。ニカワじゃないですね----お米の接着剤「そくい」です!
 はっ!と気がついて側板や内桁にへっついてる例の謎の薄黄色い丸い物体をつついてみました。カタい…コレ虫の繭じゃなくて,ご飯粒ですわッ!!(^_^;)

 ここまでの観察と作業から,表板上の装飾や,胴接合部の接着は間違いなくニカワなのですが,この楽器では表裏の板の接着だけ「そくい(続飯)」が使われているようです。おそらくこれは,三味線で胴皮の接着に「寒梅粉」という餅米の粉を使うところから発想したものでしょう。
 前も書きましたが,日本の作家さんは月琴の胴を「太鼓」,表裏の板を「三味線の皮」と同じように考えている節があります。唐物月琴や石田義雄の作など,清楽月琴を「分かって作ってる」作家さんの楽器を見てきた結果,実際には月琴の胴は「太鼓」(表裏板だけが鳴る)ではなく「箱」(構造全体で鳴る)だというのが庵主の考えで,三味線の発想からの工作のほとんどはほぼ意味がなく,これがネイティブな楽器でなかったことと,月琴の作家にもともと琴三味線職が多かったことからきた誤解の類でしかないと考えております。
 「そくい」は刀の鞘の合わせに使われるくらいで,その接着力自体はニカワよりも強力です。三味線屋が皮の接着にこれを用いるのは,ニカワと違って接着剤が伸び縮みしないので,皮の収縮に対して固定が保たれるからですね。しかし月琴の面板は桐,皮のように収縮はしませんので,特にここだけをこれで接着しなければならない理由は何もありません。そもそも唐物月琴だって,接着はぜんぶニカワだってばよ。
 さらにこの接着剤自体は,太清堂がご飯をてきとうにこねくって作った速成・自家製のもので,刀装匠の使うものや三味線屋の接着剤とはあきらかに別物です。
 大工さんなんかだとこんなふうに,荒く粒が残るくらいにご飯を練って使うかもしれませんが,楽器などの精密な細工ものに使われる「そくい」はふつう,もっと細かくすりつぶし,布で漉したりして使います。こんなふうにご飯粒が原形をとどめて残ってることはまずありません-----つまり太清堂は「こういうところに米の接着剤を使う」という知識はあっても,「それがどういうものか」という実態を知らなかった可能性があります。
 これゆえ,三味線と同様の工作ではありますが,「三味線屋ではなかろう」と考えられるわけです。いや,そもそも胴内にご飯粒垂れてる時点で,いくらなんでも工作雑すぎですしね(w)

 このご飯粒……どこぞで分析してもらったら,なんか面白いこと分かるかもな~と思いますので,こそいでとっておきます。ゴミとはいえ「百年以上前のご飯粒」ですからね。前回59号ぴょんきちの「百年前のカエルの皮(ニホンヒキガエル)」に引き続き,楽器とは関係ありませんがある意味レアな研究材料。

 興味おありのお方は,提供しますのでご連絡を。


 さて作業に戻りましょう。
 オモテについてた物体をはずし,裏がわもキレイになったところで表板をハガし,同じように清掃。
 こちらも周縁部の虫害,ヒドいですね。
 裏板同様,天地の板の接着部分はかなりボロボロです。

 ちなみに,板のあちこちで垂直方向に入っている深い溝は桐板の製材の時に埋め込んだ竹釘の痕で,虫食いとか板の損傷ではありません。裏板にはほとんどついてなかったんですけどね~,なぜか音直結の表板のほうが下手すると質が下というフシギ。(w)たぶん板の木目の様子でキレイなほうをオモテにしたんでしょうねえ。
 板にもともとついていたもので,べつだん損傷の類ではないのですが,もちろん板の強度上の問題にはなるので,ここはあとでちゃんと埋めておきます。

 楽器オモテから見て中央右がわに板割れがあります。これ虫食いによるもので,矧ぎ目に沿って上から下まで完全に食われちゃってて,板が乾いてから持ち上げたら,カンタンに割れちゃいました。
 同じく中央部の左がわにもちょっと割れてるとこがありましたが,こちらは接着がトンだだけ,虫食いによるものではありませんでした。

 側板も接合部の接着がトンでましたので,表裏の板を剥いだら自然に分解されました。接合部に補強の小板が噛ませてありますので,ふつうならこんなに簡単にはいかないんですが,保存の悪さによる部材の歪みもあり,またもともとの工作が雑で四角い板をただ渡してあっただけなので,くっついてたところもちょっとねじっただけでとれちゃいます。

 分解した部材はひとつひとつ,接着面をきれいに清掃した後,向きや順番などが分かるように簡単な印を書き入れてから,乾かしておきます。
 棹は別として,桐板2枚,側板4枚,内桁1枚,糸巻4本,半月・山口各1コ,フレット8枚,装飾類少々----もし棹まで完全に分解したとしても,ぜんぶで30あるかどうか…いつもながら,月琴てのはこうして分解して積み重ねると,ほぼすべての部品が直径30センチくらいの面板の上に乗っちゃう。
 この手の弦楽器としては,たぶん極端に部品数が少ないほうですからね----なんか面白い。

(つづく)


太清堂6らんまる (1)

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斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (1)

STEP1 五月怪談

 これはまあ,ずいぶん最近のことになるんですがネ。
 うちにその,荷物が届いたんですよ----荷物が。
 もしかしたらアレかな,アレかな~って思って箱をあけたら……入ってたんですヨ,月琴が。
 ヤバい,こいつマジなヤツだ!って思いましたね,一目見て。
 まさか例のヤツじゃないよね例のヤツじゃないよね
 ----って思いながら,楽器をひっくりかえしてみたら, そこにッ!!

 一家に一面太清堂。(w)
 ども,斗酒庵主人です。

 年のはじめの58号修理で,月琴のお尻の腺を刺激して盛大に「月琴汁」を吹きださせてしまったせいか,あるいは捌くとき内桁のちょっと上のほうにある「月琴袋」を知らないうちに破ってしまっていたのか。

 ニオイにつられ集まってきた太清堂の月琴にたかられております。(w)

 現在,工房には糸巻折れで帰ってきた32号をふくめ,4面の太清堂製月琴が鎮座ましましておられます。前々回にも書きましたが日本の清楽月琴てのは,百年以上前に流行った今はどちらかといえばかなりレアな楽器ですよ----たとえばそこのアナタ,清楽月琴の実物,リアルで何回見たことあります?
 ましてやほぼ同じ時期に,強いて集めてるわけでもないのに,同じ作家の楽器が4面もつぎつぎと集まってくるというのは,もう偶然とおりこして怪奇現象でしかありませんてばよ。(w)

 さて,今回の依頼修理の楽器。
 装飾のない蓮頭,六角無溝の糸巻,唐物に近い形の棹と糸倉。ラベルも残片しかありませんので,まあ決定打的証拠はありませんが庵主には分かります。間違いなく「太清堂」の楽器ですね。
 全体の印象として,ぽんぽこの時のような違和感は感じないので 「いつもの(w)太清堂」 だと思われます。板ひっぺがせば,見慣れた太清堂の構造が出て来るでしょう。

 まず目立つのはこのニラミ(胴左右の装飾)。片方は欠損してますが……

 えっ!?
 太清堂のお飾りが…「比較的マトモ」…だとッ!?
 し……信じられん!
 コレてんぺんちいの前触れとかじゃないでしょうね。
 gkbr

 ----図柄は 「蘭」 ですね。
 月琴の飾りとしてはかなりモダンなデザインですが,前のコウモリ(ぬるっとコウモリ-32号参照)やキクモドキ(40号クギ子さん参照)に比べると,今回のはびみょーでもなんでもなく,何を表したものだかちゃんと分かるような彫り(w)となっています。
 扇飾りは「竹」ですね。(こちらの彫りはかなりギリギリかな)
 うっすらとではありますが,柱間に小飾りの痕跡も残っているので,組み合わせて「四君子(梅・竹・蘭・松)」になってたのかもしれません。

 ちなみに,本来「四君子」の「蘭」はオーキッドの類ではなく「蘭草」,オミナエシの類なのですが,南画でも中国の吉祥図でも,こっちのお花の「蘭」にしている例がふつうにあるので,これでもまあ問題はありますまい。

 ちょっと見ただけで,虫食いネズ食い板割れと,ナゾのぶッかけ汚れにエグレにハガレ。
 楽器を振ったら茶色い粉がどこからかパラパラとこぼれてくる----と,内外かなりヒドくキチャナイい状態のようではありますが,糸巻は4本そろってるし,糸倉や胴体に致命的損傷はなし。

 新品同様おキレイに,とまではいかないものの,ふつうに弾けるとこまでもってゆけるとは思いますが…さて。

 まずは調査・計測。

 全長:650
 胴縦:355,横:354,厚:38(板5)
 有効弦長:422

 胴径が5ミリほど大きく,持ち重りもするので,クギ子さんやこないだのぽんぽこ同様,量産器である32号や58号以前の,太清堂の比較的初期の楽器の一つなのじゃないかと思われます。

 棹基部の左右に段差がなく,指板と棹茎の幅が同じになってるところは唐物月琴と同じで,古い倣製月琴の名残です。
 その基部のところに何やら和紙が巻いてありますね。このタイプの楽器は棹孔の加工が鷹揚で棹のガタつきがあるのがふつう(基本的には糸を張ると定位置にもどる),それを嫌ってガッチリ固定しようとしたんでしょうか。ボロボロになってるのは使用によるものではなく(ふだん棹なんか抜きませんものね),紙をニカワで貼りつけたせいで,虫にやられたもののようです。これはおそらく原作者じゃなくて後補。


 内桁に棹茎のウケ以外の穴があいてないタイプなので,棹孔からの観察では,内部構造がほとんど分かりません。
 外からの観察で分かる限りの損傷を書き留めたら,裏板をハガして内部の確認に移ります。

 あそーれ,ペリペリペリ!
 かなりカンタンにキレイにハガれました。

 胴材はおそらくカヤ。関東の楽器ではあまり見ませんが,名古屋の鶴寿堂など関西では比較的上物の楽器によく使われています。やや厚めで最大15~6ミリほど。前にも書いたようにこの胴材をちょっと薄くするとけっこうなコストダウンが図れますので,ここが厚く取ってあるのはこの楽器を作り始めたころのものか,あるいはコスト度外視の一品ものです。全体の作りにさほどのスペシャル感はありませんし,32号や58号がもっと薄かったことから考えると,やっぱり前者でしょうね。
 唐物と同じ一枚桁,響き線は長い直線が1本と,バネ構造のが一組,四方の接合部に補強の小板を噛ました「いつもの」標準的な太清堂の内部構造です。

 天地の板裏や内桁の表面あちこちに,なにやら薄黄色の丸い物体が付着してますね----何でしょう,虫の繭かな?

 この大きな溝状のエグレは,楽器表がわから見て左肩のところにあった損傷の続きですね。虫食いにしては大きすぎますし木粉の付着もないので,節か何かが脱落した痕なんじゃないかなあ。あいた穴のところに何か小板を突っ込んでごまかしてたみたいですね。

 響き線表面が黒いのはヨゴレではなく,焼き入れしたときの焦げですね。太清堂の響き線は真鍮なんで,ほんらいは黄金色をしています。
 真鍮は鋼線よりはよほど低温で溶けてしまいますので,焼き入れはかえって難しい。ほかの楽器だともっとほんの先端部分だけにうっすら焼きが入れてある程度でしたが,この楽器のは派手ですね(w)多少ヤニっぽい感じもするので,ロウソクか行灯の火あたりで,じっくり炙ったんじゃないかな。
 変色はしてますが線自体の健康状態は良く,取付にも問題はありません----うむこれはまずまず僥倖。なんと言っても,月琴の音の命ですからねここは。

 表裏板ともに,天地周縁部の損傷がけっこうヒドい。

 カヤは虫に食われにくいので,胴材のほうの虫損はそれほどではありませんが,板のほうはかなりボロボロになっています。

 あと胴四方の接合部,4箇所のうち3箇所が接着トンでいます。天地の板には多少の狂いも出ているらしく,接合部が少し食い違ってる箇所もあります。太清堂の楽器はこの部分の工作が良く補強の小板も噛ませてあるので,よほどの環境でないとここまでは割れませんね。
 あと裏がわから見て左下の接合部,地の板の端が欠けてしまっています。衝撃によるものか木の質から割れたものか,欠片がないので前後は分かりません。よく見ると表がわにもうっすらヒビが入ってるみたいです----ここは要修理っと。

 さて,オモテウラからの観察は終了。
 形状的な記録は採りましたし,後は直して音階と音を調べるだけです。
 ここまで分かった各部の細かい数値などは,フィールドノートをご覧ください。(画像クリックで別窓拡大)


(つづく)


月琴59号 ぴょんきち(4)

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どっこい生きてる 斗酒庵 の巻2018.3~ 月琴59号 山形屋ぴょんきち(終)

STEP4 あの顔色から考えて,五郎は病院に行ったほうがよいと思う。

 あれは 20号の時だったか29号の時だったか。
 半月をはずしたら,陰月(半月のポケットの中,表板にある小孔,空気孔,一説にサウンドホール(w))が2つあいていて。なんでかなーと思ってましたが,あとで内部構造見たら,最初の孔が下桁の真上になっちゃったのであけなおしたものでしたねえ。
 腕が良く技が切れる職人さんほど,こういうミスを意外としがちです。
 今回の陰月は下桁のかなりギリなれど,ちゃんと内がわには通ってましたが,孔のあけかたが雑すぎて,ささくれでふさがっちゃってます。キリでキレイにあけなおしておきましたが,もしかすると,ここがふさがってたおかげで外気が入らず,響き線とかも無事だったのかな?

 さて,こうした細かいところも忘れず手直ししておいて,裏板の接着へと進みます。
 いつもですとここらで棹のフィッティング,角度の調整という,時間のかかるいちばんタイヘンな工程がはさまるとこなんですが,そこは山形屋。事前の調査で,この楽器の棹の取付けはこの楽器のほぼ理想値となっていることが分かっています。
 まあそれでも,ここまでの作業でそれに変化が出ちゃってないか,裏板再接着の作業に入る前にいちおう確認したところで,いざ。


 裏板は中央少し右がわに入っていたヒビのところから2分割。剥離するときに,左がわの板の端が少し欠けちゃいましたので,小板の矧ぎ目から切り取って新しい板に替えました。
 少しだけ間をあけて接着。
 一晩置いたら,スペーサを入れて。
 再接着後の板は左右がわずかにハミ出てますので,周縁を整形。側板にはマスキングテープを巻いて保護しておきます。同時進行のぽんぽこと違い,山形屋の側面は気持ちいいほどスッキリ平ら,シャープな印象ですんで,板の端を丸めてしまわないよう注意しながらの作業です。

 表板の虫食いは,清掃の時にほじくって木粉粘土を埋め込み,緩めたエポキを吸わせて樹脂化してあります。

 後で水のかからないところなら,桐板を埋め込む方式でも木粉粘土だけでも良いんですが,ニラミや半月の下は接着の時に濡らさなきゃなりませんので,エポキで強化しとかなきゃダメですね。
 木粉粘土で補修した部分は乾いちゃうと分かりにくくなるので,テープを貼って目印にします。エポキはエタノで緩め,補彩の時と同じ要領でちまちま細筆で塗って,補修部にじっくり吸い込ませます。庵主がいつも補彩などで使っている筆は,画材屋で買ったそこそこイイものですが,これはさすがに¥100均で買った筆を1箇所で1本使い潰すつもりでやってます。

 エポキが固まってから最後に完全に均すんで,最初の段階での木粉粘土の整形は皮一枚凸ってるといったぐあい。またエポキがじゅうぶん滲みると,余ったエポキがエタノといっしょに補修部の輪郭に浮いてきます。これをそのままにしておくと,エポキが周辺の余計なところにまで滲みて厄介ですので,固まる前にエタノールをしませた布で丁寧に拭き除いておきましょう。

 バチ皮痕の補修部がけっこう目立ってますが,ここはあとで隠れるところなんで,そう気にしなくてだいじょうぶ。
 半月の下など同様に隠れるところはそのままでいいんですが,ニラミの上など見えるところは,最後に板の凹凸に合わせてペーパーを貼った木片などで軽く削れば,ほとんど目立たなくなります。


 表板の補修も終わったところで。
 さてさて,裏板をキレイにしましょ。
 重曹をぬるま湯に溶かして,Shinexでコシコシコシ。洗い液はたちまち真っ黒。 裏板をキレイにする一方で,無限に湧き出てくる黒い汁を表板の補修部になすりつけて補彩とします。表裏の色合いが同じくらいになったところで終了。もともと古いものですし,ちゃんと使い込まれてもいますので,神経質に真っ白にまで戻す必要はありません。

 作業後に出た汁があんまりにも見事に真っ黒なものですので,この月琴汁は表板の時に出た汁と合わせて煮込み,スタッフが美味しく……いえいえ,補彩用の染液としました----「端材捨てられない症候群」がこじれて,とうとう汁まで捨てられなくなりましたよ(w)

 この裏板の中央上のところには,もともと四隅を切ったカタチの四角い紙が貼られていたんですが,全面真っ茶色なだけで文字も何も読み取れなかったため,庵主,前所有者の名札か何か,後で貼られたものだろうと思ってました。
 まあオリジナルのものじゃなさそうなんで,ついでにハガしちゃおうと,これの上からかまわずコシコシやったんですが----

 薄皮のように表面を覆っていた真っ茶色い汁の下から,オリジナルのラベルが出てきました。
 穴も開いてますし上下も少し散切れて完全なカタチではありませんが,間違いなく山形屋雄蔵のラベルですね。(画像クリックでラベル部分の拡大。左のほうに「山形屋雄蔵」の1行が確認できます。)
 表裏板の染めに使われるヤシャブシは砥粉を混ぜて塗られることが多いのですが,その砥粉のせいで染液が顔料みたいになって紙の表面を覆ってたみたいですね。
 最初のほうで書いたように,山形屋の楽器は元来かなり色白で,表裏板の染めは砥粉の少ない薄いヤシャ液をさっと塗った程度。この楽器がこれほど真っ黒になっていたのは,何者かが何らかの目的で,染め直したものと思われるわけですが。このラベルの状態から考えても,それは砥粉も多めのかなり特濃な染め液だったのでしょう。
 清掃した限りにおいては,特に目立つ変色部分や水濡れの痕のようなものも見つかりませんので,おそらくは演奏者ではなく,古物屋が古色づけとして施したようなものだったのではないでしょうか。

 表裏板の清掃が終わったところで,側板のマスキングをはがし,今度は板の木口をマスキングして,胴側の染め直しです。
 分かりやすくスオウの赤染めですんで,温めたスオウ液を数回塗布,ミョウバンで発色。亜麻仁油を布につけてさっと染ませ,数日してから柿渋を塗ってゆきます。先に柿渋を塗ると,どういう化学反応なのかスオウが褪せてしまうので,ここは油が先ですね。

 棹や指板も同様に染め直し。指板はさらにオハグロで黒染め。半月や蓮頭も染め直ししておきます。
 亜麻仁油の乾燥に最低でも2日はかかりますから,ここはけっこう間が空きます----このあいだに半月の位置決めをしたり小物を作ったりしといちゃいましょう。

 今回はお飾りがぜんぶ無事で足すものもありません。
 作るのは糸巻が1本のほか,山口とフレットのみ。
 糸巻の材料はいつものように¥100均のめん棒……ああ,もう何本削ったっけね(w)山形屋の糸巻は六角一溝と国産月琴でいちばん多いタイプですが,握りの尻のところが若干太く,石田不識の糸巻同様,ほかの作家のものと見分けのつくスタイルになっています。

 ¥100均のめん棒にはφ28のとφ30のがあるんですが,今回はもちろん太いほうを使います。四角錘から六角形,糸倉に合わせながら先を調整してゆきます。楽器元々の癖からか前使用者の癖からか,この一番下の軸孔だけ軸先がわの孔が少し広がっちゃってますので,補作の1本はここに合わせ,ここ専用にしちゃいましょう。この楽器がけっこう使い込まれていたことは,このあたりからも分かりますね。
 微妙な違いではあるんですが,ラッパ状に立ち上がる側面のカーブとかを山形屋のオリジナルに似せるのがけっこう辛悩。オリジナルを横において,見比べながらの削りです。

 山口は57号とかでも使った流水ツゲ,フレットは表面を白くした漂白ツゲを使います。

 染め直して色をそろえたお飾り類を取付け,
 WS前日,2018年4月27日。
 薬研堀・山形屋雄蔵作,月琴59号ぴょんきち,
 修理完了です!!

 作業名の由来となったこの皮ですが,破れがひどいのでさすがに戻せません。バチ布ははじめ少しいわくにつながりそうな「荒磯」で作ってみたんですが,左右目摂扇飾り中央飾りと,中心線上に黒が集まっちゃうのでイマイチ。とりあえず工房定番のエンジの梅唐草を貼っときますが,カエル柄の布でもあったら貼り換えてやってください。(w)

 フレットの丈は低く操作性はまずまずなものの,座奏だと器体が軽いので膝の上での安定はやや悪いですね。抱えて立奏した場合は問題ありません。むしろそッち向きかなあ。
 オリジナルの位置でフレットを配置した時の音階は----

開放
4C4Eb-484E-124F+384G+74A+125C5D-435F+24
4G4A+484B-255C+215D-35E+45G-85G#+486C+8

 かなり滅茶苦茶(w)特に第2音が半音近く高いあたりどうなんだという感じですが,4・6・8フレットはいちおう合ってるみたいだし(4フレットは高低間5度の基準6フレットは開放の1オクターブ上,8は最低音の2オクターブ上),ほかの山形屋の楽器との比較,また指板上の痕跡などから見て何度もフレットを付け直しているようなので,これが製造当初の音階だったわけではなさそうです。

 音は山形屋らしい澄んだ音,ガラスの風鈴のような凛とした響きです。響き線の構造からやや線鳴りが起こりやすいのものの,これまで手掛けた山形屋の楽器のなかではいちばんおとなしいほうだと思います。
 美しい,じつに美しい音の楽器なのですが,音の輪郭がくっきりはっきりしているため,チューニングにかなりの厳しさがあります。少しの音ズレや運指のためらい指すべり指,ピッキングのミス----そんなちょっとしたところまで,はっきり聞きとれちゃいますからね。道具としては正確無比なわけですが,演奏者にはあまり優しくない楽器(^_^;)>と言えましょう。

 性格のキツい成績優秀な優等生タイプ----といったところでしょうか。でも,こういうのこそ デレるときが素晴らしく可愛らしい。 クーデレ,ツンデレ好きにおすすめの一品ですね。(www)

 銘は「ぴょんきち」改め「春蛙(しゅんあ)」。
 春先のカエルみたいに,にぎやかに声を響かせてほしいものです。

(おわり)


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