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F.Du Bois "THE GEKKIN MUSICAL SCALE" (2)

dubois01.txt
斗酒庵まじめに翻訳する の巻

Transactions of the Asiatic Society of Japan Vol.XIX 1891 より
F.Du Bois "THE GEKKIN MUSICAL SCALE" (2)


 月琴は日本でよく使われている中国の楽器である。
 胴体は平らな円形板二枚で構成されており,共鳴板に孔はなく,直径14インチ,厚さは1/2インチである。その内部には一片の金属片が楽器が,演奏されるときに振動するよう,ゆるやかに取り付けられている。棹の長さは約10インチ,先端には4本の糸巻が挿しこまれ,2本づつ組の複弦----弦がワイヤではなく麻 で作られているところののみ異なるがマンドリンと同様である。その弦のかかっている箇所の棹から表板の一部にかけては,竹もしくは骨や象牙で作られたフレットによっていくつかの空間に(これも我々のマンドリンやギターのネックのように)分けられており,どこを押さえればぴったりの音が出るのか分かるようになっている。月琴はこれらのフレットがあるおかげで,どんなチューニングにしても無限の音階から特定の音を安定して得ることができるわけである。
 軽便な楽器なゆえに,今では中国の曲だけでなく日本の曲も月琴で演奏されるようになっている。したがって,この月琴という中国産の楽器は今や,われわれが日本の音楽について理解するうえでも有用な存在となっていることは否めない。

 月琴のフレットの間には8つの空間があり,開放弦の音2つと合わせて18の音を正確に出すことができるが,18音のいくつかは重複したものであり,同じ音のオクターブ上の音も含まれる。楽器の音域は1オクターブと4分の1に及ぶが,実際によく使われる範囲は1オクターブの中におさまる程度である。
 月琴の演奏では二種類のチューニングが使用され,一つは「本調子」,他方は「二上リ」と呼ばれている。「本調子」で低音弦の開放をドとすると,高音はソにあたる音となり,「二上リ」では低音弦がレ,高音弦はソとなる。 中国の楽曲はすべて「本調子」で演奏されるが,日本の楽曲は多くが「二上リ」,一部だけが「本調子」である。
 日本音楽の音階は,わたしたちのそれに近く7音で構成されているが,そこにシャープやフラット(すなわち半音の概念)はなく,したがって,そこにはたった1つのスケールしか存在しない。 彼らのミとシにあたる音は,どちらもわたしたちのそれより低めで,音の間隔はほかとほぼ均等な関係となっている。この日本の音階にもっとも近いものは,6変ト長調(Gフラット)であるが,わたしは本調子の曲をハ長調(C)に,二上リのものはト長調(Gメジャー)に変換することにしている。これは単に個人的な利便性の問題であり,「二上リ」の曲は実際には5 black notes に近い。

  日本にも楽譜というものはあるが,そこで使われる記号はわたしたちの楽譜にある音符と,必ずしも同じ機能を持っているとはいえない。月琴の楽譜はもともと中国語(漢字)で,それを日本人は自分たちに合うように最適化したものである。 この「音楽に使われる文字」は,音そのものではなく(月琴の)フレットを示しているものである。たとえば「上」は低音の開放弦を表し,本調子ではド,二上リではレに対応する。「尺」は本調子ではレ,二上リのミに対応するが,ソとラはどちらのチューニングでも同じ符号で表される。
 どちらのチューニングでも同じ記号が使われるので,記譜された音楽が本調子か二上リか,どちらで演奏されるものであるのかを知ることが重要になってくるわけだが,これには非常に簡単な方法がある。 すなわち譜にもし「工」の文字があるなら「本調子」,なければ「二上リ」なのである。というのも,二上リの曲は5つの音---- レ,ミ,ソ,ラ,ド----だけで演奏されるからである。「工」は本調子でミを表すが,二上リではファであり,このファの音は二上リのチューニングのメロディーには使用されない。この音符文字は9種類あるが,そのうち2つは音が重複しているので,わたしたちの7音階と基本的に対応する。表にするとこのようになろう----

ファ
六・合四・五本調子
ジャンチェコンハンリウ,ホォスイ,ウーイー高い
ジャン
高い
チェ
高い
コン
××二上リ
ジャンチェ

 上にあげたよう,1オクターブ上の音は文字の横に「イ」を付けることによって表されることになっている。
 ドレミと漢字の音符が対応していることは明白であるが,われわれにとってのファとシの2つの音は,二上リで書かれた曲には出てこない。本調子で書かれた日本の曲では,シを除くすべての音が表われるが,もしかすると中にはシの出てくる曲もあるかも知れないとわたしは考えている。

 いちおうドレミはそろっているのだから,月琴ではわたしたちの(西洋の)曲も,あるていど満足のゆくくらいには演奏できよう。しかしながらミとシのところがフラットに----均等な音関係になってしまっているため,それは完全に満足のゆくような表現にはならない。すなわち楽譜上,西洋の曲を「本調子」の音階に変換することはできるが,月琴やその使用される音符の実際の音とピッタリ合致することはない,ということである。
 ただ,月琴の奏者ならばどんな日本の曲でも,この日本の文字符にあてはめて記譜することができよう。この一文は,そのようにして記譜された日本の音楽を,われわれの音階に変換し,それをピアノで弾けるようにするための一助となればと書かれたものである。

    本調子      二上リ
ファ(工)
六合六合凡
四五四五佮
(乙)


【訳者注】


*麻:月琴の弦に麻糸を用いたという実例や記述は他で見たことがない。おそらくは絹糸を勘違いしたものだろう。

*たった一つのスケールしか存在しない:ドレミファソラシドではミ・ファとラ・シの間は半音であるが,半音がないので,どっから切っても金太郎飴のように,同じ関係になっている,ということ。

*5 black notes:ピアノの黒鍵を5つ使用する音階。彼は「二上リ」の音階を便宜的にGメジャーに当てはめているが,古い明笛などから判明する清楽の実際の音階だと,本調子の時の「上」はEb~E,「二上リ」で1音上げたとすると,起音はF~F#となる。おそらくはBを基音とする#が5つのロ長調が近かったのではなかろうか。

*日本にも楽譜というもの:いうまでもないがここで言われているのは「工尺譜」のこと。日本にも古くから笛や三味線の文字譜はあるが,ほとんどは発生する音を文字に置きかえただけのもので,音を音階にあてはめて記録した西洋風にいうところの「楽譜」とは意を異にする。また日本の清楽における工尺譜の使われかた(付点法)は大陸のものと異なり,簡略化された独特のもので,流派によっても違いがあり統一もされていない。

*巻末に掲げられた月琴の運指図。高音弦第8音は「亿」ではなく「伍」,最高音は「仩」ではなくギョウニンベンの上,「」である。

【訳者考察】


 このブログの読者なんかはあまり知らないかもしれないが,庵主の本業は中国関係の物書き・翻訳屋である。HPで『中国のマザーグース』なんか見ていただくと分かるかもしれないが,なかでも中国がらみの古い英語文献はけっこうな好物だ。
 こないだ紹介したクラウスの楽器に関する本などもそうだが,この小文も大陸の研究者などには良く引かれる有名なものなのに,日本の研究者の文章にはなぜかまず出てこない。同じものを研究しているのに不思議なことである。

 かなりぶッとばして訳したので,かならずしも適訳でない部分もあろう。不明な箇所は原文と引きあわせながら読んでもらいたい。ただしけっこう癖のある文章ですよ。(^_^;)庵主,思うところは主に2つ----

1)まず,工尺譜を「月琴の楽譜」と考えているところに間違いがある。
 工尺譜自体はもともと特定の楽器のためだけのものではない。同じ音に「合・六」「四・五」と重複して文字があてられている不自然に気がつけば,これが音域の異なる楽器の合奏のためのものと当然分かるとは思うのだが。
 ただし,同時代の譜本の解説などを読む限り,当時の清楽家の多くも同様の認識(工尺譜=月琴の指譜)でしかなかったであろうと思われる。
 明笛を基音楽器とした時の各楽器の音階と工尺符字の関係はおおむね以下のようになる----

明笛(乙)
実際の音3G3A3B4C4D4E4F4G4A4B5C5D5E5F5G5A5B6C
月琴六/合五/四𠆾
胡琴
(二凡調)
合/六四/五𠆾亿

 これもデュボアの論考同様,便宜的に月琴の低音開放「上」を「4C」とした場合の表である。注にも書いた通り,実際の音はこれより長3度ほど高い。

2)中国曲のみをやるほうの「清楽」においては,ここで「本調子」と言われている月琴の通常の調弦に,さしたる呼び名がない。月琴では低音弦がお三味の二の糸,高音弦が三の糸に番手が近い。それを考えた上で三味線のそれと比較するならば,月琴の「本調子」は間5度で三味線の「二上リ」にあたり,デュボア書くところの「二上り」が間4度で三味線の本調子に対応する。
 上の表のように月琴の調弦を「合」からはじまる明笛の音階のうちに含まれるものとするならば,これは大陸で言うところの「小工調」にあたる。
 工尺譜のソ・ラの音すなわち「合・六」「四・五」が2種類あるのは,月琴より低い音域の出せる楽器と合奏する際に,効果としてオクターブ・ユニゾンを用いるための指示である。上の表のとおり月琴の最低音は「上」で低い「乙」から下の音は出せない。そのため「合・六」「四・五」の区別はなく同じ音で発音するのである。
 「本調子」のチューニングのほかに「尺合調」と言われている調弦が,ここに「二上リ」として紹介されている調弦にあたるものと思われるが,清楽曲の「尺合調」の譜では符音の読み換えはなく,開放は「尺」のままである。また上に書かれた「二上リ」の譜の記述とは異なり,「上」と「凡」の字がなく,逆に「工」の符字はふつうに使われている。『清楽曲譜』に二種類の調弦による同じ題の曲例があるので,参考までにあげておこう----

「柳青娘」 http://charlie-zhang.music.coocan.jp/MIDI/OKINO/OKINO_A057.mid
「柳青娘(尺合調)」 http://charlie-zhang.music.coocan.jp/MIDI/OKINO/OKINO_A063.mid

 庵主は「尺合調」を読んでそのまま単純に「尺/合」の組み合わせの調弦と考えている。
 上で言う「二上リ」と同じもので,低音弦の開放を1音あげることにより,第3音が半音高くなるチューニングであり,ポップスや洋楽曲の演奏にはこちらのチューニングを用いることが多いが,清楽においてはこのチューニングで「凡」が使われた例がなく,おそらく低音開放の「尺」と高音弦の「伬」をオクターブ・ユニゾンで響かせて効果を出すのが主目的なのではないかとも考えている。
 実のところこの「尺合調」の実際について,しっかりと書かれた文献は少ない。
 沖野竹亭『清楽曲譜』「六段」の注に「六段ノ調ハ通常賀弾ノ時ハ此レニテ弾ズルモ,清笛或ハ風琴ナゾト伴奏スル時ハ下ノ尺合調ニテ弾スル可シ。清笛ノ尺音ヲ月琴六ニ取リ,上ノ絃ハ清笛ノ四ヲ二移音ス可シ。」と書いてある。
 これだと上=4Cの時には3A/4Dもしくは4A/5Dとなり,弦がかなり不安定になるので演奏不能。上=4Eとすれば4C/4Fとなり安定するため,これで実際弾いてみたところ,「六段」らしき曲は弾けるものの,譜にしてみると沖野の楽譜とはまったく違うものにしかならず,逆に沖野の譜を弾くと「六段」に聞こえない曲にしかならない。
 そもそも沖野の解説だと「四尺調」と言うべきで,これを「尺合調」という意味が見当たらず,あまりにも不自然である。おそらくは何か記述に誤りがあるのだろうと考える。

(おわり)


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