« 2018年5月 | トップページ | 2018年7月 »

月琴61号 マツタケ (3)

G061_03.txt
斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴61号 (3)

STEP3  Tricholoma bakamatsutake

 でわでわ----初代不識の高級月琴61号,修理開始いたします。まずはお飾り類をハガしてゆきましょう。

 なぜか山口のところにへっついてた第4フレットと,最終第8フレットの接着痕から白いアイツ,木工ボンドが出てきましたが,今回はこのくらいなようですね。
 まあでもいちおう呪っておきましょう(w)----これをやらかしたヤツ,三日連続して起きがけに足の小指をぶつけますように。ふんぎゅるぷぎゅる。

 事前の調査では,内部構造は響き線に多少サビが浮いているほかは問題ナシ。ほかの作家さんの楽器と違って,この人の月琴では表裏板と内桁の接着が強固。月琴の胴は「 "太鼓" ではなく "箱"」であるとちゃんと分かって作ってるからですね。
 「太鼓」ならば皮の材質と皮張りの工作如何で音が決まりますが,「箱」は各部の接着・接合がしっかりしていればしっかりしているほど,構造の全体が共鳴して音が良くなります。

 ただ,表板右の貫通した割れ目。中央がわが少し反って,割れ目から幅1センチほど内桁からハガれてますので,ここはしっかり再接着しておきたいところです。
 まずはお飾りはずしで板を濡らしたついでに,反ってる部分も湿らせ,当て木に板を渡して太ゴムで圧迫,軽く矯正しておきます。二日ほど置いて様子見,板が平らになったところで剥離部分を接着。次に割レを埋めます。

 左右の割レともに細いので,いちど断切りの刃先を入れてすこし広げてからにしましょう。ここに桐板を薄く削いだのを挿しこむんですが,なるべく奥まできっちり押しこみたいのに,そのままだと板が薄すぎてうまくいきません。そこで薄板が割れずにまっすぐ入るよう,横に添え木を渡して薄板を支えてもらいます。
 この楽器も割れたままでずいぶん長いこと放置されてたみたいですね。埋め木接着のため割レ目にお湯とニカワを挿したら,裏から真っ黒になった汁が出てきました。裏板ハガしたときの内部のホコリ,けっこうなものでしたが,アレもここらから入って行ったんでしょうねえ。

 右の長い割れ目と半月下の短い割れ目の間,地の側板の中央付近にもハガレが出てますので,これも接着しておきます。ここはいつも言ってる「楽器の背骨」にあたる部分。月琴の修理は内部構造とこの「楽器の背骨」から始めるのが基本です。あらかじめこういうの部分さえ固めておけば,ちょっとぐらい無茶な工作してもだいたいは保ちます。
 翌日,長いほうの割れ目の埋め木を整形,短いほうの割レを埋めます。ついでに数箇所,バチ皮の貼られていたあたりに虫食いによる浅いエグレ,あと裏板がわから見て棹口の左がわにも板から侵入した虫による食害部分がありますんで,こちらも木粉粘土で埋めておきます。

 続いて響き線のお手入れ。

 不識の楽器の響き線はやや太目で,形状も直線ですからお手入れはラク。よほど錆びついていないかぎりポッキリ逝ったりしませんからね(w)

 まずは下にラップを敷き,サビやら汁やらがこぼれないようにします。月琴の板は「ヤシャブシ」という染料で染められているのですが,これが鉄と反応しやすい。ちょっとした鉄粉でも時間が立つと空気中の水分と結合して黒いシミの原因になってしまったりしますので。
 まずは表面を Shinex#400 で擦ってサビ落とし,#1500 くらいので磨いたら,柿渋を塗布。一度目のはキレイに拭き取もう一度塗って表面に黒い被膜を作ります。
 柿渋のほうがヤシャブシよりも反応が早いですからね。塗った瞬間から真っ黒になってゆきますです----ああ,やっぱりカガクってスゲぇなぁ(w)
 柿渋が乾いたところで布でよーく拭い,ラックニスを軽く刷いてできあがりです。
 作業が終わったらラップをはがし,まるめてポイしましょう。鉄粉がこぼれないよう,慎重に~ですよ~。

 ついでに原作者のつけたこのでっかいスペーサも整形しときます。接着自体は強固でしたので,ハミ出してる部分を切り取るだけですね。

 修理前の計測によると,この楽器の棹ははじめから山口のところでちゃんと3ミリ背がわに傾いております。位置や角度のほうは問題ないんですが,取付にややガタが出てまして,棹に力がかかるとややお辞儀をするのと,楽器のお尻がわから見てわずかに右方向へネジれていました。基部の左右と先端背がわにツキ板を貼って調整します。

 胴との接合面の微調整とスペーサ3枚で解決できるあたりはさすがですが,不識のウデマエから考えると若干調整が甘い----これも大量生産期の弊害でしょうか。

 大流行したといっても,月琴はそんなに高額な楽器ではなく,利益率はあまり良くありません。箏とか三味線に比べると,薄利多売で儲けるしかない楽器なんですね。当時は流行りに乗って,作れば作ったぶん売れたんでしょうが,あまりに仕事が増えすぎれば工作精度が下がる,あたりまえのことですね。
 まあこの楽器の場合は,初代不識なのでこの程度で済んでるって感じもないではありませんが,庵主がいままで見てきた中にも,内桁を省略しているもの,ギターみたいに棹を接着してるのとか,響き線に焼きも入ってないただのハリガネぶッこんでるのなんかがありました。ああいうのもほとんどは,大流行期の無知と大量生産のためのコストの追求から生まれたもンだったんでしょうねえ。



(つづく)


柏遊堂5 パラジャーノフ (2)

HL01_02.txt
斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 柏遊堂5 (2)

STEP2  ざくろの色

 依頼修理の柏遊堂。
 全体の測定と外がわから見た要修理個所の確認は終わりましたので,こちらも中をのぞいてみましょう。

 棹口の割レの補修もありますので,オープン修理は既定の路線。まずは裏板をへっぺがしますベリベリ。

 パラレルの2枚桁,胴をほぼ三等分してますね。
 上桁は左右に木の葉型の音孔のあいたよくあるタイプ,下桁はツボ錐で3つ孔をあけた簡易版。35・43号がこれとほぼ同じ作りになっていました。
 材質はヒノキのようです。目の詰んだ,わりといい板を使ってます。
 表裏の板が割れたまんまで長いことあったせいか,細かな灰色のホコリがかなり入り込んでました。

 響き線は側板と板との接着面に小さな孔をあけ,そこに折り曲げた基部を挿しこんでいます。胴体が箱になると線の基部は側板と裏板に挟まれ,安全に固定されるって寸法ですね。
 ただ直挿ししたのよりはスポンと抜けそうになく,使っててもいくぶん安心できそうな加工ですし,線自体は直線なのでさほど細かな調整も要りません。そして響き線の基部として木片を別に接着するよくある方式に比べると,材料や工程が一つ二つ少なくなりますんで,経済的な効果もあります----が。

 この工作には致命的な欠陥がありまして。
 一つに響き線の基部が胴板を接着する工程で必ず濡らされること,二つにそこがニカワにくるまれてること----
 まあ,一年二年ならさほど問題ないんですが,木もニカワも呼吸してますんで,なにもしなくても10年は保たない工作だと思いますよ。早ければ2~3年で根元が錆び朽ちてしまうでしょうね----よほど「奇跡的な」保存環境下にでもないかぎり。
 この作家さんの響き線は細め,線本体のサビはたいしたものじゃなさそうですが,裏板の下になってた基部のあたりは線の鉄分が滲み出して真っ黒いシミとなっております。アートナイフの先で擦ってみるとガサガサしており,感触からするとやっぱり芯までボロボロに腐っちゃってる感じですね。現状,なんとかつながってますが,激しくゆさぶられでもしたら,簡単にポッキリ逝っちゃいそうです。そういえば同じ作者の43号も,うちに届いた時には響き線が根元から折れて胴内で転がってましたっけねえ。

 棹孔の少し下に墨書----まあ「目」印?なんでしょうね。
 コッチがオモテでココが上,といったところでしょうか。あとは,上桁の棹口とか側板の中心線とかに指示線が入ってます。これもこの人の楽器の特徴なんですが,こういうのがぜんぶくッきりとした墨線なんですよね,エンピツじゃなく。
 国産月琴の多くは明治のころに作られてますが,多くの楽器でこういった工作の指示線を引くのにエンピツが使われています。時代が時代だし墨のほうが多そうなものですが,実際には墨でキッチリ線を引いてる例は少ないほうですね。


 表板は6枚,裏板は10枚まで矧ぎ目が確認できました。
 柏遊堂,板の矧ぎがあまり上手じゃなかったようですね。
 板を横に矧ぐ(継ぐ)とき,接着面となる辺の中心部分がすこし凹んでる感じに削る,っていうのはけっこう良く知られたテクニックなんですが----その加工をいくぶんやりすぎてます。(w)
 そりゃ割れますわ,ハガれますわな。
 表板は基本的に柾目板ですが,裏板はやや板目になってる板を組み合わせてますんで,木の収縮もあってそらも~バッキバキに割れてます。剥がす前で5つに分かれてましたが,作業中にさらにいくつかに細かくなっちゃいました。

 内部の様子も分かったところで,フィールドノートを(下画像クリックで別窓拡大)----

 ではさっそく,修理をはじめます。
 棹口の割レの修理のため,天の側板を分離します。ヒビ割れのところから板も浮いてるし,片側の接合部も元からハズれていたので,比較的簡単にハガレてくれました。

 うおぉおお……ハガした下からでッかい虫食いが出てきました!
 板ウラだけじゃなく,側板の端も少し食われてエグれちゃってますね。
 ここは後で穴埋めです。

 問題の割れ目は,裏まで完全に貫通はしていないものの,ほとんど皮一枚ってとこでしょうか。指を入れて広げると,けっこうカパカパ開いちゃいますよ。
 ニカワでやってもいいのですが,ここは「壊れるべきところ」じゃなく,本来の使用では壊れちゃいけないところ。力のかかる大事な部分だけに,修理後も安心して使用し続けてもらうため特に頑丈にしときたいので,エポキを使います。

 割れ目が狭いので,練ったエポキをエタノで緩め,クリアフォルダの切れ端などを使って流し込むように挿し,割れ目を開けたり閉じたりしながらじゅうぶんに行き渡らせてクランピング。はみでたぶんは綿棒などでしっかり拭き取っておきます。
 一晩おいて竹釘を打ち,裏に補強ブロックを接着します。

 棹口の補修には掟破りのエポキも使ったし,接着自体もうまくいったので,おそらくは単体でも大丈夫かとは思うのですが。ちょっと前に帰ってきた「ぼたんちゃん」もこの工作をしておいたおかげで,棹は半壊したのに胴体の損傷は軽微で済みました。なにごとも保険をかけとくのが正解ですね。
 材はカツラ。接着面を側板内がわのカーブに合わせて削るのが,毎度のことながら辛悩ですわい。
 この補強ブロックの接着はふつうにニカワです。ここは「壊れるべき時に壊れていい」ところです。後付けだし,衝撃吸収のためハガれてもいい,またもっと良い修理法が確立されたらそれに取り替えてもイイからですね。
 ----あ,もちろん手は抜いてませんよ。胴体が箱になったら手出しできなくなる内部の部品ですしね。ふつうに使ってたらけっしてハガれないよう,丁寧にくっつけておきます。(w)

 棹は角度の調整があるので,延長材をはずしておきます。
 基部を筆でじっくり湿らせた後,濡らした脱脂綿を巻き,ラップと輪ゴムでくるんで一晩。
 問題なくハガれてくれました。基部の加工はちょっとガタガタですが,接合の工作は比較的丁寧です。

 補修・補強をすませ,整形した天の側板に棹を挿してみます。
 棹の角度とか調整はあとでじっくりやるんで,この時点では棹基部が棹孔に通ればとりあえず合格。

 ----といったあたりで今回はここまで。


(つづく)


月琴61号 マツタケ (2)

G061_02.txt
斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴61号 (2)

STEP2  Tricholoma matsutake

 さてさて,3面相次いで到着した夏直前の修理楽器。
 まずはこちらからはじめます。

 外がわからの観察では,欠損部品は糸巻1本と蓮頭,山口と第6フレット。棹上の第4フレットが山口のところにへっついてるのは,まあご愛嬌として(目が笑っていない)……このくらいならまあ少ないほうですし,現在ついてる部品もほぼすべてオリジナルと言って良いようです。
 あ,そういえば届いた時には須磨琴かなにかの糸巻が1本ささってましたけど,あれはノーカンで(w)

 損傷は表裏に貫通したヒビが1本づつ。あとは表板半月の下と裏板中央ラベル痕のあたりに短いヒビが1本づつ。 虫食いも数箇所あるようですが,裏板棹孔の左がわにちょっと大きな孔が見えるほかは,さほどヒドそうでもありません。前の「らんまる」みたいに,虫食いホジってはいほーはいほーで一週間てなことはなさそうですね----ほっ。

 棹孔からのぞいた感じ,内部は全体灰色にホコリをかぶっており,響き線に少しサビも浮いてるようでしたので,確認のため裏板を剥がします。

 いつもどおりの不識の月琴の内部構造ですね。
 パラレルの2枚桁,直線の響き線。
 内桁と側板本体はサクラ,側板の厚みは最大でも7ミリていどしかありません。外から見ての通り,丸く組み合わせた側板の上から唐木の薄い板を貼りまわしていて,その化粧板の厚みがだいたい1.5ミリですから,いちばん薄いところで側板本体は3ミリちょいくらいになっちゃってます。
 この手の工作をした楽器では,よく化粧板が部分的に浮いてブユブユになっちゃったりしてるもんですが,さすがに不識。薄いスキマは見えますが,接着の剥離している箇所などはありません。

 側板本体の接合は凸凹組み。四方ともに健全,ビクともしてません。側板と内桁は,一見ただ接着させてるだけのように見えたんですが,よく見ると側板の内側にごく浅い溝を彫り,そこにはめこんで接着してますね。上にも書いたよう側板ごく薄なんですがよくやったものです。

 響き線の基部は紫檀の白太----黒くなれなかった部分を使ってます。材自体が貴重になってきたこともあり,今はけっこう色味の違いを面白がって使う人も多いんですが,ちょっと前までは切り取って捨てちゃってたところですね。
 響き線を止めるクギの頭が突き出ていないのも,この人の楽器の特徴です。
 ほかの作家さんの工作では,このクギを大きく突き出させて,響き線に軽く触れるようにした加工もよく目にしますが,あれは響き線というものを 「なんか楽器振ってガシャガシャ鳴らすためのモノ」 と勘違いしたところからきた妄想工作ですね。
 何度も書いてますが,この部品は基本「偶然に鳴っちゃう」ことはあっても「故意に音を鳴らす」ような構造にはなってませんので,修理人としましては,わざと振ってガシャガシャ鳴らすような野蛮な行為は,なるべく慎んでいただきたいところであります。
 不識の楽器でクギの頭がムダに出てないのも,この人がこの楽器のことを「ちゃんと分かって」作っているからにほかなりません。

 内部の観察でとくに目に付いたことといえば,まずこのスペーサ。
 前にも書きましたが,初代不識は月琴の棹を,糸倉から棹なかごまで一木で作る,というのを信条としているようで。そのため,一般的な延長材を接いだ形式の棹にくらべると,後でやる調整工作に限界があります。
 あとで調整している際に,棹の角度とかの修正がある程度以上必要になった場合。ふつうの工作だと延長材をはずして取付角度を変えるとか,いッそ作り直すとか。棹のほうの加工だけでだいたいのことは何とかなるのですが,不識の形式の場合は削るにせよ足すにせよ,そう大仰なことができないわけですね。
 そこでこうやって,胴体の棹を受ける孔のほうを加工してスペーサを噛ませることになるわけですが。彼は基本この工程を胴を箱にしてからやっているらしく----胴が密閉されたあとだと,取付作業は手元の見えない盲仕事になりますよね。それで作業をやりやすくするため,こんな大きなスペーサを使ってるんだと思います。

 もう一つ。
 裏板のウラがわから墨書が出てきました。

 初代不識は楽器に署名を含めてあまりシルシを残さない人で。ごくごく簡単な指示線すら引いてないこともあり,以前半月をはずしたとき,元の位置が分からなくなって困ったことがあります。(w)そのくらいなので,棹なかごに書かれた漢数字以外でこの人の文字を見たのはこれがハジメテかもせん。かなりの達筆ですね----ちなみに文面は 「此めん裏」
 うむ,もう少しなにか書いといて欲しかったですねぇ……たとえば「鏑木渓菴暗殺事件」の真相とか(w)

 同じ関東の作家でも,唐木屋や山形屋,清琴斎なんかの月琴の胴はほぼ真円に近かったりするのですが,不識の楽器の胴は月琴としては丸くなく,やや四隅が角張った感じになってるのがふつうです。この楽器の場合は,さらに1時7時方向にわずかにふくらんでますね。これは部材の狂いとかじゃなく,もともとの工作のようです。
 このため「楽器の中心」と「板の中心」が若干ズレてしまっていますが,まあさほど気にするレベルの差異でもなく,作家本人も分かって作ってますんで,あまり問題はないかと。

 表板は12まで,裏板は13まで矧ぎ目を確認しました。目の粗い柾目や板目の板では,ここまで細かく継ぐと自然な一枚板に見せるのが難しいんですが,この楽器の板はかなり目の詰んだ柾目板。ここまで細かいともう,とにかく真っ直ぐ切れば,木目合わせるのもラクそうですもんね~。
 ギターとかバイオリンのほうから考えますと,柾目のほうが音が良いから,みたいな結論になっちゃうんですが,前にも書いたように,国産月琴の表裏板の場合,これが板目から柾目になっていった理由は,音のことを考えてのことじゃなく,「柾目板のほうが均質な板を安く作れる」といったコスト方面からの必要のほうが大きかったと思いますヨ。

 ----といったあたりで。
 今回のフィールドノートをどうぞ。


(つづく)


月琴WS@亀戸 2018年7月場所!

20180728.txt
斗酒庵 WS告知 の巻2018.7.28 月琴WS@亀戸 梅雨明けの氷河期を願う の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 7月場所 のお知らせ-*


 2018年,7月の清楽月琴ワークショップは,28日土曜日の開催予定。
 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願い。

 お昼下りの,にょろにょろ開催。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。うちは基本,楽器はお触り自由です。

 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 8月は庵主帰省のためお休みにさせていただきまあす。

 59号ぴょんきちはお嫁にゆきました。57号時不知(石田不識)がまだ嫁き遅れております(w)興味あります御方は,試奏がてらにでもどうぞ~。

月琴60号/61号/柏遊堂 (1)

G060_01.txt
斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号/61号/柏遊堂 (1)

STEP1 いろいろきた!!

 6月に入って。
 春から続いた太清堂ラッシュと59号までの修理が終わり,これで夏まであとはのんびり…とか思ってたんですが(w)
 まず1面め,こんな楽器がとどきました。

 自出し月琴60号。

 全長:615。
 胴:縦342,横343,厚40。
 有効弦長:387。

 全体としては当時の普及品の楽器のスタイルになってますが,よく見ると,うなじがビミョーなカタチだし,棹と表板の接合部に段差があったり,半月がマジで「半円」になってたり,糸倉のアールや孔の位置が特殊だったり----とヘンなところ満載のナゾ楽器です。

 お飾りもちょっと凝った彫り。
 花びらや葉の重なりに段差をつけて陰影を細かく出してますが…え~と,そもそもこれは菊?
 それともダリアかな?(w)



 ここなんかも面白いとこですねえ。
 胴のオモテとウラで,板の厚みが違ってます。
 オモテが5ミリ,ウラが3ミリ………考えたことは分かるよ,うん。
 表板には半月もあるし,棹からの圧だってかかるから丈夫にしなきゃならない。いっぽう裏板は身体のほうに向いてるだけだから薄くてもイイや,ってあたりか。
 いや,でもね----残念だけど,これ箪笥じゃなくって楽器なんだ。(w)
 いい音を出すことが最優先。
 強度は二の次なんだよね。やるなら工作がウラオモテ逆ですわ,orz

 棹がビクともしません,ハズれません。
 まだハガしてないので詳しくは書けませんが,裏板のハガレてるとこムキっとして中をのぞいたら,三味線のなかごみたいな丸棒が内桁にささってるみたいです。
 中央付近一枚桁で,ほかの部分の様子は見えず。振るとカラカラ音がしますので響き線は入ってるようですが,今のところ内部構造はナゾです。

 山口に糸の擦れ痕もあるし,半月にも糸圧痕があるので,実際に楽器として使用されたことはあるようですが,バチ痕はそれほど見えません。目立った損傷は,表裏の板割レのほか,胴向かって右上の接合部付近に,側板の大きな割れがあるくらい。
 この胴の材もちょっとナゾですね。あまり固そうな感じはしません。染めてありますが木地はなにやら白っぽい木のようです----針葉樹かも。
 糸巻も4本揃ってますので,状態としては悪くないほう。出品地は浜松……工作から見て木匠の類のヒト,だとは思いますが,月琴に関してはかなりシロウトさんの作かと考えられますので,まともに弾ける「月琴」にするためには,ちょっと「改造」に近い手直しが必要かもです。



 つぎにとどいた61号は,一目見て分かる初代不識製。
 すらりとまっすぐで長い棹,大きく薄い胴体,半月の形状はこの人独特のものですね。


 棹が紫檀のムク,胴側にも同じ紫檀の薄板をぐるりと貼り回しているので,表面からは四方の継ぎ目が見えません。半月もお飾り類も唐木,フレットは牛骨じゃなく象牙ですね。
 いままで扱った初代不識の月琴のなかでも,いちばんの上等品なんじゃないかな。
 糸巻も唐木でオリジナルが3本残ってます。
 もう一本オマケで,あきらかに月琴の糸巻ではない短いのが挿さってましたが----コレはたぶん一絃琴か二絃琴の糸巻じゃないかと。

 蓮頭無しで全長660は「時不知」とぴったり同じですが,胴縦358,横368は時不知より7ミリも大きい。ほかの作家さんの楽器と比べて,不識の月琴はだいたい大型なのですが,今回の楽器は今まで扱った中でもいちばん大ぶりですね。

 棹は304。坪川辰雄の「清楽」(『風俗画報』)に 「(月琴の)棹の長さは天神より八寸位なり,渓菴は之れを一尺内外に造れりと云ふ」 とあります。関東の作家の棹が概して関西のそれにくらべると長く,第4フレットが棹上にあるのも渓派の勢力が江戸で強かったためもありますが,さらに石田義雄は渓菴の弟子,明治になってからの渓派の幹部の一人でもありました。その楽器に渓菴の自作楽器などの特徴が色濃く残ってても何ら不思議はありません。

 表板に4行の墨書があります。
 左右端の2行は字も細く,かすれててほとんど読み取れないんですが,内がわの2行は 「如竹之笣/如松之茂」 ではないかと----ただ,この「笣(竹+包)」は古書に出てくる竹そのものの種類を表す字ですね。「茂」と対句なのですから,これも動詞のはず。タケカンムリじゃなくクサカンムリの「苞」に通じさせて 「竹のつつめるがごとく/松のしげれるがごとく」 と読ませたいか,音通で「萌(ほう)」に通じさせて 「竹のもゆるがごとく/松のしげれるがごとく」 とでもしたかったんじゃないかと。
 ううむ,いちおう漢字の専門家としましては,どっちもけっこう無理があるけどなあ(^_^;)
 左端に署名と落款があるようなんですが,やっぱり読めませんね……あえてムリヤリ読んでみるとするなら「樺澤逸士 書」かなあ。

 裏面にはラベルの欠片と接着痕が残ってます。


 上の丸いのは菊の御紋の真ん中に「賞牌」と書いてあって,勧業博覧会で賞をもらったという記念。下は完全に痕だけになっちゃってますが,サイズと形状から上に 「不識作」 下に 「東京神田/錦街之住/石田義雄」 とある四角いラベルです。現在確認されている初代不識の月琴のラベルには,このほかに上左右角を斜めに落とし,真ん中に 「石田不識作」,左右に 「日本東京神田/南神保町五番住」(右画像) と書かれた2種類があります。
 上に貼られた賞牌記念が後者のラベルでは「賞牌・褒状」の二つに増えてるので,以前は単純に「錦町」のが初期で「南神保町」のが後期,としていたんですが。
 最近資料を調べ直していたらおかしなことに気がつきまして----
 楽器商リストで見てみると,石田義雄の店を南神保町と記した例は明治25,27,28,31年。でも錦町とするものも明治24,36,大正13年にあるんです。
 つまり,同時代に2つの住所が重複して見られるわけだ。

 明治27年の『東京諸営業員録』という本は,不識の店の位置を 「神田区南神保町五 五十稲荷前ヲ北ヘ一半南ヘ〓〓(〓部分不明) としています。東京は戦前戦後にかなり地名が変わっちゃってて,今は「南神保町」という地名もなくなっちゃってますが,「五十稲荷」は現在もほぼ同じ位置にあり,錦町の住所地のほうは表記も場所も当初からほぼ変わってません。古い地図で見てみると,「五十稲荷前から北」 へ向かうということは,これは間違いなく南神保町の店を指しているのですね。

 おそらく初代不識は,もともと錦町で製作・営業をしていたのが,明治20年代の月琴の流行とともに,販売店舗を独立させて南神保町にも開店……しかし,明治27年の日清戦争後,清楽の衰退とともに南神保町の店を閉じ,もとの錦町の店舗のみに集約,ラベルも元のに戻した----とかいうようなことがあったんじゃないかなあ,と推測してるのですが。
 まあさて,証拠はない。(ww)
 それにしても,こんなラベル一つからでも,過去の人のことがいろいろと想像できるものですニャ。

 さて,今回の楽器ですが上にも書いたようにラベルは錦町時代のもの。ただしニラミの菊が正面向きではなく,ほかの作家さんの楽器でも見る,よくある横向きのデザインになっていますし,正面向き菊をつけた1号や27号よりも工作が凝っていることからも後期の作だと思われます。



 ここで今期も依頼修理の楽器が!
 なんか今年はよく来ますねえ。

 第4フレットの痕跡が棹の上----さっき書いたように,関東の楽器,あとは材質やデザインから,月琴流行時の普及品タイプの楽器のひとつだとは思うのですが。さて外見からはイマイチ,どこのどなたの楽器だかが分かりません。

 蓮頭は線刻の宝珠,お飾りはザクロ,どちらも良くあるっちゃあ良くあるデザインでして。
 だがしかぁし!----棹を抜いたら現れた,ほかの作家さんの楽器ではまず見ない,この独特な棹なかごの形状は!!!

  「柏遊堂」の月琴ですね。
 いままでにも21・35・43・52号と4面も扱ってますんで,けっこうな数作ってた人だと思われるんですが,いまだに正体不明。
 楽器は外見的には浅草 「清琴斎(山田縫三郎)」 の楽器に酷似してますし,名前は稲荷町の 「柏葉堂(高井徳治郎)」 に近い感じですね。
 この棹なかごのデザインは,三味線のなかごの縮小版みたいな感じですので,たぶん出自は三味線師。屋号が「柏屋」のお店のどなたかだとは思うんですが………東京の楽器屋で「柏屋」ってのは無数にあるんですよね~。

 全長:660。
 胴:縦350,横348,厚39。
 有効弦長:342。

 こちらも糸巻は4本そろってますし,板の割れやフレットの欠損はあるものの,一見そんなに状態は悪くなく,なくなった部品をちょと足せば弾けちゃいそう,にも見えるんですが----

 まずこれですね。
 棹口の左右がバッキリ逝ってます。
 この楽器ではよくある故障で,床に置いてたのを踏み抜いたか,たてかけて置いたところに寄りかかっちゃったか……まあマトモな状態のヒトなら,楽器に対してまずやらないことだと思われますんで,庵主はすべからく酔っ払いのシワザ(w)だろうと踏んでおります。
 表板中央の2条のヒビもこの損傷が原因ですね。
 「よくある故障」とはいえ,ここが割れてるのはけっこうな重症。なんせここは,棹からの力がいちばんかかる場所。人間で言えば「頸椎損傷」ってくらいの病状にあたります----あたりまえのことですが,ここが割れた状態でいくら締めても,棹が微妙に浮き上がって音はそろいません。

 さらに,棹なかごの延長材部分がまあ,こんなことになってまして。(^_^;)
 測ってみますと,棹の傾斜が山口のあたりで胴水平面からマイナス8ミリもある。いつも書いてるとおり,この楽器の棹は背がわに傾いてるのが理想形なのですが,国産月琴の場合,ふつうは3~5ミリ----8ミリはいくらなんでもちょと傾き過ぎですねえ。

 この楽器の半月の高さが10ミリ。半月の工作がふつうで通常のかけ方をした場合,糸はだいたいその上面から2ミリほど下で出ます。
 対して山口の高さが11ミリですので,棹の傾きぶんを引いただけでも,弦が頭方向にエラく傾斜しちゃうだろうってあたりは,実際に張って見るまでもありません。

 理想としましては,棹の傾き3~5ミリで,山口の頭が半月のとこでの弦高より1~1.5ミリ高くなってないとならんのです。この楽器のように弦が頭方向に傾斜すると,フレット高はやたら低くなりますが,胴との接合部付近で弦を押さえた時,弦が「へ」の状態になり,ビビリが発生します。
 最初は修理の結果かな~とかも考えたんですが----そもそもの棹口や表板の割れが修理されてないわけですし。基部表がわに残っている墨書(「四」)の状態などから見ても,この棹なかご,間違いなくオリジナルの工作のようです。
 最初はホオの木で延長材を挿したら,傾きが足りなかった,そこで削って調整してくうちに,スペーサの杉板が一枚から二枚へ……おそらくはそのように,原作者がより良い楽器に調整しようと努力した結果なのだとは思いますが----いや,ここまでやるんだったら,延長材はずしていッそ最初からやり直したほうがよっぽど早くね?
 という感じ。
 たぶん途中から,もう意地になっちゃったんだろうなあ。
 できあがってから,「あ……」(もっとカンタンな方法があったことに気がつく)とかなったろうことは想像に難くない(www)


 61号は思うところもあり,とりあえずの記録を採って,修理はちょと保留しておきますので,今期の修理はこの2面。
 まだ6月なのにやたらと暑い日が続いております。
 夏になると,四畳半一間,全自動冷暖房「大自然」完備のわが工房(w)および中の人は,作業不能な状態となります。

 さあ本格的な夏の到来前に直せるかどうか!


(つづく)


F.Du Bois "THE GEKKIN MUSICAL SCALE" (2)

dubois01.txt
斗酒庵まじめに翻訳する の巻

Transactions of the Asiatic Society of Japan Vol.XIX 1891 より
F.Du Bois "THE GEKKIN MUSICAL SCALE" (2)


 月琴は日本でよく使われている中国の楽器である。
 胴体は平らな円形板二枚で構成されており,共鳴板に孔はなく,直径14インチ,厚さは1/2インチである。その内部には一片の金属片が楽器が,演奏されるときに振動するよう,ゆるやかに取り付けられている。棹の長さは約10インチ,先端には4本の糸巻が挿しこまれ,2本づつ組の複弦----弦がワイヤではなく麻 で作られているところののみ異なるがマンドリンと同様である。その弦のかかっている箇所の棹から表板の一部にかけては,竹もしくは骨や象牙で作られたフレットによっていくつかの空間に(これも我々のマンドリンやギターのネックのように)分けられており,どこを押さえればぴったりの音が出るのか分かるようになっている。月琴はこれらのフレットがあるおかげで,どんなチューニングにしても無限の音階から特定の音を安定して得ることができるわけである。
 軽便な楽器なゆえに,今では中国の曲だけでなく日本の曲も月琴で演奏されるようになっている。したがって,この月琴という中国産の楽器は今や,われわれが日本の音楽について理解するうえでも有用な存在となっていることは否めない。

 月琴のフレットの間には8つの空間があり,開放弦の音2つと合わせて18の音を正確に出すことができるが,18音のいくつかは重複したものであり,同じ音のオクターブ上の音も含まれる。楽器の音域は1オクターブと4分の1に及ぶが,実際によく使われる範囲は1オクターブの中におさまる程度である。
 月琴の演奏では二種類のチューニングが使用され,一つは「本調子」,他方は「二上リ」と呼ばれている。「本調子」で低音弦の開放をドとすると,高音はソにあたる音となり,「二上リ」では低音弦がレ,高音弦はソとなる。 中国の楽曲はすべて「本調子」で演奏されるが,日本の楽曲は多くが「二上リ」,一部だけが「本調子」である。
 日本音楽の音階は,わたしたちのそれに近く7音で構成されているが,そこにシャープやフラット(すなわち半音の概念)はなく,したがって,そこにはたった1つのスケールしか存在しない。 彼らのミとシにあたる音は,どちらもわたしたちのそれより低めで,音の間隔はほかとほぼ均等な関係となっている。この日本の音階にもっとも近いものは,6変ト長調(Gフラット)であるが,わたしは本調子の曲をハ長調(C)に,二上リのものはト長調(Gメジャー)に変換することにしている。これは単に個人的な利便性の問題であり,「二上リ」の曲は実際には5 black notes に近い。

  日本にも楽譜というものはあるが,そこで使われる記号はわたしたちの楽譜にある音符と,必ずしも同じ機能を持っているとはいえない。月琴の楽譜はもともと中国語(漢字)で,それを日本人は自分たちに合うように最適化したものである。 この「音楽に使われる文字」は,音そのものではなく(月琴の)フレットを示しているものである。たとえば「上」は低音の開放弦を表し,本調子ではド,二上リではレに対応する。「尺」は本調子ではレ,二上リのミに対応するが,ソとラはどちらのチューニングでも同じ符号で表される。
 どちらのチューニングでも同じ記号が使われるので,記譜された音楽が本調子か二上リか,どちらで演奏されるものであるのかを知ることが重要になってくるわけだが,これには非常に簡単な方法がある。 すなわち譜にもし「工」の文字があるなら「本調子」,なければ「二上リ」なのである。というのも,二上リの曲は5つの音---- レ,ミ,ソ,ラ,ド----だけで演奏されるからである。「工」は本調子でミを表すが,二上リではファであり,このファの音は二上リのチューニングのメロディーには使用されない。この音符文字は9種類あるが,そのうち2つは音が重複しているので,わたしたちの7音階と基本的に対応する。表にするとこのようになろう----

ファ
六・合四・五本調子
ジャンチェコンハンリウ,ホォスイ,ウーイー高い
ジャン
高い
チェ
高い
コン
××二上リ
ジャンチェ

 上にあげたよう,1オクターブ上の音は文字の横に「イ」を付けることによって表されることになっている。
 ドレミと漢字の音符が対応していることは明白であるが,われわれにとってのファとシの2つの音は,二上リで書かれた曲には出てこない。本調子で書かれた日本の曲では,シを除くすべての音が表われるが,もしかすると中にはシの出てくる曲もあるかも知れないとわたしは考えている。

 いちおうドレミはそろっているのだから,月琴ではわたしたちの(西洋の)曲も,あるていど満足のゆくくらいには演奏できよう。しかしながらミとシのところがフラットに----均等な音関係になってしまっているため,それは完全に満足のゆくような表現にはならない。すなわち楽譜上,西洋の曲を「本調子」の音階に変換することはできるが,月琴やその使用される音符の実際の音とピッタリ合致することはない,ということである。
 ただ,月琴の奏者ならばどんな日本の曲でも,この日本の文字符にあてはめて記譜することができよう。この一文は,そのようにして記譜された日本の音楽を,われわれの音階に変換し,それをピアノで弾けるようにするための一助となればと書かれたものである。

    本調子      二上リ
ファ(工)
六合六合凡
四五四五佮
(乙)


【訳者注】


*麻:月琴の弦に麻糸を用いたという実例や記述は他で見たことがない。おそらくは絹糸を勘違いしたものだろう。

*たった一つのスケールしか存在しない:ドレミファソラシドではミ・ファとラ・シの間は半音であるが,半音がないので,どっから切っても金太郎飴のように,同じ関係になっている,ということ。

*5 black notes:ピアノの黒鍵を5つ使用する音階。彼は「二上リ」の音階を便宜的にGメジャーに当てはめているが,古い明笛などから判明する清楽の実際の音階だと,本調子の時の「上」はEb~E,「二上リ」で1音上げたとすると,起音はF~F#となる。おそらくはBを基音とする#が5つのロ長調が近かったのではなかろうか。

*日本にも楽譜というもの:いうまでもないがここで言われているのは「工尺譜」のこと。日本にも古くから笛や三味線の文字譜はあるが,ほとんどは発生する音を文字に置きかえただけのもので,音を音階にあてはめて記録した西洋風にいうところの「楽譜」とは意を異にする。また日本の清楽における工尺譜の使われかた(付点法)は大陸のものと異なり,簡略化された独特のもので,流派によっても違いがあり統一もされていない。

*巻末に掲げられた月琴の運指図。高音弦第8音は「亿」ではなく「伍」,最高音は「仩」ではなくギョウニンベンの上,「」である。

【訳者考察】


 このブログの読者なんかはあまり知らないかもしれないが,庵主の本業は中国関係の物書き・翻訳屋である。HPで『中国のマザーグース』なんか見ていただくと分かるかもしれないが,なかでも中国がらみの古い英語文献はけっこうな好物だ。
 こないだ紹介したクラウスの楽器に関する本などもそうだが,この小文も大陸の研究者などには良く引かれる有名なものなのに,日本の研究者の文章にはなぜかまず出てこない。同じものを研究しているのに不思議なことである。

 かなりぶッとばして訳したので,かならずしも適訳でない部分もあろう。不明な箇所は原文と引きあわせながら読んでもらいたい。ただしけっこう癖のある文章ですよ。(^_^;)庵主,思うところは主に2つ----

1)まず,工尺譜を「月琴の楽譜」と考えているところに間違いがある。
 工尺譜自体はもともと特定の楽器のためだけのものではない。同じ音に「合・六」「四・五」と重複して文字があてられている不自然に気がつけば,これが音域の異なる楽器の合奏のためのものと当然分かるとは思うのだが。
 ただし,同時代の譜本の解説などを読む限り,当時の清楽家の多くも同様の認識(工尺譜=月琴の指譜)でしかなかったであろうと思われる。
 明笛を基音楽器とした時の各楽器の音階と工尺符字の関係はおおむね以下のようになる----

明笛(乙)
実際の音3G3A3B4C4D4E4F4G4A4B5C5D5E5F5G5A5B6C
月琴六/合五/四𠆾
胡琴
(二凡調)
合/六四/五𠆾亿

 これもデュボアの論考同様,便宜的に月琴の低音開放「上」を「4C」とした場合の表である。注にも書いた通り,実際の音はこれより長3度ほど高い。

2)中国曲のみをやるほうの「清楽」においては,ここで「本調子」と言われている月琴の通常の調弦に,さしたる呼び名がない。月琴では低音弦がお三味の二の糸,高音弦が三の糸に番手が近い。それを考えた上で三味線のそれと比較するならば,月琴の「本調子」は間5度で三味線の「二上リ」にあたり,デュボア書くところの「二上り」が間4度で三味線の本調子に対応する。
 上の表のように月琴の調弦を「合」からはじまる明笛の音階のうちに含まれるものとするならば,これは大陸で言うところの「小工調」にあたる。
 工尺譜のソ・ラの音すなわち「合・六」「四・五」が2種類あるのは,月琴より低い音域の出せる楽器と合奏する際に,効果としてオクターブ・ユニゾンを用いるための指示である。上の表のとおり月琴の最低音は「上」で低い「乙」から下の音は出せない。そのため「合・六」「四・五」の区別はなく同じ音で発音するのである。
 「本調子」のチューニングのほかに「尺合調」と言われている調弦が,ここに「二上リ」として紹介されている調弦にあたるものと思われるが,清楽曲の「尺合調」の譜では符音の読み換えはなく,開放は「尺」のままである。また上に書かれた「二上リ」の譜の記述とは異なり,「上」と「凡」の字がなく,逆に「工」の符字はふつうに使われている。『清楽曲譜』に二種類の調弦による同じ題の曲例があるので,参考までにあげておこう----

「柳青娘」 http://charlie-zhang.music.coocan.jp/MIDI/OKINO/OKINO_A057.mid
「柳青娘(尺合調)」 http://charlie-zhang.music.coocan.jp/MIDI/OKINO/OKINO_A063.mid

 庵主は「尺合調」を読んでそのまま単純に「尺/合」の組み合わせの調弦と考えている。
 上で言う「二上リ」と同じもので,低音弦の開放を1音あげることにより,第3音が半音高くなるチューニングであり,ポップスや洋楽曲の演奏にはこちらのチューニングを用いることが多いが,清楽においてはこのチューニングで「凡」が使われた例がなく,おそらく低音開放の「尺」と高音弦の「伬」をオクターブ・ユニゾンで響かせて効果を出すのが主目的なのではないかとも考えている。
 実のところこの「尺合調」の実際について,しっかりと書かれた文献は少ない。
 沖野竹亭『清楽曲譜』「六段」の注に「六段ノ調ハ通常賀弾ノ時ハ此レニテ弾ズルモ,清笛或ハ風琴ナゾト伴奏スル時ハ下ノ尺合調ニテ弾スル可シ。清笛ノ尺音ヲ月琴六ニ取リ,上ノ絃ハ清笛ノ四ヲ二移音ス可シ。」と書いてある。
 これだと上=4Cの時には3A/4Dもしくは4A/5Dとなり,弦がかなり不安定になるので演奏不能。上=4Eとすれば4C/4Fとなり安定するため,これで実際弾いてみたところ,「六段」らしき曲は弾けるものの,譜にしてみると沖野の楽譜とはまったく違うものにしかならず,逆に沖野の譜を弾くと「六段」に聞こえない曲にしかならない。
 そもそも沖野の解説だと「四尺調」と言うべきで,これを「尺合調」という意味が見当たらず,あまりにも不自然である。おそらくは何か記述に誤りがあるのだろうと考える。

(おわり)


F.Du Bois "THE GEKKIN MUSICAL SCALE" (1)

dubois01.txt
斗酒庵まじめに翻訳する の巻

Transactions of the Asiatic Society of Japan Vol.XIX 1891 より
F.Du Bois "THE GEKKIN MUSICAL SCALE" (1)


The gekkin is a Chinese instrument of music much used in Japan.It consists of a circular, double, flat, imperforate sounding board about fourteen inches in diameter and an inch and a half in thickness. Inside the sounding board a piece of metal is loosely attached which jingles when the instrument is played upon. The handle is about ten inches long. In the head of it are inserted four winding pegs which serves to tighten two double strings in mandoline style; only the strings are not made of wire but of hemp. The handle and part of the face of the sounding board are divided off into spaces by frets of bamboo bone or ivory(such as we find on the handle of the mandoline or the guitar) to show were the pressure is to be applied in forming the notes. These frets limit the number of sounds and render these invariable in each tuning. Now Japanese tunes and Chinese tunes are produced upon the gekkin. We have therefore in the gekkin an instrument which should enable us to arrive at some positive notions about Japanese music.
There are eight intervals between the frets which with the two open strings give exactly the eighteen notes this instrument is capable of producing; but several of these eighteen notes are duplicates and others are an octave higher than is commonly used. The range of notes is an octave and a quarter though the tune is generally run within the limits of an octave.
Two tunings are made use of in playing upon the gekkin. One is called honchoshi and the other niagari:
In honchoshi the lower open string corresponds to Do and the upper Open string to Sol.
In niagari the lower open string corresponds to Re and the upper open string to Sol. Chinese tunes are all played in honchoshi while Japanese tunes are many of them played in niagari and others in honchoshi.
The Japanese scale is composed of seven notes which correspond very nearly to our own but they have no sharps or flats. They can therefore have but one scale. Their Mi and their Si are both flatter, than ours the other notes correspond almost absolutely.
The scale which corresponds most to the Japanese is in 6 flats or G flat. I have transposed honchoshi tunes however into the natural scale of C and those of niagari into the scale of G major. This however is a mere question of personal convenience.
Niagari tunes can be played upon the five black notes.
There is written music in Japan but the characters used do not perform exactly the same function as with us. They were originally Chinese and have been adapted by the Japanese. These musical characters represent frets rather than notes, for they always indicate the same place on the string to be pressed whatever the tuning maybe. Thus 上 represents the lower Open string and corresponds to Do in honchoshi and to Re in niagari, and the character 尺 corresponds to Re in honchoshi and to Mi in niagari while Sol and La are represented by the same signs in both tunings.
It becomes therefore rather important on seeing a piece of written Japanese music to know whither it is to be played in honchoshi or in niagari. There is a very simple way of telling. If the character 工 appear it must be in honchoshi, if not it is in niagari, for tunes in niagari are played on five notes---- Re, Mi, Sol, La, Do, and although 工 represents Mi in honchoshi it represents Fa in niagari and is not used in melodies in this tuning. The musical characters are nine in number corresponding to the seven notes of our musical scale, two of the notes having duplicate signs. They are:

DoReMiFaSolLaSiDoReMi
六・合四・五Honchoshi
janchekonhanriu,hosui,uitakai
jan
takai
che
takai
kon
××Niagari
janche

Notes above the octave are indicated by placing the sign イ before the corresponding lower sign.
In the examples of transposition given below it will be seen that all the notes of our scale come into use in Chinese tunes; that two of our notes Fa and Si do not appear in Japanese tunes written in niagari; but that in Japanese tunes written in honchoshi all the notes appear except Si, and for aught I know there may be tunes in which that notes appears.
In playing our tunes on the gekkin they are satisfactory up to a certain point. The evident flattening of Mi and Si however do not produce the most pleasing expression. They must all be transposed into honchoshi and it must be remembered that no accidentals can find expression on the gekkin or in their musical characters.
Any player on the gekkin should be able to write out any Japanese air in their Japanese musical characters. The object of this paper is to enable any one to transpose such written music into our scale and adapt it to the piano.

    Honchoshi      Niagari
Do
Re
Mi
Fa(工)
Sol六合六合凡
La四五四五佮
Si(乙)
Do
Re
Mi

(つづく)


太清堂6らんまる (終)

HN05_06.txt
斗酒庵 月琴の呼ぶ声を聞く! の巻2018.4~ 太清堂6 らんまる (6)

STEP6 太清堂でつかまえて
 さて,太清堂らんまる,棹や小物も並行作業で進めながら,胴体にもどります。
 棹の角度調整もうまくいったし,毎度格闘の胴体とのフィッティングも無事済みましたので,裏をとじましょう。
 裏板には矧ぎ目を食われたせいで割れたところがありますので,今回はここにスペーサを入れようと思います。
 表板のほうにあった同様の箇所ほどヒドくはなかったものの,ここも矧ぎ目をあちらこちらと食われて接着が保たなくなったんですね。トンネルにされちゃってた場合だと虫食い部分をざっくり切り取るところですが,全体に食害が浅いので,矧ぎ面全体を木粉粘土で埋めて均しておきます。

 今回の楽器,裏板は表板より矧ぎ数が少ないので板の強度に影響するような虫食いはここくらい。目立つのはあと数箇所,周縁部に比較的範囲の広い虫食い,そのほか虫の種類が違うのか食い痕が大きな穴になってるのが2~3ありますが,こちらはどれも周囲への広がりはありません。
 とはいえ矧ぎ目の状況から考えても表板と同様,細かい虫食いが全面にあるだろうことは間違いなく。全部ほじってると板がなくなっちゃいそうですので,特に目立つ箇所,そして楽器としての使用と強度上に問題のある箇所を中心にほじって木粉粘土で充填。後の作業で濡らす必要のある箇所には,緩めたエポキを染ませて強化しておきます。

 補修が終わったところで胴体に接着。
 一晩おいてスペーサを入れ,接着後,はみだした周縁部といっしょに整形してしまいます。
 部材の歪みで接合部に少し段差も出てますので,今回は側面も軽く削って均しておきましょう。何箇所か板周縁部の鼠害が及んで----すなわち胴材までカジられて----少し欠けちゃってるところもありますので,そのあたりはあらかじめ木粉粘土で充填しておきます。

 ここで表裏板を清掃。
 このところの修理楽器のなかでは,そう大したヨゴレでもなかったのですが,鉄分のほかに銅とか硫黄あたりが反応しちゃってるらしく,少しミドリ色がかった汁が出ました。調べたら出品地は富山県だったみたいですが……炭鉱か温泉地にでもあったのかな?


 削り直した側面はよく磨いて染め直します。
 オリジナルはかなり褪色・剥落していましたが,スオウとベンガラでやや濃いめの色に塗られていたようです。カヤというのは木肌自体が美しいので,ふつうはスオウかヤシャブシで軽く染めるていどのことが多いのですが,この楽器のはよく見ると,地の側板に割れがあったり木肌に白い筋が混じっていたりと少し質の悪い材だったらしく。おそらくはそのあたりをごまかすため,あえて下地の見えにくい塗装を施したのではないかと思われます。

 作業自体はいつもやってること。スオウ汁を刷毛で何度も塗っては乾かし,ミョウバンやオハグロで媒染して,薄目に溶いたベンガラをかけるわけですが,カヤという木材は少量の油分を含んでいることもあり,あまり染まりが良くありません。
 あらかじめエタノで拭ったりもしたのですが,あまり変わらず。いい色合いにまでなるまで作業を繰り返すしかなかったため,けっこう時間がかかっちゃいました。

 並行作業で,外して油を引き磨いておいた蓮頭と半月。
 装飾はなにもありませんが,紅木の色と木目,そしてとぅるっとぅるでとても美しい。
 これらと補作の山口を取付けます。
 さほどに接着のよくない唐木とカヤなので,とくに蓮頭の接着面はよく整形して平面を出し,じっくり湿らせた後ニカワづけしました。それでも取れちゃう時は取れちゃうと思いますが,蓮頭とフレットの剥落はこの楽器の宿命みたいなものなので,前の所有者みたいにウルシとか強力なボンドなんかでつけたりしないでね。m(_ _)m

 フレッティングの前に
 58号でも同じようなことをしたのですが,糸巻の孔を焼き棒で整形します。

 太清堂は糸巻を挿しこむこの孔を大小二種類のツボ錐で糸倉の左右から穿つという変わった工法を採っています。この方法でも,まっすぐにあけられた軸孔の角の部分がかなり強力に糸巻を噛むので,糸巻自体の固定に問題はないのですが,軸孔のせまい部分にのみ負担が集中するため,長い目で見ると耐久性に問題があります。またカドの部分が当っているわけですから,糸巻もしくは糸孔が変な形に削れてしまいやすい。糸巻のほうはともかく,軸孔のほうは変に削れると使い物にならなくなってしまう可能性があります。
 量産化が進んだ58号でも同じ工法だったわけですので,太清堂にも何かこだわりがあったのかもしれませんが,唐物月琴はもちろん日本のほかの作家さんも,ここはだいたいテーバーのついた糸巻に対し同じテーバーのついた軸孔に加工しています。というか製品化された弦楽器のペグ孔は,世界共通でだいたい同じような工法だと思うんですけどね。(w)

 糸巻のほうも多少,段がつくかたちで削れてしまっていたので,少し均してなだらかなテーバーに直しました。これにより糸巻は前よりも糸倉に少し深く入るようになりましたが,従前のように回す時にへんに固かったり,回転がガタついたり,回す時にギシギシと鳴ったりすることはなくなりました。

 ぽんぽこに続いて,フレットはカリン製の赤フレット。
 この人の楽器にはこれが似合うみたいですね。
 棹の角度調整と山口の高さの設定がバッチリうまくハマったようで,棹上は高く胴上は低く,月琴としていかにも操作性の良さそうな感じにまとまりました。
 オリジナルの位置に配置した場合の音階は以下----

開放
4C4D+94E-394F-4F#4G+164A-125C-35D+185F+24
4G4A-44B-495C-5C#5D+115E-235G-105A+216C-13

 調弦をC/Gにしたとき,開放から数えて第3音(第2フレットの音)が西洋音階よりやや低くなるのは清楽音階の定番。通常は20~30%の間で,この人の場合それがやや低めになのもいつもの傾向です。棹上第3フレットの音が少し高すぎですが,ウルシ付けとその後の加工の影響で,テスト時にフレット位置としたエグレの場所が,原作通りのフレット位置だったかどうかには少し疑問があります。
 それでも全体的には清楽の音階として通用する範疇にちゃんとおさまっているようですね。
 第7・8フレットのところには,長短2種類の目印線が引かれていました。(右画像参照)おそらく短いほうがオリジナル,原作者の引いたもので,長いほうは後で所有者が付け直した時のものかと思われます。長いほうに合わせた場合,第7は5D-7/5A+16,第8が5E-5F/6C-47。 原作者のほうがいくぶん合ってたようですね。
 太清堂,ぽんぽこを作ったころにはこうした音階に関する知識がなかったらしく,音階はかなり滅茶苦茶だったんですが。この楽器の場合,倍音の部分が比較的きっちり合ってることなんかからすると,この間にそうした知識をどこかで吸収してきたようですね。笛か音叉のようなものか,あるいはほかの作家さんの楽器か,音階の基準となるようなもの何か使っていたかもしれません。

 お飾り類を戻し,元付いていたのに似た緑色のバチ布を貼って。
 2018年5月末。
 年初から続いた太清堂ラッシュの最後の刺客(w)依頼修理の太清堂らんまる。
 修理完了いたしました!

 板の虫食い被害が見かけよりずっとヒドかったのと,カヤ材の染まりにくさに少し手古摺りましたが……状態から考えると,けっこうキレイに直ったと思います。

 音は良いですね。表板をさんざホジっちゃったせいもあるかもしれませんが(w)音ヌケはかなりよろしい。響き線の効きが良く,音にうねりがついてくるので,透明感みたいなものにはやや欠けますが,余韻はぽんぽこと同系の温かなもの,弾いてて心の落ちつく気持ちのいい音です。

 棹角度とフレットの丈のちょうど良さ,弦高の低さ----操作性の良好は言うまでもナシ。そしてこの楽器もまたぽんぽこと同じく,実に抱き心地が良い。楽器を縦においても立つくらい,器体のバランスが良いのもありますが,厚めのカヤ胴の重さがホント膝にちょうどいい感じで………抱っこして弾いてるとちょっと離したくなくなります(www)

 太清堂らんまる,試奏のようすは YouTube の拙チャンネルにてどうぞ----

  https://www.youtube.com/user/JIN1S

 弾き具合が良かったものですから,けっこうな数録っちゃいましたよ。(w)


(おわり)


« 2018年5月 | トップページ | 2018年7月 »