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柏遊堂5 パラジャーノフ (3)

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斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 柏遊堂5 (3)

STEP3  石の上の花

 天の側板の補修の合間に,響き線の手入れなどしていたんですが……
 案の定モゲました。
 そりゃもう見事に根元からポッキリと。

 黒いシミになってるあたりはもう,鉄が朽ち果てて木に吸い込まれて線のカタチすら留めてませんでしたからねえ。逆に今までよくカタチを保ってたものだと。

 予想の範囲内の事態でしたので大して慌てもしません。
 かえってお手入れがしやすくなったな,と。

 最初の曲がってるところあたりまでは完全に腐っちゃってますのでニッパで切り取り,その下の部分を90度に曲げます。
 次に新しい取付け孔を,もとの取付け位置の下あたりに穿ち,新しい基部にエポキを塗って挿しこみます。取付け孔が側板と板の接着面から側板の裏がわに変わりましたが,曲げ直したぶん基部の場所を下げただけで,角度も位置もほぼ同じですね。

 接着剤がニカワからエポキになりましたので,基部が短くてもシッカリ固定されてますし,こんどは腐る心配もナイ(w)
 線の処理は61号と同じ。
 サビを落とし柿渋で処理した後,ラックニスを刷きます。

 そうこうしてるうちに 天の側板の補修・補強が完了しましたので,もとに戻しましょう。
 左がわにあった大きな虫食いは,側板・面板ともに木粉粘土で充填整形済み。さらにエタノでゆるめたエポキを吸わせて補強もしてあります。
 この人の木の擦り合わせや接合の工作は悪くないので,基本的にはニカワを塗って元の位置にハメこむだけです。
 クランプと太ゴムで固定,一晩おいて胴体が「桶」にもどりました。新しく足した棹口の補強板もバッチリくっついてます。

 胴体構造が固まり,構造が安定したところで,表板の上のものをハガしましょう。半月にも浮キが出てますから,今回はぜんぶはずしてしまいます。

 扇飾りの下からボンド…セメダインかな?いくつかのフレット下と,あとバチ皮の下から木工ボンドが出てきました。

 バチ皮の左がわ,皮の損傷した個所を切りぬいて,他から切り取ったヘビ皮でパッチをあててますね。ボンド漬けですので古物屋さんのシワザでしょうが珍しい。
 後でニカワが効かなくなってしまうので,浮き上がったボンドは徹底的にこそいでおきます。

 お飾りはずしで濡らしたついでに,大きな虫食いが二箇所発見されました。楽器右肩と左の端っこのほう。

 どちらも表面は皮一枚になってました。いつも「ほじくる」と書いてますが,実際にはケガキの尖ったほうなどで,薄皮一枚の天井をつき崩して潰してますね。そこに木粉粘土を充填,けっこう太く食われちゃってますのであとでエポキで補強もしておきましょう。

 はずした半月,裏をキレイにしたらこんな感じになりました。
 確かに染めてもいますが,この木は元から黒っぽい色をしています。でも重量からして黒檀みたいな唐木の類ではない。なんだろうな~といろいろ調べた結果,どうやらエンジュの心材のようです。
 そういえば,この楽器の棹や胴体も,色合いはホオに似てるんですが硬さとか重さが若干異なります。おそらくこっちはエンジュの辺材が使われているのではないでしょうか。
 山田縫三郎あたりが月琴の材料の一つとしてあげていたと思いますが,庵主,いままでこれこそ,と思える例に会ったことがありませんでした。エンジュは木の中心部と周縁部で材の色が違います。中心部は黒っぽく,周縁は白っぽい。かなりキレイなツートンカラーなので,よく輪切りにした板がコースターとか盆栽の敷板なんかに使われてますね。
 さあてエンジュかぁ……ふだんあまり使うことのない材料なので,いまいち知識がありません。加工性は良いほうのようですが,接着とか濡らしたあとの狂いとかはどうだったかな?

 お飾り剥離で濡らした部分が乾いたところで,表板のヒビを埋めます。右に上下貫通したのが1本,左にバチ皮の手前あたりまでのが1本,どちらも細い割れなので,断ち切りで広げてから。
 2~3箇所,板のハガレかけてるとこも見つかりましたので,そこもついでに再接着しておきます。

 棹をキレイにしてみたら,握りのあたりにうっすらとトラ杢が浮いていました。糸倉の黒っぽいところもヨゴレかと思ったらこういう模様のようです。
 ここはエンジュじゃなくてトチかもしれませんね。

 さて,第1回で触れましたように。

 この楽器の棹は月琴の定跡通りちゃんと背がわに傾いてはいるのですが,山口のところで3~5ミリでいいところ,9ミリも傾いていまして,これではどうで傾き過ぎ----基部を調整して少し戻さんとなりません。
 いつもと逆の作業ですね(w)

 まずは棹と胴体との接合面を削り,5ミリの傾きの時,胴とぴったり合わさるように調整します。
 つぎに延長材。
 さすがにあのオリジナルは使えませんので,ヒノキで新しいのを作りました。
 これを所定の角度でおさまるように接合面を調整して接着するわけなんですが……どうやらこの棹材,エンジュかトチか分かりませんが,ホオと違って接着に少々難があるらしく,3回ほど接着に失敗しました。
 ホオとかカツラ,サクラあたりではあまり聞かないのですが,木によっては接着に関して,組み合わせによる相性みたいなものがあるらしく,あるものは同材同士がダメだったり,あるものは針葉樹との組み合わせがNGだったりすることがあります。

 たいていはちょっとした工夫とか下ごしらえで回避できるのですが,庵主も前にも40号クギ子さんでクリとカヤの相性の悪さに泣かされたことがあります。

 今回3回目でちょっとニカワを多めにして成功しましたが,これでダメだったらエポキか何か最終兵器出さなきゃならんとこでしたわい(^_^;)

 オープン修理なので,かなり精密なとこまで調整ができます。組上げた段階でだいたいは合ってましたが,微調整のため,さらに基部と延長材の先端に薄板を貼り,スルピタきっちりを追求いたしました。
 半月の高さが9ミリで推定される弦高が7ミリ,棹の傾きが 4.5ミリで,オリジナルの山口の高さが 11ミリですから,これでもまだ理想値には最低でも1ミリほど足りませんが,そのあたりは例によって半月にゲタ噛ませ,全体の弦高を下げる方向で参りたいと思います。


(つづく)


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