月琴60号 マルコメX(2)
2018.6~ 月琴60号 (2)
STEP2 覚悟の刻(とき) さてでは月琴60号,まいります。 ハジメテの方には不案内でしょうから解説しときますと----庵主は自腹を切って買い入れた楽器には通しで番号を付けております。つまりはこれが,自分でお金を出して買った60面めの楽器ということになります。 ----ああ,いえ。 といっても今現在,庵主の部屋の中に月琴が60面も唸ってるとかいうわけではありませんからね。(w)庵主が欲しいのは主にデータなので,直した楽器のほとんどは人に譲っちゃってます。 買い入れたのは夏前で,ちょうど去年暮れからの太清堂ラッシュの終わったころ。ほぼ同時期に買い入れた61号と,依頼修理の柏遊堂パラジャーノフの修理を先行させました。これを後回しにしたのは……そうですね,なんかイヤな予感がしたから……としか。(www) 棹が抜けない,フレットがやたら低い,半月がきっちり半円形。そのほかにも,糸倉のデザインだったり,左右のニラミの意匠だったり,細部あちこちから,なにやらびみょーにヤバげなニオイ----シロウトしゅう----が漂っております。 ただ木の仕事から見て,この楽器を作ったヒトは,そちら方面の意味ではシロウトではないものと考えられます。各部表面の処理,胴材の組みかたや各部の接着も精確で手熟れてますし……もしかすると楽器職人ではあったかもしれません。 あと,出品地が浜松でしたしね。 しかしこの人,たとえ楽器職であったとしても,おそらく「月琴」という楽器については,それほど詳しくない。 実物を見たこともあり,響き線の音がマトモなことから,いちおうの内部構造も知っているようですが「月琴」という楽器をイチから作るのはこれがハジメテとか,流行ってるから試しに一丁作ってみた,とかいう程度の作品な気がします。 ですので,全体としてはいちおう月琴の形になってますし,楽器として使用された痕跡もしっかり残ってはいるのですが。細かに見てゆくと「月琴」の正則からハズれたところがあちこちにあるんですね----棹指部が胴水平面と面一,棹と胴の接合部にはっきりとした段差があること,フレットの頂点が切り立った形になっていること。また,左右のニラミの彫りが量産を目睹していないものになっているあたりもポイントでしょうか。 世の中ズブのシロウトの仕業より,中途半端なプロの仕事がいちばんコワい……(うう…ブーメランが!ブーメランがぁッ!)さて,これを修理するとなると,その上にどのようなシレンが待ち受けておるものか。 なかなかにカクゴが要りましたもので,まま過ぐること数ヶ月を経てしまいました。 外がわからの観察・計測は夏前に済ませてあります。 フィールドノートも内部構造に関する部分を除き完成していますので。 まずは内部構造を確認しましょう。 現状,棹がビクともしません。 べったりと胴体に接着してしまっているわけでもないようなのですが。ひっぱろうがネジろうが,寸厘も動かないのですね。棹の取付位置や角度も修正しなきゃですし,まずはこれがハズれてくれんと,以降の作業がやりにくい。 この原因を見つけるためにも,まず内部がいったいどういうことになっているのか調べないと,どうにもなりません。 表裏板どちらにもハガレ部分がありますが,いつもどおり裏板からハガしていきましょうか----あそれ,ベリベリっとな! けっこうカンタンにハガれました。 ----で,イキナリ目に飛び込んできたのがコレです! 棹茎(なかご)が……丸い。 さすがの庵主もこれにはビックリ。 もちろん絶対そうだと決まっているわけではないんですが,月琴の棹なかごは四角いのがふつう。 短かったり長かったり,薄かったりぶ厚かったり,継ぎの方法が違ってたりはするものの,月琴の棹茎はまあまず四角いものだと思って間違いありません。 現代中国月琴などには三味線なんかと同じように,胴を貫いたなかごのお尻のところが丸棒状になっているものもないではありませんが。そういうものでも胴との接合部,棹口のところは四角くです。 しかしながらコレは……棹口も内桁もまン丸,上から下まで丸棒ですね。しかも見る限り継いでいる箇所はない。棹本体といっしょに削り出された一木造りのようです。 内桁は1枚。 こないだの太清堂ぽんぽこほどではありませんが,胴の比較的上のほうに配置されています。材はよく見る針葉樹ではなくクリあたりかと。 中央に丸い棹茎の先端がささっており,その左右に幅8センチ高さ1センチほどの音孔があけてあります。音孔は受け孔と同じサイズの孔を左右に穿ち,間を切りぬいたものですが,加工は丁寧で,加工後の表面処理もきちんとしてあるようです。 響き線は太めの真鍮線。 棹口のすぐ横に基部があり,左の音孔をくぐり弧を描いて楽器下部に伸びる----ちょっと短めですが古い唐物月琴と同じ形式になっています。 線の大部分は金色に輝いてますが,付け根のあたりはサビに覆われてミドリ色になってますね。 固定は短いクギを2本,楽器の表裏方向から基部に刺して留めているようです。 あと,事前の調査で予想はされていたのですが,庵主の前に何人か修理者がいるようですね。 表裏板のウラ側と胴接合部のところ,あと左がわの胴材の割れめのあたりが板切れや木片で補修されているのですが,そうした部分を中心に,茶色く変色したニカワが,あちこちにハミ出てます。 オリジナルの接着と思われる部分は,こんな色になってませんので,この濃い色のニカワを使ったヌシが前修理者のようです。 補強材の角が少し焦げてるのは,ニカワを塗ったところに瞬間的に接着するため,木片を炙ったのだと思います。また,月琴の板の修理でこんなふうなパッチどめは珍しいですね,ギターとかバイオリンの修理ではよく見る工法なので,そちらの経験はある人なのかもしれません。ただあまり上手ではなさそうで,とにかくハガれてるとこをへっつけとこう,みたいな感じです。使われてる木片…何でしょうか?一部の木片には文字が書いてあるみたいです。けっこう細かそうな字ですね。 見栄えのほうにさほど気を遣ってる感がないので,古物屋のやっつけ修理ではありませんね。自分で使うために直した,って感じです。 内部構造をフィールドノートに書きこみ。 さていよいよ棹を抜きましょう! 裏板を剥いだら棹茎が少しだけ動くようになり,とりあえず接着もされてはいないようなので,この丸いなかごの尻を木槌で叩いて抜き取ります。 かなりガッチリ噛んでしまってます。 なかなか抜けてくれません----壊れるのカクゴでガンガンやります。 もともと各部の接着が甘めなので,あちこちバラけるのは想定済み!----それガンゴラガン!! ちょっと時間はかかりましたが,なんとか抜けました。 棹茎の棹口と内桁の受け孔にあたる部分には,前修理者によってニカワが塗られてたみたいですが。はずれなかったのは棹茎と受け孔の工作の精度が良かったからで,この塗られたニカワのせいではありません。 棹茎と孔の噛合せをあまりにきっちりとしちゃったものですから,そこに塗られたニカワはほとんど孔の中に入らず,孔の入口のところでこそげて流れ,棹基部の内がわ----丸い棹茎の周囲,ちょっと深めにエグられてました----のところで,胴材にもくっつかず,無害なカタマリになってしまっていました。 棹口と内桁基部,そして音孔を貫くために穿たれた左右端の丸い孔は,ボール盤であけたもののようです。どれも正確に同じサイズで加工も緻密,孔の内壁はツヤツヤで,手工具の手揉錐やツボギリなどの加工痕とは違ってます。もっと高速で精確な機械加工の痕跡ですね。材に対して強力過ぎたのか,一部の孔では内壁に軽く焦げがついてるようです。 あと,胴材がバラけたところで気がついたのですが,内桁と胴材の接合方法もちょっと変わってますね。 胴材にV字の溝を切ってそこにハメこむ方式。 ほかでは見たことがありませんが,内壁にただ接着するのより丈夫でしょうし,きちんとした凹型の溝を切るよりはずっと簡単ですね----これは一度試してみたい。 とりあえず棹は抜け,第一関門はクリア。 といったあたりで,次号へ。 (つづく)
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