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おせんさんの月琴 (5)

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斗酒庵年末大修理 の巻2018.11~  おせんさんの月琴(5)

STEP5 「まったくもって使えない奴だ」,親友と思っていた彼は俺を見下ろしてそう言った。

 下桁を入れて多少不安定だった胴体構造が安定しました。
 響き線はサビ落としをしてラックニスでかるく防錆してあります。
 同時修理の60号と違って棹なかごはふつうの四角いヤツですので,棹角度の調整作業も問題なく終わってます。

 さあて,裏板をとじましょうか。

 表板の時は,周縁に飾り板をおさめるための余裕を考えながら位置決め,というけっこうな精密作業だったんですが。裏板のほうはいつもと同じ,ラクなもんです。
 ただ,剥がした当初は左端の小板が1枚分離してるていどでした。
 今回の再接着ではこれを一枚板に戻してから,あえて新たに3分割し,中央を先に,続いて左右と2度に分けて接着してゆきます。
 飾り板の巻きなおしによって胴体構造がわずかに締まって,胴周縁のかたちが少しだけ前と違っちゃってるんですね。わずかな差なんですが,最初の2分割の状態だと幅で1:6くらい,1の小板はいいんですが,大きな6の部分の周縁をうまく合わせるのが難しくなってしまいました。

 ならば1の小板をくっつけて,等間隔で3分割し直して貼ったほうが,確実だしより頑丈に直せます。表板と違ってあまり景色のない板ですので,多少筋が入ってしまってもそんなに目立ちますまい,という打算もありますが(w)
 中央部分が最初なのは,これが楽器の背骨だから。基本,浅い筒状の木組みを表裏二枚の薄板ではさんだだけの単純な構造である月琴では,このラインの接着具合がけっこう音の良し悪しに影響してきます。両端をCクランプで,中央には重しを置いて2枚の内桁にしっかり密着させます。

 翌日,左右を接着。スペーサを埋め込み,整形します。
 ついで補修によってハミだしてる板の木口を整形。表板がわは棹の調整のため棹口付近だけはすでに均してありました。ほかはそれほどでもないんで,削るのは主に裏板がわですね。

 木口削り直しで現れるシベリア(お菓子)の側面……庵主実はこれが大好きです(w)

 胴体が箱になったところで,清掃。
 表板も裏板も,けっこう黒くなっちゃってますからね。
 その前に,表裏板の補修箇所,新しく板を入れたあたりを軽く補彩しておきます。どうせ真っ白になっちゃうんですが,あらかじめこうしておくと,そのあと半年ぐらいして色が上がってきたときに少し目立ちにくくなるようなんですよ。

 さて,いつものようにぬるま湯に重曹を溶いてShinexでゴシゴシ……うん?
 ………手強いですね。
 色味自体はそれほど濃くない感じなんですが,何といいますか,ヨゴレがやたらと「カタい」。
 ちょっとやそっと濡らして擦っても,なかなか浮いてきません。
 むやみに濡らすわけにもいきませんので,一度にやる範囲を小さくして,少しづつ,確実に汚れの層を取り除いてゆきます。
 いつもの三倍ぐらい,時間がかかったかな?
 おそらく,なんですが----浮き上がってくるヨゴレにやや粘りがあるので,原作段階でヤシャ液に何か混ぜてるか,ロウと乾性油を混ぜたワックスのようなもので仕上げてあったんでしょうね。桐板ですのでロウでの仕上げはふつうのことなんですが,この頑丈さはそこに何かもう一手間してあるようです……ふむ,興味深いな,あとでそんな技術が何かあるか調べてみよう。

 板が乾くまで一日二日置いて,こんどは表裏板の木口をマスキングし,側板の染め直しにかかります。

 こちらは柿渋を2~3度刷いて,亜麻仁油で油拭き。2~3日後に同じ工程をもう一度。栗皮色といいますか…その独特の木目とも相俟って,深みのある風合いに仕上がりました。


 この楽器は「桑胴」なんて内がわに書いてたぐらいで,そこそこ高級な楽器として作られたものと思われるんですが,そのわりに棹は安っぽい黒ベンガラでべったりと塗装されています。
 唐物月琴でもよく,棹や側板が同じように黒塗りべったりで塗られてることがあるんですが,これの場合はおそらくそれに倣ったとかじゃなく,側板の飾り板によって「桑製」を標榜したものの,胴材の芯や棹など本当の主材はホオ……桑に比べると安価でふつうの素材でしたので,それを隠蔽するため,木地が分からないよう,こんなことをしたんじゃないかと。

 まあ,職人も商売ですからそれは良いんですが(w)
 側板の風合いに対してこれだとあまりにもちゃッちい感じがしますので,これを「黒塗り」じゃなく「黒染め」に変更させていただきましょう。

 まずは棹の塗装をハガします----ゴシゴシ…うぷ,けっこう粉がトビますね。
 完全なツルツルピカピカにする必要はありません。糸倉やうなじのあたりは少し残しておきましょう。
 原作者は下地を染めず,ほとんどベンガラで表面を塗ったくっただけだったようですね。
 つぎにスオウを刷きます。
 スオウの原液はオレンジ色。3度ほど染ませたら,その液の色そのまんまみたいになりました。
 乾いたところでミョウバンで発色。かなり濃いめの赤に……ベンガラを少し残した糸倉やうなじの部分は,スオウと反応して黒紫っぽく発色しています。

 ここにさらにオハグロをかけ,同じ黒でも深みと変化のある色合いに染めあげました。
 これならまあ側板の風合いにも負けますまい。
 仕上げは亜麻仁油とロウ,すこしフラットな感じに。
 カリンの指板のみ,最後に薄く溶いたラックニスでポリッシュ。ツヤツヤのピカピカにしました。


 さあて,あとは半月を接着,一気に組立てじゃあ!----と思ってたんですが,ここで問題発生。

 半月の接着位置の調整のため,ひさしぶりに糸巻を挿してみたところ,この糸巻がことごとく役に立たないことが判明。
 4本そろっていましたので油断してたんですが……これ,どれをどこに挿してももユルユルで使い物になりませんね。
 国産月琴では三味線の影響で,先端は噛合ってるけど握りがわがわずかにユルくなってることがあります。理想的には唐物月琴みたいに糸倉の左右でがっちり噛合ってるのが望ましいのですが,きっちりと工作されているならまあ,三味線式でも構いません。
 ところがこの楽器の糸巻は,先端ユルユル,根元もユルユル(w)
 先端部と握りの間に段があるようなカタチで削って調整できるようなものではないのですが,試しに1本削って根元を合わせてみたところ,先端が糸倉から1センチくらい突き出した状態になっても,まだユルユルのまんまです。

 使い込まれた楽器ならば,糸巻が削れてユルくなってたり,先端が糸倉から出てたりすることはよくあるんですが,事前の調査からこれはほとんど楽器として使用された形跡がないことが分かっています。経年変化で糸巻だけ削れちゃったとか縮んじゃったという怪奇現象はちょっとあり得ませんし,そもそもその糸巻自体にも使用痕がほとんどない。原作段階で先端も握りがわも両方合わないような糸巻をつけたというのも考えにくいですね。
 おそらくこれはオリジナルの部品じゃなく,ほかの楽器から移植されたものだったのだと思います。

 修理前にはほぼ実際に演奏してみることが不可能な状態であることがほとんどなので,いざ使用可能な状態になってから気が付くような不具合がけっこうないではないんですが……ううむ,修理も終盤のこの期におよんで,糸巻を1セット削るハメになろうとわ!!

 というわけで久々の糸巻削り。
 材料はいつもの百均めん棒36センチ。
 うおおおおおッ年内に,年内に終わらせるんじゃああッ!
 肩コリゴリゴリ・腱鞘炎直前みたいにはなっちゃったものの,なんとか一日,気迫の製作で削りきりました。

 もと付いてたのよりは少し太め,六角無溝で握りの先端が少しラッパ型に開いてる月琴の糸巻としてよくみるカタチの糸巻です。これをもと付いてたのと同じ黒染めに…うん,オリジナルで付いてたこの糸巻,染めの加工だけはマトモですね。庵主と同じくスオウでしっかり下染めしてから黒く染めてあるので,手に触れる角の部分なんかがほのかに赤っぽくなってたりします。
 染め上った糸巻は,柿渋で色止めし亜麻仁油で仕上げます。


(つづく)


月琴60号 マルコメX(6)

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斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号 (終)

STEP6 My Blue Heaven

 表板の面均しというけっこうヘビーな作業があったものの,こちらも胴が「桶」の状態にまでもどりました。再接着した側板の合わせ具合などを確認した後,四方の接合部にニカワを入れてゴムをかけ回して接着。そのまま一晩おいて,ゴムをかけて四方を固定した状態のまま,四箇所の接合部の裏に小板を貼り,補強とします。

 今回使ったのはカツラの端材。
 ニカワの鍋でいっしょに煮て少し軟らかくなったところをクランプでぎゅぎゅッとな。
 この楽器は平均的な国産月琴とくらべると胴の直径が少し小さいのですが,厚みはけっこうあります。この構造で木口が暴れると,ふだんやってる和紙による補強では保たないかもしれないので,ちょっと強力な方法を採りました。

 前修理者も割れた接合部になにやらありあわせの木片をへっつけてはいましたが,あまり効果的だったとは思えません。庵主のは各接合部の段差やカタチに合わせ,ぴったりハマるよう削ってから接着してありますからね----どやぁ問題にならんやろぉ。

 二晩ほどおいて胴材からハミ出した部分なんかを整形。
 これで胴体構造がしっかりと固まりました。

 前回書いたように,この楽器の胴下部左右の接合部には合わせ目の木口を削って何かしようとした痕がありました。しかし加工自体中途半端なものなので,おせんさんのように実際に下桁を入れてみたりまではしなかったようです。
 60号の内桁もおせんさん同様,中央よりは上に位置していますが,このくらいなら唐物月琴などでもある範囲ですし,胴自体が少し小さめなのもあって,現状でも構造的なバランスは良い。よってこちらには下桁を追加するような,これ以上の補強は必要ないものと思われます。

 さて…でわでわ,棹に取り掛かりましょうか。(青)

 まずはジャブ的補修----棹と胴体の接合部,ギターでいうところのネックのヒールのあたりがネズミに齧られて少し欠けちゃってますので,ここを直しときます。

 形状は残ってる部分の曲面と棹口の日焼け痕から推測しました。ふつうこの基部の背側は裏板の手前あたりまでしかありませんが,この楽器のは握り部分からの立ち上がりをきつめにして,側面の厚みほぼギリギリ,裏板の木口まで覆うくらいの感じになっていたようです。ほかで見たことのないデザインですが,これはこれで組み上がったらなかなか小洒落た感じになりましょう。

 そしていよいよ「60号・7つの謎工作」の筆頭。
棹なかごにとりかかります!

 原作者がここを丸棒にした理由やその利点については庵主,とうとうナニも思いつきませんでした----欠点のほうはいくらでも思いつくんですけどね(^_^;)いや,ちょっと見たって 「これじゃあ棹がクルクル回っちゃうじゃん!」 くらい分かるハズですよね。(ww)
 棹と棹孔の噛合せがいいので,挿しただけの状態でもほとんど動きませんし,このまま接合が多少ユルくなったとしても,弦を張ればその張力であるていどの定位置におさまってくれるものとは思われますが。現状,棹の指板面が胴水平面とほぼ面一になっており,例によってこれを少し背がわに傾ける必要があります。
 しかしながら,この丸孔に丸棒をつっこんだ状態では,棹の調整が……いや,工作的にはやればできないこともないんでしょうが。いつものように棹角度の調整なんかしようと思ったら,棹の削りも棹孔のほうに貼るスペーサの形状も「曲面3D」で考えることになるんですよね(汗)……ほほほほ,残念ながらそれはもう,庵主の演算能力をはるか巨大に超えてしまっておりますですハイ。

 まずは内桁の孔のほうからいきましょうか。
 こっちを先に片付けておかないと,内桁が付けられず,胴が完成しませんからね。

 棹なかごのウケ孔を削って,丸を舟形にします。
 棹なかごの先端はこう。表板がわを平らに均し,棹の傾きのぶん斜めに削りました。
 この状態で調整し,ちょうどいい角度で入るようになったところで,孔の残った丸い部分をスペーサで埋めてしまいます。
 丸孔を,四角孔にしたわけですね。なかごは半分以上丸いまんまですが,これでもう棹がグルグル回っちゃうような心配はありません。

 当初はこれだけで,胴体の棹孔のほうは新しい角度にした時にぶつかる部分を丸ヤスリで軽くこそぐ程度にしてたんですが,やはり内桁がわを固定しただけでは,強く握ると棹が左右に微妙に回転して,わずかながら傾いてしまいます。
 わずか…であり,通常の演奏ならば充分に使用可能の状態,とは言え,演奏中棹がグラつくというのは,弦楽器奏者としてあまり気持ちのいい状況ではありません。しかし,丸棒なかごの直径は15ミリ。ふつうの月琴よりかなり細めなので,先っちょの場合はともかく,より力のかかる棹基部のほうは,むやみに削って減らわけにいきません-----そこで,こうしました。

 胴の棹孔を舟形に。内桁の孔とは違って,こちらはこのままでいきます。
 なかごは表板がわの基部を削って,直径とぴったり同じ幅の四角い板をかぶせます。舟形の孔に挿しこむのですから,これでいいわけですね。

 この改修によって(本当にナニかあったとしても)棹なかごが丸棒であった意味も機能も完全に消失してしまったはず----まあいいか。最初のほうでも書いたとおり,丸孔に入る丸棒を手作業で削るのは,四角い穴に入る四角い棒を作るよりはるかにタイヘンな加工のはずなんですが,いや,ほんと,なんでわざわざそんな手間までかけてこんなことしたのかなあ。いまだ原作者の気がしれません。

 さて,今回の修理最大の懸案が,なんとか片付きました。一気に仕上げとまいりましょう。

 まずはちょいと半月を改造します。
 糸の出る上辺部の角を丸く落としてあるなどちょっと変わった加工もされてますが,オリジナルの半月は糸擦れが少し深くあるくらいで損傷はなく,やや背も高めながら機能上の問題もありません。ただ,この楽器の半月はまさしく違いなく「半月」----円を描いて半分にぶッた斬ったカタチ----になっています。おソバのカマボコかっつーの。(w)

 名前は「半月」ですが,月琴のテールピースは,実際には半円よりやや小さめの「木の葉」を縦半分に切ったカタチであることが多いのですね。石田義雄の楽器の半月なんかは,平面的にはほぼきっちりの半円形なものの,下縁部を大きく斜めに落としてあるので,糸孔のある上面はやっぱり木の葉型になっています。
 こういうのを参考に,最少の加工でこれを月琴の半月として不自然でない形にしちゃいましょう。
 いやなに現在直角につッ立っている下縁部を,少しだけ斜めに削るだけのことです。
 左右は浅く,真ん中は少し深めに。

 たったこれだけのことですが,これで半円形のダサダサ感はかなり薄まりましたね。
 加工した半月は磨いて,取り外しておいた蓮頭といっしょに染め直しておきます。

 つぎに響き線です。
 この楽器の響き線は太目の真鍮線。
 形状は唐物月琴と同じ,肩口から内桁の孔を通るタイプですが,桶の状態の胴体で表板をタップするなどして確かめてみると効きがよくありません。鋼線にくらべると真鍮線はやわらかいので,自重による変形を考えてやや短めにしたようですが,これだと線がちょっと太過ぎ,短すぎたみたいですね。
 とはいえ,少しサビは浮いてたもののオリジナルの線は健康ですし,効きがよくないといってもちゃんと機能してますので,ここはそのままにして別の方向で。反対がわにもう1本,線を足してやることにしました。
 2組の響き線というのはそれほど一般的ではありませんが,けっこうないでもない構造です。それなりに効果はあるんですがデメリットもあり,失敗例も多いですね。

 失敗例のほとんどは,同じ構造を左右対称に付けたもの。この楽器は見た目「左右対称」っぽいので,そこからみんな思いつくんでしょうが,たいていは演奏姿勢に構えた時の傾きとかを考慮してないので,せっかく2組入れたのに片方しか働いてなかったり,一方の線がもう片方の線に干渉してその効果を打ち消し,かえってどっちも役に立たなくなったりしてしまってます。うまくいってる鶴寿堂の例なんかはそのあたりを考慮して,取付位置を上下にズラしたり,線の長さを変えたりしてますし,太清堂だと,まったく違うタイプの線をそれぞれ最も効果を発揮する位置に取付けています。

 そうした先人の教え(w)と,いくつかの形の線を実際に作り実験してみた結果から,庵主はこの「Z線」を選びました。直線の根元をZ形に曲げたカタチです。2本線のデメリットとして,どっちに傾けても線が揺動してしまうため,ノイズとしての「線鳴り」が発生しやすいというのがありますが,このZ線は比較的「線鳴り」の起こりにくい構造です。これをオリジナルの線に干渉しないよう長さを調節し,内桁の下あたりに接着しました。
 あらためて表板をタップ----うん,こんどはどこを叩いても響き線の効果の入った余韻が返ってきます。

 あとは裏板を閉じて組み立てるだけ。
 糸巻は健全で噛合せも良いため,軽く清掃して柿渋と油を染ませておきました。棹は蓮頭・半月と同じくスオウで染め直した後,オハグロでこげ茶に。指板部分のみもう一手間,ラックニスを染ませて磨きます----唐木でなく,桑を染めた板のようですがなかなかの景色。

 胴側は柿渋を染ませて亜麻仁油とロウで仕上げました。
 山口とフレットは漂白ツゲ。
 1次フレッティングの結果,丈が多少高めでしたので,半月にゲタを噛ませて弦高を下げました。

 最後にお飾り類。
 左右のニラミに欠け・割れなどの損傷はありませんが,裏面に少々虫食いがあったので,これを埋めてから染め直します。
 最後に扇飾りをこさえるのですが。もともとわずかな接着痕と日焼け痕しか残っていなかったので,オリジナルのデザインが分かりません。ここはよくある唐草万帯のぐにゃぐにゃ----よく見かける割に何を意味している模様なのかイマイチはっきりしない,月琴のナゾ意匠の一つですね。

 仕上げのあたり多少はしょりましたが,師走ということでごカンベンを(w)
 2018年,イブ前夜の12月23日。
 月琴60号,修理完了!!

 オリジナルの状態でのフレットや山口の加工および設定に多少疑問があるので,この修理後の音階がもともとのそれと一致しているのかどうか,すこし怪しい点もあるのですが,フレットを原位置に配置した時の音階は----

開放
4C4D-184Eb+454F+124G+124A-305C-75D+105F-19
4G4A-324Bb+245C-195D-165E-445G-125A-36C-32


 そもそも表板や糸巻・半月に,楽器としてかなりちゃんと使用されたことをうかがわせる痕跡がありましたので,音が合ってるのはあたりまえッちゃあ,あたりまえの結果なんですが----修理中思っていたのよりは,ずっとマトモな音階ですね。
 第3・7音(2ndフレットの音)がやや低すぎますが,5度・オクターブの位置でのズレが小さく,月琴かどうかは知りませんが,あるていどこの手のフレット楽器について知っている人による設定だったのではないかと思われます。(なお,調査後にフレットは開放C/Gでの西洋音階で配置し直してあります)

 音は----すごくイイですね。
 くッ…太清堂の修理でも良く味わうんですが,なんだこの割り切れない感じというか敗北感のようなものわ!!とはいえ,元の工作にはいろいろ問題があったものの,部材の加工は同時修理のおせんさんの作者より丁寧でしたし,庵主が「月琴の正則」のほうにかなり(ムリヤリ)寄せて組み直した,みたいなところもありますが。

 大きく明るく遠慮なく。
 Anzuさんとこに置いてある49号にもよく似た,唐物月琴に近い響きです。
 国産月琴によくある闇堕ち中二病的な色がなく,昼の青空みたいにすっこーんと抜けてゆく音。それを追いかけるようにシーーンと広がる余韻。

 胴が少し大きいものの,庵主の作るウサ琴とほぼ同じ大きさの小柄な月琴です。不識の月琴のような大型月琴で慣れてると,少しとまどいがあるかもしれませんが,持った感じのバランスはよく,演奏中のふりまわしもかなりラクです。
 音もデカいし,路地での立奏向けかなあ。
 欠点(?)としては,楽器を横にしたり運んだりする時に2組入れた響き線がまあにぎやかに鳴ります。いわゆる「線鳴り(演奏中に発生する響き線によるノイズ)」ではなく,演奏姿勢に構えている時はほとんど問題ないのですが,それ以外の体勢にしたとたん,ガンゴラガンガラ----ブラつかせると曲線が,横に寝かすと直線が,って具合でどッちかの線がかならず音をたてちゃうみたいですね。線鳴り抑制のため,オリジナルでついてた「鳴らし釘」も抜いたんですが,こりゃあんなもんなくてもじゅうぶんにぎやかですわい。
 曲を弾き終わったあと,まだほかの人の演奏があるような場合は,細心の注意でしずかーに寝かせること。(w)

 作業名:60号/マルコメX,
  あらため,音の印象から「銘:碧空(あおぞら)」

 ギターの前科があるヒトなんかが弾くと,ちょっと面白そうですね。いまなら斗酒庵特製・牛蹄のギターピックもオマケに付けちゃうよ。
 吾こそと思わん方。
 お嫁入り先,ご連絡お待ちしております。(ww)

(おわり)


おせんさんの月琴 (4)

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斗酒庵年末大修理 の巻2018.11~  おせんさんの月琴(4)

STEP4 裏がなく二枚舌のない性格

 依頼修理のおせんさん。
 桑の薄板で外がわを固められていたおかげで,胴体構造は円の状態のまま。一箇所接合部が破断してましたが,これもすでに再接着済み。
 表裏の板は剥がしたあと接着痕などを清掃し,虫食いや剥離作業中に欠けた個所などを補修しておきます。

 さあて,これで年末までに直るかどうか!

 まずは胴体に表板をつけて構造を安定させるとこからはじめましょう。
 この後,胴の周囲にぐるりと巻かれていた飾り板をもどすのですが,現状しっかり円形を保っているとはいえ,表板のない状態の胴構造は単に木片を円形にくっつけただけのシロモノです。このままでぎゅッとシメつけたら,作業中にバラバラになってしまうかもしれません。

 表板ウラ周縁や胴材接着面の虫食いは丹念に埋めてあります。
 古いニカワをこそいだら,胴材の接着面に原作者がほっぽっといたと思われるエグレが数箇所見つかりました。仕上げ作業が粗い……胴材が厚めですから,こういうところは板の剥離の原因になりやすい。これもしっかり埋め込んでおきます。
 胴側面にあったエグレやキズも同様に埋め込み,均しておきました。飾り板があちこちで浮いたり剥がれたりしていたのも,こういう外から見えない「内がわ」の作業をオロソカにしたせいですね。

 表板の原位置は,剥がす前に開けておいた小孔に竹クギを刺して確認します。分離した左の小板は,虫食いのあった木端口の接着面を整形,スペーサを入れるぶん少し離して接着。
 一晩おいて,接着を確認したところでスペーサをブチ込んで整形しときます。

 胴体が「桶」の状態になったところで,飾り板を接着します。
 飾り板はここまで,丸めた状態で鍋に入れて水漬けしておきました。
 胴側にニカワを塗り,お鍋から取り出した飾り板の片側の端を棹口のあたりでクランプで固定。ぐるっと回したところで,その外側から太ゴムをかけ回し,ぎゅッとしぼって固定します。
 文字で書きゃあカンタンそうな作業ですが……飾り板がじゅうぶん湿っているうちにコトを済ませなきゃなりませんし,のばしたゴムはけっこう暴れてなかなかうまく思ったところにかかってくれません。そして,かかった後も板のズレとか浮きを確認しながら微妙に調節してゆきます----タイムリミット付きのけっこうな精密作業ですね(w)

 二日ばかりそのままでおいて,接着具合を確認----百年前と違い輪ゴムという武器もありますし,原作者よりも下地の調整をしっかりしておいたのもあり。貼り直しの結果,飾り板が2ミリちょい余って,棹口のところで重なっています。
 余ったぶんを糸鋸で切り取り,重なって浮いてる部分のスキマにニカワを流し込んで,再びゴムかけ,またまた一晩。

 ようやく360度接着されたところで,胴材からハミでたところや棹口にかかってしまっている部分を切り取り,削り取ります----これで棹が挿せますね。
 で,棹角度の確認のため組み立ててみると,胴と棹との接合部のところに妙なスキマができちゃってます……ハテ?作業前にはこんなスキマ,なかったと思うが。
 触ってみると飾り板がわずかにヘコんでいます。ここだけなぜか板が薄くなってるみたいです。たぶん元は,厚塗りの接着剤がパテみたいになってたんでしょうねえ。

 このままでも棹の固定等にさして支障はないと思われますが,見た感じ少し不安なので,唐木の粉をエポキで練ったパテで軽く埋めて均しておきましょう。

 続いての作業は,棹角度の調整。
 オリジナルの状態では棹の指板面と胴水平面はほぼ面一でしたが,これを少し背がわに傾けます。
 まずは内桁の棹孔----表板がわを1ミリほど削り,裏板がわに削ったぶんのスペーサを接着。
 棹基部の胴体との接合面を少しづつ削って,新しい角度でピッタリ胴におさまるよう調整します。
 毎度のことながら,文章だときわめて地味な作業ですが,修理後の楽器の使い勝手を左右するもっとも重要な工程ですので,時間をかけて慎重に……まあ,どう急いでやっても三日ぐらいはかかりますね(w)

 棹の調整があらかたできたところで,ここまでハメこんでるだけだった内桁をバッチリ接着します。
 国産月琴の作者さんはここの接着をオロソかにする人が多いんですが,この内桁がしっかり着いていない楽器は,ちゃんと鳴りません。

 あと,再接着の前に響き線を鳴らすため刺されているでっかい釘を1本抜きました。
 もとは渦巻線の両側に1本づつ立ってたんですが,これだと楽器が揺れた拍子に線がどっちかの釘にひっかかって,本来の役目である音への効果が出なくなってしまうのです。「響き線を鳴らす」という目的自体,日本人の勘違いから生じた間違いなので,ホント言うと不要。両方抜いちゃいたかったんですが,いちおう,1本は残しておきます。繊細な線なので,1本だけなら少々ひっかかっても,すぐにはずれてくれるようですしね。

 ついでに,この月琴の構造上の問題を,もうひとつ解決しとくこととします。
 新しく下桁を作って入れましょう。
 少し前の「ぽんぽこ」でもそうでしたが,一枚桁の構造として見た時,いまある内桁の位置はあまりにも上すぎます。
 この位置だと確かに下部の空間は広くとれますが,前にも書いたように,もともとの空間が狭いのでこの程度のことでは何の効果もありません。そればかりか,内部に支えのない部分の胴材や表裏面板に余計な負担がかかり,胴の歪みや板割れなどの故障の原因になってしまいます。

 下桁を入れた場合は,国産月琴でよく見る二枚桁の構造になってしまうわけですが,下手の考え休むに似たり,ふつう・あたりまえがいちばん。

 下桁の入るべき位置に指示線が書かれており,表板のウラにニカワの痕もあったことから,原作者も最初はそう考え,おそらく一度は入れてみたようですが,組上げの段階で魔がさして,せっかく入れた下桁を引っこ抜いちゃったみたいですしね。
 材は上桁と同じヒノキの板。
 さらにこれも前回書いたとおり,実際にはあまり意味のない加工(w)ながら,大き目の音孔を左右に貫いておきます。響き線が長く,下桁にかかるとかこれをくぐるといった場合には,真ん中に大きく長い音孔があけられますが,今回の響き線は渦巻線で大きさもそれほどではありませんし。役割的な意味から言えば,穴のないただの板で良いのですが,まあなんとなく……気休めです。(ww)

 側板にハメこむための溝は切ってないので,この時点では表板と胴材の内壁に接着しているだけ。しかしこの上桁はハメこみ・下桁は接着だけというのも,国産月琴でよく見られる工作ですね。たとえば左画像は山形屋の楽器の下桁。これなんかそのうえ両端が胴材まで届いておらず,実質表裏板でサンドイッチしてるだけでした。おまけに接着の雑な人が多いので,はずれた内桁が胴体の中ではずれてカタカタいってたり,ヘンなビビリの原因になってたりしてるのもけっこう見かける事態ですね。

 月琴の胴体は本来,唐物で一般的な中央一枚桁の構造で充分な強度が得られています。これを上下2枚に増やした理由については以前にも考察したことがありますが,そのもっとも主たる理由の一つが,日本の職人の感性が一枚桁の構造を「不安定なもの」と捉えたこと,と庵主は考えています。

 二枚桁にした場合,見た目的には一枚桁よりも安定して頑丈そうにも見えます。ただ実際に作ってみた時,上桁には元と同じく「棹を支え構造を補強する」という分かりやすい役割がありますが,下桁の役割はいまいち分かりにくい。見た感じだと「上桁だけだとバランスが悪いから」くらいなものですかね(実際には上桁の位置が変わってしまったため,それなりの意味・役割が生じています)このため,その存在自体が気休め的なものと軽視されてしまい,こうした中途半端な工作が横行していたのではないかとも思います。


(つづく)


月琴60号 マルコメX(5)

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斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号 (5)

STEP5 ふりだしにもどる

 さて,いったんバラして前修理者の仕業っぽいアレやコレもぜんぶひっぺがし,各部品をいったん修理前に近い状態にもどしました。
 庵主の修理はここからはじまります。

 まずは破断している右側板の補修から。
 前修理者は分解前の状態で,割れたところにニカワ流し込んで留めようとしたみたいですが,もちろんそんな程度の手抜き仕事でうまくゆくはずもなく。さらに細いクギみたいのを斜めに打って留めようともしたようですが,これもうまくゆかなかったご様子。
 さらに割れめパッキリのままのとこに後,古物屋か誰かが木工ボンドを流し込もうとしてくださりやがったようですが,幸運にもこれは割れ目のほんのトバ口の部分に少し入っただけで止まっておりました。
 もともとは衝撃による破損なのか,あるいはもともとヒビでも入っていての自壊なのか…ぶつけた痕みたいのは特に見つかりませんし,こんなことになるような衝撃がこのあたりにかかったとすれば,よっぽどピンポイントでない限り棹や糸倉なんかにも損傷があったはずなので,後者のほうが可能性ありますかね。

 前修理者のニカワ,呪われた(庵主に)誰ぞのまぶした木工ボンドをキレイに取り去り,割れ面をアルコールで丹念に拭ったあと,木粉を混ぜたエポキで接着します----ここは「ふつうなら壊れなくてもいいところ」ですからね。
 割れ面を慎重に合わせて当て木とクランプで固定。
 割れ目のスキマから出たパテに木粉をまぶし,裏面のほうは割れ目を覆うようにパテを広げて補強にします。

 一晩おいて表面がわを整形。
 もともと押し付ければピッタリ合うくらい,割れ目が素直だったのでさして手間ではありませんでしたね。

 続いて,表板の補修を。
 深刻な虫食いは2箇所。一つ目は右のニラミの下から右肩に向けて,けっこう大きく食われてました。千枚通しなどでトンネルを探りながら潰してゆきます。

 もう一箇所は半月の横,左下部の端から小板の矧ぎ面に沿って10センチほど。双方ともに埋め木で処置します。
 左端の小板は接着不良,右端の小板は矧ぎ面に虫食いがあって分解後脱落しました。

 ほか板の裏面,胴材や内桁の接着箇所にもいくつか虫食いがありましたがさほど深刻なものはなく,木粉粘土で充填し,さッさと矧ぎなおしちゃいます。

 そしてある晴れた一日,作業台といっしょにお外へ----

 そりゃコスれ!やれ削れ!

 うっぷぷ,げほげほ!……ホコリもうもうたてながら,表板をザリザリガリガリ削りまくり砥ぎまくりました。

 これにて60号・7つの謎工作(w)の一つ「表板の厚みがヘン」を解消いたします。
 この間,庵主,さまざまに考えてみました。
 表板は棹がわが6.5ミリ,お尻がわが4.5ミリ…この厚みの違いにどんな意味があるのか?…なぜ棹との間に2ミリもの段差を作ってまで,棹口のあたりの板を厚くしなければならないのか?----と。
 しかしながら,一つの屁理屈も言い訳も思いつきませんでした。黒を白と言い含める生来詐欺師タイプの庵主がその理由に思い至らないのですから,これは間違いなくその工作のほうが理不尽なのであります(w)
 前回書いたように,この表板を質も悪くなく厚みも均一な裏板と取り替える,という手もあるのですが,日焼け痕の処理やら陰月の穴埋めなんかを考えると,こうして表板のほうをマトモにするのと大して手間が変らんようです。

 とはいえとほほ…手作業で「面」を加工するのはやっぱタイヘンですわい。2時間ほどの格闘の結果,ようやく表板と棹の指板が面一,全体の厚みもほぼ均一となりました。

 板裏を中心に削りましたが,けっきょく表面もあちこちかなり削っちゃいました。板裏に墨書とかなくって良かったです。
 表面にはまだ半月の接着痕が残ってますので,その上縁を表板の中心線と垂直に交わる線の一つとし,あとは板中央に残ったぶんまわし(木工用コンパス)の中心点や木口に残った棹基部の痕跡とも合わせて表板の中心線を新たに求め,しるしをつけておきます。

 さあ,組立てですね。

 天の側板は棹孔の位置と新たに決めた板の中心線をもとに位置決めをし,残りの三枚は貼りつけた時に板の損害--削り直さなければならない板の木口--のもっとも少なくて済む位置を確かめ,接合面の角度を調整しながら戻します。
 最後に取付けるのが地の側板。ここでいつも,製作時からの板や部材の収縮,あとは修理によって生じた誤差のぶんを清算するのですが,今回は両端を合わせて1ミリほど削る程度で済みました。

 この時点で側板は,板にはくっついているものの胴四方・4箇所の接合部はまだ接着されていません。

 組上げてみて気がついたのですが,4箇所の接合部のうち上2箇所は通常の木口接着なのですが,下の2箇所は内がわの木口の角が,一部斜めに削ぎ落とされています。
 斜めになってる面はガタガタでしたし,途中で加工の切れている部分もあったので,はじめは木口が欠けたのをラフに整形したのだろう,ていどに思っていたんですが。接着位置で木口を合わせると,間にほぼ直角になるくぼみが出来ることから見ると,原作者は当初このくぼみの部分に下桁を入れるつもりがあったのかもしれませんね。
 
(つづく)


月琴60号(4)/おせんさん(3)

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斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号(4)/おせんさん(3)

 さて,自出月琴60号および依頼修理のおせんさん。
 ともに分解作業まで進んだところで,今回はここまでの調査のまとめとしてフィールドノートを。
 フィールドノートの各画像は,クリックで別窓拡大されます。
 細かい寸法とか参照されたいかたはどうぞ。
 まずは60号から----

60号・STEP4 マルコメの園

 棹なかごが丸棒状だったのにはちょー驚かされましたが。(^_^;)
 胴径:343は国産月琴の平均からだいたい1センチちょい小さく,有効弦長:387は2~2.5センチくらい短い。全長だと2~3センチ,石田不識みたいな大型の月琴と比較すると5センチくらいも短くなります。
 しかし全体の構造から考えて,これは楽器として小型高音の月琴を目指したのではなく,庵主のウサ琴のように,材料か工具の制限からくる小型化だったと思われます。
 そのあたりも含め,原作者には月琴という楽器またその構造に関しある程度の知見はあったようですが,その工作には量産を意図しない----きわめてワンオフ的な手間が見てとれます。他人に頼まれて作ってみたものか,これから作って売ろうかという段階の,試作品的な楽器だったのではないでしょうか。
 「月琴」の製作に関しては,ほぼシロウト同然であったと思われますが,材の木取りにしろ各部の加工,部材同士の合わせ等,その木工技術にシロウト臭は感じられません----大工さんか指物屋か,いえ,すくなくともボール盤といった新しめの加工機械は有していたようなので,ほかの楽器,たとえばバイオリンやギターのような西洋楽器を手掛けていた若い職人さんが,手慰みで作ったような楽器だったかもしれませんね。

 胴にけっこうなバチ痕が残ってます。しかもちゃんと清楽月琴の擬甲で付けられたとおぼしい痕跡ですので,月琴として,楽器として,実際そこそこに使われたものだとは思われます。

 フィールドノートに記載したほかに数箇所,分解ちゅうに虫食いが見つかりました。
 その中では,右のニラミの下から発見されたものが,孔も大きく,けっこう広がりもありそうです。ほかには今のところ,さして深刻そうな問題は見つかっていません。

 原作者が月琴シロウトとおぼしきゆえに,見て思い浮かぶ細かな疑問点や問題点は多々ありますが,なかでもいちばん分からないというあたりをあげるなら----
 表板が妙にぶ厚いということでしょうか。

 共鳴板の表が厚く裏が薄い。
 楽器として音を前に飛ばすことを考えるなら,ふつうは逆なんじゃないかなあと思いますね。
 しかもこの表板,厚みが一定ではなく,上のほう(棹がわ)が特に厚くお尻に向かって薄くなっています。胴上端,天の側板周縁で6.5ミリ,地の側板のあたりで4.5ミリほどでしょうか。この棹口付近の妙な厚みのため,指板と表面板の間には現状2ミリほどの段差ができてしまっています。
 はじめは何らかの音響的な効果を狙ってワザとこうしたものか,とかも想像してみたんですが,どう考えても理屈に合いません。強度上の理由,もさして考えられないですよね。さらには,ふと思いついてバラした裏板を当ててみると……こちらのほうが段差もできず,見事なほどぴったし面一に!……なんじゃこりゃ?

 あらためて見比べてみますと,裏板のほうが厚みも均等。厄介そうな節目や荒れもなく,木目も柾目っぽい,しごく安定しているイイ板です。
 なのになぜこれを使わなかったのか?
 上に書いたように何らかの効果(庵主には思いつきませんがww)を狙った実験的な工作だったとか,単純に組上げの時胴体のオモウラを間違えた,というアホらしい理由を除くと……そうですね…あと残るのは表板に比べると若干地味で見た目のインパクトが薄い----と言うところでしょうか。
 裏板のほうが本来表板として使われるべき板だったとするならば----現在,修理のためバラバラにしてありますから,ためしに表裏をひっくりかえして,本来使われるべきだった方向で組み直すことも可能ではありますが……まあさすがにお飾りや半月の日焼け痕もあるし,陰月まで開いてますからそうもイキますまいか。

 修理では,壊れたところを直すのと同時に,原作者の不慣れなとこと,この楽器に関する経験や知識の差のフォローをすることになりそうですね。月琴シロウトの職人さんが作った「ギリ月琴っぽい」楽器を,どこまで「比較的マトモな月琴(w)」のレギュレーションに近づけることができるのか。
 「修理」と「改造」のせめぎ合いみたいな作業になってしまいそうですね。
 まあそれもヨシ。


おせんさん・STEP3 風の都

 続いて依頼修理のおせんさん。


 前回書いたよう。この楽器は「太清堂」の作にきわめて近い特徴を持ってますが,おそらく別人の手になるものと思われます。初期の作家さんたちが唐物の楽器を参考・模倣したように,その後の流行期に全国に湧いたニワカ職人さんも,たまたま手に入った誰かしらの楽器を参考にしたことが多かったでしょう----これもそういう例の一つ,おそらくは「ぽんぽこ」に近い,太清堂の比較的初期の楽器をモデルにしたんじゃないかと思いますね。
 ただし,こちらは60号と違って明らかにプロの楽器職の仕事です。
 各部の工作の手熟れさ加減から推して,まだ作数は少ないようですが,それも一面とか二面といった数ではない感じ。
 また,少なくともデザイン・センスは太清堂より少し上ですね。
 え----証拠?

 言わずもがな----右が「太清堂」の楽器についてたコウモリ。
 どちらのコウモリもある意味デザイン的に崩壊ライン・ギリギリですが,見比べるならこちらのほうが少なくとも,フォルム的にはまだ「まともなセンス」が感じられるじゃあないですか(w)

 元になってる太清堂は,上画像でご覧のようにお飾りなどのデザイン・センスはかなり壊滅的ですが,音を出す道具である「楽器」としてはかなり性能の良い部類となります。そいでから,毎度太清堂の楽器を修理するたび庵主は,「なんでこんな雑な仕事してやがるのに音がイイんじゃああ!!」と叫んでいるわけですが,それは太清堂の楽器が,月琴の楽器としてのツボ-つまりモノとして「ここ」と「ここ」さえシッカリやっておけばあとはどうでもイイ-というところを,逃すことなくバッチリしっかりおさえているからです。詳細に比べてみると,こちらの楽器は仕事ぶりそのものは太清堂より丁寧なものの,そうした「ツボ」の認識には若干ズレがあるようにも感じられます。

 たとえばこの内部構造。

 上にも少し触れましたが,この楽器の内桁の配置は,太清堂の初期作と思われる「ぽんぽこ」とほぼ同じとなっております。
 全円直径のほぼ1/3にあたる箇所に内桁を上げて,響き線の効果のかかる下部共鳴空間を極力広げようというわけですね。もともと三味線やギターに比べると共鳴胴内の空間が小さい楽器です。強度的なバランスを無視しても,これを最大限に利用したい,という気持ちは分からないでもありません----しかしながら。

 太清堂ですら,こういう極端な空間構成が楽器の強度バランス,特に表裏の板に及ぼす影響について薄々想像はついていたとみえ,内桁とは別に,表板のうらがわ中央に補強の板を接着しました。まあこれは,経木で作った弁当箱の蓋の裏に同じ経木の薄板を細く切って貼りつけたくらいのもので,思いつきというか気休めというか……実際の効果のほどはアヤしげで,現に表板には板の左右方向への収縮をおさえるものがないところからくる割れが生じ,面板は弦圧によって剥離してましたから,少なくとも「補強」にはならなかったようです。
 この楽器の作者も,そのあたりには些か想うところはあったらしく,剥離後の側板を掃除していたら,ふつうならここに下桁が入るだろう,という位置に何やら指示線が見つかりました。それであらためて調べてみると,表板の同じあたりに,一度板を貼りつけようとした痕……ニカワの痕跡がうっすらと。

 じつはもともと下桁がついていたのが,壊れて面板のスキマから落っこちたんじゃないか,とも考えましたが。ほかの部分ではあんなに接着剤べったりの人が,ここだけこんなに薄くキレイにするハズもありませんし,側板や裏板には痕跡が見つからないことから,下桁を入れるべきか否かで逡巡し,組立中,一度は実際に貼りつけてみるまではしたものの,結局はやらずに痕跡を拭って終わった,と考えるのが妥当でしょう。
 ちなみに----内桁をズラして共鳴空間を広くとる,というこの工夫は,月琴という楽器に関わるとまあ誰でもが思いつき,通ってしまう中二病的な道のようなんですが。いままで修理で見てきた楽器の経験とウサ琴による実験の結果,害はあれども効果のほうはほとんどナイ,ということが分かっています。

 そういうあたりにまで聞いて分かるような影響を及ぼすにはね,
     月琴の胴は小さすぎせますぎるんですよ……もともとの空間が。(w)


 この楽器でもそうですが,よく内桁の左右に「音孔」という細長い孔があけてありますよね? 実はこの孔,あってもなくても,音の大小や響きはそれほど変わりません。

 まあ考えてみてもくださいよ。

 そもそもこんな薄っぺらくてせまッちい空間で,ちッとやそッと空気が対流したくらいで何が変わると思います?

 月琴の音のヨシアシは,何もない空間がどれだけ広くとられているか,ではなく。胴がどれだけしっかりとした箱構造になっているかによって決まります。部材の継ぎ目にスキマやユルミがなければ,箱全体に振動が伝わってよく鳴るし,逆に少しでもスキマがあれば,そこで伝導が途切れて部分的にしか鳴らない,そういうごくごく単純なハナシです。
 シンプルな構造の楽器だけに,部材の合わせは精密か,接着は確実か----思いつきの中途半端な工夫よりずっと----そういった,たかだか「箱」を作るうえで必要となる程度の,木工上のしごく基礎的・基本的な技術や加工の差異のほうが,音を出す道具という意味での楽器の品質に大きく関与しているのですね。

 「ぽんぽこ」の場合は,表板の補強板と同じような板を裏板がわにもつけ,中央に表裏板をつなぐ構造を足して,もとおとの「補強板」を擬似的な「下桁」に改造することで「箱」としての強化をはかりましたが,こちらの場合は原作者が一度躊躇したように,いッそガッチリとした下桁をブチこんでしまったほうが,楽器の将来的にも良いかもしれません。


(つづく)


おせんさんの月琴 (2)

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斗酒庵年末大修理 の巻2018.11~  おせんさんの月琴(2)

STEP2 ボディ・スナッチャー

 さて,表がわからの観察も終わりましたので,こちらも内部への旅とまいりたいと思います。

 まずは裏板から。
 ----そぅれ,ベリベリベリ!!

 面板あちこち浮きまくってましたので,60号より簡単に,キレイにハガれてくれました。扇飾りのニョロリから推測したとおり,作者がアレのアイツなら,彼の楽器は内部構造に特徴があるのでこれで確定できるはず----おんや?

 …うむ………びみょう。

 これは……「太清堂」の楽器ではないかもしれません。

 一枚桁,側板は厚めで四方接合部には補強の小板。
 このあたりは「太清堂」の楽器でよく見られる工作・加工の特徴です。
 内桁がいつもよりかなり上のほうに位置していますが,この配置も,つい最近扱った彼の初期作「ぽんぽこ」で見ましたね。

 しかし,この響き線が----これはハガネの渦巻線ですね。
 しかも,ずいぶん細く,繊細です。

 「太清堂」の楽器では初期作から一貫して,響き線にはやや太目の真鍮線が使われています。もう一組付いてるコイル線も,それより番手は細いものの同じく真鍮線。鋼線が使われた例も,このタイプの渦巻線の例も,今のところ見たことがありません。
 もちろん庵主が見てないだけで,そういう工作例がしれッっと存在してても何ら不思議はないのですが。庵主,この10年ほどで彼の楽器を6面ほども修理しているもので,「太清堂」の「手」はあるていど分かるようになってます。
 そこから言うと----

 よく似てる。
 ----でも,なンか違う。

 あの特徴的なニョロリに良く似た扇飾りはついてますが,
 たぶんこれは「太清堂」の楽器ではありません。


 内部構造の観察にもどりましょう。

 内部は比較的キレイで,ホコリ等もそれほど溜まってはおりませなんだ。
 これはひとつに余計な「陰月」(半月ポケット内の小孔)が開いてない構造のためもありましょう。

 左がわ,内桁のすぐ下くらいに細いクギが1本突き出てました。
 なんじゃこりゃ?----とオモテに返して探して見てみますと,右のニラミのコウモリの羽根の先っちょにクギの頭を発見。おそらく前の所有者さんがお飾りが浮いてきたので留めようとしたものかと。
 黒く変色してたんでぜんぜん分かりませんでした。(汗)
 この後の作業でジャマになるんで,裏からペンチで押し出して抜きましたが----60号のに続き,またあまり見ないタイプの釘ですねえ。
 長さ2センチ。細い丸クギです。

 クギと言えば,めちゃくちゃ目立つのがあと2本。響き線の左右に突き立ってます。
 五寸釘というほどではありませんが,かなりデカい。

 この響き線左右のクギは,響き線の固定とは関係がありません。
 そちらはそちらでまた別の小孔があけられてますものね。

 これは「響き線を鳴らす」ために付けられたものですね。
 唐物月琴に見られた「響き線」の本来の役割は弦音に金属的な余韻を与えるエフェクターで,楽器を振った時にガシャガシャ音を出すためのものではなかったのですが,日本の清楽家と職人さんが勘違いしたことから,国産月琴ではこのように,より確実に響き線を「鳴らせる」ような構造が付けられてることがあります----「太清堂」の楽器だと構造的には意外とトラッドなので,こうした発想はあまり見られません。
 ともあれ,これはまあふつうはクギ1本くらいなものなんですが。
 左右についてりゃどっちに揺れても音が出るだろうってことなんでしょうね。
 ただし中を開いた時には,響き線の本体部分が裏板がわのクギの上に乗っかっていて,エフェクターとしても効果音発生器としても,まったく機能しない状態(w)になってました。
 響き線がもっと少し太い線であれば問題なかったのでしょうが,エフェクターとしての効果を考えたのか,かなり細い線を使ってしまったので,振幅が大きくまた揺れる方向もランダムになってるわけで----線が細くしなやかなので,そんな状態になっても何度か楽器を振れば元に戻るかとは思いますが,策士策に溺れるというか,いらぬ考え休むに似たりというか。この「工夫」は,線がひっかかって役に立たなくなる状況を増やしただけでしょうねえ。

 内桁は中央に棹なかごのウケ,左右に音孔。
 材は針葉樹材で工作はかなり丁寧です。
 音孔もキレイに開けられ後処理もしっかりされてますね。

 あと表裏板のウラがわにそれぞれ書き込みがありました。
 一文字目が同じ字のようなので,たぶんこれ棹なかごにあったのと同類ですね。内桁に遮られてましたが,表板のが墨書なのでハッキリしてていちばん読めそうです。
 一文字目はさいしょ「葉」の異体字かなと思ってたんですが,古文書関連のSNSにて「桑」の異体字ではないかとご指摘がありまして……

 そうか,「桑胴」だ!

 前回も書いたように,この楽器の胴側部には桑と思われる薄板が貼り回してありました。飾り板の下の胴本体や棹はホオのようなので,「桑胴」ってのはちょっとサギ(w)じゃないかとは思いますが,たぶんこのことなんでしょうねえ。

 そこから読み解き----
 表板は墨書で 「桑胴表」 とエンピツで 「上」 ,あと下部にこっちが下方向という矢印様の指示が,これもエンピツでざッと書かれています。 裏板はエンピツ書で 「桑胴ノウラ」。
 これらから類推して,棹なかごのも最初の二文字は「桑胴」だと思うんですが,最後の一文字が判りません。「堂」みたいに見えるのでもしかすると 「茎」 の旧字体かも。「茎」と書いて「なかご」とも読みますので。

 ニラミに突き刺さってた小クギ以外は,作業上とくに問題になるような箇所もなさそうでしたので,さらに分解を続けます。
 側板に貼られた薄板は元の工作がやや…いや,かなり雑で,現状でもあちこちが浮きまくり,ハガレまくっております。やり直しするため今回はこれもハガしたいのですが,この薄板が貼られているため表面板の周縁と,胴の本体部分との間には薄板の厚みぶんの段差があります。

 裏板はともかく,このまま表板をハガしてしまった場合,後で戻す時にこの段差のぶんを考えるのがタイヘン。余計な工作も必要となりますので,ハガす前に数箇所小さな孔をあけ,原位置に戻す際の目印をつけておきます。再接着の際ここに細く削いだ竹釘を刺してガイドとすれば,かなり正確に元の接着位置におさまるといった目算ですね。

 準備が出来たところで表板をハガし,つぎに表板上の構造物。
 ----なんかサカナをおろしてる気分になってきましたよ。

 フレット,お飾り,バチ布,半月と順ぐりはずしてゆきます。数箇所木工ボンドや木瞬がつけられてらっしゃりやがりましたが,範囲も小さくヨゴレの上からの接着でしたので,あまり作業の支障にはなりませんでした----有難いが呪ってはおきます。(ふんぐるいるるぃえ)

 ふつうの構造だと,月琴の胴は表裏の板を剥がせばそれだけでほぼバラバラになってしまうのですが。この楽器は側部に薄板が貼り回されているので,面板がなくても胴はしっかりしてますね。
 しかしながら,この作者の薄板貼り回しのまずさ加減もよりハッキリしてしまいます。

 ご覧ください。
 薄板と胴本体の間にどえりゃあスキマが(泣)
 ここだけじゃないですよ----この調子のが数箇所ありました。

 最後にその問題の飾り板をハガします。
 なんせ画像のような箇所があちこちある状態ですんで。
 ちょっと濡らせば簡単にペリペリとハガれてはくるんですが,端からじゅんぐり湿らせながらハガしてゆくと,けっこう時間がかかり,胴材が余計に湿気て変な影響が出そうですので,全体を均一に湿らせて一気にハガしてしまおうと思います。
 さあラップの出番だ。(w)
 飾り板の表面に刷毛でお湯を含ませたら,細長く切ったラップを表面に。
 表裏板がわにはくっつかないようにします。
 こうすることで,最少の量の水分で飾り板だけをより効果的に湿らせることができます。
 ラップばんざい!

 あちこちハガして分かったんですが,この作者,板の接着があまり上手でない。

 側板の接着部にはどこもかしこ,ものスゴい量の接着剤がこンもりと盛られてます。どこも劣化してしまってモロモロボロボロの状態であり,この後の作業のためにもキレイに取り除いておかなきゃならないんですが,これがけっこうな大ごととなりました----なにせ表板のウラがわだけで,こそげた接着剤をまとめたら小さな山ができるくらいでしたからね。部位によっては1ミリちかい厚みでこんもりと盛られていました。(^_^;)

 このブログでなんども書いてるとおり,ニカワによる接着ってのは 「よく滲ませ,薄くまんべんなく少しの圧」 ってのが最強で,こんなふうに層ができるくらいの厚盛りはかえって逆効果になるうえ,虫害など余計な故障受ける原因にもなってしまいます。厚盛りは人間五十年だけにしといていただきたい。

 また,この側部に飾り板を貼り回すという工作を,明治期に湧いたニワカ月琴作者の多くは「下地の粗隠し」だと思ったみたいで,「どうせ隠れるんだからいいだろ?」と飾り板の下の加工をオロソカにする傾向があります。
 実際にやってみると分かるんですが,木の薄板を円形の胴体にきっちりと貼り回すためには,その薄板自体の加工よりむしろ下地となっている胴本体の加工が正確丁寧でなければなりません。
 縁周の曲面にわずかでも歪みがあればそこがスキマになってしまいますし,表面のわずかなエグレや出っぱりも剥離の原因となります。「下地の粗隠し」どころか,この工作ではその下地の処理がふだんよりもしっかりとしていなければ,飾り板自体がかえってヒドい「粗(あら)」になっちゃうわけです。
 実際,いままで見たこの加工の施されている月琴で,工作にまったく問題がなかったのは石田義雄(初代不識)の1面と,江戸から続く老舗・唐木屋の高級月琴の2面くらいなもので,ほかは必ずどこかしら加工上の問題と欠陥を持ってましたね。一見誰でも考え誰にでもできそうな風なんですが,実際にはかなり腕が良くないと,ちゃんと出来ないレベルの工作なんだと思いますよ。

 剥がした飾り板は濡れてるうちに接着面をきれいに清掃して,丸めた状態で水漬けにしておきます。
 古いものですし虫食いもありますので,いちど乾かしてしまいますと,次に濡らして曲げた時にパッキリ割れたりしちゃいそうです----再接着のときまでそのまま水漬けしておきましょう。

 最後に棹上のフレットやお飾りを除去して分解作業はおしまい。
 事前の調査でも予想されてたとおり,楽器のお尻がわ,地の側板を中心に飾り板と胴材にかなりの虫食いが見られましたが,接着剤が厚すぎたせい(w)か食害自体はそれほど深刻ではなく,胴材の内部までは荒らされていないようです。

 あと飾り板で保護されていたので分からなかったんですが,胴四方の接合部のうち1箇所がはずれていました。
 合わせ目のあたりに少しカケが見られるので,床に落としたか何かの衝撃による破断だと思われます。
 とはいえ衝撃で接着がトンだだけで,部材自体には問題はなく。木口の虫食いを木粉粘土で軽く充填した後,新しくニカワを注してしばらく固定したら元通りガッチリと固定されました。



(つづく)


おせんさんの月琴 (1)

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斗酒庵年末修理 の巻2018.11~  おせんさんの月琴(1)

STEP1 オレがアイツでアイツがヤツで

 11月の月琴WSでお預かりした修理楽器。

 ちょうど60号の作業もはじめたばかりでしたので,タイミングもよろしく(w)
 今季もまた2面同時修理と相なりました。

 京都の古道具屋さんにて見つけた楽器,とのことで。
 ラベル等はなく,例によって誰が作った月琴だかは分かりません,が……んん?

 こ……このニョロリわ。(汗)

 庵主,去年の暮れから今年の春先にかけて,このニョロリをここに付ける作家さんの楽器の,タタリと思えるほどの超連続修理に追われてましたが……もしや……またぁ!?

 ナニはともあれ,まずは観察から。

 全長:640,
 胴:縦355/横357/厚35
 (板厚オモウラ共:4)

 有効弦長:421±2
 (山口欠損のため推定)

 胴体が薄めで,わりとスラッとした印象のある月琴です。

 蓮頭 はただの雲形の板ですが,真ん中のあたりに接着痕があるので,ここに何か飾りが貼られていたと思われます。
 糸倉から棹 全体は黒く塗られています。これはウルシではなくて,ベンガラでしょうね。
 糸巻 は4本完備。多少サイズが不揃いのようですがオリジナル。材はホオやカツラより気胞の粗い木…タモですかね?スオウで染めた上からベンガラで黒塗り…ふだん庵主がやってるのと同じ染めですね。黒の底に赤紫が透けております。
 山口と第1・2・5フレットが欠損。
 棹上の第3,胴上の第6・7フレットは最近再接着されたもののようです。濡らすと白くなるアイツが,フレットの周囲に見えております。

 側部に飾り板 を貼り回してありますので,胴材の接合部が見えません。この板はクワかな?
 接着が浮いて板から少しハミ出ている ところが,胴周りのあちこちにあります。
 この工作,誰もが考えつくような細工ですが,きちんとやろうと思うと意外と難しいんですよね。これをして飾り板に浮きがまったくなかったのは,唐木屋の1面とこないだの61号(初代不識)の楽器ぐらいです。
 その飾り板の楽器右肩の裏板がわあたりにカケが1箇所,あと楽器尻にあたる部分に虫食い孔が点々と見えます。地の側板のあたり,かなり食べられちゃってるみたいですね(^_^;)。

 左右のニラミと扇飾り はオリジナルのようですが,ほかはおそらく後補でしょう。ただ,第7・8間についてる山サンゴの桃は,デザインに見覚えがあることからオリジナルかもしれません。

 表裏面板共に大きなヒビが1本づつ。
 最大で2ミリほども開いちゃってますね。表板は右がわに,裏板は中央付近に大きなフシがありますので,板の収縮による裂け割れではないかと。表裏板とも天地の側板のあたりがハガれてしまっています。

 半月 は棹と同じ黒塗り。
 外弦間:34,内弦間:25,高さは9ミリ。何の飾りもない平たい半月板ですが工作はきっちりとしていますね。
 現状,いちおう正位置にくっついてますが,接着はほぼ剥離してしまっているようで,底部周囲に刃物が入っちゃうくらいのスキマが出来てます。

 バチ布 は後補でしょうが,小鳥に紅葉をあしらった趣味のいい錦裂です。
 これはできれば残してあげたいなあ。

 まあ,そもそも要るのか要らないのか分からない孔(ww)なんですが……半月のポケットのなかに「陰月」が見えません。唐物楽器を真似た古いタイプの倣製月琴なんかだとついてないことも多いんですよ。

 棹を抜いてみましょう。
 胴側の飾り板の両端がここで合わさってますね。
 棹孔からのぞいた限りでは1枚桁の楽器のようです。
 内部のヨゴレはそんなにヒドくない,キレイなほうでしょう。響き線の構造は……全体は良く見えませんが,棹口から見えてる部分と振った時の感触から,うずまき線ではないかと思われます。

 棹なかごは長122とやや短め。
 棹本体はホオかな。そこにヒノキと思われる針葉樹材を継いでいます。延長材の継ぎがV字じゃないのは珍しいですが,これと同様の例もいままで数例見たことがあります。
 基部の表板がわに何か書いてあるようですが…クシャクシャっとしてて良く読めませんねえ。作者の署名でしょうか?

 といったあたりで次回に続く。


(つづく)


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