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月琴60号 マルコメX(6)

G060_06.txt
斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号 (終)

STEP6 My Blue Heaven

 表板の面均しというけっこうヘビーな作業があったものの,こちらも胴が「桶」の状態にまでもどりました。再接着した側板の合わせ具合などを確認した後,四方の接合部にニカワを入れてゴムをかけ回して接着。そのまま一晩おいて,ゴムをかけて四方を固定した状態のまま,四箇所の接合部の裏に小板を貼り,補強とします。

 今回使ったのはカツラの端材。
 ニカワの鍋でいっしょに煮て少し軟らかくなったところをクランプでぎゅぎゅッとな。
 この楽器は平均的な国産月琴とくらべると胴の直径が少し小さいのですが,厚みはけっこうあります。この構造で木口が暴れると,ふだんやってる和紙による補強では保たないかもしれないので,ちょっと強力な方法を採りました。

 前修理者も割れた接合部になにやらありあわせの木片をへっつけてはいましたが,あまり効果的だったとは思えません。庵主のは各接合部の段差やカタチに合わせ,ぴったりハマるよう削ってから接着してありますからね----どやぁ問題にならんやろぉ。

 二晩ほどおいて胴材からハミ出した部分なんかを整形。
 これで胴体構造がしっかりと固まりました。

 前回書いたように,この楽器の胴下部左右の接合部には合わせ目の木口を削って何かしようとした痕がありました。しかし加工自体中途半端なものなので,おせんさんのように実際に下桁を入れてみたりまではしなかったようです。
 60号の内桁もおせんさん同様,中央よりは上に位置していますが,このくらいなら唐物月琴などでもある範囲ですし,胴自体が少し小さめなのもあって,現状でも構造的なバランスは良い。よってこちらには下桁を追加するような,これ以上の補強は必要ないものと思われます。

 さて…でわでわ,棹に取り掛かりましょうか。(青)

 まずはジャブ的補修----棹と胴体の接合部,ギターでいうところのネックのヒールのあたりがネズミに齧られて少し欠けちゃってますので,ここを直しときます。

 形状は残ってる部分の曲面と棹口の日焼け痕から推測しました。ふつうこの基部の背側は裏板の手前あたりまでしかありませんが,この楽器のは握り部分からの立ち上がりをきつめにして,側面の厚みほぼギリギリ,裏板の木口まで覆うくらいの感じになっていたようです。ほかで見たことのないデザインですが,これはこれで組み上がったらなかなか小洒落た感じになりましょう。

 そしていよいよ「60号・7つの謎工作」の筆頭。
棹なかごにとりかかります!

 原作者がここを丸棒にした理由やその利点については庵主,とうとうナニも思いつきませんでした----欠点のほうはいくらでも思いつくんですけどね(^_^;)いや,ちょっと見たって 「これじゃあ棹がクルクル回っちゃうじゃん!」 くらい分かるハズですよね。(ww)
 棹と棹孔の噛合せがいいので,挿しただけの状態でもほとんど動きませんし,このまま接合が多少ユルくなったとしても,弦を張ればその張力であるていどの定位置におさまってくれるものとは思われますが。現状,棹の指板面が胴水平面とほぼ面一になっており,例によってこれを少し背がわに傾ける必要があります。
 しかしながら,この丸孔に丸棒をつっこんだ状態では,棹の調整が……いや,工作的にはやればできないこともないんでしょうが。いつものように棹角度の調整なんかしようと思ったら,棹の削りも棹孔のほうに貼るスペーサの形状も「曲面3D」で考えることになるんですよね(汗)……ほほほほ,残念ながらそれはもう,庵主の演算能力をはるか巨大に超えてしまっておりますですハイ。

 まずは内桁の孔のほうからいきましょうか。
 こっちを先に片付けておかないと,内桁が付けられず,胴が完成しませんからね。

 棹なかごのウケ孔を削って,丸を舟形にします。
 棹なかごの先端はこう。表板がわを平らに均し,棹の傾きのぶん斜めに削りました。
 この状態で調整し,ちょうどいい角度で入るようになったところで,孔の残った丸い部分をスペーサで埋めてしまいます。
 丸孔を,四角孔にしたわけですね。なかごは半分以上丸いまんまですが,これでもう棹がグルグル回っちゃうような心配はありません。

 当初はこれだけで,胴体の棹孔のほうは新しい角度にした時にぶつかる部分を丸ヤスリで軽くこそぐ程度にしてたんですが,やはり内桁がわを固定しただけでは,強く握ると棹が左右に微妙に回転して,わずかながら傾いてしまいます。
 わずか…であり,通常の演奏ならば充分に使用可能の状態,とは言え,演奏中棹がグラつくというのは,弦楽器奏者としてあまり気持ちのいい状況ではありません。しかし,丸棒なかごの直径は15ミリ。ふつうの月琴よりかなり細めなので,先っちょの場合はともかく,より力のかかる棹基部のほうは,むやみに削って減らわけにいきません-----そこで,こうしました。

 胴の棹孔を舟形に。内桁の孔とは違って,こちらはこのままでいきます。
 なかごは表板がわの基部を削って,直径とぴったり同じ幅の四角い板をかぶせます。舟形の孔に挿しこむのですから,これでいいわけですね。

 この改修によって(本当にナニかあったとしても)棹なかごが丸棒であった意味も機能も完全に消失してしまったはず----まあいいか。最初のほうでも書いたとおり,丸孔に入る丸棒を手作業で削るのは,四角い穴に入る四角い棒を作るよりはるかにタイヘンな加工のはずなんですが,いや,ほんと,なんでわざわざそんな手間までかけてこんなことしたのかなあ。いまだ原作者の気がしれません。

 さて,今回の修理最大の懸案が,なんとか片付きました。一気に仕上げとまいりましょう。

 まずはちょいと半月を改造します。
 糸の出る上辺部の角を丸く落としてあるなどちょっと変わった加工もされてますが,オリジナルの半月は糸擦れが少し深くあるくらいで損傷はなく,やや背も高めながら機能上の問題もありません。ただ,この楽器の半月はまさしく違いなく「半月」----円を描いて半分にぶッた斬ったカタチ----になっています。おソバのカマボコかっつーの。(w)

 名前は「半月」ですが,月琴のテールピースは,実際には半円よりやや小さめの「木の葉」を縦半分に切ったカタチであることが多いのですね。石田義雄の楽器の半月なんかは,平面的にはほぼきっちりの半円形なものの,下縁部を大きく斜めに落としてあるので,糸孔のある上面はやっぱり木の葉型になっています。
 こういうのを参考に,最少の加工でこれを月琴の半月として不自然でない形にしちゃいましょう。
 いやなに現在直角につッ立っている下縁部を,少しだけ斜めに削るだけのことです。
 左右は浅く,真ん中は少し深めに。

 たったこれだけのことですが,これで半円形のダサダサ感はかなり薄まりましたね。
 加工した半月は磨いて,取り外しておいた蓮頭といっしょに染め直しておきます。

 つぎに響き線です。
 この楽器の響き線は太目の真鍮線。
 形状は唐物月琴と同じ,肩口から内桁の孔を通るタイプですが,桶の状態の胴体で表板をタップするなどして確かめてみると効きがよくありません。鋼線にくらべると真鍮線はやわらかいので,自重による変形を考えてやや短めにしたようですが,これだと線がちょっと太過ぎ,短すぎたみたいですね。
 とはいえ,少しサビは浮いてたもののオリジナルの線は健康ですし,効きがよくないといってもちゃんと機能してますので,ここはそのままにして別の方向で。反対がわにもう1本,線を足してやることにしました。
 2組の響き線というのはそれほど一般的ではありませんが,けっこうないでもない構造です。それなりに効果はあるんですがデメリットもあり,失敗例も多いですね。

 失敗例のほとんどは,同じ構造を左右対称に付けたもの。この楽器は見た目「左右対称」っぽいので,そこからみんな思いつくんでしょうが,たいていは演奏姿勢に構えた時の傾きとかを考慮してないので,せっかく2組入れたのに片方しか働いてなかったり,一方の線がもう片方の線に干渉してその効果を打ち消し,かえってどっちも役に立たなくなったりしてしまってます。うまくいってる鶴寿堂の例なんかはそのあたりを考慮して,取付位置を上下にズラしたり,線の長さを変えたりしてますし,太清堂だと,まったく違うタイプの線をそれぞれ最も効果を発揮する位置に取付けています。

 そうした先人の教え(w)と,いくつかの形の線を実際に作り実験してみた結果から,庵主はこの「Z線」を選びました。直線の根元をZ形に曲げたカタチです。2本線のデメリットとして,どっちに傾けても線が揺動してしまうため,ノイズとしての「線鳴り」が発生しやすいというのがありますが,このZ線は比較的「線鳴り」の起こりにくい構造です。これをオリジナルの線に干渉しないよう長さを調節し,内桁の下あたりに接着しました。
 あらためて表板をタップ----うん,こんどはどこを叩いても響き線の効果の入った余韻が返ってきます。

 あとは裏板を閉じて組み立てるだけ。
 糸巻は健全で噛合せも良いため,軽く清掃して柿渋と油を染ませておきました。棹は蓮頭・半月と同じくスオウで染め直した後,オハグロでこげ茶に。指板部分のみもう一手間,ラックニスを染ませて磨きます----唐木でなく,桑を染めた板のようですがなかなかの景色。

 胴側は柿渋を染ませて亜麻仁油とロウで仕上げました。
 山口とフレットは漂白ツゲ。
 1次フレッティングの結果,丈が多少高めでしたので,半月にゲタを噛ませて弦高を下げました。

 最後にお飾り類。
 左右のニラミに欠け・割れなどの損傷はありませんが,裏面に少々虫食いがあったので,これを埋めてから染め直します。
 最後に扇飾りをこさえるのですが。もともとわずかな接着痕と日焼け痕しか残っていなかったので,オリジナルのデザインが分かりません。ここはよくある唐草万帯のぐにゃぐにゃ----よく見かける割に何を意味している模様なのかイマイチはっきりしない,月琴のナゾ意匠の一つですね。

 仕上げのあたり多少はしょりましたが,師走ということでごカンベンを(w)
 2018年,イブ前夜の12月23日。
 月琴60号,修理完了!!

 オリジナルの状態でのフレットや山口の加工および設定に多少疑問があるので,この修理後の音階がもともとのそれと一致しているのかどうか,すこし怪しい点もあるのですが,フレットを原位置に配置した時の音階は----

開放
4C4D-184Eb+454F+124G+124A-305C-75D+105F-19
4G4A-324Bb+245C-195D-165E-445G-125A-36C-32


 そもそも表板や糸巻・半月に,楽器としてかなりちゃんと使用されたことをうかがわせる痕跡がありましたので,音が合ってるのはあたりまえッちゃあ,あたりまえの結果なんですが----修理中思っていたのよりは,ずっとマトモな音階ですね。
 第3・7音(2ndフレットの音)がやや低すぎますが,5度・オクターブの位置でのズレが小さく,月琴かどうかは知りませんが,あるていどこの手のフレット楽器について知っている人による設定だったのではないかと思われます。(なお,調査後にフレットは開放C/Gでの西洋音階で配置し直してあります)

 音は----すごくイイですね。
 くッ…太清堂の修理でも良く味わうんですが,なんだこの割り切れない感じというか敗北感のようなものわ!!とはいえ,元の工作にはいろいろ問題があったものの,部材の加工は同時修理のおせんさんの作者より丁寧でしたし,庵主が「月琴の正則」のほうにかなり(ムリヤリ)寄せて組み直した,みたいなところもありますが。

 大きく明るく遠慮なく。
 Anzuさんとこに置いてある49号にもよく似た,唐物月琴に近い響きです。
 国産月琴によくある闇堕ち中二病的な色がなく,昼の青空みたいにすっこーんと抜けてゆく音。それを追いかけるようにシーーンと広がる余韻。

 胴が少し大きいものの,庵主の作るウサ琴とほぼ同じ大きさの小柄な月琴です。不識の月琴のような大型月琴で慣れてると,少しとまどいがあるかもしれませんが,持った感じのバランスはよく,演奏中のふりまわしもかなりラクです。
 音もデカいし,路地での立奏向けかなあ。
 欠点(?)としては,楽器を横にしたり運んだりする時に2組入れた響き線がまあにぎやかに鳴ります。いわゆる「線鳴り(演奏中に発生する響き線によるノイズ)」ではなく,演奏姿勢に構えている時はほとんど問題ないのですが,それ以外の体勢にしたとたん,ガンゴラガンガラ----ブラつかせると曲線が,横に寝かすと直線が,って具合でどッちかの線がかならず音をたてちゃうみたいですね。線鳴り抑制のため,オリジナルでついてた「鳴らし釘」も抜いたんですが,こりゃあんなもんなくてもじゅうぶんにぎやかですわい。
 曲を弾き終わったあと,まだほかの人の演奏があるような場合は,細心の注意でしずかーに寝かせること。(w)

 作業名:60号/マルコメX,
  あらため,音の印象から「銘:碧空(あおぞら)」

 ギターの前科があるヒトなんかが弾くと,ちょっと面白そうですね。いまなら斗酒庵特製・牛蹄のギターピックもオマケに付けちゃうよ。
 吾こそと思わん方。
 お嫁入り先,ご連絡お待ちしております。(ww)

(おわり)


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