連山派・梅園派の「哈々調」について
![]() さてまた現在進行中のまとめより。 そういえばWSではあまりやらない曲ですねえ。 「哈々調」は別名を「鉄馬行」と言います。これは歌の最初の段に---- 紗窓紗窓外呀。鉄馬児响叮噹。 姐児聞声睡呀。隔壁王大娘。 軽移細歩。倒高楼上呀哈。 哈㕽哈㕽哈々々 と,出てくるところから採ったものですね。この「鉄馬」っていうのを田中従吾軒さんは「風鈴」と訳してます(『清楽詞譜和解』)が,これは「鉄馬兒(ティエマール)」という,満州族の女性の履く靴のこと。 清楽に伝わっているのは物語のほんのトバ口,導入部のところなんですが,これのもとになっているのは大陸で「紗窓外」もしくは「王大娘探病」と称される俗曲だと思われます。全体の内容としては世話焼きのおばちゃんが,世間知らずのお嬢様の恋患いに首をつっこむお話。性別は逆転しますが落語の「崇徳院」みたいなお話ですね。 古い楽譜の付点はだいたいこんな感じ---- ![]() ![]() ![]() 中井新六『月琴楽譜』および鈴木孝道『月琴独習自在』は「ハハチヤウ」と中国語読み。平井明『月琴胡琴明笛独案内』には「ほうほうちやう/ハハチヤウ」と二種類の読み方が併記されてますが「ほうほうちやう」っていう読み方はほかで見たことがない。 たぶん「ハハチョウ」と呼んでいたんだと思います。歌の後半に「哈哈㕽哈㕽哈々々」という繰り返しがあります。ここから出た名前ですね。おそらくはここを女性の高音で,コロラチュオのようにコロコロと転がるように唱えたのでしょう。 亀齢軒斗遠『花月琴譜』(天保3)ですでに紹介されている清楽のなかでも古い曲です。譜を比較してみると,清楽初期は野郎が多くて声が出なくかったせいか,全体に低音で唱えてたみたいですが,のちに女性が増えてきたおかげで,後半の部分が高音に戻って行ってるようです。 たとえば,柚木友月の『明清楽譜』の譜(YNK014)は第一楽譜『声光詞譜』と符字順列が一致してますが,その付点からはこんな近世譜が再現できます---- [四--合|四-仩-|工-四仩|工--○| 工-合四|合-工-|尺---|尺---|] 上-上-|尺--○|四-四仩|合○工-| 工-六-|工-尺-|尺工尺-|上-上-| 尺工上-|四-工-|四仩合-|合-工-| 合-合-|仩-四仩|四仩合-|合-工-| 合-合-|仩-四-|工-尺-|--尺-| --| 再現曲 同じ連山派系なんですが『清楽曲譜』(OKINO_A014)では---- [四--合|四-仩-|工-四仩|工--○| 工-合四|合-工-|尺--○|尺--○|] 上-上-|尺--○|四-四-|仩-合-| 仜-仜-|𠆾-仜-|伬-仜伬|伬-仩-| 仩-伬仜|仩-四-|工-四仩|合-合-| 工-合-|合-仩-|四仩四仩|合-合-| 工-合-|合-仩-|四-工-|尺--○| 尺--○| 再現曲 と,後半の符が1オクターブ高いニンベン付になってますね。 加藤先生からいただいた『声光詞譜』と長崎歴文の『弄月余音』の付点は,どちらも符音の長さが柚木の例の半分,すなわち無印を半拍としているようです。どちらの資料も付点が完全ではないため単独での読解は不可能ですが,まあどこが長いか短いかくらいの判断材料,参考にはなります。柚木の譜と『清楽曲譜』の譜では1箇所だけ音長が違う(3行の1・2符め)のですが,これはどちらの資料でも長音を示す付点の類は付されていない。平井明の『月琴胡琴明笛独案内』でも符の横に短音を示す傍線が引かれてますので,連山派の伝統的な弾き方では,この部分は柚木の譜と同様になっていただろうと思われます。 ちなみに渓派の類例では当該の「四仩」部分が『清楽曲譜』のように2分2分になってます。もしかすると『清楽曲譜』が2分2分にしたのは,こうした他派の演奏の影響だったかもしれませんね。 [四-合-|四-仩-|工-四仩|工--○| 工-四仩|合-工六|尺---|---○|] 上-上-|尺---|四-四-|仩-合○| 仜-仜-|六-仜-|伬-仜六|伬-仩○| 仩-伬仜|仩-四-|工-四仩|合-合○| 工-合-|合四仩-|四仩四仩|合-合-| 工-合-|合四仩-|五六工六|尺---| ---○|(『清風雅譜』SG017「哈々調」) 連山派の譜で「尺」の4拍が2音となっているところが8拍1音の長音になっているところが特徴的ですね。ただ『清風雅譜』の解説でも述べてるよう,こんな長い音はありますが,これはけっしてこの曲が緩やかなテンポの曲であるためではなく,通常の付点では符音の長短関係が分かりにくかったり拍子がとりにくいような場合などに,曲全体の符音を拡大し教授上「分かりやすい」カタチにしたもの。実際の演奏ではそこそこ軽快に弾かれたものと考えられます。 さて歌では,高柳『洋峨楽譜 坤』鷲塚『月琴歌譜』中井新六『月琴楽譜』3冊,歌詞対照譜での発音位置は一致しています。鈴木孝道『月琴独習自在』のは例によって発音位置が部分的に異なってますね。下表赤が中井・高柳の版,緑が鈴木の歌詞対照譜によるもの。
中井らの版が,連山派における標準的なかたちに近いものと考えられますので,これをもとに歌唱を再現してみましょう。
1)睡:渓派の版では「姐兒床上睡(嬢やはベットでおねむ)」となっているので「睡」で良いが,こちらの「姐児聞声睡呀」だと状況が異なる。田中従吾軒は『清楽詞譜和解』でこの前の節からを「風鈴ノ声叮々タルヲ,女子聴キナガラ睡リ居リタリシニ」などと解しているが,「鉄馬兒」は冒頭にも書いたように満州族の女性の履きもの,ポックリ下駄のような靴である。大陸の類例から見てもここは,下駄の音響くのを姐兒が聞いて「誰?」と尋ねるのに「隣の王おばちゃんだよ」と王大娘が答える場面である。ゆえに「姐兒問声 "誰" 呀」が正しい。「聞」(wen2)「問」(wen4),「睡」(shui4)「誰」(shui2)ともに近音である。ただし「誰」「睡」の両語とも方音を含め「-n」もしくは「-ng」の音はないので,「ジュン」は「ジュイ」もしくは「シュイ」の間違いと思われる。再現では修整。
中井の版では9番以降,歌詞が2フレーズ足りなくなってるので,再現は8番までとします。2)一陳:風・香りの量詞は「陣(zhen4)」である。陳(chen2)だと音も意味も合わないが,大陸の唱本でもよく「陳」で書かれている。 紅陵被:「紅綾被」の間違い。赤い掛布団。 4)迷迷模々:正しくは「迷迷摸摸」だが正確には文字のない語なので,これでもよい。 4白)超度:ここではお経を読んで平癒祈願やお祓いをしてもらうこと。 5白)伏侍:=服事もしくは服侍で世話をする,ここでは看病してもらう。 6)喞々咤々:おしゃべりな様子,小鳥のさえずりかわす擬音にも使われる。ピーチクパーチク。 ほかの資料でもこの8番以降は歌詞がグダグダです。 可能性としては,構成上この7番なり8番以降から曲が短くなってるとか,あるいは時間短縮のためセリフと不完全な唱(メロディの一部をなぞる程度の)との組み合わせになってるなんてことも想像はされます。 しかし大陸の唱本における類例などから考えるに,これはそもそも物語のトバ口。しかもその出だしの1曲の途中にしかなってないんですよ。雑劇や民間の唱え物においては,この問答を繰り返したところで,お嬢の患いを「恋の病」と見切った王大娘が最後に「おばちゃんにまかせな!」と啖呵を切って終わり,物語が本格的にはじまるのでありますから,長すぎて後ろのほう,口伝がついてゆかなかったとかのほうが分かりやすそうですね。 (つづく)
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