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楽器製作・名前はまだない(4)

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斗酒庵ひさびさの製作 の巻2019.10~ 楽器製作・名前はまだない(4)

STEP4 裏(板)に命を賭ける男

 そもそも,唐代の古い「阮咸」は,四川省の墓地から出土した青銅で出来た楽器を木で作り直したもの,とされています----

 もちろん晋の時代の音楽家である阮咸が弾いていた楽器というのはこじつけですし,だいたいが四川省に阮咸さんが行って弾いていたわけも証拠もありません。それ以前にあった「秦漢子」という似た楽器がこれと同じものだ,という説もずいぶんと見るのですが,肝心の「秦漢子」という楽器自体がどういうものであったのか,の部分が,たいへんアヤフヤで話にもなりません。

 中国の西南地方などで阮咸に似た,長い棹で丸い胴で4本弦の楽器が古い壁画になっていたり,古いお墓の装飾レンガに刻まれているのが見つかったりしていますから,四川省をふくむそうした地方にそういう楽器が古くから存在していたことは確かだろうとは思いますが,いまのところそうした古い楽器の実物そのものが,スッポンと遺跡から出土してきてもいませんし,絵や模様からだけではもちろん,その詳細は分かっていません。

 たとえばそれが琵琶や阮咸のように 「4単弦」 の楽器であったのか。
 あるいは清楽月琴や八角胴の「阮咸」(双清)のように 「4弦2コース」 の複弦楽器であったのかさえもです。

 いまたとえば,唐の時代にあったように,どこかのお墓から大昔の楽器を模した祭器が出てきたとしましょう。

 史書には「青銅で出来た楽器」というようには書かれていますが,それが演奏可能なものであったとか,誰かが弾いてみた,とは書かれていません。
 そもそもお墓にお供えされた副葬品ですからね----しょせんは装飾品です。 細かな形状も弦やフレットの配置も,どこまで正確であったかは疑問です。

 実際に演奏可能な楽器を,そういうモノから復元製作するとしたら。

 そうした 「分からない部分」 は,自分たちの身近にある少しでも似たような楽器を参考にするしかないでしょう。

 『唐書』などにあるように,墓地から出た祭器を木で作り直した,というお話しが本当なら,同時代に流行っていた同じ4弦の楽器である琵琶や,まだ当時はどこかに残っていたかもしれない「秦琵琶」「秦漢子」に倣った弦やフレット,そしてチューニングが参考にされただろうと思います。

 以前あげた「月琴の起源について」のシリーズで庵主は,この壁画やレンガ,そして唐の時代にお墓から出てきたものの 「モデルとなった古い楽器」 を 「原阮(げんげん)」 と名付け,それを唐宋の阮咸や短い棹の月琴の共通の祖先としました。

 「原阮」 は,西アジア起源のリュート属の楽器とは別に,いまも東南アジアから中国西南部にかけて広く分布している,原始的な弦楽器の一つだったと思われます。2本の糸を間4度もしくは5度に張って,かき鳴らす----弓の弦を弾いたり擦ったりして音を出す「楽弓」の,ちょっと先くらいのものですね。音数は少なく,それ自体単体で音楽をなす,というよりは,歌に合わせたり複数で合奏したりするのに使う伴奏楽器だったと思いますね。

 そうした「原阮」を青銅で模した祭器をモデルに,分からない部分を琵琶の構造や調弦で補したのが唐宋の(正倉院の)「阮咸」という楽器だということです。
 いまある円胴で長い棹の「月琴」は,唐宋の「阮咸」よりはむしろ,そのモデルとなったであろう「原阮」の仲間に近く,短い棹の月琴はそれがおそらく中国の西南地方あたりでショートスケール化したものと思われます。
 いうなれば,現行の長い棹・短い棹の「月琴」の祖先は正倉院にある「阮咸」ではなく,その 「元となった楽器」 である----すなわち,先祖が同じという意味では親戚の関係にはあるものの,阮咸=月琴はあくまでもその外形をのみ真似たもので,現行の長い棹・短い棹の「月琴」と楽器としての直接的な因果関係はない,ということですな。


 さて製作です。

 最初のウサ琴を作った時もそうだったんですが,この楽器をエレキ化する上でのネックの一つが,表裏板が「桐」であることでした。
 月琴の表裏板の厚みは3~5ミリ。
 軽くて柔らかい桐でも,これだけ厚みがあるとまあ,赤ちゃんパンチで穴があくことはないですが,表面がいささか柔らかすぎるんですね。
 通常はクギやネジが使えない材料で,ノブやジャック部分のように動かしたり抜き差ししたりと言う動作にもあまり強くはありません----穴が広がって,すぐ取付けがユルくなっちゃったりしますね。

 カメ琴2号ではスピーカーやスイッチ等の取付け部分の裏に黒檀の薄い板を貼り,実質この板に取付けることで表面の桐板には力がかからないよにしましたし,カメ琴1号にスピーカーユニットを増設した時には,板の裏がわにブナのツキ板を貼り回して強化しました。

 今回はまた違う方法を験してみましょう。

 取付け孔のふちとその板裏の周縁を中心に,エタノールで緩めたエポキを塗布します。

 桐は多孔質なので滲みこみがいい----という性質を逆手にとって,この部分を樹脂浸透の強化木化してしまおうというわけです。

 この夏,江別の博物館で,戦中に作ってた 木製戦闘機キー106 の展示見てて思いついたんですな。

 キー106と言っても,主翼の一部とか増槽,骨組みに刻む前の強化木の板材とかタイヤしか残ってないんですが,男の子なのと初期航空マニアなので,それだけでもずいぶん血沸き肉躍りましたわあ。

----まあそれはともかく(w)

 この方法なら強度の必要な部分だけピンポイントで補強できますし,板自体は材として完全に連続している上に,余計な板を貼りつけるわけでもないので,音への影響をかなり軽減できるかとも思います。

 さてお次です。

 修理もメンテナンスもしないつもりなら,回路を組み込んでから裏板でフタしちゃえばいいんですが,楽器と言うものは常にメンテナンスの必要な道具です。エレキ楽器というもの,しょっちゅう開けたり閉めたりすることはないものの,なにかあったときのために,いつでも内部にアクセスできる環境がないといけません。
 表板は共鳴板ですので,こちらはなるべく一枚板であってほしいわけですから,当然メンテ孔は裏板がわにするのがふつうでしょう。

 この後の作業の便で,八角形に切った裏板の一部を切りぬいて,蓋になる部分を作ります。

 前回書いたように,この蓋の部分に電源となる9V電池と,アンプの回路が取付けられます。回路のほうは楽器自体がもうちょっと組み上がらないと正確な位置が決まらないんですが,電池のほうはもうだいたい決まってますので,裏蓋の一部に四角い穴を切って,先に電池ボックスを作っておきます。

 表裏板の端材を刻んで組んでっと…あとで組み付けながら切り刻むので,ちょっと大きめに作りました。
 最終的には縦横半分ぐらいになっちゃいましたね(w)

 この電池穴の表面周縁には後で薄板を一枚貼り回すことにしています。電池のお尻部分が2~3ミリ隠れるくらいの感じですね。電池は指で少し押し上げ,頭のほうを楽器内部がわに傾けると,お尻のほうが上ってきてつまめるようになります。

 通常,箱電池1本で2~3時間は保ちますから,オールナイトライブでもない限り,そんなにしょっちゅう交換することはないとは思いますがね。

 ウサ琴1号の時,ちょっと苦労したのがこの裏蓋でした。

 ウサ琴1号も今回の楽器と同じく,胴体が箱のフルアコエレキ楽器でしたが,弦を鳴らすと裏蓋のあたりから強烈なビビリ音が……原因は裏蓋と裏板の接合部の工作でした。
 裏板と裏蓋の間にスキマがあると,それは裏板にヒビが入ってるのと同じ状態になり,それを中心として変な振動が発生しちゃうんですね。

 裏板と裏蓋の接合は,スキマなくピッタリキッチリ,これ理想----

 宮大工級の腕前ならまあそういう工作も可能でしょうが,こちとら凡夫の身(w)でごぜえやす。さらにこの裏板と裏蓋の接合部である木口の部分は,脱着する部分であるゆえに補強もしなくちゃなりません。さっきも書いたとおり,しょっちゅう開けたり閉めたりする部分ではありませんが,動作には必ず危険が伴います。木材の木口部分というのは縦方向の圧力に関してはでえらー強いのですが,その他の方向からだとけっこう容易く欠けたり割れたりしちゃうとこですからね。

 カメ2号の時には,木口の接触する部分に突板を貼って補強しました。洋楽器の製作者なら,唐木かプラスティックの薄板を貼り回してバインディングで保護するところかな?
 さて,凡夫は凡夫なりに,さらなる最善の方法を模索することとしましょう。
 目的は板木口の補強と,その接合の精度をあげること----この二つをまとめて一度でやれれば,ムフフのワハハですわな。(これをこれ不捕狸算用皮といふ)

 まずは蓋部分の板の木口にラップをかけます。
 次に裏板本体を板に固定----台板も表面をラップで覆っておきますね。
 続いて,裏板の裏蓋と接触する部分に,木粉をエポキで溶いたパテを盛りつけ。
 木口をラップでマスキングした裏板を当てがって,ギュギュっとな----

 一晩おくと…何ということでしょう!

 裏板の木口が薄い樹脂の層でキレイにコーティングされているではないですか!
 さてさて,パテがじゅうぶんに固まったところでハミ出した部分を削り落とし,こんどは裏板がわの木口をラッピング。

 裏蓋のほうの木口にパテを盛って,もう一回ギュギュッと----

 あらかじめ木口にエタノールを滲ませてからやってるので,樹脂の層は一部木口にしみこみ,ほぼ一体化しております。これならプラのバインディング材みたいにハガれることもありませんし,合わせ目のスキマを充填しているようなものなので,接合部はまさしく「寸分の狂いもなく」ピッタリキッチリ合わさっておりまする。

 今回は木粉でやりましたが,この方法。
 骨材をたとえば胡粉(貝殻の粉)とか砥粉(石の粉)にするとか,アクリル絵の具を混ぜるとか工夫すれば,さまざまな素材や色にすることが可能ですねえ。
 新しいバインディングの方法としては,ちょっと興味深い。

 難点と言えば,今回はもともと合わさるようになってる裏板と裏蓋という関係ですし,作業範囲もそれほど大きくないからいいんですが。たとえばこれをギターなどに応用したいと思うなら,胴やネックに合わせた外枠か,最低でも部分枠のようなものが必要になるわけですね----ふむ,それはそれでけっこうタイヘンですな。

 裏蓋の問題が片付きましたので,裏板を接着します。
 ----と,その前に。

 これは仕込んでおきましょう。

 唐宋の阮咸はもちろん,台湾やベトナムの長棹月琴にも付いてませんが,日本の清楽器の阮咸には付いてますね----

 響き線をつけます。

 胴の片がわに回路やスピーカーが入りますので,直線や曲線では長さが限られ,効果が期待できません。そこで今回の響き線は渦巻型,直径約75ミリ。
 「目指せ,カルマン渦!」 を合言葉に,指にマメを作りながら3時間ほどかけてみっちり巻き上げました。まあ,けっきょく焼き入れで少し歪んじゃいましたけどね。

 取付け部を中央にしたところ,そこまでのアーム部分がちょいと長すぎて振れ幅が大きくなり,反応はきわめて良いものの,線が胴内に触れてのノイズ(胴鳴り)がヒドくなってしまったので,急遽,桁の音孔の中央に支えを作りました----うむ,最初からここを基部にすれば良かったか。(泣)

 改造後の反応は上々。
 胴鳴りはかなり抑制されましたし,板をタップした時の余韻の雑味も薄れました。

 響き線が片付いたところで裏板を接着,いよいよ胴体が箱になります!

 といったあたりで,次回をごろうじろ!!----

(つづく)


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