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月琴64号(終)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 月琴64号 (5)

STEP5 サリーちゃんのともだち

 月琴64号・初代不識。
 胴体のほうはすでにがんじょうな桶----水入れてもたぶん漏れませんね,こりゃ。前回棹も仕上がったことですし,裏板のついてない今のうち,まずはてって的に胴体とのフィッティングをやっておきます。

 棹基部で延長材を継いだ一般的な構造だと,胴体が箱になった後で,棹の角度などに大幅な修整が必要となった場合でも,延長材をはずしてかなり大胆な調整が可能ですが,糸倉から棹なかごまで一木造りの不識の棹では後からの調整が難しいので,いざとなったら内桁の棹孔までいぢれるこの状態で棹と胴体の接合具合を確かめておくのが得策です。

 同時進行でやっておくことのひとつめは裏板の補修。

 表板よりは少ないものの,こちらもやはり下縁部----補作の側板がついていたあたり----を中心にクギ打ちの痕やヘコミなどがあります。まずはこのあたりを重点的に。
 つぎに中央付近に虫食い由来の割れがありましたので,ここから切り離して2枚に。せまいはぎめの木端口にうねうねと広がっていた虫食いは,木粉パテで埋め込んでキレイに均しておきます。
 あと,右肩のあたりに10センチほどの割れがありました。
 ここは虫食いではなく,板の収縮によってはぎめが裂けたもの。少しせまいので,細い三角形に切り広げてから埋め木を押し込みます。

 板裏のヘコミやキズも見つけたら埋めて均しておきます。

 同時進行ふたつめは半月の製作です。

 オリジナルの半月も直せば使えないこともないのですが,糸孔のところの損傷が厄介そうですし,材質や加工などの面から,これも地の側板同様,後補部品である可能性もありますので,もうちょっと良い材料で作り直してあげようかと思います。


 とまれ,この半月を不識のほかの楽器と同じように唐木のムクで作るとなるとフトコロ具合的にタイヘンですし,元ついてたのと同じホオやカツラで作り直すのも味気ないので,庵主はちょうどその中間をゆくことにしましょう。
 材料はカツラと黒檀の板。カツラの土台の上に黒檀の板を貼りあわせ,半分に割ったプリンみたいのをつくります。
 半月の上面,楽器前面に向いた部分は本物の唐木。側面さえうまく誤魔化せば,ちょっと見,ぜんぶ唐木で出来てるように見えるでしょ?

 半月の下縁部が面取りされて角ばってるのが,不識の月琴の半月の大きな特徴の一つなんですが。この加工,やってみると意外にタイヘンですね。
 削りが足りないと角がピンと立たないし,一面削りすぎるとほかの面にも影響が出ちゃう----いやいやどうして,けっこう繊細な作業です。
 正直,ふつうの斜面にするか全体をなだらかな曲面にしちゃうほうがよっぽどラクですわい。

 形が出来たところで,裏中央を櫛げに刻んでポケットになる部分を作り,糸孔を二重にして骨で作ったパイプを埋め込みます。
 この骨パイプ,径5ミリ----骨材を丸く削って孔をあけただけのシロモノですが,なにせ小さいので作るのがそれそこタイヘンです。今回もこれだけの部品に4時間くらいかかりましたかね。

 半月側部,プリンみたいな二重構造が見えちゃってる部分には緩めたエポキを塗って,表面補強かつシーラーとし,その上からスオウで赤染め。黒ベンガラとオハグロで黒染めをほどこし,カシューで固め,黒檀の上面部分を平らに砥ぎだしますと-----

 ----じゃん。

 ちょっと見には元プリンだと分からない物体となりました。

 部品がそろったところで,まずは裏板を接着。
 接着後,二枚の小板のスキマにスペーサを埋め込み,整形します。

 補作の地の側板は若干厚め大きめに作りましたので,この時点では板縁から最大で2ミリ近くハミ出てるところがあります。
 ただ,表板はほぼ柾目だったのでさほどではなかったんですが,裏板はあちこちにフシ目のある低質な小板をはぎ合わせたため,表板より縦方向の縮みが大きかったらしく,このまま表板に合わせて削ると,板端に一部足りないところが出来てしまうことが分かりました。

 といってもまあ,1ミリあるかないかといった段差なのですが。あるていど削ってから,へっこんでしまいそうなあたりに,補材を足しておくことにしました----桐板の端材を木目の方向に合わせて刻み,接着面の木口を平らに削って貼りつけます。
 この状態で,地の側板を中心に削り込み,側面を面一に。

 板の縁が均等に削られ新しい面が出たところで,側板をマスキングして表裏板を清掃します。
 表も裏も見事に真っ黒ですからねえ~やりがいがありますヨ。(w)
 あとこれだけ色ついてますと,清掃の時出た汁を補修部分になすりつければ,一次的な補彩になって目立たなくなりますんで,それはそれで有難い。

 重曹を溶いたお湯をShinexにふくませてゴシゴシ----
 不識の楽器は染めに使ってるヤシャブシが濃く,砥粉も多めなので,10分もしないうちにお湯は真っ黒ドロドロです。

 二日ばかり乾燥させたら,こんどは表裏板の木口をマスキングして側板を染めてゆきます。

 まずはスオウで赤染め。
 ミョウバンで発色させ,鮮やかな赤色になったところで,オハグロで黒味をつけ,ムラサキから深みのあるダークレッドに。

 表面に浮いた余計なオハグロを,亜麻仁油で軽く拭いながら染めを定着させ,カルナバロウで磨いて仕上げます。
 補作の地の側板以外はそんなに削り込んでないんですが,接合部をしつこいくらい補強した甲斐あって,側面はいまやほとんど一本の輪----光の加減によっては継ぎ目も見えなくなりますね。

 胴体と同時進行で,棹も同じ色に染めました。

 こちらは糸倉のあたりを若干黒っぽく,紫檀の指板は染めずにそのまま。磨いてラックニスをはたいて仕上げます。

 糸巻は蓮頭や半月側面と同じく,スオウ下地のベンガラ・オハグロによる黒染め。亜麻仁油と柿渋で仕上げています。

 山口はオリジナルのがしっかり残ってますのでこれを取付け,棹を挿して楽器の中心線を計測。黒檀コンパチな補作の半月を取付けます。

 一度糸を張ってみた結果,山口がわのほうがわずかに弦高が低いせいで,4~5フレットあたりで音に狂いが出ることが分かりました。
 月琴の棹は低音域での音響効果のためフレットを高くするのと,弦の張力への対抗として楽器の背側に傾いています。トップナットである山口の高さは本来,この傾きを考慮したうえでいちいち決められるべきなのですが,量産期の楽器は数をこなすため,同じ規格で作られた部品を組み合わせて作っているので,これはよくあること。
 煤竹のゲタを噛ませ,半月がわの弦高を1ミリ下げて対処します。

 フレットもオリジナルが7枚残ってます。こちらで作るのは最終第8フレットのみ。オリジナルのは使用によってちょっと上面が削れちゃったりしてますが,半月にゲタした影響でもとよりいくぶん弦高が下がってるんで問題ありません----いやむしろおかげでピッタリ----かな?

 オリジナル位置での音階は----

開放
4C4D+124E-24F+54G+114A+195C-5C#5D+255F#-33
4G4A+64B-215C+25D+35E+25G+105A+186C#-49

 5フレット以降にやや乱れがありますが,これは上に書いたよう元の弦高設定だと,このあたりからピッチに狂いが出てたはずですのでその影響でしょう。

 お飾りは,柱間のコウモリさんの羽根が片方欠けてます。まずはこれを修復。

 左右のニラミは色が褪せていたくらい。修復したコウモリさんといっしょに染め直しました。

 一気に組上げます。

 2020年4月24日,
 初代不識・神田錦町石田義雄作の月琴一面,修理完了!

 最初見た時は----表裏真っ黒,板ボロボロ,棹と側板にはナゾの塗料がベットリ,端にはクギまで打ってある----と,まあ。正直,だいじょぶかなコレ?という状態だったんですが。

 直るもんですねえ。

 しかし考えてみますと,完全になくなっていた部品は糸巻くらいなもので。
 山口やフレット,お飾り類は,一部壊れてはいたもののほとんど揃ってましたし,内部や棹,糸倉にも部材単位では深刻な損傷がなく。
 地の側板が補作だったことを除けば,想定外の事態のほとんどない,順調な修理でした。

 塗料は削り落とせばよかったし,クギ打ちの処理なんかもやることをやればイイだけでしたしね。

 指板に紫檀の良材を貼り,半月も数割が唐木(w)。いちど完全に分解し,ゆるんでいた側板や内桁の接合を強固にしたうえ,さらにガッチリ補強してありますし,棹や弦高の調整もかな~りしつッこくやっております。多少手前味噌ではありますが,おそらく現時点ではただの量産型だったオリジナルより良い楽器に仕上がっているかと。(www)

 庵主のつけた銘は「涼葉」。

 不識の月琴は棹やや長く,胴も薄く大きいため,運指の感触や構えるポジションが一般的な作の月琴と少し異なり,操作性にちょっとクセがあります。

 そのあたりのクセがバッチリはまると,けっこうなパフォーマンスを発揮するんですが,合わないとちょっとしたジャジャ馬。乗用車というより,レースに特化したスポーツカーとかF1みたいなもので,ギリギリな工作に起因する多少余計な手間もかかります。

 庵主は最初に出会った月琴が不幸にも(w)この人の作だったせいで,かなり慣らされちゃいましたが,さて,あなたはどうなるか?
 まあ,楽器は音を出すための道具。合うものを使うのがイチバンだと思いますが。
 吾と思わん方はどうぞご連絡を----お験しのご要望も含めて,絶賛お嫁入り先募集中であります!


(おわり)


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