« 月琴64号(終) | トップページ | 明笛について(26)49号/50号(5) »

鶴寿堂4(終)

kaku04_06.txt
斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 鶴寿堂4(6)

STEP6 昼間助けていただいたツルはルルイエへと飛んでいった,いあいあ。

 およそ2ヶ月ぶりに胴体が箱に戻った鶴寿堂4。
 さあて,仕上げますか!

 まずは胴側面。
 飾り板はオリジナルよりもはるかにニカワ少なく,精密かつ均等に胴側本体にへっついております。そのため,元は浮いていたところや,ニカワで増量されていたところなどは,へっこんだぶん板縁が余っておりますのでこれを削り落とし,側面を面一にします。

 表板はほとんどオリジナルの状態のままですし,裏板もいつもよりきっちりギリギリの位置でもどしてますので,削られるぶんはさほどもないですね。
 飾り板の表面にまだ補修の痕が残ってますので,そこもいっしょに均して磨いてしまいます。

 #400くらいまで番手を上げたところで側板をマスキング,表裏板の清掃に入ります。

 そんなに汚れては……うむ,意外と汚れてましたね。
 汚れかたが全体に均等なので気づきにくい手合いかな。

 表裏清掃が終わったところで,再接着の時にがんばってくれたガイド孔を埋めます。桐板の端材を削って細い丸棒を作り埋め込みました。
 よーく見ると気づくていど。補彩もしておくので何年かして色があがってきたらほとんど分からなくなるんじゃないかと。
 表板も半月剥離の時についた小さなエグレなんかを埋めておきます。

 表裏板がキレイになったところで,今度は板の木口のほうをマスキング。
 飾り板にサンディング・シーラーをかけます----ツヤッツヤですなあ。
 翌日表面を削り直し,#1000くらいまで磨いたら油拭き・ロウ仕上げ。

 半月も表面をシーラーで固めてからとぅるッとぅるに磨き上げます。
 うん木目が清々しい。
 いい木には飾りなんていらんのです。
 エラい人にはそれが分からんのです!

 さて,棹を挿して半月の取付けです。

 オリジナルの状態で山口にはいちおう糸溝がついてましたが,なにやらお情けていどの刻みで,浅いわ左右のバランスも変だわだったので,木粉パテでいちど埋めこみ,新たにちゃんとしたものを刻み入れます。

 糸を張り,新しい中心線を決め,左右のバランスを考えながらの位置決め……まあ結局ほぼ原位置に落ち着きましたが(w)

 この楽器の半月は位置が板縁からやや離れているため,庵主の家にあるクランプ類では届かず,直接押さえつけることができません。
 さてどうするか?

 ----こうしましょう。

 あらかじめ,半月の裏面と接着面はよく湿らせ,ゆるめに溶いたニカワをふくませておきます。
 つぎに半月を取付け位置に置き,当て木で固定。
 そして,その上にコルクをのせ,柔らかめの板をその上に渡して,左右端をクランプで固定します。

 この楽器の胴表裏は浅いながらアーチトップ・ラウンドバックになっているので,この半月辺りも微妙に平らではありません。オリジナルの工作で左右端が少し浮いていたのは,原作者が自分でやっておきながらソレを忘れてたせいですね。
 今回は半月裏の接着面の真ん中をわずかにくぼませてますし,この方法だと半月の左右端に均等な力を加えられるので,前よりはちゃんとつくでしょう。

 半月さえついちゃえば,あとはもうハナシが早い----

 オリジナルのフレットは竹。

 煤竹ですらないふつうの晒し竹,白竹ですね。
 7枚残っており,加工も悪くはありませんが,さすがにちと安っぽい。
 ほかの部分はけっこういい材を使っているのになんでここだけ,って感じもしますし,未来へのお土産に,ちょっといい材料で一揃い作ってあげましょう。

 ひさびさ,黒檀の黒フレットでいきます。
 全体的に色味の淡い楽器ですので,かなり映えるかと思いますよ。

 端材箱から縞黒檀の角材を発見。
 マグロや青にくらべると,黒檀の中では下のほうの扱いをされる材ですが,くっきりした縞模様は逆にこれにしかない持ち味ですよね。もちろん,フレットの材料としての強度や質に問題はありませんが,庵主のとこにある材料ですから,とうぜんそんなに高いもンではありません。割れが入ってたんで切り捨てられた部分ですね。実際,素体作りの段階で何枚かそっから割れちゃいましたが……もちろん継いで使います。ムダは出しません,モッタイナイ。
 ちなみに加工の時に出た削り粉も,修理の際につかうパテの骨材になるためとってあります,エヘン(端材不可捨病膏肓ニ入ル,ともいう)

 で,糸を張ってフレッティング…………あれ?
 なんでしょう,ヘンですね。
 指板の歪みは直しましたし,あれだけ事前に棹と胴体のフィッティングをやって,棹と胴体はピッタリのはずなんですが……糸を張ると,棹が微妙にねじれやがります。

 これじゃフレッティングどころじゃありませんね。
 急遽棹をはずし,あらためて調べてみたところ----

 これですね,これ。
 ここ,スキマはあったもののそれほど大きくもなく,部品同士はいちおうちゃんとくっついているんでそのままにしておいたのですが。
 このスキマが意外と悪者だったらしく,糸を張るとこのぶん傾いてわずかに棹を浮かせてしまっていたようです。
 カヤは針葉樹としては硬いほうですがしなやかさもあるので,このくらいじゃ割れたりハガれたりしないんですねえ。

 お湯とニカワを流し込み,薄く削いだ板をスキマきっちりに打ち込んで,クランプで固定。
 くそーちくそー,この期に及んで原作者の奴。
 大事な場所なので,用心のため二日ばかり間をおきました。

 二日後,ふたたび糸を張ってテスト。
 うん,こんどはかなりキリキリに張ってもビクともしません。

 さっそくフレッティングを再開。
 オリジナル位置での音階は----

開放
4C4D+354E-464F+134G+404A-315C+255D-5Eb5F+41
4G4A+314Bb-4B5C+45D+225E-465G+115A-5Bb6C+7

 うわ…かなり波瀾に富んでますね。
 そもそもこの楽器が原作者の「若作り」実験的な楽器らしい,ということはすでに述べましたが。ほかの楽器と違うところは,このフレットの配置にもあります。第4フレットが棹の上なんですよね----前にもちょっと書きましたが,これは主に関東の,渓派の楽器の特徴で,連山派の強かった関西では唐物月琴と同じく,胴の上,棹との接合部ギリのあたりにあることが多い。前に扱ったバラバラ鶴寿堂も22号も,第4フレットは胴体上にありました。
 じゃあこれは渓派の楽器として作ったものか,と言うと……この音階のバラけ具合だとちょっと信じられませんね。清楽の音階をちゃんと理解してなかったのか,あるいは実験したせいなのか……いや,むしろ 「デザインまずありき」 で組んだ結果だとか言われたほうがまだナットクがゆきますね。
 ただ最低音オクターブの高音弦3と最終フレットの音はほぼ合ってますから,完全にテキトウ,というわけではなさそうですが。

 このあたりも最初の持ち主がちゃんと使っていれば 「ちょっとォ!コレ音がぜんぜん合ってないじゃなぁい!」 とかクレームがついて,ある程度は直されてたんでしょうがね。

 原作者のフレットは糸が切れちゃうんじゃないかと思うくらい,頭が尖ってて薄いのが特徴。
 計測作業の後でさらに削りこみ,庵主のフレットもいつもよりは先端薄作りでまいります。
 フレット頭を尖らせると正確な音階がとれ,運指に対する反応が敏感になりますが,反面音の深みや柔らかさはなくなります。指先の感触的な好みもありますが,庵主は若干尖ってるほうが個人的には好きです。

 計測を終えたフレットは,#1000まで磨いてラックニスの瓶にどぼん。1時間ほど漬け込み,三日ばかり乾燥させてさらに磨きます。

 完成したフレットを,最低音4Cの西洋音階に近い配置にたてなおして接着----シマシマ…うちゅくすぃです。

 続いてお飾り類。

 同時修理の62号と同じく,この楽器のお飾りも唐木製です。
 やや大きめなのと,62号ののようなちょっとした工夫(反り防止)がされてなかったため,右のニラミの端が反ってしまってます。62号のニラミを参考に,裏面に切れ目を入れてから接着します。

 まずふつうの手段(w)で固定してから,クリアフォルダの切れ端など使って,浮いてる部分を見つけます。
 浮いてるところに挿しこんだクリアフォルダとお飾りの板のスキマにお湯やニカワを含ませた筆を当てると,表面張力か何かしりませんが,そんな力(w)で,ニカワがお飾りの裏に吸い込まれてゆきます。

 何度かやってから,クリアフォルダをそっと引き抜くと,ただ筆で垂らしこんだ時みたいに余計なところには散らばらず,お飾りの裏だけに接着剤を広げてやることができます。
 62号同様,丈夫な唐木のお飾り,やや厚めですので,今回も浮いてる場所はクランプかけてガッチリおさえこみ,再度接着!

 バチ布はオリジナルのものを。

 フレットやお飾り類をはずした時いっしょにハガし,裏打ちをしなおして,いままで板にはさんでおきました。

 多少傷んでますが,端のほつれたあたりを少し落として貼りつけます。
 ここはニカワじゃなく,ヤマト糊ですね。

 62号・64号に遅れること一週間。
 2020年4月30日,
 明治二十五年十月,名古屋市上園町
 鶴寿堂・林治兵衛作,銘「燕花林」
 ----修理,完了!!!!


 最初の最初のほうで言ったとおり。
 今回手がけた4面のなかで,いちばんキレイで保存状態の良かったこの楽器が,ハンガーアウトはいちばん最後。
 キレイなバラにはトゲがある,キレイな古物にゃ悪魔が住みます。(w)

 未使用放置品であるゆえの,使い込まれた楽器ではありえない初期不良のこじれた故障。かてて加えて原作者のやらかす,なかなかキツい厨二病的工作加工(w)。

 いままで扱った彼の楽器の修理では 「ああ,接着がヘタだよなあ」 くらいの印象だったんですが,林治兵衛……「向こうにいったらゲンノウで殴りたいリスト」に載せときましょう。

 とはいえ----何度も書いてるように,庵主,この人の楽器はキライじゃありません。
 切った削ったの木の仕事の腕前は確か…というより相当高い技術力を持ち,棹背のラインやお飾り見ても分かるように美的センスもかなりなもの。内部の書き込みからも分かる通り,漢文やら漢詩やらにも通じてるようですしね。清楽家とのつきあいもけっこうあったのでしょう。

 前回も書いたよう,この楽器は鶴寿堂・林治兵衛の実験作であった可能性が高いと思います。まあ庵主のウサ琴みたいに,とくに「実験しよう」と思って作ったわけではなく,ふつうに作って売ってたうちの1面だったとは思うんですが,ちょうど「こういうことをしたかった」時期に作られたものだったんでしょうねえ。

 音にはなにも問題がないです。
 音量・音圧の面では多少物足りないところもあるかとは思いますが,カヤの胴体と柔らかな真鍮の響き線の紡ぎだす余韻はやわらかくあたたかく,聞いていて気持ち良くなる音ですね。
 響き線を二本入れる,という工夫は,ほかの作家の楽器でも時折見られるのですが,上下に真鍮線を方向互い違いに入れた彼の構造は,そのなかでは数少ない成功例のひとつです----たいていは「やってみた」だけで,効果がまるでないのが多いんだよなあ。

 操作性の面では,糸巻が細すぎるのがまず欠点ですね。
 握りが細く若干力を入れにくいうえ,先端も細すぎ,材質的な強度にも多少不安があります。実際,ほかの部分はほとんど損傷がなかったのに,糸巻だけ1本欠損,1本は先端が欠けてましたしね----あんまり無理してねじ切るような操作はしないほうが良さそうです。

 細い,ということは,糸巻を支える摩擦面が小さい,ということでもありますので,音合わせの時,糸を巻き上げてすぐ手を離すと,張力に負けて糸がもどりがちです。調弦の際,チューナーの針がピッタリのとこに来ても,糸巻は押し込んだまま一息二息,しばらく手を離さないでいてください。

 補作の糸巻のほかに,先端の欠けてたオリジナルも補修して,予備の糸巻としておくことにします。まあこれでポッキリポッキリ逝くようなら,ツゲとか黒檀とか,この太さでも壊れないような素材で作り直すくらいしか手がありませんなあ。(泣)

 あと棹背の曲線はこの人の楽器の特徴であり,いちばんの美くしい部分でもあるんですが,この楽器ではちょっとやりすぎちゃったらしく。うなじの下あたりで太さが2センチありません。
 そのため他の人の楽器で慣れてる人がいつもの調子で弾くと,低音部で指が糸に届かない----スカっと空振り(w)----みたいな事態が起きます。
 また,ここを細くした影響で棹背のアールが全体にややきつくなっており,とくに低音域から高音域へと手を滑らせた時,一瞬,演奏姿勢が崩れ気味になることがあります。

 いづれもあらかじめ分かっていれば,また楽器に慣れてしまえばさほどの問題になるものではありませんが,いちおうご注意までに。

 姿も音も美しい楽器です。
 長く大事に使ってください。


(おわり)


« 月琴64号(終) | トップページ | 明笛について(26)49号/50号(5) »