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明笛について(27)51号

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斗酒庵 長いものにまかれる の巻明笛について(27) 明笛51号(1)

STEP1 そのもの蒼き衣をまとい…

 そうこうしているうちに(w)----
 また1本の明笛が,我家に舞いこんでまいりました。
 おぅ…長いですねぇ。
 いままであった長物たちとくらべてみましょうか。

 全長667は南京笛スタイル(現行の中国笛子と同類,管に糸もしくは籐の補強巻がある)のものを除けば,歴代第一位。竹の部分だけでも560あります。
 いままで一番だった31号で全長646,管長539ですからね。
 こっちのが2センチくらい長いです。

 青い錦織のきれいな袋に入ってきました。
 ちッ………もうちょっとボロけてたら,躊躇なくほどいて月琴のバチ布にしたものを。(w)
 縛り紐が若干傷んでますが状態はそこそこ良好。
 布地は上等ですが裏布もなく綿も入ってないんで,持ち歩く時の入れものには向きませんね。

 管頭の飾りがかなりボロボロ。
 前所有者か古物屋さんが再接着したらしく,接合部にどっちゃり接着剤盛った形跡が見て取れますね。
 管尾のお飾りにもちょっとカケがありますが,こちらの損傷はこの一箇所ていどです。

 笛として肝心の管の部分はやたらとキレイ。うむこれはあまり……いや,もしかすると楽器としては一回も使ったことがないんじゃないかな?

 唄口も指孔もほとんど加工時のままみたいな感じ,なにより響孔のまわりに笛膜を貼った痕跡がまったく見えません。
 管オモテには薄く生漆が塗られ,磨かれているようです。

 唄口のところの反射壁が黒くなってますから,ここもやはり漆か何か塗ってあるとは思いますが,管内ほかの部分には塗りが施されてません。削って磨いてはありますが,ほぼ竹のそのまま。やたらと白く,使ってて放置されれば自然とつくようなヨゴレやシミすら見えません。加工時の細かなヤスリ痕みたいのまで見えますね。

 中国笛子は管内いまもほぼ無塗装ですが,ただでさえ篠笛などより長い明笛----高温多湿の日本ではそのままだと保ちが悪いため,内塗りが施されているのがふつうです……いつごろの作かまだしかとは分かりませんが,作られてからこれまで,これでよく保ったもンですねえ。




STEP2 わが腐海(斗酒庵工房四畳半)へと降臨せり


 管の部分に損傷らしい損傷がないので,「修理」といいましても管頭管尾のお飾りの補修だけですね。

 どちらも鼠にカジられたと思われる,スプーンでエグったような浅い食害痕があちらこちらについています。先っぽのそりかえった縁のあたりには,かなり深い齧り痕もありますね。あと,管頭の飾りの管本体とお飾りの間にはまってたと思われる骨製のリングが1本なくなっちゃってるようです。

 まずはお飾りをはずします。
 管尾のお飾りはもともと接着してなかったらしく簡単にはずれてきましたが,管頭は先にも述べたよう,何らかの接着剤で固定されちゃってます。
 接着剤の正体がイマイチ分かりませんが,脱脂綿にお湯をふくませたのを接合部に巻いて,しばらく放置してみましょう。

 あ,白くなった。
 連邦の白い悪魔こと木工ボンドですね----接合部にべっとりはりついたのを,何度かお湯を刷きながらこそいでゆき,2時間ほどで分離に成功。
 うわあぁあ……外より中に詰まってたぶんのほうが量は多そうですね。

 この作業で管のほうも少し濡らしちゃいましたので,ボンドをキレイにこそげた後は,管端にパイプクランプを噛ませ,乾燥時の割れを防止しておきます。
 この大量のボンド……これがもしぜんぶお役にたってたら,この部分をはずすのに継ぎ目のとこで切らなきゃならないとこでしたが,もともとここはかなりギチギチに作られてますので,接着剤のほとんどは頭飾りの凹の奥のスキマに追いやられ,あふれた一部が接合部の外にへっついてただけだったようです。残ってるボンドも刃物やShinexを使って徹底的に除去します。

 さて頭尾のお飾りは水牛の角をメインに,骨もしくは象牙の部品でアクセントをつけてあります。

 時代の古い明笛にはこういうステッキの握り的なデザインのものはなく,まっすぐな筒状であったり,先端が解放された浅いラッパ状の,装飾の少ないものが多いですね。こんなふうにラッパがやや大きく末広がりでさらに管頭が閉じているデザインは,明治後期から大正期以降の,比較的新しい時代に作られた明笛によく見られるものです。

 同じような材質で作られたお飾りは,これまでいくつも補修してきましたが,問題は角の部分のキズを何で埋めるか,ってとこですね。

 基本,音に関係のある部分ではないので。何かにひっかかったりジャマになったりしないよう,欠けたりエグレたりしてる部分が埋まっていればいいだけなんですが。あまり目立つような素材だと,演奏中,目の端にチラチラ入ってきちゃうので,それなりに自然に,目立たないような素材で直したいところです。
 できあがりが透明なエポキだけでもいいのですが,この素材は骨材が入ってないとまとまりが悪く,べたーっと広がっちゃって肝心のキズがちゃんと埋まらなかったりします。そこでいままでも骨材にもなりそうな顔料系の塗料を混ぜてみたり,角を削った粉を混ぜてみたり色々やってはきたのですが………
 けっきょく最も扱いやすく,そして目立たなかったのは,月琴の修理のほうでもたびたび使ってる「木粉」を練ったやつでした。

 庵主の 「端材捨てられない病」 がこじれて貯めこまれた木粉----修理作業で出た削りかすを茶こしでふるったのがいろいろあります。

 白系の骨牙材だとツゲの粉なんかが良かったですね。ふだん月琴の糸巻材として使っている¥100均のめん棒の削りかすも,白くて悪くはなかったです。
 今回のお飾りは黒系。
 黒檀・紫檀といった唐木の粉を使いましょう。
 使うのは特に微細な粉。
 袋から出して茶こしに落とした時,自然に落ちてくる 「一番粉(w)」 だけを使います。
 これをエポキで練ってパテにし,エグレた部分に盛り上げ,さらに表面にも木粉をまぶしておきます。パテはふだんの木部に使う時より,気持ち木粉少な目,エポキ多めですね。
 表面に木粉をまぶすのは,半乾き状態の時に指で整形するからです。ただヘラで盛っただけだと,補修部分の内側までちゃんと入ってないことも多いので,そうやって後からエグレやキズの中までしっかり押し込むわけです。

 ちなみに,10分硬化のエポキでも,完全に硬化するのには最低でも半日くらいかかります。
 「作業可能な強度」になると言うのと,「完全に硬化する」というのは別ですからね。
 こうやって骨材を混ぜたりしたときは,さらに慎重になる必要がありますので,作業後まる一日くらいは間をとりましょう。

 そして整形。
 ツノの補修を木でやっとるわけですが,整形しちゃうと意外と目立たないですよ----ほれ。

 あとで全体を磨きなおしますので,この時点での整形作業は,削りすぎて新しいエグレとか作っちゃわなければ,そんなに神経質にやらなくてもけっこう。

 つづいてもう一つ。
 頭飾りと管本体の間にあった骨のリングですが----これに合うサイズの骨材も手元にありませんし,これもまあついてればイイていどのものなので。

 ツゲで勘弁してもらいましょう。

 ツゲの端材を削ってリングに……書いちゃえば1行にも満たないような工作ですが,コレ,実際作るのに半日くらいかかってますからね(w)
 64号の半月の骨の円盤もそうですが,この類の装飾部品はさしたる効用もないわりに作るとなるとめっちゃタイヘンで時間もかかるものですな。

 実際にハメてみながらさらに整形。
 目の細かいツゲじゃないとさすがにこの薄さにはできませんな。

 これで部品は揃いました。

 つぎに頭飾りの接合部を補強します。
 そもそもこの大きさ重さの部品を,管端の4ミリあるかないかの凸で保持しようというのが間違いなわけですが。
 かといってたとえば,接着のノリシロを増やすため凸を長くすればいいかと言えば。竹の肉部分にはそんなに強度がないんで,どっかに軽くぶつかった時,ポッキリ逝ちゃう未来が見えてくるだけですな。

 頭飾りの凹のほうの深さにはやや余裕があり,さらに凹の底の中心にはもう一段径の小さな凹があります。この小さい凹のところまで凸の先端がとどいてれば,いまよりずっと安定した接合がのぞめましょう。

 というわけでこうします。

 針葉樹材を削り,管頭の端にはめこむプラグを作成。
 これをまず管の凸の先端に接着。
 しかる後,お飾りをハメこむ----と。

 うん,イイんじゃないでしょうか。

 うちに来た時,このお飾りは接合部のところからくにゃりと曲がった感じで取付けられていました。
 前修理者がテキトウやったかと思ってたんですが……オリジナルの凸がちゃんと垂直に切られてなかったようですね。きっちり奥までハメこむと同じようにくにゃりとなってしまうので,一部にわずかなスキマはできますが,管尻のほうから見て確認しながらまっすぐになるよう取付けます。
 プラグで延長したぶん前よりも接着面が広く,さらに内がわも詰まって補強されてますので,ちょっとくらいの浮きなら強度に問題は出ません。

 何度も書きますが,管のほうにほとんど損傷がないので,「修理」つても今回はこのくらいしかやることがない(w)

 一晩おいて,お飾りの接着安定を確認。
 管の内外全体を少し多めの亜麻仁油で拭いて,二三日乾燥して修理完了!

 さて,試奏です。

  ○ □ ●●● ●●●:合 4Bb
  ○ □ ●●● ●●○:四 5C
  ○ □ ●●● ●○○:乙 5C#+35
  ○ □ ●●● ○●○:上 5Eb
  ○ □ ●●● ○○○:上 5Eb+15
  ○ □ ●●○ ○●○:尺 5F
  ○ □ ●●○ ○○○:尺 5F+15
  ○ □ ●○○ ○●○:工 5G
  ○ □ ●○○ ○○○:工 5G
  ○ □ ○●○ ○●○:凡 5A-15
  ○ □ ○●● ○●○:凡 5G#-5A
  ○ □ ○●● ○●●:凡 5G#-5A

 全開放は 5G#-5A の中間くらいでやや安定せず。
 呂音の最高は ○ □ ○●● ●●● で,筒音のほぼオクターブ,5Bb-11 が出ました。

 うん,やっぱりコレ比較的新しい----といっても百年くらいはたってましょうが----笛ですね。
 すでに書いたように,頭飾りのデザインからしてそんな感じはしてたんですが,吹いてみて確信できました。

 西洋音階にあまりも近いです。
 露骨に音が合いすぎてる。

 すくなくとも清楽器に合わせて調整されたものではないようです。
 清楽に使われたものなら 乙 と 工 がもう少し低いかな。
 作り自体はしっかりしてますから…そうですね,山田楽器店あたりの作ではないでしょうか?

 まあ逆に変な音階じゃないんで,用途は広そうですが。

 10分ぐらい吹いて,露拭きを通そうとふと唄口を見たら,唄口の縁の壁がちょっとささくれだってました----ううむ,管内無塗装の明笛のほぼ未使用品,なんてものを吹いたことがないんで分からんのですが,中国笛子なんかでも新品はこうなるのかな?
 なにか支障が出る,というほどのものではありませんがちょいと気になりました。こういう時はほっとけばいいのかな,それとも何か処置をするものなのかしらん?

 笛子吹きで分かる人がいたら教えてください。


 油が染みて刻字に入れられた墨が浮かびあがりました。
 修理前でもそこそこ読み解けてはいたんですが,従前の状態だと墨が薄くしか入ってないとこや,細かい刻みまで良く見えませんでしたので,あらためて解読いたします。

 まず管頭----

  青山隠々水迢々秋盡江南艸
  木凋二十四橋明月夜玉人何
  處教吹簫

 これは杜牧の詩 「寄揚州韓綽判官(揚州の韓綽判官に寄す)」 ですね。
 「二十四橋明月夜」 のところが特徴的なんで,これはすぐ分かっちゃいましたが。

  青山隠々水迢迢
  秋尽江南草木凋
  二十四橋明月夜
  玉人何処教吹簫

  青山隠々として水迢々(ちょうちょう)
  秋尽きて江南 草木凋(しぼ)む
  二十四橋 明月の夜
  玉人何処にか吹簫を教えむ

 三行目の後半,赤の入ってるとこが年記と刻者名なんでしょうがここが問題。最初 「嘉二丁卯 宮林氏」 と読みましたが,名前のところはほか 「雲林」「寒林」 とも 「室林」 とも読めなくはない感じです。そもそも年記と思われる 「嘉二丁卯」 が分からない。31号なんかには明の年号が入ってましたから,これも大陸のほうの年号だとすれば清の嘉慶年間あたりだと思いますが,嘉慶二年(1797) の干支は「丁卯」じゃない。嘉慶十二年(1807 文化4)が丁卯ですが…ううむ,どうみても「嘉」の下「十二」じゃなさそうです。

 日本の幕末,ペリーさんのきた「嘉永」は6年までで干支に「丁卯」がないし,この手の笛が製作されてただろうなー,と思われる時期の中だと 慶応3(1867) の後は 昭和2年(1927) までありませんね。

 指孔の横の二行は----

  三更笛音風在戸
  半夜簫声月在天

 だと思います。6文字目がどう見ても「生」なんですが,一画目が縦じゃなく横から入っているので「在」だと判断しました。いまのところ出典未詳。
 「簫」は意味的には縦笛もしくは「笙」のことで,一見縦笛・横笛と対でキレイに並べた感じにも見えますが,尺八やリコーダを「縦笛」ともいうように,横笛のことを「横簫」とも言います。俗文学だと横笛も合わせて気鳴楽器を「簫」と言っちゃうこともあるくらい,この「笛」と「簫」は通用される語なので,大陸の対句表現としてはあんまり見ない組み合わせです。これは日本の人がアタマひねって考えた対聯かもしれませんね。

 この手の長物にしては明るく軽めの音が出ます。
 おそらくは内塗りがないのが影響してるんでしょうが。

 いちおう完成した後に,唄口と響孔の端に小さなヒビが発見されましたが,すくなくとも唄口のヒビはウルシで修復済らしく,開くような気配もありませんので,そのままにしておきます。管の状態から見て,前所有者ではなく製作段階での補修だったようです。

 ほぼ未使用の楽器なので,庵主の目的である清楽の基本音階の解明には若干物足りませんが,楽器としては音が西洋音階に近いため,清楽以外のところでも使えるアイテムとはなりそうですね。



(つづく)

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