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月琴63号唐木屋(3)

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斗酒庵夏にもさかる の巻2020.3~ 月琴63号 (3)

STEP3 ふたりはカラキヤ


 「唐木屋」 というメーカーさんは,楽器を扱う商店としてはお江戸の中でも古いお店----いわゆる 「老舗」と呼ぶに値する楽器屋のひとつだったわけで。

 これくらいのお店になりますと当然,当主自身が楽器の製作や修繕に関わることは少なく。おそらくは自身の店で職人さんを何人も雇い,もしくはあちこちの町にいる手飼いの職人さんたちに,各個仕事を割り振って商売をしていたと考えられます。

 そんな唐木屋で月琴を作っていたのは,おそらく二人の人物。
 どこの誰かは知らないけれど,誰もがみんな知りはせぬ,この二人の製作者を仮に 「唐木屋A・B」 と呼称いたしましょう。

 18号とぼたんちゃん,あとたぶん9号早苗の製作者は「唐木屋A」。
 Bに比べると糸倉左右がやや薄く,棹本体も少し細めになっています。棹茎は細く長く,先端に向かってテーバーがつき,先細りになっています。
 胴材や胴表裏の板はかなり薄く,半月は浮彫のある曲面形が多く,全体に繊細な作りになっています。また,この人は棹茎や胴内に付せられるシリアルを漢数字で書きます。

 これに対し,庵主が常用している7号コウモリさんや,クリオネ月琴からニャンコ月琴へと変わった31号。
 そして今回の63号を作ったのが「唐木屋B」です。

 糸倉の形状はほぼ同じですが左右は厚めで,指板の左右はあまりすぼまらず,ほぼまっすぐに見えるくらい。棹背もが峰の狭い----ギターで言うところのVシェイプに近くなっているところ,は峰の広いUシェイプなため,くらべるとBのほうの棹はかなり太めに感じられます。棹茎は幅太く,ほとんどまっすぐで,先端まであまり幅が変りません。半月は平たい板状。シリアルはアラビア数字で,かなりちゃっちゃと素早くなぐり書いています。

 あと見分け方としましては,Aの糸巻は寸法的にふつうだがBはかなり太めだとか,蓮頭の意匠が同じでも形状がわずかに異なるとかいろいろありますが,技術的なところから言うと,のほうがやや工作が繊細・精密で,にはやや雑というか稚拙なところがあると申せましょう。

 そして,ここからはまだ証拠が少なく,あくまでも庵主の推測なんですが……

 お江戸は下谷,伝七親分の住んでた黒門町に 「栗本桂五郎」 という楽器屋さんがおりました。
 そんなに大きな店ではなかったようですが,腕は良く,明治のころの商人録にもたびたび取り上げられております。

 庵主,「唐木屋A」 の正体はこの人ではないかと考えております。

 ひとつに,楽器の特徴がよく似ていること。ただし,唐木屋の月琴自体が,明治のころの関西風国産月琴としてはごく標準普通なものなので,これは糸倉とか棹の形状から類似のニオイがわずかに感じられる,くらいのことでしかありません。栗本桂五郎の楽器に触れる機会がもっとあれば,さらに確かめられる点も多いとは思いますが,現状では印象ていどですね。

 ふたつに,この連載の最初のほうでも取り上げましたが,栗本桂五郎のラベルは左のように,唐木屋のものとほぼ同じ形状・体裁をしています。このカタチのラベルは,関東では唐木屋と彼,そして後述の「漢樹堂」くらいでしか確認されていません。
 唐木屋の楽器と関連があると思われる大阪の松派の作家たちなんかでもそうなんですが,ラベルのカタチとか体裁といったものは,同じ系列の作家間ではけっこう共通してしまうもの----当時の状況などから考えますと,たぶん商売上の縁故から,同じ印判屋さんが使われるせいだとは思いますが。

 では 「唐木屋B」 は?----というと。
 こちらにも実は容疑者が一人います。
 それが先にもちょと触れた,「漢樹堂」という作家です。

 「漢樹堂」のラベルには名前だけの縦書きのものと,唐木屋などとほぼ同じタイプの二種類があります。庵主,当初これは,唐木屋が月琴や清楽器の高級品にだけ付けていたラベルだと思っていました----なにせ「漢樹」は訓読みすれば 「からき」 とも読めますし,住所も同じ日本橋区の「本石町」でしたからね。

 先に 「高級品」 と書いたように,いままで庵主の見た「漢樹堂」の楽器は,比較的手の込んだ細工や装飾の施されたものが多く,簡易な量産品と思われるものを今のところ見たことがありません。唐木屋の数打ち普及品や栗本桂五郎の楽器に比べるとかなり装飾過剰気味で,実用的にはどうなんだろう?と思うくらいですが,太めの糸巻やコンパクトな半月の形状,そしてその糸孔に取付けられたやや大きめな牙板など,彼の楽器は 「唐木屋B」 の楽器と一致する特徴を有しています。

 「漢樹堂」の本名は上に挙げた2枚目のラベルの文面から,「駒井」姓と推測されますが,いまのところ「楽器商リスト」にとりあげた資料等からは,これに相当する人名があがってきていません。
 いくらなんでも同じ町内で赤の他人に「漢樹堂」なんていう紛らわしい名前の出店を,老舗である「唐木屋」が容認するとは思えませんので,唐木屋で長く仕事をしていた職人をひも付き状態でのれん分けさせたものか,あるいは月琴流行期のごく一時的な支店----たとえば大量の注文をさばくため,店のごく近所で「月琴製作部門」を独立させた,というような扱いだったのかもしれませんね。



STEP4 Yes!カラキヤ63号!

 さて,では月琴63号の修理にもどります。

 この暑い中修理作業をするうえで,いつもけっこう気にするのが 「ニカワ」の状態です。

 ……腐るんですよ。

 ニカワは不純物の多いものほど接着力が高く,精製されたものほど接着力は弱くなります。逆に,不純物をほとんどふくまないゼラチン----お菓子のゼリーの材料なんかは比較的腐りにくいのですが,工芸用のなんかはちょっと放っておくとスグ腐っちゃいますね。

 腐ったニカワは,もちろん作業には使えません。
 そこでこの時期は作業のたび,必要なぶんだけ少量づつ溶いて使用し,作業の合間は冷蔵庫に入れたりして使っています。いちいちニカワをふやかすとこからやりますんで時間もかかりますし,グルーポットにしてるワンカップ横目に 「ああ,腐る!アタシ腐っちゃううううッ!」 なんて気にしながらの作業は,けっこう辛悩なのであります。

 そんなわけで----つい水加減を間違えまして。

 暑い中,シャバシャバのニカワを使ったために,胴四方および内桁の再接合,一回目は失敗しちゃいました----塗ったニカワが木に吸い込まれて,ほとんど接着されてません。

 クランプはずしたら補強材がポロポロはずれてきやがんの(泣)接着部の養生のため,丸一日置いといたんですが,時間がムダになっちゃいましたね。

 新しいニカワの準備の合間,ちょいとほかに出来ることをやっておきましょう。

 「唐木屋B」の尻ぬぐいその1です。

 あまりといえばあまりな内桁の音孔を整形します。

 まあこの音孔,楽器作りの経験のある人にとってはごく自然な…こういう楽器にいかにも 「あって当然」 そうな工作なのですが。実のところコレ,月琴という楽器においては,ほぼ意味のないものの一つなのですね。

 もともと唐物で内桁にあいていた孔は,響き線を通すためのものでした。
 胴内を半周する長い響き線を入れるため,内桁の片側に一つ,円か木の葉型の孔が穿っただけのものです。松派の楽器なんかでは,響き線の形状が国産月琴で多い横向き型になり,響き線を通す必要がなくなっているのに,内桁の片側にだけ,唐物と同じように孔が一つあけられたりしてますね。

 実際,この孔が素晴らしくキレイにあけられているのに,まったく鳴らない楽器もあれば,孔のないただの板で区切られてるのに,素晴らしく鳴る楽器もあります。そもそも,この楽器は胴内の空間がきわめてせまいので,ここに孔を開け,ちょいと空気の通りを良くしたところで,さして劇的な変化は望めないんですよ。

 とはいえ,航研機の木村先生もおっしゃってたように,「機能の優れたものは美しい」 はず。

 外からは見えない内部構造ではありますが,物作りにおいて,見てウツクシクナイものをキレイにしとくことに,意味がないわけがありません(「気分の問題」もふくむwww)

 胴材との接着ははずれてるくせに,上桁も下桁も表板にはガッチリとへっついちゃってますので,中途半端に作業しにくい状況ではありますが,いまはなき稲荷町深沢さん謹製の特製ヤスリを駆使し,ヘロヘロだった音孔の縁を,強度の許す範囲でビシッと削り直し,ととのえました,見よ!----びふぉああふたあ。

 そうこうしてるうちに(w)新しいニカワの準備もできましたので,胴内各接合部の再接着,気を取り直しての再挑戦とまいります。

 こんどはニカワの状態もばちーり。
 かき混ぜたワリバシから,ほそーくたらーりたらりとガマの油のように糸を引きます。うむ,ベストなこんでぃしょなーである。
 前回,接着自体には失敗したものの,いちどたっぷりとお湯を含ませ,さらにシャバシャバのニカワを塗った上で一晩矯正したため,けっこうあった接合部の食い違いや段差が改善されてますし,木口表面が軽く目止めされた状態になっているので,一回目よりは作業がいくぶんラクになりました。

 一晩置き,補強板の余分を切りはらって側板と面一に整形します。

 さあ,これで響き線をつけ直したら,胴体を箱に戻ませすよぉ!----と,いったあたりで,今回はここまで。


(つづく)


月琴15号張三耗 再修理(1)

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斗酒庵張三耗と再開 の巻2020.5~ 月琴15号最終利 (2)

STEP1 張三耗の大冒険

 月琴15号が帰ってまいりましたあ。

 15号か----記録によれば最初に修理したのが2009年の暮れ……もう11年も前のハナシなのですねえ。

 倒れてぶつかった拍子に,糸倉が根元のところからパックリ逝ったとのこと。

 重症ではありますがなんとかしましょう。
 庵主,11年前よりはずっと誤魔化すのが上手くなってますからね(「修理が上手くなった」とは言わないwww)。

 当時はまだ,いまみたいに詳しい記録をとってませんでしたので,フィールドノートもペラ1枚で,図もテキトウ,書き込みもほんの備忘録程度でしたから,今回は再修理のついでにいろいろと調べ直しちゃいます。

 この楽器は,いわゆる「倣製月琴」。
 唐物をコピーして日本で作られた楽器です。
 琴華斎とか太清堂の楽器なんかと同じですね。
 コピー品ではありますが 「贋物」 として作られたわけではなく,国産月琴の中で,唐物楽器を手本にしたもの,唐物楽器の影響が強く出ているやや古いタイプの楽器,といった分類となりましょうか。ちょっとした形状だったり材質や内部構造に,日本の職人さんの独自性や国内事情による変更が加えられている場合が多いです。

 この楽器の場合,唐物にしては糸倉のうなじが曲面になっちゃってるのと,指板左右に曲線付けちゃったのはちょっと余計でしたが,全体的には 「唐物っぽい」 感じにちゃんとなってると思いますよ。内部構造は1枚桁で,響き線も唐物と同じ肩から胴内をほぼ半周するスタイル----外からは見えないとこですが,このあたりもしっかりおさえてありましたしね。

 ちなみに庵主が振った銘,「張三耗」の「耗」は 「耗子(ハオツ)」,北京弁で「ネズミ」を意味します。
 うちにきた当初は,糸倉のあちこちが派手にネズミに齧られ,ボロボロだったんですよねえ。

 表面にカツブシでもまぶしてたのかな?----とか思うくらいでしたが,これをこうやって修理して,上から補彩して……このあたり,11年前のシワザですが。
 自分でやったことながら,今回修理の過程で塗装を落としてようやく「あ,ここも補修してたんだっけ」って気が付く----

----そんな程度にはちゃんと誤魔化せてました。
 なんか嬉しい(www)

 てことで,まずはフィールドノート。
 今回の損傷の記録というより,工房に来た当初の状態を思い出しつつ,実機で確認しながらの再記録となります。

 ***画像クリックで別窓拡大***

  なお,15号前回の修理報告へは こちら からどうぞ----



STEP2 張三耗の逆襲

 まずは糸倉を継ぎましょう。

 左右2箇所づつの4箇所に,竹棒を通すための孔をあけます。
 この棒はクギみたいに,それ自体で割れを継ぐとか補強するものではなく,接着の時に各部を正確な位置で固定するためのガイドの意味合いのほうが大きいですね。

 竹棒に部品を通し,割れ目がピッタリと噛合うことを確認したら。破断面をエタノでよく洗い,少し緩めたエポキで接着します。
 同じことはニカワでも出来るんですが,ここは楽器の中でも力のかかるところですので,強度と耐久性を考え現代的な接着剤を使います。そもそもここは,月琴の「道具」としての使用上は,本来「壊れるべきときに壊れるべき」場所ではありません。その時になしうる最良の手段を以って,出来る限りの万全を尽くすとしましょう。

 エポキシ接着剤は強力なので,きちんと継げていればこれだけでもいちおう使用可能な状態とすることができますが,楽器の将来を考えるとあと2~3手補強を加えておいたほうが,より安心して長く使い続けられますね。

 明日のために打つべしその1,として,次にチギリを打ちます。
 糸倉の左右,軸孔をはさんでその両側。中央で割れ目を渡るよう,輪鼓(りゅうご-ディアボロ)の形に刻みを入れ,板の半分くらいのとこまで彫り下げます。

 ツゲの端材からチギリを削り出し,接着剤を塗って埋め込み,一晩おいて整形。
 ここまでやるともう,よっぽどのことでない限り割れが再発することはありません----が。

 チギリってけっこう目立っちゃうんですよねえ。
 庵主自身は糸倉にこういうのがついてたとしても,いかにも 歴戦の勇者 みたいな感じで悪くはないと思うのですが。15号の棹や糸倉はやや小ぶり,全体的に繊細な印象のフォルムをしているので,これだと少し悪目立ちしてしまうところがあります。

 ということで,この補修痕の目隠し兼さらなる補強のため,糸倉の左右にツキ板を貼ることにしました。
 ツキ板にもいろいろありますが,ここは木地の色味の近いマコレを使います。

 より強度が必要なら,黒檀や紫檀といった唐木材を使うところですが,今回はこの貼る板自体に強度を求めていません。糸倉左右の表面を薄いエポキシ樹脂の層で覆ってしまうのが目的。
 補強だけのためならば,エポキを練って全体に塗りつければ済むだけの事なんですが,樹脂で覆っただけだと表面の質感が異常になって,ほかの部分から浮いてしまいますし,基本透明なので,そもそも補修痕を隠すこともできませんからね。

 いま使ってる接着剤はだいたい一晩で硬化するタイプなので,片面づつ,足かけ三日の作業です。
 両面一気に貼っちゃえば?----って。いや,それやっちゃうと後で軸孔を開けなおすのがけっこうタイヘンなんですヨ。(経験済ww)
 片面を貼ったら余分を切り落とし,軽く整形して,反対がわの孔から工具を通し軸孔をあけ直します。ツキ板は薄くモロいので,孔の縁とかチップしちゃわないよう,ネズミ錐で下孔をあけ,リーマーで慎重に広げて…ぐりぐりぐり………
 ちなみにこのツキ板は,棹本体の木の目と交差するような向きで貼ってあります。

 ツキ板は薄いので,このくらいならパッと見,太くなったようには見えませんし。
 悪くはないんじゃないでしょか?

 まだ糸倉オモテとうなじのところに小さな補修痕が見えてますが,ここらはこのあとの作業で----

 糸巻を挿してみます。
 グリグリしても壊れません。
 うむ,まずまず一安心。

 では,修理工程次のフェイズに入ることといたしましょう。
 棹全体を磨き直し,スオウで染めてゆきます。

 この棹はちょっと面白い木取りの材で作られています。
 木はクワかエンジュあたりでしょうか。どちらも中心に近い芯材と皮に近い辺材で質に違いのある木材なんですが,これはそのあまり太くない樹の,芯材と辺材の中間あたりから採られたもののようです。

 こういう芯材と辺材で違いの顕著な材の場合,ふつうまあ避けるような部位ですね。
 辺材がわはかなり皮に近く,軽く病変か腐朽した部位も混じってたようです。棹背の「峰」のあたりが,木色マダラでかなりモロくなってました。原作者は全体を染め,生漆あたりを軽く塗って誤魔化したみたいですが,ツルツルに磨くはずの仕上げの作業で,そうした木地の問題で却ってついてしまった変なエグレや細いミゾ傷なんかが,そのまま残っちゃってました。

 庵主,スオウ染めのとちゅう,ようやくこれに気が付いたので,急遽染めを中断。エグレや傷を埋めエポキでシーラーをかけて,モロくなってる部分の表面を固めました。

 んで,再開。

 こんどこそツルツルに磨いたら,スオウ染め,ミョウバン媒染。
 オハグロをかける前に,前回と今回の補修箇所に目隠しの黒ベンガラを点しときます。


 ベンガラは隠蔽性が高いので,修理のアラ隠しには最適。前回はオリジナルの色にあわせて茶ベンガラでやりましたね
 ベンガラが乾いたら軽く擦って,余分を落し,色味を周囲になじませておきます。

 そしてオハグロで全体を黒染め。
 これで修理個所は自然なかたちでほとんど見えなくなります。
 画像だと真っ黒ですが,このあと油拭きしたり磨いたりしているうちに落ちて,もうちょっと赤っぽくなってゆきますよ。




(つづく)


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