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長崎からの老天華(終)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(7)

STEP7 ケーゲルの最終楽章

 おぅ----そういや書くの忘れてましたね。
 月琴の音のイノチ,響き線の補修の記録です(w)

 当初,カマキリのお尻から出てくるアレみたいに棹口からニョロンと出てきて庵主を絶望させたアレでしたが,根元部分が腐ってはいたものの,そのほかの部分はサビもそこまでではなく,放置された楽器に入っていた百年以上むかしのハリガネとしてはおおむね良好な状態であるといえましょう。
 腐ってる根元を数ミリ切り落とし,曲げ位置を変えて,あとはそのまま使います。

 まずは#400のShinexでくるんでしごいて粗くサビを落し,クリアフォルダの上に置いて木工ボンドをまぶし,ハガしてキレイにします。
 ふだんの修理では天敵であるものの,木工ボンドの錆落しパワーにより銀色のピカピカになったところで。さらに柿渋を刷いて乾かし,表面に黒い薄膜を作っておきます。

 元の取付け部は,天の側板の裏,棹孔の少し横に見つかりました。

 孔をあけて竹釘で止めただけの単純な工作です。
 元の工作はおそらく,竹釘に少量のニカワを塗って押し込んだ程度だったと思うのですが,次に修理した者----まあ間違いなくニポン人でしょうなぁ----が,よけいな心配性を発揮し,響き線の根元にあふれんばかりのニカワを盛ったものと思われます。
 外気に触れているぶんのニカワが湿気を吸って,線の根元が腐食。
 ポロリン,というわけです。いつものストーリーですな。

 響き線基部の木の中に残ってるぶんが完全に朽ち果て,黒い鉄の染みとなり,周囲に広がろうとしてますので,少し大きめにエグりとり,木粉とエポキのパテで埋め込みます。

 硬化したところで軽く表面を整形し,2ミリの孔を開けなおします。
 オリジナルもそうでしたが,ここに打つ竹釘は必ず四角ですね。
 これは四角いほうが,固定時の角度の調整とかがやりやすく確実なのです。

 響き線基部と竹釘の先端に少量のエポキを塗って固定します。
 線が変な方向にダレたりしないよう,数箇所に当て木を噛ませ,線基部の位置を保定しておきます。

 基部がしっかり固まったら線の角度や曲りを調整します。
 楽器を正しい演奏姿勢に向けた時,最高の効果が発揮されるのはもちろん,あるていど楽器が傾いても線鳴りがしないよう,一定の余裕を持たせなければなりません。
 唐物の響き線は曲線なうえ長いので,これの調整はけっこう大変です。直線の場合と違って,一箇所の変化がどこにどういう影響を与えるのかが分かりにくいですからね。今回もなんやかやで二日ぐらいいぢくっておりました。
 最後に線全体にラックニスを軽く刷いて,響き線のお手入れは完了です。


 ----時はいま来たれり。

 糸倉を再生した棹と胴体のフィッティングも終わり,響き線も戻って,修理はいよいよ終盤。
 まずは裏板を接着します。
 側板や内桁を手順通りに付けてゆくオモテがわと違い,こちらは一発で決めなきゃならないので板クランプの出番と相成ります。
 前回書いたとおり,月琴の胴は真ん中がわずかに盛り上がったごく浅いアーチトップ・ラウンドバックになってますので,真ん中に円形の空間があり,周縁を確実に固定できるこの道具は修理に欠かせません----まあもともとはウサ琴の胴側を作るための型だったんですけどね(w)

 前修理者が埋め込んだ割れ目のあった,真ん中あたりの矧ぎ目から分割し,少し左右に広げて接着するんですが。
 片方の木端口のすぐ横に,オリジナルラベルの残片が貼りついています。
 ほとんど読み取れないとはいえ,この楽器の由緒を標す貴重なものなのですが,あまりに状態が悪過ぎて剥離させられないので,上から和紙を貼って保護しておきましょう。

 一晩置いて接着を確認したところで,開いたスキマにスペーサを。
 裏なので新しい板を使わせてもらいます。
 このところの修理で,ちょうど合う古板のストックがなくなっちゃいましたしねー。
 最期にスペーサと,再接着でハミ出した胴周縁の板端を整形。

 さあこれで胴体は「箱」の状態に戻りました!

 棹はともかくこの胴体は,多少の補強を加えたものの,基本的には 「ただ組み立て直しただけ」 に近いのですが,この状態でほれ----胴は支えなしでほぼまっすぐに自立します……さすが老天華。原作段階での工作精度が高いものであったという証左ですな。

 箱になった胴体の表裏を清掃します。
 前修理者が拭ったようで白っぽくはなってましたが,お飾りやらフレットやらを付けたままやりやがったらしく,あちこちマダラになっておりました。今回は「キレイにする」というよりは,清掃で浮き出てくる元の染め汁を使って,そうしたマダラや補修痕を染め直し,全体の色合いを均一にするほうが目的でしょうか。

 表裏板が乾いたところで,半月を接着します。
 事前に測っておいた有効弦長やオリジナルの接着痕を参考に,中心線や上下の位置を決め直します。
 装飾付の曲面タイプですが,国産月琴のものより薄目で丸みもないため,接着保定にあまり苦労はありません。


 半月が付いたら,表裏板の木口をマスキングし,胴側部を染めてゆきます。

 スオウを重ねミョウバンで発色,いちど乾かしてからオハグロで黒染め,最後に亜麻仁油と柿渋で仕上げます。染め液に少量の砥粉とでんぷん糊を混ぜると,同時に目止めも出来るし,木への滲みこみがいいですね。

 はじめに磨いた感じでは,オリジナルもこれほどではないものの何かしらの染料で染められていたようです。劣化して白っぽくなっちゃってましたが,おそらく当初は薄いこげ茶色をしていたのではないかと。庵主の染め色は,オリジナルの半月の色と同じですね。

 今回のフレットは白竹で作ります。

 こういうところに,日本人は何かと煤竹を使いたがりますが,唐物月琴のオリジナル・フレットには意外と,かなり高級な楽器でも安価なふつうの竹材が使われています。

 うちではDIY屋で売ってる垣根用の割り竹を使っています。一枚¥300くらいだったか?----そこそこ長さがあるんで,月琴のフレットだったら1枚で10面ぶんくらいは作れるんじゃないかな。

 あと,国産月琴に比べ,唐物はフレットの幅の変化が小さいですね。国産月琴では第6フレットがいちばん長く,関東の楽器では7センチ以上あるものもありますね。棹口のフレットが3センチくらいですから,最少から最大で4センチくらいの差があるわけです。対して唐物の場合,胴上のフレットのサイズ差は最大最少で1センチあるかないかくらいなものです。

 当初付いていたフレットは煤竹製で,寸法の面からも後補の部品と考えられますので,新しいフレットは23号や53号の記録を基に各フレットの長さを決定してあります。

 できあがったフレットは表面を磨き,清掃時に出た汁とヤシャブシ液を混ぜたもので軽く煮て染め,乾かしておきます。

 染めて磨き上げたフレットを接着し,染め直した左右のニラミと補作の扇飾り,

 最後に柱間の小飾り(凍石製)を接着して。

 依頼修理の老天華,修理完了です!!


 オリジナルのフレット位置での音階は----

開放
4C4D-34E-324F+94G+264A-195C-355D+165F+21
4G4A-214B-335C+15D-295E-305F#_5G5A-86C+13

 6フレット以降がいまいち信用できませんが,開放からの第3音,C/G調弦だとEとBが,西洋音階より30%くらい低いというあたりは明笛などから見る清楽の一般的な音階の特徴に合致しています。
 最初の1オクターブまでは,かなり正確に当時の音階を伝えてると言えるんじゃないかな。


 音色は…やっぱり唐物月琴の音ですねえ。
 国産月琴のように,「月琴」という名前の印象に引きずられた厨二病的バイアスのかかってない,ギターに近くてヌケのある,比較的くっきりとした音です。

 棹や側板の材質や加工が違うので,53号あたりを基準にするとやや柔らかな音となっていますが,それでも天華斎系列の音だとすぐ分かるくらいに,音圧のある,いい響きをしてますよ。

 山口が13ミリもあるので,国産月琴の一般的なものに比べ棹上のフレットがかなり高めです。こういうものだと分かっていないと,ちょっと弾きにくいかもですね。
 それでも最終フレットが高5ミリというのは,唐物月琴にしてはかなり低め。フレット高はビビるかフェザータッチで音が出るかのあたりギリギリに調整しているので,操作性と運指に対する反応は上々です。

 完全に破壊されていた糸倉をすげ替え,全体を染め直したりはしましたが,その糸倉と虫に食われた半月以外は,オリジナルの部分をかなり残せたと思います----まあ見かけは同じメーカーの1~2ランク上の楽器に近くなっちゃってるかとは思いますが。

 補作の半月,蓮頭ともに装飾の意匠は天華斎/老天華の他作を参考としています。小飾りもそうですが,これもまた廉価版のよりはいくぶん上位機種のデザインになってます。庵主がいつも言ってるこの 「花だか実だか分からないたぶん植物」 の飾りは,廉価版となるとさらにデザインがテキトーになり,テキトーに切った凍石の板の周りをテキトーにギザギザに刻んだ,ぐらいのモノだったりすることも珍しくはありませんが,さすがにそこまでの劣化したモノを故意に作るというのは良心の呵責----というより精神衛生上,庵主,その作業に堪えられません。(w)

 そのため,このあたりのあるていど具象的で無難なデザインで止めておきます。ただその廉価版の 「テキトーに刻んだもの」 でも 「どこそこにはおおむねこういうカタチのモノが付く」 という配置にそう変りはないので,4・5フレット間の蝶(以前に彫って使わなかったもの,もったいないので今回流用)以外,遠目に見たフォルムにさほどの違いは出ていないと思われます。

 文革期まで,福州の老天華には代々の製作した名器が多数保存されていたと言われています。それらはあの政治思想的大混乱の中で失われてしまい,現在当地にはこの時代の古い楽器はほとんど残っていないそうです。

 今回の楽器は清代の老天華最盛期,パリ万博にも出品したという3代目あたりの作ではないかと考えられます。

 輸出用に高価な材質で無駄な装飾をつけて製作されていたお飾り楽器を,流行につけこみ,材質や装飾のレベルをかなり落として増産したものでしょうが,天華斎エピゴーネンの玉華斎や天華斎仁記の同レベルものに比べると,やはり元からの技術が高いせいか,楽器として一段二段上のものに仕上がっているあたりは,さすが老舗の技術力と感嘆せずにはいられません。

 3代目で,しかも廉価版でこれなら,初代天華斎の作った名器というのはいったい如何ほどのものであったのか,まだ実物にめぐりあったことはありませんが,想像しただけで胸躍るところがありますねえ。

(おわり)


月琴WS2021年4月卯月場所!

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斗酒庵 WS告知 の巻2021年 月琴WS@亀戸!4月!!


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 2021年・4月うづきうづうづ場所-*


 卯の花やおから炊いたの 食べたいな

 3月初場所にお越しのみなさまがた,ご参加まことにありがとうございました!!


 4月の月琴WSは24日(土)の開催予定。
 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りのふわふわ開催。
 なにかとコロコロ対策はしておりますが,だいたい3時過ぎごろがピークなので,どうしても密を避けたい方は,早めのお昼過ぎごろが空いてますよー。

 美味しい飲み物・お酒におつまみ,ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)


 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

長崎からの老天華(6)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(6)

STEP6 Wohl mir,daß ich Jesm habe.

 前回「桶」まで行った胴体。

 この状態で表板を叩けば,うちわ太鼓くらいには音が出ます。
 その前までの段階は,部材各個をバラバラに補修していただけなのですが,ここからがそれを "楽器として" 再生するための作業になるわけですね。

 この時点ではまだ,表板と輪っかになった側板がくっついてるだけで,内桁は作業上,その胴体の形状を保つためにハメこまれているだけです。
 国産月琴では表板が完全な平面となっている例もあるのですが,月琴の表板というものは,この内桁によってごく浅いアーチトップ,ラウンドバックになっていることのほうが多いのです。

 一般に,月琴の内桁は両端より真ん中が1~2ミリほど太くなっています。

 これを平坦な表裏の板で挟むと,桐板は柔らかいので真ん中がわずかに持ちあがります。これで側板と表裏板周縁部との接着がしっかりしていれば,平面の板を平面に接着した時より,板にテンションがかかる----すなわち,より 「響きやすく」 なるわけです。

 この工作の欠点は二つ。

 ひとつは,それなりの工作精度が必要なこと。盛り上げすぎるとそもそも組みこめないし,浅すぎるとあまり効力がない。接着も上手くないと板がはがれて意味がないし,板の性質も読みつつ,ほどほどのラインを見極められなければなりません。
 ふたつに,当然のことながら板に負担がかかるので割れやすくなります。ただこれも,元の工作の意図が理解できていれば補修は容易ですが。

 ----で,原作者のそういう「意図」がまったく理解できてなかったのが前修理者。

 最初見た時,板の真ん中,逆にへこんでましたからね。
 内桁が剥離したのをへっつけ直そうと,ニカワ流しこみまくったうえに,何かやたら重たいものを載せてムリヤリ接着したんでしょう。
 おかげで剥がすのがタイヘンでした。

 原作者の意図は分かりましたが,原作者が思っていたより板の性質がヒドかったらしく。例の節目集中地帯は板が痩せてヘコんでしまっており,内桁を戻すと,ここにだけスキマができてしまいます。

 というわけで内桁を戻す前に一手間。
 ちょうどスキマができるあたりに薄板を接着,整形して表板のヘコみに合わせます。

 スキマはわずかなので,何もせんでもまあ,前修理者みたいにニカワを盛ってへっつければムリヤリにでもへっつくのでしょうが,この単純な構造の楽器で内桁は楽器の腰骨背骨。ここは少なくともカンペキにくっついていてくれないと,構造や音への影響が大きすぎます。

 内桁が接着され,胴体の構造がまずまず安定しました。
 補強板や内桁の端を側板と面一にし,表板の板縁を整形します。
 これであとは裏板をお迎えすれば,本体はほとんど完成と言っても良い状態になるんですが,その前に棹の組み付け調整をします。

 工房に来た時,棹なかごの先端には前修理者が貼りつけたらしい桐板製のスペーサがベタベタと貼られていました。組付けるとこの楽器の設定としてはちょうどいい角度になっていたので,ここはかなり苦労して丁寧に調整したらしい様子が見て取れました----が。

 状況を確認するためスペーサを剥がすと,オリジナルの部分の先端が厚さ2ミリもないくらいになっちゃってます。さすがにこんなに薄くなると強度的な問題が生じてきますねぇ。なにせここは弦圧に対抗する棹を支えるところ,それなりに力のかかる箇所ですから。
 そもそもここまで削るくらいなら,はずして角度を変えて再接着するか,いッそ別材で作り直しちゃうほうが正解なのですが,角度を修整するほうにばっかり気が行って,そもそもこれがどういう部品なのかを忘れちゃったんでしょうね。

 端材箱にあった針葉樹材の板で作り直します。
 前修理者がオリジナルをかなり削っちゃったので,元の寸法の目安がたてられません。

 まずはかなり大きめに作り,ここから実物合わせで調整しながら削ってゆきましょう。

 これらと並列で進行ですが。
 糸倉に新材を入れたので,棹本全体を染めてこれを目立たなくします。まあ演奏するのが目的だけなら,糸倉がまっちろなままでも問題はないのですが,さすがにそれも可哀想な気がしますしね。

 まずは色の付いてない糸倉部分を下染め。
 ついで継ぎ目の目立つ指板部分は黒檀の薄板を貼って隠します。
 端材入れからマグロ黒檀の薄板が出てきました。以前二枚に挽き割ったうちの片割れですね。多少板裏に問題があったのですが,今回は強度の要らない化粧板なのでパテなどで修整して使用します。

 指板がくっついたところでこれを整形。
 棹全体を染めてゆきます。

 あるていど調整が終わったところで,棹に延長材を接着します。
 オリジナルの延長材と同じく,前修理者がはりきって削りすぎちゃったらしく,棹背がわの基部にスキマができちゃってましたのでスペーサを入れることにしました。
 最終的には黒染めになるので,指板に使った黒檀の端材を入れます。

 いつもだと更なる微調整に苦心して前修理者みたいにスペーサ貼りまくるところなんですが。今回庵主の加えたスペーサは,棹全体の角度調整のために内桁の棹孔に入れた一枚と,指板を貼ったぶん棹を下げるための一枚だけで済みました。このあたりからも原作者のもともとの作りの良さが見て取れますね。前修理者がやらかす前の状態だったら,この楽器は糸倉以外は基本的に 「一度バラして組み直す」 だけでほぼ直ったはずなのです。

 棹オモテは表板接合部の端と面一,棹背がわにもスキマなし。
 中心は楽器の中心とほぼ一致,山口のあたりで背がわに3ミリの傾き,とほぼカンペキ----このあたりはおそらく原作者より無駄に精密精確な工作,だってニポン人だもの。(w)


 棹と胴体の調整作業が終わり,これ以上加工が必要なくなったところで,さらに染めを進めます。この時点で新材の糸倉もオリジナルも真っ赤っか,どこからがナニなのかほぼ判別つかなくなってますが,シャア専用月琴を作るわけではないので,黒染めして唐木のフリをさせます。

 うん…なるほどね。

 原作者が唐木の代用としてこの材(ラワンの類)を選んだ理由の一つが分かりました。

 この木,こうして染めると表面の風合いが唐木----紫檀や黒檀の類----にかなり近くなるんですよ。
 楽器を実際に手に取らなきゃ分からないレベル…ううーん,老天華のレギュラー品はタガヤサンなど重たい木で作られてますが,工作技術が高く,胴材なんか最大厚が5ミリあるかないかの薄々なので,棹の部分以外は,重さでも分からない。全体がオリジナルの半月くらいの色(右画像周縁や中央部分みたいな色)に染められてたらもうダメでしょうね。

 というわけで庵主は原作者の意図を汲み,この楽器全体を(一見)唐木製みたいに仕上げてゆこうと思います。(w)

 うちに来た時,棹には紫檀製の山口が付いてましたが,高さも足りないし形状も唐物の一般に合わないので,後補部品だと考えられます。

 古い唐物月琴の山口は国産のものと比べるといくぶん背が高く,左右がなだらかに広がる富士山型になっています。端材箱から唐木の角材を引っ張りだし,ギコギコと削って1コ----あら,この材料,紫檀だと思ってたんですが,タガヤサンだったみたいですね。

 黒染めの終わった棹や小物類の表面に亜麻仁油を染ませます。
 二日ほどおき,油が乾いてから柿渋を塗って仕上がりですね。

 再組み上げの時が,刻々と近づいてきていますねえ。

(つづく)


長崎からの老天華(5)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(5)

STEP5 大陸的オーラキャノン

「おぅ,徳,なにィ怒ってやがる----

  ナニ,胴材の裏がわがガサガサだぁ?
 板ぁつけちまえば,どうで見えねくなるとこじゃねえか…
  それが "大陸的おおらかさ" ってェやつよ。
 ケッ…いッつも考えすぎなんだよ,手前ェわ!
  ちょいとケバだってるてェくれェで,
   何でもかんでもツルツルにしやがるもンだから
 見ねぃ,手前ェの嬶ぁのあの面まで
  カンナかけたみてぇに凹凸がなくなってるじゃねぇか。(w)

 貞吉…お前ェもか?

 ナニぃ,内桁の板がヘニョヘニョだぁ?
  気にするねぃ,それが "大陸的おおらかさ" ってェやつよ。
 そいつぁ内がわでつッぱってるだけのシロモノだ,
  端から端までとどいてりゃまあいいってもんさ。
 へッ!お花坊にもとどかねえおめぇのヘニョヘニョよりゃ,
  なンぼかマシってもンよ!

 それで使えるんだからぁ気にするねぃ!!!」

----と,いうように。原作者の多少の工作の粗は "大陸的おおらかさ" の名のもとにスルーしてゆく庵主ではありますが,一つ一つは細かいながら日本人のビ・イシキやらショクニ・ンコンジョ~やらに微妙に突き刺さるところのある次第で。 "大陸的おおらかさ" が3つぐらい続くと,原作者に一発 "大陸的オーラキャノン" をぶちかましてやりたくもなってまいります今日このごろ。

 ともなん。
 前段階として楽器を完全分解,前修理者の所業を剥ぎ取り削り落とし。楽器をひとまず前修理者の 「修理(w)」 がおよぶ以前の破損状態に近づけ,ようやく 「修理(マジ)」 のできる地点にまでたどり着いたのですが。
 これまでは前修理者を一方的にボコる(言葉責めも含む)だけでしたが,ここからはいよいよ,原作者とのガチ・ドツキ合いへとまいります。

 まずは引き続き 「板を継ぐ日々」----

  そもそも何でこんな板使った!?(右ストレート,顔面)
   見た目がキレイだったからじゃッ!!(右フック,脇腹)

 ぐッ…地味に体力削ってきやがる。
 月琴の分解修理において,もっとも大切ですべての基準となるのが表板です。なにせここから音が出るわけですからね。よもオロソカにはできませぬ。
 性質の悪い節目のいっぱい入った板目の板とはいえ……なにせ百年以上前の中国の桐板ですからね,オリジナルで残せるならぜひ残しておきたいところです。前回,板の変形の原因かつ中心となっていると見られる一帯を,一度もぎとって戻すという手で処置しました。板が壊れる前に壊れるところからあらかじめ壊してしまおう,というかなりな荒療治ではあったのですが,現在この中央の板は前よりずっと安定した状態で,作業後の変形も従前とくらべればはるかに小さくなっています。

 ここからも引き続き,この不良板をさらに更生させていきましょう----まずは前回処置した場所のすこし上,大きなカケがあります。節がポロっとはずれちゃったんでしょうね。木端口にかかっており,矧ぎ直しの際の障害となりますので,ここは桐板の端材で埋めておきます。

 左右の小板もふくめ,補修の多かった箇所の裏と,内桁や側板との接着部分にあるヘコミやエグレは,木粉粘土で埋めエタノで薄めたエポキを染ませて樹脂強化しておきます。

 矧ぎ面を調整していよいよ矧ぎ直しです。
 例によって,ふだん作業台に使っている板に角材や太ゴムをわたし,臨時の矧ぎ台とします。

 そして一晩。矧ぎ直し自体は上手くいったんですが,もともと板の厚みがかなり違っていたようで,左の小板との間に段差ができてました。

  板の厚みくれェそろえろやッ!!(左アッパー,空振り)
   くっついててたんだからエエやないかッ!!(右クロス,顔面)

 うぐッ……パテで誤魔化すにはちょっと広範囲なので,へこんでる一帯に板を貼りつけてくぼみを埋めます。
 板オモテはちょっとした段差やヘコミがあっても 「板の景色」 で誤魔化しが効きますが,板ウラのヘコミや段差はわずかなものでも内桁や側板の剥離の原因となり,楽器の構造に大きな影響を与えかねないのです。板ウラを平坦に均しながら,さらに慎重に,細かなヘコミやエグレ等の問題箇所を処理します。

 板ウラが仕上がったら,側板を貼りつけてゆきましょう。
 その側板ですが----そろえてみるとなんかずいぶんガタガタしてますねえ。この部品,基本的には四つとも同じ形状・寸法のはずなんでですが…

 うえ,幅が最大で1ミリくらい違っちゃってますよ!

  てめェ,なにしてくれんのんッ!!(怒りの右フック,顔面)
   ぺッ…なかなかイイ一発だったぜ。(ガード,失敗)

 …これはもう大陸的オーラキャノンかますしかないようでつね。

 擦り板で削って,高さをきっかりそろえました。神経質でもイイ,だって,ニポン人だもの。

 板裏に新たな楽器の中心線を引き,それに合わせて天の側板から接着してゆきます。例の節目の部分が原因だとは思いますが,この板,左右に1ミリ程度は縮んでますからね。
 いつもですと,完全に測り直すところから始めなきゃならないんなんですが,今回はありがたいことに,板端の上下に原作者が打ったと思われるオリジナルの中心の目印が残ってましたので,それを参考に板の収縮による誤差を考えた上で,若干の修正を加えて位置を定めました。

 天の側板がくっついたところで,左右,最後に地の側板と接着してゆきます。前修理者が手掛けた時には,四方の接合部に1ミリ程度のスキマができてたようですが,イチから組み直したら,ほぼスキマなくピッタリと噛合いました。まあニポン人の目から見ると処々に雑なところはあるのですが,百年経ってこうなってるということは,原作者の木を見る目や部材の工作技術自体はかなり高かったという証明ではあるのです。

 四方の側板がつき,胴は「桶」の状態になりました。
 この時点で四方の接合部や内桁はまだ接着されていません。
 次に,四方接合部に補強の板を接着します。補強板は桐板で,接合部の内がわの形状に合わせてそれぞれ整形します。

 まず接合部の木口にニカワを落として行き渡らせ,胴周りに太ゴムをかけまわして軽くしめつけます。つぎに補強板を裏がわに貼りつけ,Cクランプで側板の表裏から圧着。
 これで胴体の輪っかが一つになりました----いよいよ "楽器としての再生" が,はじまります。

(つづく)


長崎からの老天華(4)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(4)

STEP4 見ろ!人はゴミのようだ!

 「叛乱を未然に予防する最良の方策とは,叛乱を起こさせることである。」----というのは誰のコトバであったか。

 前修理者の積み重ねた場当たり修理のために,かえって器体への被害はかさんでしまっておりますが,明らかに人為的な衝撃・事故によりふッ飛んだ糸倉のアレは除き,今回の楽器が壊れた最大にして根本的なそもそもの原因は表板の質にあります。

 第一回の記事でも書きましたが,唐物月琴は表裏の板が少ない数の小板で構成されているため,板の質による影響を受けやすい。しかもその板が,木目が真っ直ぐな柾目の板ではなく,「景色」を重視する板目の板。木目による山あり谷ありの「景色」はそれなりに美しいものではありますが,「景色が美しい」というモノほど,要は節ありギラあり木目が迷走で,反るわ縮むわ割れるわの 「暴れ板」 であることも間違いないわけであります。
 それでお箏の甲くらいの厚みがあればまだしも,月琴の板の厚みは3~5ミリ程度。しかも胴材を表裏の板で挟んだだけというごく単純な構造をしておりますから,板が変形すればその影響は楽器全体にたちまちおよんじゃうのでありますってばよハイ。

 前修理者が,板の割れ目に埋め木を挿しこんで修理しようとしたのは,「板の修理」の定石としては正しいのですが,楽器においてその修理工作の前提条件は,その板がギターやバイオリンの共鳴板のように 「柾目であること」。 今回の楽器のような板目の,それもかなりの「暴れ板」の場合,これは根本的な解決になりません。それどころかむしろ,複雑な方向に力がかかっているところに異物を挿しこんだもンですから,修理したその弱いところから,このように----

----ふたたびバッキリ逝っちゃいますわな。

 つまるところはここをどうにかしなければ,たとえ糸倉が使えるようになったところで,この楽器はすぐにまた壊れて使いもンにならなくなっちゃうわけですな。こういう板自体の質からくる故障,ふつうに修理しても再び壊れるのが分かっているような板は,どうすればいいか?
 ここで冒頭のコトバにつながります。すなわち----

 「叛乱を未然に予防する最良の方策は,叛乱を起こさせること。」

----というヤツです。あらかじめ壊れるのが分かっているのならいッそその板が 「壊れたいように壊して」しまえ,ということですな。

 まずは板をじっくり観察します。
 木目や板の変形の方向,あとは見た目や触感から,板の構造を知りましょう。
 ここはスベスベしているのに,ここだけザラザラしているのはなぜか?
 この木目はどうして途中で方向を変えているのか?
 ここの裂け目は割れ目は,どこから来てどのルートを通り,どういう方向へ広がろうとしているのか?

 板のことがあるていど分かったら次は,叛乱の中心地----変形の原因となっているとアタリをつけた部分で,板がなろうとしているのと逆の方向にストレスを与えます。反ってる板を逆方向に反らせるとどうなるか? たいていは割れますね。

 こんなふうに。

 そこがその板の現状いちばん弱いところ,そして板の変形の根本的な原因となっている箇所となります。

 逆反りで割れ目が出来たところを,木目に沿って刃物で分断。
 節のところは切らずにうまくモギ取ります。今回はすでに細かく裂け割れが走ってましたので,けっこうカンタンにモゲました。

 破断面の比較的真っ直ぐになってる部分を整形したら,そこに少し幅広めのスペーサをブチこんで再び継いでやります。割れたい…つまり広がりたかったのですからお望みどおり広げてやりましょう! スペーサは節の方に向かって細く,板下方に向かって広くなる細い三角形,節のところはそのまま元の場所にハメこんでありますから,そこより下だけが左に4ミリほど広がったことになりますね。

 破断面が単純な直線ではないので,1本のスペーサで間に合わなかったところや,細かなスキマは板の断片やカンナ屑・おが屑で埋めて整形しておきます。

 あとは板裏に角材をあててゴムをかけ,軽く逆反りをくらわして矯正してゆきます。やったことは割れ目から板を切り割って継ぎなおしただけですが,これだけのことであれだけ変形激しかった板が,ほぼ平らに戻っちゃいましたからね。
 
 叛乱を起こそうとしたら,分断・暴発するよううまくコントロールされ,同志や協力者・賛同勢力は一派ひとからげで処分,市民からの支持も滅し,とうとう心を折られたようなもんですわ。とりあえずは強欲陰険な領主とか,策謀術策を得意とする老政治家になったつもりで,「ふふふふ…ワシの掌の上で踊らされているだけとも知らずあわれなものよのぅ…」 とか呟いてみますか。

 ただし,この手の作業はそこそこ劇的に効果がありますが,やみくもにやりすぎると,木の繊維がただただ分断され,緊張も強度もなく叩いてもぽこぽことしか鳴らない駄板になってしまいます。

 市民(板)の労働意欲や税収の基となる生活への欲求を損なわない範囲で,どこを切り取り,どこを残すかは,宰相殿の御心しだいというわけでございますので,そのへんはよしなに。

(つづく)


長崎からの老天華(3)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(3)

STEP3 ポケットの中のビスケット戦争

 依頼修理の老天華。

 バラバラに壊れちゃった糸倉の作り直しは,前回,片方を取付けたところまで。
 一度にやってしまわないのは,あらかじめどちらかをオリジナルに合わせておかなきゃならないからです。今回作業したがわはオリジナルの部分が少ないほう,残したがわは楽器前面部分,糸倉の縦半分はほぼ残ってますので,先端の位置や角度を合わせるのにはじゅうぶんというわけですね。

 まずは前回作業したほうの基部を整形します。
 唐物月琴の特徴の一つがこの平らなうなじの部分。
 庵主はこの型を「絶壁」と称しております。国産月琴でも時々見ますが,日本の職人さんは美意識的にどうもこれにガマンがならない(w)らしく,15号三耗のような唐物模倣の倣製月琴でさえもここを,誰でも考えるようななだらかな曲面構成にしちゃってますね。

 うなじの曲面と棹背との接合面を整形したら,残っているオリジナル部分を型紙代わりに,楽器前面部分の曲面を修整。補作の板のカーブをオリジナルに合わせます。
 これで片側にオリジナルが写し取れましたので,ようやく反対がわの作業に入れます。

 後は同じ。基部を切り取り,補材を接着します。
 ついでですので,てっぺんの間木も入れてしまいましょう。

 これがついてないと,薄い板が2枚,ただ角材から突き出てるようなもんですので,危なっかしくてしょうがありません。構造として安定した形にしておいたほうがこの後の作業的にも有利ですからね。
 ここまでの修理にはエポキなど強力な接着剤を使用していますが,この間木の接着はニカワです。バラバラになった糸倉部分は,ほんらい楽器としてふつうに使っていた場合「壊れるべき時に壊れる」箇所でもなければ,その壊れかたも「壊れるべくして壊れた」状態ではありませんでしたが,この間木のところは,衝撃がかかった等の事態ではずれることでかえって棹を護るところ。「壊れるべき時には壊れて良い」 箇所で「壊れないようにする」必要はないからですね。

 糸倉接着の合間に小物づくりをします。なかなかコアな作業が続きますので,これが庵主の息抜きにもなっておりますな。

 まずは半月。

 オリジナルの半月は虫に食われてスカスカ。
 濡らしたら表面からでも指で孔があけられそうになってますので,さすがにこれは使えません。
 材質は棹や胴側と同じなので,糸倉の補材に使ったホワイトラワンで作りましょう。
 ただオリジナルは装飾のない廉価版タイプ,工作は粗く表面に加工痕がうっすらと残っています----これはこれで武骨な無作為の美みたいなものがあって悪くないんですが,無作為な加工なだけに真似するのが困難です。
 ですのでここは,天華斎・老天華の他作を参考に装飾を入れさせていただきたいと思います。

 ふ…ふーんだ!ぜんぜん真似できなかったワケじゃ…ないんだからねッ!!

 つぎは蓮頭とまいります。

 工房到着時に付いていたコレはあきらかに後補部品ですし,オリジナルの形もデザインもガン無視です。いくら高級な唐木でそれらしく作ったからと言って,それで良いといえるようなシロモノではありません。
 もともとどんなのが付いていたかは分かりませんが,ココもまた,天華斎・老天華の他作を参考に作りましょう。

 老天華の楽器では牡丹の花をデザインした蓮頭が多いのですが,輪郭だけ同じでコウモリになっているのが数例あります。また,唐物月琴の半月は国産月琴のに比べるといくぶん縦長…というかほぼ縦横の幅が同じくらいの板で作ってる場合が多いですね。

 今回はコウモリのほうを。
 ここもホワイトラワンで作りますね。


 これが牡丹になる場合は左画像のように,コウモリの頭のあたりが手前向きの花弁,胴体が真ん中の花びら,お尻の部分のギザギザが立ってる花びらになるわけですね。
 おそらくは同じ型紙をつかって,余白を貫くところまでやっておき,モノによりコウモリにしたり牡丹の花にしたりしていたんだと思います。
 日本に輸入された楽器に花のほうが多く,コウモリが少ないのは「蝠在円銭(楽器の胴体を穴あき銭に見立てた場合のことほぎ=福在眼前と同じ発音)」「蝠円蓮至(コウモリと円形のものと蓮の花=福縁連至と同じ)」といった意匠の組み合わせによる洒落が,日本人には通じにくかったからかもしれませんね。

 ----とかなんとかやってるうちに,糸倉の接着があがりましたので,本体作業,次の段階へとまいりましょう。

 まずは片側と同じく接着部の整形から。
 ハミ出た部分は削り取り,先に接着したほうに曲面を合わせてゆきます。

 つぎに糸巻の孔をあけます。
 孔の位置はオリジナルをあててだいたい写し取り,微調整をしたうえで決定。

 角度や方向の目安にマスキングテープを貼って,下孔を穿ちます。

 リーマーで広げ,焼き棒で焼きぬいて仕上げです。

 糸巻を挿してみましょう!

 国産月琴ではもう少し四方に広がったカタチになっていることが多いのですが,唐物月琴の糸巻はこんなふうに,4本ほぼ真横に近く突きだしてる感じのが多いですね。

 楽器に付いてきた糸巻のうち,2本は唐物月琴----おそらく同じ老天華のだと思われるのですが,寸法も工作も微妙に違っており,どちらが本来この楽器に付いていたものなのかは分かりません。

 後の2本はおそらく筑前琵琶あたりの糸巻を削り直したものではないかと----どこが違ってるって?
 うん,月琴の糸巻は六角形なのですよハイ。(w)
 今回は付属の糸巻のうち,唐物のもので比較的出来の良いほう1本を残し,後3本をこれに揃えて補作します。

 いつも言ってることながら,庵主,糸巻を削る作業はキレイではないです。百均のめん棒が六角形の糸巻になってゆく過程はそれなりに面白いですし,それを1本1本,軸孔と噛合うように調整してゆくのも,ちょっとした達成感があって好きですね。

 あらかた削ってしまってから気がついたんですが。(^_^;)
 握りのところのお尻の面取りが違ってますねえ。
 いつもの削り方だと水滴状になった面の真ん中に稜線があるんですが,オリジナルは,ここが平らな面になってました。
 さっそく30度ずらして削り直し----なかったことにしましょ(www)

 ----というあたりで,今回はここまで。



(つづく)


長崎からの老天華(2)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(2)

STEP2 某日某国修繕局・局長室にて

 「同志ナオシスキー君…"修理" とは何かね。」

 「はッ! 修理とは,偉大なるわが人民の幸福の邁進のために必要な器具,
   器材の類の故障・破損に対処し,これを再び人民の使用に耐えうるよう原状回復することであります!」


 「----そう! 人民の幸福! それを支える崇高にして大切な行為だッ!
   ……しかるにぃ,ナオシスキー君……これは…これは何かね?

 「はッ!!----ネジ であります!」

 「そう!ネジ! ……くっ………ネジだとも。
   クギや車輪とならぶ人類の…人類の偉大なる発明品のひとつだ。
  では………これは?

 「はッ!!----ボンド であります!」

 「そおおおおぅ!ボンド!
     ボンドだよぉ,ナオシスキー君!そのとおりだともッ!!はははは!
    人類の叡智の勝利!科学の進歩によって生まれた新たなる可能性ッ!
  旧弊を一掃しすべてを新たな力でつなげる,それはすなわち人民の勝利につながる新たなる武器だッ!!
   で…キミはこれとこれを-----何に使ったのかね?

 「はッ!!----楽器の修理でありますッ!」

 「----連れて行け。」

 「え,あの。これはいったい!?
   同志?…ニカワスキー局長ッ!?……弁明を!
   自己批判の場を!!同志………同志いいいッ!!」

 と----いうようなことが,ここ最近,脳内で何度もありました。(www)
 ラーゲリに送られた同志ナオシスキーのその後は,誰も知らない。

 帰京してから本格調査。
 例によってフィールドノートに寸法や状態を書き込みながら,楽器の概要をまとめております。
 外がわからの採寸・観察が終わったら,分解しながら内部構造へ。
 前修理者の修理とも努力ともいえないような作業箇所も,ぜんぶひっぺがし,取り除きます。
 その間じゅう,冒頭のような妄想で,数多のナオシスキー君を粛清しつつ,精神の安定を謀っておりました,うらーッ!!!!

 では,偉大なる人民の革命的な労働意欲により真ッ赤になった今回のフィールドノートをどうぞ。

 上画像クリックで別窓拡大します。
 そうこうしているうちに,胴と棹の素材を尋ねていた木材狂いから連絡がありました。

  「……ラワン?」
  「そう,ラワン。」
  「ベニヤ板なんかに使う?」
  「そう,アレ。」
  「ホームセンターで売ってる?」
  「そうそう,南洋材ね。」

 なるほど…ラワンか。
 木理の様子,色,硬さ,削ってみた感触,そしてニオイ----なっとくであります。
 安価な建材板材としてDIY屋なんかでも容易く手に入る木材なんで,あんまり楽器に使うというイメージは…あ,でも玩具なんかはこれで作るか。そういやギターとかもラワン合板だったりするなあ。まあマホガニーの仲間だから楽器に使っても問題はナイか。

 あらためて木色を見てみると----確かにDIY屋で買える「ホワイトラワン」てのとほとんど同じですね。

 その後さらに,明治時代の木材輸入に関する資料などを読んだ感じからすると,現在「ラワン」と呼ばれている材はフィリッピン産で,開発の進んでいないこの当時では,流通量はまだほとんどなかったかと思われます。そこから愚考しますに,同じフタバガキ科の植物でラワンの近縁種,インドネシアかあるいはビルマあたりから輸入されていた木材ではないかと。

 おそらくこの楽器は,月琴流行の末期か衰退期,おそらくは日清戦争以降の輸出用楽器ではないでしょうか。老舗・天華斎の後継,茶亭老天華ではありますが,戦後の混乱やインフレ等の中,手に入る木材で苦労して作ってたんでしょうねえ。

 軽軟な材料を,それまで使っていたタガヤサンや黒檀紫檀で使っていた工具でそのまま加工したせいでしょうか,刃がひっかかってやりにくいのか,棹裏や側板の表面に切削痕の見える,かなり粗めの仕上がりとなってます----まあ,これはこれで逆に硬そうに見えて材料誤魔化すのには良かったかと。

 ラワンは軽軟ではあるものの,桐なんかよりはずっと硬いし,強度もじゅうぶん。変形しにくいってのも利点ですね。
 欠点としてはクギ打ちで割れやすい----なるほど,前修理者がネジぶッこんでどうにかしようとして逆にしくじった理由はコレだな。
 そしてもう一つの欠点が………病害・虫害に弱いこと。

 半月が…半月が食われてスカスカです。

 ヒラタキクイムシですかね。
 胴材のほうはほとんどやられてないんですが,ここだけもうそりゃ盛大に。
 半月が虫の食害でヤラれてた例は,15号三耗や25号しまうーでも経験してますが,今回のも負けず劣らずボロボロのスカスカ。場所によっては指で押してもズボっと逝っちゃうかもしれません。
 いや逆によくちゃんとくっついていたものだ。
 外面的にはさほど問題なさそうに見えますが,さすがにコレは使えませんね----糸倉と同じ----作り直しましょう。

 というわけで,買ってまいりました!
 上にも書いたように厳密には違ってるとは思うんですが,オリジナルの素材に一番近い材料ですね。近所のDIY屋で買えるのがなんかウレしい(w)。

 ホワイトラワンの板材を切って,必要な部品を作りました----まずは糸倉左右と半月。
 糸倉はまず残ってる部材をだいたいつなぎ合わせて型紙に写し,それに合わせてすこし大きめに切り取りました。

 切り出した部材を両面テープで二枚合わせて整形。
 縁をさらに削り,型紙に合わせてゆきます。
 オリジナルの糸倉の左右は厚さ7ミリ,買ってきた板は厚さが9ミリありましたので,両面を磨り板で削って2ミリづつ落としました。
 最期に2枚に割ってできあがり!

 すぐさま組み付け----と行きたいところですが,この糸倉の破損は左右の板からうなじの部分まで及んでいます。
 左右の板を貼りつけるその土台となるべき部分が逝っちゃってますので,その前に,あらかじめここを直しとかなきゃなりません。
 まずは,チぎれてモぎれたみたいにガタガタになってた破断面を整形して平らに均します。

 そこに木片を接着。糸倉左右を切った時の端材で作りました。
 これでうなじと糸倉基部の欠けちゃってた部分を復元します。

 土台となるうなじの部分が元に戻ったところで,切り込みを入れましょう。手前にある段差は前修理者がバラけた部品をつなげるためのネジを貫通させていた孔の痕です----これさえなきゃ,もっとキレイに直るんですがね。
 糸倉左右の部材の基部を,これに合わせて削ってゆきます。

 土台部分も接着面を調整。
 なるべく隙間なく,ぴったり合わさるように,接着面の擦りあわせをしっかり----そして接着。
 糸倉先端の高さや角度をなるべくオリジナルに合わせる必要があったので,もう片面は明日以降の作業となります。

(つづく)


長崎からの老天華(1)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 長崎からの老天華(1)

STEP1 春一番が通りすがりのサッシの窓に当ってバラバラ

 ひさびさに長崎の楽器屋さんからの依頼修理。
 帰省中にわざわざ実家のほうまで届けていただき,まことに有難うございました。
 さてさて,では予備調査を----

 うわぁお………

 これはまた…見事にバッキリと逝ってますこと。

 糸倉の下半分がふッ飛んでバラバラになってますね。
 カケラもいっしょに入ってましたが,組み立てても完全に欠けちゃってる部分があり,完全には拾いきれなかったもよう。

 裏面にラベルがあったので製作者はすぐ分かりました----例によってカケラしか残ってませんが,これだけあればまあじゅうぶん。

 福州茶亭街・老天華,ですね。

 清楽流行期に名器として知られていた天華斎ですが。
 名人として知られた初代・天華斎の楽器は,時代的にもまだそんなに楽器が輸入されていなかったので,日本にもまあほとんど残っていません。現在「天華斎の月琴」とされているものの多くは,実際には2代目,3代目の輸出用の作でしょう。
 2代目王師良が改名して開いたのがこの「老天華」だと言われております。「天華斎」の名跡を継ぐ店なんですが,この2代目も3代目も「老天華」のほか,楽器により「天華斎」のラベルをそのまま使っていたようなので,ちょっとメンド臭いことになっております。(^_^;)
 うちでも23号,53号のほか,出自のアヤしいのも含めて何面か扱ってますね。そこから言えるのは----「老天華」はほかの天華斎エピゴーネン…天華斎仁記や玉華斎,清音斎や太華斎なんかとはレベルが違います。他同様大陸的な加工のおおらかさ(w)は見え隠れしますが,その先に見える技術力はたしかなもので,すなおに「上手い」と思える出来のが多いです。

 さて----いままで扱った老天華の楽器の多くは,棹や胴が唐木で出来てましたが,今回の楽器はどうも違うようです。

 糸倉の割れ目や棹なかごで,染料で染まっていないところを見ると,黄色っぽい木色をしてますね…はて,なんでしょう。
 そこそこの硬さはありますが,黒檀や紫檀ほどは硬くなく…桐よりは硬いな,サクラよりは軟らかそう,クルミとかクリくらいかな,センにも似てなくはない。

 今回の修理・出来具合の如何は,この材が何かが分かるかどうかというところが,一つの大きなポイントになりそうです。
 そのへん,知り合いにちょっとした木材マニアがいますので,この糸倉の欠片を送って,ちょいと調べておいてもらいましょう。

 庵主の前にも,何度か修理はされているようですが,どうもその修理がよろしくない。

 この糸倉のマズい継ぎ直しのあたりは論外として,フレットや板の接着面からは接着剤がハミ出てるし,表裏板の割レを埋木で処理しているのですが,ちゃんと手順を踏んでやってないので,その修理したところからかえって割れちゃってますね,ええ,バッキリと。

 胴体構造の補強や安定化をしないで,板だけやろうとすると良くこうなります。場当たり修理の最たるものですね。
 ただしこの楽器の場合,この表裏の板自体にも問題があります。
 柾目板が使われることの多い国産楽器に比べると,唐物楽器では「景色のある」板目の板が使われます。

 木目が見て面白いような模様になっちゃってる板ですよ?

 要はでッかい節があったり,成長過程で発生した事情のため,木目がひねくれたり複雑に入り混じってたりしてるわけです。
 こういう板はもともと「暴れる」----極端に反ったり割れたり縮んだり歪んだりすることが多いのです。
 さらに,唐物楽器は国産の月琴にくらべると表裏板の矧ぎが少ない。
 たいていは板3~4枚くらいで構成されていて,真ん中に大きな板を一枚,左右を小板で埋めるという構成になっているのですが,いちばん「景色のいい」板が真ん中に来ることが多いわけです。

 暴れん坊がいちばん大きくてど真ん中に…どうなることかは火を見るより明らか。

 ですので,こういうのを修理するときには,その壊れた原因が,事故によるものなのか楽器の構造や工作によるものなのか,あるいは板自体の質のよるものなのかをきちんと調べてから,処置を考える必要があります。
 単純に「割れたから埋めればいーや」てな場当たりをすると,こんなふうにせっかく「修理した」箇所がむしろ次の故障の原因になり,かえって楽器の寿命を縮める結果になったりもするわけですねがっでむぷなーにぃ。

 あとはこれですかね----

 棹を抜いて胴を振ったら出てきましたよ,ええ,ニョロリンと。

 月琴のイノチ,響き線も脱落しております。
 根元からポッキリですね。
 胴から出てきたときの様子が,カマキリのお尻を水に漬けた時といっしょだ,と思ったのはナイショです。(w)

 蓮頭はけっこうきれいな縞黒檀の板ですが,明らかに後補部品ですね。元の部材が残ってなかったのか,あるいはとくに真似する気もなかったのか。
 天華斎や老天華に付いているものとは形も意匠もぜんぜん違ってます。

 山口は紫檀製。ですがこれも形状や大きさが合わないので後補のものでしょう。

 糸巻は4本残っており,そのうちの2本はおそらく材質からも加工からも天華斎のものではないかと思えるのですが,その2本にも大きさや加工にちょっと違いがあり,同じ楽器のものとするには少し疑問が残ります。
 あとの2本はおそらく琵琶か何かの糸巻を削って似せようとしたものじゃないかと。写真の1本はまあこれなら,ってくらいの加工になってますが,もう1本はヒドいですね,形がめちゃくちゃ…こりゃあちょっと使えそうにありませんね。

 糸倉は----まあどうやっても,オリジナルを継いでどうにかできるようなレベルではないので,別の板で作ってすげ替えることになりましょうな。
 大きな作業が必要そうな箇所はいまのとこそこくらいですが,ちょっと見にも前修理者がイロイロとやらかしているらしい様子がアリアリと分かるので,おそらくは前修理者のやらかしをいかにリカバーできるかが,今回の修理作業がどこまで上手くいくかのポイントとなろうかと。
 全体に,かなりヒドい状態ではありますが,主要な部品はだいたい揃っていますし,いちおうカタチも保たれています……まあなんとかなりましょう,なんとかしましょうよ。(www)

 ----といったところで,今回はここまで。



(つづく)


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