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長崎からの老天華(3)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(3)

STEP3 ポケットの中のビスケット戦争

 依頼修理の老天華。

 バラバラに壊れちゃった糸倉の作り直しは,前回,片方を取付けたところまで。
 一度にやってしまわないのは,あらかじめどちらかをオリジナルに合わせておかなきゃならないからです。今回作業したがわはオリジナルの部分が少ないほう,残したがわは楽器前面部分,糸倉の縦半分はほぼ残ってますので,先端の位置や角度を合わせるのにはじゅうぶんというわけですね。

 まずは前回作業したほうの基部を整形します。
 唐物月琴の特徴の一つがこの平らなうなじの部分。
 庵主はこの型を「絶壁」と称しております。国産月琴でも時々見ますが,日本の職人さんは美意識的にどうもこれにガマンがならない(w)らしく,15号三耗のような唐物模倣の倣製月琴でさえもここを,誰でも考えるようななだらかな曲面構成にしちゃってますね。

 うなじの曲面と棹背との接合面を整形したら,残っているオリジナル部分を型紙代わりに,楽器前面部分の曲面を修整。補作の板のカーブをオリジナルに合わせます。
 これで片側にオリジナルが写し取れましたので,ようやく反対がわの作業に入れます。

 後は同じ。基部を切り取り,補材を接着します。
 ついでですので,てっぺんの間木も入れてしまいましょう。

 これがついてないと,薄い板が2枚,ただ角材から突き出てるようなもんですので,危なっかしくてしょうがありません。構造として安定した形にしておいたほうがこの後の作業的にも有利ですからね。
 ここまでの修理にはエポキなど強力な接着剤を使用していますが,この間木の接着はニカワです。バラバラになった糸倉部分は,ほんらい楽器としてふつうに使っていた場合「壊れるべき時に壊れる」箇所でもなければ,その壊れかたも「壊れるべくして壊れた」状態ではありませんでしたが,この間木のところは,衝撃がかかった等の事態ではずれることでかえって棹を護るところ。「壊れるべき時には壊れて良い」 箇所で「壊れないようにする」必要はないからですね。

 糸倉接着の合間に小物づくりをします。なかなかコアな作業が続きますので,これが庵主の息抜きにもなっておりますな。

 まずは半月。

 オリジナルの半月は虫に食われてスカスカ。
 濡らしたら表面からでも指で孔があけられそうになってますので,さすがにこれは使えません。
 材質は棹や胴側と同じなので,糸倉の補材に使ったホワイトラワンで作りましょう。
 ただオリジナルは装飾のない廉価版タイプ,工作は粗く表面に加工痕がうっすらと残っています----これはこれで武骨な無作為の美みたいなものがあって悪くないんですが,無作為な加工なだけに真似するのが困難です。
 ですのでここは,天華斎・老天華の他作を参考に装飾を入れさせていただきたいと思います。

 ふ…ふーんだ!ぜんぜん真似できなかったワケじゃ…ないんだからねッ!!

 つぎは蓮頭とまいります。

 工房到着時に付いていたコレはあきらかに後補部品ですし,オリジナルの形もデザインもガン無視です。いくら高級な唐木でそれらしく作ったからと言って,それで良いといえるようなシロモノではありません。
 もともとどんなのが付いていたかは分かりませんが,ココもまた,天華斎・老天華の他作を参考に作りましょう。

 老天華の楽器では牡丹の花をデザインした蓮頭が多いのですが,輪郭だけ同じでコウモリになっているのが数例あります。また,唐物月琴の半月は国産月琴のに比べるといくぶん縦長…というかほぼ縦横の幅が同じくらいの板で作ってる場合が多いですね。

 今回はコウモリのほうを。
 ここもホワイトラワンで作りますね。


 これが牡丹になる場合は左画像のように,コウモリの頭のあたりが手前向きの花弁,胴体が真ん中の花びら,お尻の部分のギザギザが立ってる花びらになるわけですね。
 おそらくは同じ型紙をつかって,余白を貫くところまでやっておき,モノによりコウモリにしたり牡丹の花にしたりしていたんだと思います。
 日本に輸入された楽器に花のほうが多く,コウモリが少ないのは「蝠在円銭(楽器の胴体を穴あき銭に見立てた場合のことほぎ=福在眼前と同じ発音)」「蝠円蓮至(コウモリと円形のものと蓮の花=福縁連至と同じ)」といった意匠の組み合わせによる洒落が,日本人には通じにくかったからかもしれませんね。

 ----とかなんとかやってるうちに,糸倉の接着があがりましたので,本体作業,次の段階へとまいりましょう。

 まずは片側と同じく接着部の整形から。
 ハミ出た部分は削り取り,先に接着したほうに曲面を合わせてゆきます。

 つぎに糸巻の孔をあけます。
 孔の位置はオリジナルをあててだいたい写し取り,微調整をしたうえで決定。

 角度や方向の目安にマスキングテープを貼って,下孔を穿ちます。

 リーマーで広げ,焼き棒で焼きぬいて仕上げです。

 糸巻を挿してみましょう!

 国産月琴ではもう少し四方に広がったカタチになっていることが多いのですが,唐物月琴の糸巻はこんなふうに,4本ほぼ真横に近く突きだしてる感じのが多いですね。

 楽器に付いてきた糸巻のうち,2本は唐物月琴----おそらく同じ老天華のだと思われるのですが,寸法も工作も微妙に違っており,どちらが本来この楽器に付いていたものなのかは分かりません。

 後の2本はおそらく筑前琵琶あたりの糸巻を削り直したものではないかと----どこが違ってるって?
 うん,月琴の糸巻は六角形なのですよハイ。(w)
 今回は付属の糸巻のうち,唐物のもので比較的出来の良いほう1本を残し,後3本をこれに揃えて補作します。

 いつも言ってることながら,庵主,糸巻を削る作業はキレイではないです。百均のめん棒が六角形の糸巻になってゆく過程はそれなりに面白いですし,それを1本1本,軸孔と噛合うように調整してゆくのも,ちょっとした達成感があって好きですね。

 あらかた削ってしまってから気がついたんですが。(^_^;)
 握りのところのお尻の面取りが違ってますねえ。
 いつもの削り方だと水滴状になった面の真ん中に稜線があるんですが,オリジナルは,ここが平らな面になってました。
 さっそく30度ずらして削り直し----なかったことにしましょ(www)

 ----というあたりで,今回はここまで。



(つづく)


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