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長崎からの老天華(2)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(2)

STEP2 某日某国修繕局・局長室にて

 「同志ナオシスキー君…"修理" とは何かね。」

 「はッ! 修理とは,偉大なるわが人民の幸福の邁進のために必要な器具,
   器材の類の故障・破損に対処し,これを再び人民の使用に耐えうるよう原状回復することであります!」


 「----そう! 人民の幸福! それを支える崇高にして大切な行為だッ!
   ……しかるにぃ,ナオシスキー君……これは…これは何かね?

 「はッ!!----ネジ であります!」

 「そう!ネジ! ……くっ………ネジだとも。
   クギや車輪とならぶ人類の…人類の偉大なる発明品のひとつだ。
  では………これは?

 「はッ!!----ボンド であります!」

 「そおおおおぅ!ボンド!
     ボンドだよぉ,ナオシスキー君!そのとおりだともッ!!はははは!
    人類の叡智の勝利!科学の進歩によって生まれた新たなる可能性ッ!
  旧弊を一掃しすべてを新たな力でつなげる,それはすなわち人民の勝利につながる新たなる武器だッ!!
   で…キミはこれとこれを-----何に使ったのかね?

 「はッ!!----楽器の修理でありますッ!」

 「----連れて行け。」

 「え,あの。これはいったい!?
   同志?…ニカワスキー局長ッ!?……弁明を!
   自己批判の場を!!同志………同志いいいッ!!」

 と----いうようなことが,ここ最近,脳内で何度もありました。(www)
 ラーゲリに送られた同志ナオシスキーのその後は,誰も知らない。

 帰京してから本格調査。
 例によってフィールドノートに寸法や状態を書き込みながら,楽器の概要をまとめております。
 外がわからの採寸・観察が終わったら,分解しながら内部構造へ。
 前修理者の修理とも努力ともいえないような作業箇所も,ぜんぶひっぺがし,取り除きます。
 その間じゅう,冒頭のような妄想で,数多のナオシスキー君を粛清しつつ,精神の安定を謀っておりました,うらーッ!!!!

 では,偉大なる人民の革命的な労働意欲により真ッ赤になった今回のフィールドノートをどうぞ。

 上画像クリックで別窓拡大します。
 そうこうしているうちに,胴と棹の素材を尋ねていた木材狂いから連絡がありました。

  「……ラワン?」
  「そう,ラワン。」
  「ベニヤ板なんかに使う?」
  「そう,アレ。」
  「ホームセンターで売ってる?」
  「そうそう,南洋材ね。」

 なるほど…ラワンか。
 木理の様子,色,硬さ,削ってみた感触,そしてニオイ----なっとくであります。
 安価な建材板材としてDIY屋なんかでも容易く手に入る木材なんで,あんまり楽器に使うというイメージは…あ,でも玩具なんかはこれで作るか。そういやギターとかもラワン合板だったりするなあ。まあマホガニーの仲間だから楽器に使っても問題はナイか。

 あらためて木色を見てみると----確かにDIY屋で買える「ホワイトラワン」てのとほとんど同じですね。

 その後さらに,明治時代の木材輸入に関する資料などを読んだ感じからすると,現在「ラワン」と呼ばれている材はフィリッピン産で,開発の進んでいないこの当時では,流通量はまだほとんどなかったかと思われます。そこから愚考しますに,同じフタバガキ科の植物でラワンの近縁種,インドネシアかあるいはビルマあたりから輸入されていた木材ではないかと。

 おそらくこの楽器は,月琴流行の末期か衰退期,おそらくは日清戦争以降の輸出用楽器ではないでしょうか。老舗・天華斎の後継,茶亭老天華ではありますが,戦後の混乱やインフレ等の中,手に入る木材で苦労して作ってたんでしょうねえ。

 軽軟な材料を,それまで使っていたタガヤサンや黒檀紫檀で使っていた工具でそのまま加工したせいでしょうか,刃がひっかかってやりにくいのか,棹裏や側板の表面に切削痕の見える,かなり粗めの仕上がりとなってます----まあ,これはこれで逆に硬そうに見えて材料誤魔化すのには良かったかと。

 ラワンは軽軟ではあるものの,桐なんかよりはずっと硬いし,強度もじゅうぶん。変形しにくいってのも利点ですね。
 欠点としてはクギ打ちで割れやすい----なるほど,前修理者がネジぶッこんでどうにかしようとして逆にしくじった理由はコレだな。
 そしてもう一つの欠点が………病害・虫害に弱いこと。

 半月が…半月が食われてスカスカです。

 ヒラタキクイムシですかね。
 胴材のほうはほとんどやられてないんですが,ここだけもうそりゃ盛大に。
 半月が虫の食害でヤラれてた例は,15号三耗や25号しまうーでも経験してますが,今回のも負けず劣らずボロボロのスカスカ。場所によっては指で押してもズボっと逝っちゃうかもしれません。
 いや逆によくちゃんとくっついていたものだ。
 外面的にはさほど問題なさそうに見えますが,さすがにコレは使えませんね----糸倉と同じ----作り直しましょう。

 というわけで,買ってまいりました!
 上にも書いたように厳密には違ってるとは思うんですが,オリジナルの素材に一番近い材料ですね。近所のDIY屋で買えるのがなんかウレしい(w)。

 ホワイトラワンの板材を切って,必要な部品を作りました----まずは糸倉左右と半月。
 糸倉はまず残ってる部材をだいたいつなぎ合わせて型紙に写し,それに合わせてすこし大きめに切り取りました。

 切り出した部材を両面テープで二枚合わせて整形。
 縁をさらに削り,型紙に合わせてゆきます。
 オリジナルの糸倉の左右は厚さ7ミリ,買ってきた板は厚さが9ミリありましたので,両面を磨り板で削って2ミリづつ落としました。
 最期に2枚に割ってできあがり!

 すぐさま組み付け----と行きたいところですが,この糸倉の破損は左右の板からうなじの部分まで及んでいます。
 左右の板を貼りつけるその土台となるべき部分が逝っちゃってますので,その前に,あらかじめここを直しとかなきゃなりません。
 まずは,チぎれてモぎれたみたいにガタガタになってた破断面を整形して平らに均します。

 そこに木片を接着。糸倉左右を切った時の端材で作りました。
 これでうなじと糸倉基部の欠けちゃってた部分を復元します。

 土台となるうなじの部分が元に戻ったところで,切り込みを入れましょう。手前にある段差は前修理者がバラけた部品をつなげるためのネジを貫通させていた孔の痕です----これさえなきゃ,もっとキレイに直るんですがね。
 糸倉左右の部材の基部を,これに合わせて削ってゆきます。

 土台部分も接着面を調整。
 なるべく隙間なく,ぴったり合わさるように,接着面の擦りあわせをしっかり----そして接着。
 糸倉先端の高さや角度をなるべくオリジナルに合わせる必要があったので,もう片面は明日以降の作業となります。

(つづく)


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